023.口付-Kiss-

1991年5月26日(日)PM:13:02 中央区特殊能力研究所付属病院四階五号室


 三井さんと由香さんに急かされて、僕は何とか食事を食べ終わった。

 まだうまく腕を動かせない三井さん。

 由香さんに食べさせてもらっている彼が少しだけ、羨ましかった。

 彼女はトレー毎、食器を片づけに行ったので、ここには既にいない。


「あの時、三井さんが吹雪さんを庇った時、なんで殺さなかったんでしょうね?」


「なんだ、俺が死んでた方が良かったか?」


「ち・・違いますよ」


「ははは、冗談だよ。まあ、背中に刺さったのは、明らかに手加減されていたからな」


「それに僕が突っ込んだ時も」


「あれは推測だが、鬼の力と、あの金属操作の力は、同時には使えないんじゃないのか?」


「そうなんですかね?」


「二つの力を同時に使うってのは、結構高度な技術なんだよ」


「え? そうなんだ。でも三井さん何でそんな事知ってるんです?」


「さあな」


「さあなって」


「お邪魔するよ」


 ふと入口をみると人が三人立っている。


「龍人に柚香、それに笠柿刑事」


「よう。派手にやられたみたいだな」


「三井さん、知り合いです?」


「ああ、そうだ。やたらでかいのが笠柿刑事、隣が同級生の柚香、そして探偵の龍人だ」


 角刈り気味の黒髪、でかいスーツの人が笠柿刑事。

 その隣の、赤みのさした髪色の、ロングの娘が柚香さん。

 癖毛っぽい人が、龍人探偵という事らしい。


「やたらでかいは余計だ」


「ははは・・・」


 僕は思わず苦笑いしていた。

 改めて三人に向き直る。


「桐原 悠斗(キリハラ ユウト)です」


「はじめまして」


 柚香さんは、とてもかわいらしい声でそう挨拶してくれた。


「ほら、これでも食え」


 備え付けの収納タンスの上に、紙袋をおく龍人さん。


「中身はなんだ?」


「見てからのお楽しみだ」


「龍人さん、いじわるしないで下さい。義彦さんは怪我人なんですよ!!」


「お前らは相変わらずだな。まあ元気みたいだし、俺は署に戻るわ」


 笠柿と呼ばれた人は病室を出て行った。


「義彦、こないだの依頼だが、ちょっと時間かかりそうだわ」


「そうか。わかった」


 僕は言葉を挟む事も出来ずただただ眺めていた。


「んじゃ俺も帰るわ。柚香、最近物騒だから、あんま遅くなるなよ」


「はい、龍人さん」


「じゃな」


 龍人さんは、軽く手を挙げて病室を出て行く。

 一人残った柚香さん。

 紙袋の中身を取り出した。


「よければ桐原さんもどうぞ」


 タイヤキを一つ渡してくれる。

 有り難く、僕は彼女から頂いた。


「ありがとうございます」


「義彦さん、あーんして下さい」


「ちょっと待て、柚香。それぐらい自分で・・」


「怪我人なんですよ。包帯ぐるぐる巻きのその手で何を言ってるんです」


 有無を言わさず、三井さんの口元にタイヤキを近づける柚香さん。

 しばらく無言で抵抗していた三井さん。

 諦めたかのように、タイヤキに噛り付いた。

 僕は羨ましいと思いながら見ている。

 照れ気味で、不貞腐れているような三井さんを見て、思わず笑ってしまってた。


「桐原さん、私達何か可笑しいですか?」


「いや・・な・・なんでもないです」


 それでもやはり笑いが込み上げる。

 声が漏れる度に、三井さんの視線が突き刺さった。

 その目は何が可笑しいんだと言っているようだ。


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1991年5月26日(日)PM:16:32 中央区特殊能力研究所付属病院七階十号室


 隔離された部屋の中を覗き込んでいる白衣の男。

 その隣で、古川 美咲(フルカワ ミサキ)も部屋を覗き込んでいた。


「元魏、有下兄妹の様子はどうだ?」


「所長。兄はそうでもないですが、妹は肉体的にも損傷が激しいですね」


「そうか」


「正直、目覚めるかどうかはわかりません」


「久下達が二人にした事を思えば、精神的ダメージは計り知れないだろうしな。兄の罪悪を背負う形になった妹は特に」


「そうですね。妹の方は悲劇としか言えません」


 暗澹だる表情の古川と白紙 元魏(シラカミ モトギ)。

 二人の視線の先に見えるのは有下 雄二(アリシタ ユウジ)。

 隣のベッドには、妹の有下 和希(アリシタ カズキ)が寝かされていた。

 静かに、生きている事を教える、心電図の音だけが響く。


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1991年5月26日(日)PM:17:32 中央区特殊能力研究所付属病院四階八号室


 ベッドで上半身を起こしている久下 春眞(クゲ ハルマ)。

 その側の椅子に座っている古川。


「長眞や十二人の鬼人達からも、事件についての話しを聞いた。裏付けを取ったわけではないが、嘘はなさそうだな」


「そうか」


「その上で質問がある」


「なんだ?」


「有下兄はおそらく、お前達に倒され死にかけていたはずだ」


「そうだな」


「何故生きていた?」


「塩辛が何かしたようだったが、詳しくはわからんな」


「そうか。それでは有下妹も塩辛が何かしたのか?」


「たぶんそうだろうな」


「あともう一つ、霧を作り出す能力者はいるか?」


「俺達には無理だな。いるとすれば、塩辛が連れてきた奴らの誰かだろ?」


「ふむ。わかった。それでだ。何処で知ったのか? 豊平退魔局の下衆野郎が、お前達を渡して欲しいと連絡してきた」


「それで?」


「断わる事も出来るがどうする?」


「眞彩や長眞達は何か言ってたか?」


「あいつらは引き渡しに応じるそうだ」


「そうか。ならば断わる理由もないな。それにあの下衆野郎を一発殴りたい」


「今の発言は聞かなかった事にしておこう。到着は今日の二十時の予定だ」


「ありがたい事で」


「お前達のした事は、決して許されるべき事ではない。お前達の処遇がどうなるのかはわからないが、最終的に妹とその子供に、全ての罪悪の矛先が向けられる可能性が高い事だけは覚えておけ」


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1991年5月26日(日)PM:19:48 中央区特殊能力研究所付属病院四階五号室


 柚香さんは既に帰路について、ここにはいない。

 僕は三井さんと、他愛もない世間話をしていた。

 そこに現れた、腰まである紅髪の女性。

 シンプルなワンピースの眞彩さんだった。

 三井さんの寝てるベッドまで歩いてくる。


「眞彩、どうした?」


 僕と三井さんは、突然現れた眞彩さんに若干戸惑っていた。


「お渡ししたい物がありまして」


 彼女は手提げの小さめの鞄から、一つの手帳を取り出した。


「これは朝霧 拓真(アサギリ タクマ)というお名前の方の手帳です。おそらく、私達が隠れていた家の持ち主だったのではないかと思います」


「それを何故俺達に?」


「私達に協力してくれた、ある組織の事が書かれていたのを思い出しましたので」


「ある組織?」


「詳しい事は、兄様達が古川所長さんに既にお話ししてますが、【ヤミビトノカゲロウ】という組織です」


「詳しい事は所長に聞けばいいか。桐原、悪いが受け取ってくれ」


「わかりました」


 僕は三井さんの代わりに、眞彩さんから古びた手帳を受け取った。


「それと私達は豊平退魔局に引き取られる事になりました」


「そうか」


「豊平退魔局?」


「俺達の同業者みたいなものだな」


 そこで眞彩さんは、三井さんの顔を覗きこむように近づいていく。


「眞彩?」


 突然顔を近づけてくる眞彩さん、その意図がわからず狼狽してる三井さん。

 その顔は徐々に、三井さんの顔に近づいていく。

 お互いの吐息が感じられる距離まで近づいていた。


「穢れた唇でごめんなさい」


 そう言うと三井さんの唇に、唇を重ねた眞彩さん。

 三井さんも突然の事にフリーズしている。

 そういう僕もその光景を見ながら茫然していた。


 しばしの間、そのまま時間だけが過ぎる。

 短いようで長いような時間だった。

 実際には、数秒経過しただけなんだろうけども。

 顔をあげた眞彩さんは、そのまま振り返る事もなく病室から出て行った。


「ありがとうございました」


 それだけを言い残していった。

 一筋の涙が、零れたような気がするのは、僕の見間違いじゃないだろう。

 彼女は、三井さんの事が好きだったのかもな。


 彼女の気持ちとは裏腹に、何も言えなかった三井さん。

 いまだにフリーズしたままでいる。

 病室の入り口で、愛菜が顔を真っ赤にして立っているのに気付いた。

 眞彩さんが三井さんに、唇を重ねていたのを目撃していたようだ。

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