219.粉砕-Pulverization-

1991年7月13日(土)AM:0:11 中央区精霊学園札幌校第二学生寮女子棟一階一○三号


「ねぇ? 伊麻奈ちゃん、いつから悠斗君は伊麻奈ちゃんの騎士になっちゃったの?」


 少し笑いながら、少女にそう問うた。

 同室の白紙 伽耶(シラカミ カヤ)だ。

 彼女の唐突な質問に、驚きの極 伊麻奈(キワ イマナ)。

 咄嗟に何と答えていいかわからない。

 しばらく逡巡していた彼女。


「悠斗さんが私の騎士? 何の話です?」


「やっぱ知らないんだ。えっとね。今日健康診断と測定診断の結果貰ったでしょ?」


「はい、貰いました」


「それで悠斗君の見せて貰ったんだ。そしたらね。通名のところがね」


「通名がどうかしたんですか?」


「【桃鬼姫の騎士】になってたのよ」


 笑いを堪える事が出来なくなった伽耶。

 とうとう笑い始めてしまった。

 しかし、言われた伊麻奈。

 絶賛フリーズしている。

 フリーズから立ち直った伊麻奈。

 笑い地獄から帰還した伽耶。


「伽耶さん、笑い過ぎです」


「ごめんごめん。まさかフリーズする程、驚くとは思わなくてさ」


「酷いですよ」


 ぶすっとした顔で伽耶にジト目を向けた。

 ツインテールを解いている伊麻奈。

 薄桃色の髪が、パラパラと白い肌の顔にかかった。


「それで悠斗君の事どう思ってるの?」


「どうって言われても。悠斗さんや三井さんに吹雪さん、彩耶さん。それに伽耶さん沙耶さんには助けて頂いたので、とても感謝しています。でも伽耶さんみたいに一人の男性として気になっているわけではありませんよ」


 伊麻奈の言葉に、今度は伽耶が絶句する番だった。


「なーぜー、ばれてーるしー? 確かに気にはなってるけどさ。でも悠斗君と愛菜ちゃんの間には入れないよ。入る余地なんてないよ。それに気になってるだけで、淡くても恋心抱いてるかって聞かれると自分でもわかんないんだよね。ってなんでこんな話しになってるんだろ」


「たぶん発端は伽耶さんだと思いますよ」


「あれぇ? 私自爆したって事なの?」


「そうかもしれませんね」


 クスクスと笑う伊麻奈。

 がっくりと肩を落とした伽耶。

 ポニーテールを解いてる伽耶の黒髪が揺れた。


「もう。寝よう。うんそうしよう」


 既にパジャマに着替えていた伽耶。

 ティーシャツにパンティーの伊麻奈。

 伊麻奈はティーシャツとパンティーも脱ぐ。

 全裸になったのだ。


「もう見慣れたけどさー。よく全裸で眠れるよねぇ?」


「慣れてると気にならないですよ」


「冬場はどうするの?」


「さすがに寒いので、ティーシャツを着て寝ますね」


「そうなんだ。寒いのにティーシャツだけなんだ。うん、なんか凄いな」


「そうですか? それじゃおやすみなさい」


 伊麻奈が電気を消した後そう言った。


「伊麻奈ちゃん、おやすみねー」


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1991年7月13日(土)AM:0:29 留萌市沖見町沖見海洋特殊研究所一階


 正面玄関を突き破ってくるいくつもの拳大の岩塊。

 そのままロビーを滑空し壁に突き刺さる。

 玄関を削りきったところで岩塊の飛来は止まった。


 しばらくして歩いてくる人影。

 狼状態のアラシレマ・シスポルエナゼムと綿烏 雅(ワタガラス ミヤビ)。

 雅はアラシレマに抱きかかえられている。

 彼の首に纏わりついていた。

 二人がロビーに歩いてくるが、そこには誰もいない。


「うーん? 完全包囲で待ってるーと思ったーんだけどーな?」


 雅を下ろしたアラシレマ。

 彼女はアラシレマの右側に寄り添った。

 反射の障壁はいまだに存在している。

 しかし、出現した時に比べ、透明度が上がっていた。


「なーんだろー? なーんで誰もいーないんだーろ?」


「進むしかないのでは?」


「まーそーだよーねぃ?」


 遠くから、たくさんの何かが近づいてくる音。

 アラシレマの耳に届いた。


「何かーが近づーいてーくーるねー?」


「何かですか?」


「うーん、たーくさんの足音ーだー!」


 何処か嬉しそうなアラシレマ。

 現れたのは、全身黒いウェットスーツの一団。

 黒いフルヘルメットだ。

 顔はおろか瞳さえも見えない。


 胸の部分には金属製の鎧を纏っている。

 両手には湾曲した短刀を持っていた。

 ククリナイフのようにも見える。


「ざっと、五十人ぐらいかなー? いやー、人なーのかーな?」


「【四赤眼の黒狼】、おとなしく投降しろ。抵抗すれば容赦はしない」


「後ろの娘は、制服? 町の学生? 人質にでもされたのか。今助けてやるからな」


「雅ちゃん、下がってーてねー」


 雅の耳元で囁くように呟いたアラシレマ。

 彼の指示に従い後ろに下がった雅。


「人質を盾にしないで、私達五十名と戦うつもりか? 蛮勇のつもりか何かしらないが、勝てると思ってるのか?」


 最初の声音よりも、若干の低音の声が響く。


「どーだろーねー? でも楽しーめそうじゃーないかーな?」


「話しても無駄ですね。やりましょう」


 五十名がタイミングをずらしてアラシレマに飛び掛る。

 百本のナイフの斬撃にさらされるアラシレマ。

 一人目をあっさりと躱す。

 二人目が躱した先に向かって攻撃してきた。


 ロビー内を縦横無尽に跳ね回る。

 アラシレマとウェットスーツの一団。

 反射の障壁は徐々に透明度を増し消滅。


 七体目を爪で斬り裂いた。

 だが、アラシレマは八体目に背中から斬られる。

 順繰り繰り出される百本のナイフ。

 全て躱しきる事が出来るはずもない。

 徐々に斬り傷を増やしていくアラシレマ。


 斬り裂いたはずの三体目と八体目。

 更に反射により自爆した個体達。

 その傷が徐々に回復していた。


「人形かー。というこーとは、人形師がどーこかーにいーるはずだーよねー? どーれかーが魔力を送っていーるはずなーんだけどなー」


 アラシレマの左手が肘から分断された。


「これだけの数だ。いい加減諦めろ」


「うーん? こんなもーんなの? もういいやー」


 瞬時に、アラシレマの近くにいた三体が斬り裂かれた。


「一体一体たおーすのもめーんどくーさいなー」


≪氷結地獄の禁所(コキュートスハレム)≫


 アラシレマから前方に放たれた氷結の波。

 瞬時に拡がっていく。

 触れるもの全てを凍結させていった。

 一面が氷の世界に変わって行く。


≪散氷弾(ショットアイスバレット)≫


 アラシレマから放たれた氷の散弾。

 氷の世界の氷像のように凍結した一団を砕いた。


≪瞬間重力(モーメントスケアクラフト)≫


 更に魔術を行使したアラシレマ。

 何とか粉砕を免れていた者達。

 瞬間的に倍増した重力の負荷。

 呆気なく砕け散っていく。


 何かを囁いたアラシレマ。

 時間が巻き戻るように左手や傷が回復していく。

 何も物言わず、じっとその光景を雅は見ていた。


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1991年7月13日(土)AM:0:54 留萌市沖見町沖見海洋特殊研究所地下四階


 エレベーターが到着する音。

 開かれる重厚な扉。

 中から出てきたのは一匹と一人。

 四つの赤眼の黒狼と、制服姿の少女。

 雅の前に立っているアラシレマ。

 まるで守護するかのようだ。


 彼らを迎え撃つように、現れた武装した一団。

 躊躇なく発砲した。

 しかし、銃弾はアラシレマの眼前で反射される。

 発砲者自身を貫いていく。

 血と叫び声に満たされていく空間。


≪酸毒腐粘液(アシッドポイズンミューカス)≫


 ぐつぐつと煮え滾った粘液。

 緑と紫の液体が武装した一団を飲み込んでいく。

 取り込まれ苦悶の表情になる。

 彼らを尻目に、二人は先に進む。

 雅は興味津々に、取り込まれた彼らを時折見ながら歩いた。


「さっき拷問しちゃったひーとによーると、このさーきの別のエレベーターを使わないとだーめみたいだけどー。どーやーらーまーだ警備はいーるよーだねー。この先ーで、僕達をーまってーるみたいだなぁ。ロビーの後だーけでも五十は倒したーと思うんだーけどねぇ」

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