240.独白-Soliloquy-

1991年7月14日(日)AM:9:19 中央区精霊学園札幌校第四研究所一階


「吹雪が一人で来るなんて珍しいな」


 突然、何の前触れもなく訪れた少女。

 驚きの黒神 元魅(クロカミ モトミ)。

 彼女は口元を少し綻ばせた。


「おはようございます。元魅先生。黒恋に少し話しがありまして。彼女は起きていますか?」


「あぁ、さっきは起きていたぞ。勝手に行けばいい」


「わかりました。ありがとうございます」


 ベッドで横になっている陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)。

 彼女は何か考え事をしている。

 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)が来た。

 その事にも気付いてないようだ。


「良くわからないが、私は外そう。ただし、室内で暴れるなよ? 喧嘩の仲裁なんぞは、後免だからな」


「そんな事はしませんよ」


 苦笑している吹雪。

 退出する元魅を見送った。

 彼女が出て行った後、行動を開始する。


 黒恋が横になっているベッド。

 そこに椅子を近づけて腰を下ろした。

 やっと彼女の存在に気付いた黒恋。

 少し驚いた顔で吹雪を見る。


「・・・・・吹雪。笑いにでも来たの?」


「それがお望みなら笑ってあげるけどね」


 一瞬微笑した吹雪。

 真剣な眼差しで黒恋を見た。


「私は、事件の詳細は昨日始めて知った。だから偉そうな事を言うつもりはないよ」


 吹雪の柔らかな表情。

 黒恋も静かに耳を傾ける。


「ねぇ、黒恋。私の光属性や義彦兄様の闇属性が先天的じゃないのは知ってるよね?」


「話しだけは知ってる」


「私は暴走したあの時、義彦兄様がいたから誰の命も奪う事はなかった。義彦兄様が、ずっと私の相手をしてくれていたから」


 吹雪の突然の告白。

 どう反応していいかわからない黒恋。

 彼女は何とも言えない、複雑な表情だ。


「でも義彦兄様はどうだったんだろうね? 三井 龍人(ミツイ タツヒト)みたいに、自身で押さえつけたって話しも聞かない。もし義彦兄様も自身で押さえつけたなら、同じように話しが出るはず」


 黒恋の反応を無視。

 話しを続ける吹雪。


「でも違う。あなただって気付いてるでしょ? 義彦兄様の心の中に、何か闇がある事ぐらい。きっと後悔してるんだと思う。私でさえ後悔してるんだから。表に出てこないって事は、たぶん私の時とは非にならない事態だったんじゃないかな? もちろん私の勝手な想像だけどね」


 黒恋は、黙って吹雪の言葉を聞いている。


「それでも義彦兄様は、前に進もうとしている。とてもじゃないけど、私にはあんな勇気はないわ。確かにある程度使う事は出来る。でも、完全に開放する事なんて怖くて出来ない。だから、私がこんな事を言う資格は無いのかもしれないけど」


「――うん」


「私にはあなたの苦しみは半分もわからない。だけど、いつまでもそのまま殻に閉じこもってるの? 手離されたって言ったよね?」


「――うん」


 相槌を打っている黒恋。

 彼女の言わんとしている事。

 それを理解しようと努力していた。


「それはあなたがそう思ってるだけじゃないの? 義彦兄様は言ってたわ。普通の少女として生きていきたい、という思いを尊重するってね。禮愛さんと黒恋の契約とかは私は良くわからない。だけどあなたの意志次第だと思う。義彦兄様と共に歩む。普通の少女として生きる。どちらを選ぶにしても、今のまま足踏みしてていいの? そんなの稲済夫妻も望んでいないんじゃないかな?」


「――吹雪」


「それだけよ。私はあなたの事なんて正直どうでもいい。でも義彦兄様はそうじゃないわ。言いたい事はそれだけよ」


 何か言おうとした黒恋。

 しかし、吹雪は反応を待たない。

 話しは終わりとでも言うようだ。

 彼女は立ち上がると退室していった。


 廊下で待っていた元魅。

 壁に寄り掛かって呆けている。

 吹雪に気付くと、微笑を浮かべた。


「お話しは終わったの?」


「はい、元魅先生ありがとうございました」


 突然深く頭を下げた吹雪。


「黒恋の事、よろしくお願いします」


 予想もしない吹雪の反応。

 元魅は更に、顔を綻ばせた。


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1991年7月14日(日)AM:9:33 中央区精霊学園札幌校南中通


 花柄のワンピースを着ている吹雪。


「何偉そうな事言ってるんだろね?」


 一人、自嘲気味の表情で歩く。


「私こそ、いまだに過去を引きずったままだってのにね」


 顔を上げて空を見た彼女。

 その瞳は、遠くを見つめていた。

 雲一つない青空。

 輝き続ける太陽。


「いまだに私は百パーセントの力を引き出せない。ううん、引き出すのが怖くて挑戦すら出来ていない。また同じ事を繰り返すんじゃないかと思ってしまうから」


 手で太陽の光を遮る。

 彼女は空を見上げたままだ。

 瞳には翳りが微かに見えている。


「義彦兄様だって、同じ恐怖心を持っているはず。なのに何故あそこまで強くいられるのかな?」


 使われていない第八学生寮。

 そのの側を歩いている吹雪。

 一人滅入る様な気持ちだった。


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1991年7月14日(日)AM:9:57 中央区精霊学園札幌校第四研究所一階


 資料に目を通している元魅。

 濃い目に入れたコーヒーを飲んでいる。

 黒恋は、ベットで目を開けていた。

 何度も元魅に話しかけようとしている。

 その度に躊躇していた。


 真剣な眼差しで資料を見ている元魅。

 非常に声を掛け辛いのだ。

 しかし、意を決した表情になった黒恋。

 思い切って声を掛けた。


「元魅・・・先生。聞きたい事があります」


「なんだ?」


 資料から目を外して答えた元魅。

 立ち上がると、ベッドの側に移動。

 黒恋の表情が見れる位置に椅子を動かす。

 その椅子に座り直した。


「まぁ、大方聞きたい事の察しは付くが、一応聞こうか」


「その、あの。大泣きして全てを話したのは覚えてる。でもその後、茉祐子はどうなったの? 無事?」


 顔を顰めている黒恋。

 何かを思い出すようだ。

 ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「全てを話したの意味はよくわからんが、茉祐子なら、少し深い傷もあったが、命に別状はないぞ。もっとも数日は激しい運動は絶対駄目だがな」


「そう。良かった」


 黒恋は心底安堵の表情になる。

 同時に、罪の意識に瞳を曇らせた。


「お前も危なかったんだぞ。ただでさえ最低限の霊力しかなかったのに、暴れたようだからな」


 元魅の言葉に彼女は反論出来ない。


「消滅寸前のそんな状態で、義彦が霊力を注いだらしいからな。体の方がびっくりしている。今日一日はおとなしく寝ていろ」


 元魅の言葉に、黒恋は驚きの眼差しだ。


「霊力を感知する事が出来なくてもな、私もこっち専門の医療従事者だ。お前の体の状態を確認すれば、それぐらいはわかる。あぁ、そうだ。茉祐子からの伝言だ。今度オープンする喫茶店でデザート食べに行こうねだってさ」


 その言葉に、驚きの眼差しになった。

 黒恋の瞳から、一筋の涙が零れる。


「元魅先生、茉祐子に謝りに行きたい。駄目?」


 黒恋の言葉に、思案気な元魅。

 二人の間に流れる無言の時間。

「自分の状態はわかっているんだろうな?」


「はい。本当は絶対安静なんですよね?」


「そうだ。歩くぐらいなら、まぁ問題はないだろうがな。絶対走ったりするなよ」


「もちろんです」


「戦闘なんて以ての外だからな。そんな事をすれば、今度こそお前の意識は消失するぞ」


 脅すような元魅の言葉。

 素直に頷いている黒恋。


「謝ったら戻ってきます。だから、許してくれませんか?」


 珍しく真摯な眼差しの黒恋。

 彼女をじっと見つめている元魅。

 本来であれば、行かせるべきではない。

 それはわかっている。

 だが、彼女の真剣な瞳に、迷っていた。

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