第十五章 黒異装器編

253.拳撃-Punch-

1991年7月14日(日)PM:12:36 中央区精霊学園札幌校第二学生寮女子棟一階四○二号


「ママ、所長とも連絡とれないって事?」


 受話器を耳に当てている白紙 伽耶(シラカミ カヤ)。

 突然驚きの声をあげた。


「うん、うん、わかんないよ。でもたぶん皆不安になっていると思う。だから、はやくこの状況を収束させるなりするべきだよね?」


 椅子に座っている白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。

 伽耶の声を聞きながら、少し思案気な顔をしている。

 テーブルを挟んで反対側、少し怯えた表情の極 伊麻奈(キワ イマナ)。

 動揺している素振りすら見えない色名 砂(シキナ スナ)。


「収束するまで大人しくなんて出来るわけないでしょ? 出来る事があるのであれば、率先してするべきっていつも言ってたよね? 古川所長の放送から三十分以上経過してるんだよ? 大人しくなんて出来ないよ!」


 聞こえてる声を無視した。

 叩きつけるように受話器を置いた伽耶。


「伽耶、受話器壊さないでね? それで何かわかったの?」


 苦笑している沙耶。


「襲撃を受けているのは本当みたい。ファビオ先生から、救援要請が来たみたいね。先生達や職員達が対処に動いてるらしいけど、今月の中で今日が一番人が少ない日らしいってさ」


 突然鳴り始めた電話。


「伽耶、出ないの?」


「どうせママだよ。私達を止めようと掛け直して来たんだきっと。だから出る必要なんか無い」


 その言葉に苦笑する沙耶。

 彼女も他の三人も、誰も電話に出ようとはしなかった。

 しばらくして、電話は鳴り止む。


「皆大丈夫なのかな?」


 不安げな眼差しで溢した伊麻奈。


「あの放送で大多数の生徒は寮に戻っているはずだから、大丈夫だと思うけどね」


 労わる様に、優しい声音で諭すような沙耶。

 ゆっくりと窓際に歩いていく伽耶。

 誰も彼女の行動を気には留めない。

 半分程開いている窓から、彼女は外を眺める。

 外の景色はほんの少しだけ、青みがかって見えた。


「これが話しに聞いてたフィールドなんだね」


「伽耶、外に何か見えた?」


 沙耶の声に、彼女は即座には反応を返さない。


「な・・に・・あ・・れ?」


 絶句したかのような表情の伽耶。

 その声に、徐に伽耶を見る三人。

 飛び込んできた彼女の表情、

 思わず窓際に三人も駆け寄る。


 彼女達の視線に飛び込んできた光景。

 蔓の集合体のような何か。

 その数は十や二十ではきかない。

 時折、触手のように蔓を前方に振り下ろしている。


 振り下ろされた蔓の先を見た伊麻奈。

 その先には、桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)をおんぶして走っている。

 隣には中里 愛菜(ナカサト マナ)の姿も見えた。


「あれ? 悠斗さんじゃないですか? 追われてるみたい?」


「誰かをおんぶしてるみたい? それに愛菜ちゃんもいる」


 驚いた顔の伽耶。

 即座に振り向くと走り出す。

 同時に沙耶も、振り向いて走り出した。

 二人はそれぞれが受領していた霊装器を掴む。

 そして、伽耶、沙耶の順で玄関に向かった。


「砂ちゃん、伊麻奈ちゃん、ちょっといってくるね」


 玄関が閉まり、二人が見えなくなる。

 それまで、廊下で見送ってた二人。

 振り返ると歩き出した砂。

 自分のベッドの下に潜り込む。

 中から、ケースを二つ引っ張り出した。


「どっちも随分縦に長いケースだね? 何が入ってるの?」


 側まで歩いてきた伊麻奈の言葉だ。


「私の魔装器です。これで伽耶さん、沙耶さんを援護します」


 重そうにケースを持ち、立ち上がった砂。


「私も手伝います。悠斗さんには恩もあるし」


 暫し見つめ合う二人。


「わかりました。お願いします」


 砂は、ケースの一つを伊麻奈に渡す。

 少し遅れて砂と伊麻奈も部屋を後にした。


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1991年7月14日(日)PM:12:37 中央区精霊学園札幌校第一商業棟一階


「すぐに収束すると思ったが、余計騒がしくなり始めてるみたいだな」


 厨房で、蝦の殻剥きに没頭していた料理人。

 そんな出で立ちの鬼 闇海(グゥイ アンハイ)。

 周囲には、同じような服装で六名。

 各々の仕事に没頭している。


「しょうがない。少し協力するとしようか」


 向き終わった蝦を、静かに置いた。

 既に殻無しの蝦の一番左に並べたのだ。


「悪いけど、これ続きはお願いするね。少し恩を売ってくるよ」


「はい。七鬼(チーグゥイ)承知しました」


 にこやかだった闇海の表情。

 一瞬で冷酷な表情に変わる。


「ここではその名で呼ぶなっていってんだろ? あぁ? これでお前二回目だよな? あぁ? そんなに家族を俺に殺させたいのか? あぁ?」


 言ってしまった後に、青褪めた表情になる男。


「も・申し訳・・」


 男の顎に、闇海の蹴りがヒットする。

 壁に打ち付けられ、瞬間的に呼吸困難になる男。


「お前さぁ? 自分から家族の命を差し出して、俺達の傘下に入ってんだぞ? わかってんのか? 第二陣のメンバーに含めてやってんのに、到着早々俺に殺させたいわけじゃなかろう? 俺達は、日本って国じゃ新参の新参もいいところだってのはわかってんよな? あぁ、山紅と橙蘭に正面玄関の防衛を。好きに暴れさせていいぞ」


 白菜を切っていた手を止めていた男。

 包丁を丁寧にまな板の上に置いた。

 頷いて走っていく。

 闇鬼に蹴られた男。

 誰一人として助けようとはしない。


「だからよ? 俺達はあくまでも情報収集が目的だってわかってんだよな? 俺達は少々暴れても問題ないように、経歴詐称はしてあるけどよ? それも完璧なわけじゃねぇ? それに俺達は中国での有名な組織の一つに、精霊庁の情報にも記載されてるって知ってるよなぁ? あぁ、俺の武器持ってきてくれる? 俺の組織内での呼称もばれてるってわかってんのか? あぁ? 今正体を露見させるわけにはいかねぇってわかってんのか? あぁ?」


 男の顔に、自分の顔を近づけた闇鬼。

 一気に捲くし立てる。


「も・申し訳ありません。闇海さん、こいつへの教育が足りてませんでした。どうか罰を与えるならば私も教育不行き届きで同罪です。私にも同様の罰を」


 厨房に走って戻ってきた筋骨隆々な偉丈夫。

 闇海の前で土下座し出した。


「これでこいつは二回目だ。次はねぇと思えよ? 俺もやりたかねぇが、次やったら、てめえの眼前で妻も二人の娘も、二度と表にでれねぇように肉体も精神も壊されるって理解しとけや?」


「あ・・闇海様、も・・申し訳ありませんでした。ど・どうかお許し下さい。家族・・家族だけはどうか」


 偉丈夫の隣で、男も頭を床にこすりつけた。

 同じ様に土下座を始める。


「様はいらねぇってんだろ? あぁ? 三回目はねぇと思えよ? 家族を差し出したんはおまえだ。おまえのミスは家族が背負うって理解しとけや? 今回だけだぞ。おう、俺の刀持ってきてくれてありがとな」


 厨房から出て行った男。

 闇鬼の魔装器を取って戻って戻ってきた。

 優しく微笑む闇鬼。

 彼から青雲偽剣一型(セイウンギケンイチガタ)を受け取った。


「今回は許してやる。悪いが恩売ってくるから、蝦の殻剥き残りはまかせたわ」


 厨房を後にした闇海。

 裏口からゆっくりと外に出る。

 見たことも無い奇妙な植物が四体蠢いていた。

 同時に聞こえてくる声。

 声はありあベーカリーの方からだ。

 目前にいる奇妙な植物をあっさりと斬り倒す。

 興味本位で声の方へ向かった。


「数が少ないと思ったが、納得」


 彼の視界に飛び込んできた光景。

 濃密な魔力により、顔をはっきり確認する事は出来ない。

 だが、何者かが縦横無尽に飛び回っている。

 奇妙な植物の群れを相手に暴れていた。


 どうやら拳だけで、殲滅しているようだ。

 拳の一撃一撃が、凄まじい破壊を撒き散らしている。


 背後からの攻撃に身を退避させる闇海。

 先程斬り裂いた奇妙な植物。

 そのうち、二体がまだ動いていた。


「再生能力有りなのか。それじゃ何故、動いてるのは二体だけなんだろうか?」


 動かない二体を見る闇鬼。

 人間で言うところの胸の部分。

 球体状の核のようなものが見える。

 それだけで、なんとなく理解した闇海。


「あれが核で、電池みたいなものか? あそこから魔力? いやこれは霊力か? 随分歪な感じがするな。ともかく、核が破壊されるか霊力が尽きない限りは、動き続けるという事なのだろうか? うーむ? 四体だけでは、推測の域も何もないか」

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