105.幼女-Maidenwolf-

1991年6月10日(月)PM:11:50 中央区西二十丁目通


 あたしの今日の服装は、水色のジーパンに橙色のセーター。

 寒いけど目的の場所まではもう少し。

 どうやって遊んでやろうか考え中。

 こうやって考えるだけでも楽しいよね。


 あたしの標的は二人。

 白紙って双子の姉妹。

 伽耶と沙耶って名前だったかな?


 事前に調べた限りでは、戦闘能力はそんなに高くないっぽい。

 それに二人とも接近戦タイプのようだ。


 【獣乃牙(ビーストファング)】。

 その中で、あたしは数少ないただの人間。

 だから純粋な戦闘能力なら、皆には及ばない。

 ただの人間相手とは言え、正面からぶつかるのは極力控えるつもり。


 この時間は授業真最中。

 だからほとんど廊下に人はいない。

 きっとこの学校の関係者なのだろう。

 たまに訝しげな視線を向ける人はいる。


 でもそれだけで特に何か言われる事はない。

 でも一応姿隠そうかな。

 うん、周囲に人はいないね。


≪イチュ ウィル ニクト アウス デル ウムゲブング イヘレ エジステンズ アネルカンント ウェルデン≫


 よし、これで、誰もあたしの存在を感じる事は出来ない。

 それにしても、思ったより大きい校舎だね。

 あたしもあの事件がなかったら、こうやって普通の女の子してたのかな?


 ・・・・・・今更そんな事考えてもどうしようもないか。

 でも、真面目に授業を受けている彼女達が何故かうらやましい。


 一階、二階と適当に窓を開けて進んでいく。

 その間、あたしは適わない願いを妄想していた。


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1991年6月10日(月)PM:11:59 中央区創成川通


 今日は一応の休日だ。

 俺は別段目的があって、歩いていたわけでもない。


 あえて言うならば、街中に出たのはいい。

 だが、人込みにうんざりし掛けていただけなのだ。


 だから最初は気付かなかった。

 人通りの比較的少ないこの道。

 しばらく歩き進めてから、現在進行形で尾行されている。

 その事に気付いてしまった。


 綺麗なお姉さんなら、ナンパでもしてみよう。

 そんな事を考えてた。

 すると、変な違和感を感じる。

 とりあえず、違和感の方は何なのかさっぱりわからない。

 だから、放置する事にした。


 更に人通りの少ない道。

 尾行されているのを確認。

 ある程度歩いてから、百八十度体を回転させた。

 相手の姿を視界に納めよう。

 そうゆうと悪戯心を働かせてみた。


 尾行してるのだから、姿を隠すんだろう。

 そう思ったんだけど。

 予想外にも、尾行していたとおぼしき相手。

 その双眸で俺を見ている。


 金髪碧眼の白い肌。

 幼女といっても問題なさそうな外見。

 顔立ちからして日本人ではなさそう。

 なので、実際の歳は違うかもしれないけどな。


「相模 健二(サガミ ケンジ)様、お初にお目にかかります」


 流暢な日本語で、耳に飛び込んできた声。

 まるで吸い込まれてしまいそうな声音。

 それでいて、安心させるかのような響き。


 ドレスのような紫のワンピース。

 そのスカート部分の裾を摘まんで、優雅に一礼する幼女。

 そんな彼女の動作は、何処か優雅だ。

 しかし、幼女の見た目とは裏腹に、俺の心は警告を発していた。

 短くない時間で培ってきた直感。

 とでも言うべきものが、警報を鳴らしている。


 見た目ただの幼女と見つめ合っている。

 にも関わらず、俺は冷や汗を掻いている俺。

 そんな自分に気付いた。


「ブリット=マリー・エクと申します。健二様、以後お見知りおきを」


 流れるような日本語。

 俺に言葉を投げかける幼女。

 金髪碧眼の、何の害もなさそうな可愛い幼女。

 なのに何故に俺は、こんなにも恐怖を感じているのだ?


「丁寧にありがとう。何で俺の名前を知っているのかわからないけど、何かようかな?」


 自分の心の中の状態を把握されないよう。

 普段通りに言えた・・・はず。


「健二様に遊んで頂きたいのです」


「遊ぶ? それは性て・・なんでもない」


「せいて? 何でしょうか?」


「いやいやいやいや、気にしなくていいから」


 咄嗟に性的なって言いそうになった。

 けど、さすがに自重した。

 相変わらず、俺の心は警報をやたら奏でている。


「それで、遊ぶって何して遊ぶんだ? そもそも何で俺を尾行していたんだ?」


 平常心を極力装って彼女に問いかけている。

 しかし、正直とてもじゃないが平常心を保てない。


 どっからどう見ても幼女っぽい。

 なのに、感じるプレッシャーはとてつもない。

 彼女は、殺人者独特の空気を纏っている。

 それも無邪気に人を殺すようなタイプだ。


「もちろん、遊ぶ為ですわ。健二様と遊ぶように頼まれたのもありますけど、私自信楽しみにしておりましたのよ」


「遊ぶ・・・ね? 誰に頼まれたのかな?」


「そうですね。誰かは、私に勝てたら教えて差し上げますわ」


「遊びで勝てばいいんだな?」


「はい、そうですよ」


 ドクドクとハイスピードで高鳴っている。

 心臓め・・・黙りやがれ!!


「それで何して遊ぶんだ?」


「もちろん殺し合いですわ。楽しませてくださいませ」


 その言葉を言った彼女の表情。

 とても可愛いんだけどもね。

 だからこそ、逆にとてつもなく恐ろしい者に見えた。


 次の瞬間、物凄い速度で俺に向ってくる幼女。

 正直驚愕して、ちびるかと思った。

 長年の勘が、意識するよりも先に俺に退避行動を取らせる。


 小さな手から繰り出される打撃。

 その体躯からは信じられない速度。

 なんとか二度、三度と繰り出される素手での攻撃を躱した。

 けど、早すぎて俺のエレメントじゃ反応出来ないぞ。


 通り過ぎる周りの人間。

 きっと、俺が一人で変な動きをしてる。

 そう思ってるんだろうな。

 時たま奇異の目で見てる奴がいるし。


 六度目の攻撃を躱した。

 その時に、運悪く幼女の突き出した手刀を受けた女性。

 彼女に突き刺さった幼女の手。


 舞い散る赤い液体。

 切断された腕。

 叫び声をあげた女性。

 しかしすぐに彼女の声は途切れる。


 ブリット=マリー・エクと名乗った幼女。

 彼女の次の攻撃。

 頭と首が、その関係を絶ったのだから。


 正直言って、俺は絶句するしかない。

 両の拳と紫のワンピースを血まみれにしていた。

 幼女はぞっとするような笑顔で微笑んでいる。


「さすがですね。六度の攻撃ともすべて、躱すとは思いませんでした。でも躱し続けるだけでは勝てませんよ」


 くだらない道徳って奴。

 そんなんで、この幼女に攻撃する事を躊躇っていた。

 でも間違いだったと、俺はこの身をもって知る事になる。


「でも、このままだと私の方がばててしまいそうです。不細工だから、あまり変わりたくないけど、団長のお願いも達成出来ませんし。全力でいきます。楽しませてくださいね」


 俺にはこの後、何が起こるなんてまったく想像出来ない。

 彼女は見た目優しく微笑んでいる。

 だけど、その裏にあるとてつもない狂気が見えた気がした。


 思わず、恐怖に支配されそうになる体。

 叱咤して、バックステップで距離を取る。

 何が始まるのかと思っていた。

 が、幼女の顔も体も徐々に変わっていく。


 顔も腕も、肌を露出していた部分が金色の毛で覆われる。

 可愛い微笑みを浮かべていた顔。

 狼のように、変わっていった。

 前に兄貴がいってた人狼に変わる種族って奴か。


 俺以外にも、彼女の変化を見ていた人達は何人かいる。

 最初は驚愕し無言。

 しばらくしてから、思い思いの恐怖の叫び声をあげていった。


 その場から逃げる者。

 腰を抜かしたのか?

 恐怖に震えながら、その場から動けない者。

 十人十色の反応。


 俺から見れば、動かない今こそチャンスだ。

 反則な気もする。

 罪悪感も何故か芽生えたけど。


 ブリット=マリーという名の幼女。

 彼女が踏みしめている大地。

 彼女の四方向全てを、コンクリートや砂利等が混じった壁で覆った。


 念の為、その壁を更に二重にする。

 強度と厚さを補強。

 しかし、それは甘い考えだった。

 というのを俺は知る事になる。


 咄嗟に嫌な予感を感じた俺。

 周囲の被害なんて考える余裕もなかった。

 自分と幼女の間。

 ありったけの力を使って、幾重にも壁を張り巡らせる。


 しかしそんなのは、気休めにすらならなかった。

 不可視の爪撃としか考えられない一撃。

 道路をたまたま通過した、複数の乗用車を五枚に下ろしている。

 乗車していた人達がどうなったかなんて、考える余裕もなかった。


 幾重にも張り巡らした壁を五等分。

 俺の胸を抉った五本の傷。

 左の建物の一階。

 覗いてた奴を、建物の壁や窓ごと五つに分断。


 その後の事はよくわからない。

 ほんの数秒の出来事なんだろうとは思う。

 何処まで意識があって、何処から意識がなかったのかさえわからない。


 血だるまになった健二という名だった、俺という肉の塊。

 だらしなく、ゴロンと転がっていた事だろう。

 自分の力を向上させる努力を怠けてたツケ。

 なんて後悔し、考える間もない出来事だった。

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