232.侵入-Trespass-

1991年1月1日(火)PM:15:56 手稲区二十四軒手稲通


「住所だとこの辺なんだよね?」


「あぁ、そうだ。この辺に稲済って家があるはずだ」


 灰色のダウンコートの男の言葉。

 隣の男は黒のロングコートだ。


「楽しみだなぁ」


 雪が降り始めた中、表札を確認していく二人。


「ブラッドシェイクか」


 黒のロングコートの男が呟いた。


「あの筆談野郎は何を思って、俺達に情報を提供したのだろうか。まぁ情報の提供代わりの仕事は済ませたわけだからいいか」


「終わった後は好きに暴れてくれていいって話しなんでしょ?」


「あぁ、そうだ」


「禮那ちゃんの家何処かなぁ? 黒い方は黒恋だっけ? 珍しい名前だよね?」


「そうだな。しかし、陸霊刀か? 何処かで聞いた事があるような気もするんだが。養子ではなく同居というのも引っかかるが」


 嬉しそうな灰色のダウンコートの男。

 黒のロングコートの男は少し思案顔だ。

 そのまま五分ほど歩いた二人。


「畳兄、見つけたぞあれだ」


「稲済だな。資料が正しければ、住所も間違いないようだ」


 ポケットから手帳をだした黒のロングコートの男。

 手帳のページを開いていく。


「家族構成は、夫の佑一に妻の禮愛、禮那が娘か。そして同居人の黒恋。間、そこの壁を溶かしてくれ」


「はいよ」


 返事の後に右手を壁に向けた間。

 少し粘性のありそうな無色透明な液体。

 右手の前に生成されていく。

 そして、コンクリートの壁に注がれた。

 物理的には有り得ない速度だ。

 コンクリートの壁は溶解していった。


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1991年1月1日(火)PM:15:57 手稲区稲済邸二階


「おかしくない?」


「おかしくないよ。黒恋ちゃん、かわいいよ。これで義彦さんに可愛いって言わせるんだよ」


「――何を」


 顔を俯かせて少し照れている。

 そんな表情の陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)。


「禮那だって、義彦に言わせるんでしょ?」


 反撃するように、黒恋の口からでた言葉。

 同じように少し顔を赤らめる稲済 禮那(イナズミ レナ)。

 その後二人は、顔を見合わせて微笑み合った。


 禮那は白地の着物。

 袖や裾が、桔梗の花をあしらった水色の柄だ。

 袖口や裾口は水色から白のグラーデーション。

 帯も濃い水色で、帯締めと帯揚げが黒だ。


 黒恋が着ている着物も、基本的には禮那と同じもの。

 ただし、水色のところが橙色になっている。

 現代風に髪を結い上げていた。

 同じ模様で受ける印象は異なる。

 テーブルの上には、着物とお揃いの色。

 下駄や小物入れが見えた。


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)と古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 二人が来るのを、黒恋と禮那は知っている。

 だが、仕事の為だという事は聞いていない。

 その為、初詣に付き合わせるつもりでいる。

 初詣にいった後は、御節や雑煮も一緒に食べるのだ。


「パパとママにも見せに行こうよ。この日の為にプレゼントしてくれたんだから、まずは最初に見せてあげないと拗ねちゃう」


「――拗ねはしないと思うけど」


 また、顔を見合わせて微笑みあった。

 部屋を出たところで止まった黒恋。

 彼女は、突如霊気を感じたのだ。

 刀を右手に持っている。

 その為、左手で禮那の手を掴んで止めた。


「え? どうしたの?」


「感じた事のない知らない霊気を感じる。義彦じゃないと思う。私が先を歩く」


 彼女の言葉に、少し驚いた禮那。

 突然の黒恋の言葉。

 しばらく躊躇してしまう禮那。


 最終的には黒恋の言葉に従う。

 しばらく、廊下から階下を覗いていた。

 少しして、黒恋を先頭に、二人は進み始める。

 ゆっくりと階段を下り始めた。


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1991年1月1日(火)PM:15:58 手稲区稲済邸一階


 ソファに座っている男。

 コーヒーを飲んでいる彼は、黒眼黒髪のオールバック。

 稲済 佑一(イナズミ ユウイチ)は、感嘆の表情。

 寝室から出てきた妻の稲済 禮愛(イナズミ レア)。

 彼女を見ている。

 黒髪を結い上げている彼女。

 少しだけ恥ずかしそうだ。


「佑一さん、そんなじろじろ見ないで下さいよ。恥ずかしいじゃないですか?」


「何を言ってるんだい? 折角の妻の晴れ姿なんだ。しっかり目に焼き付けたいじゃないか! 禮那と黒恋とお揃いにしたんだよね?」


「はい。そうですよ。禮那は水色と白、黒恋は橙色と白」


「そして我が愛しい妻は紫と白」


「はい。黒恋はやはり、義彦君に好意を抱いているのでしょうね」


「だろうね。わざわざ橙色を選んだぐらいだし。普段は文句ばかりで冷たく当たってるように見えるけど。恥ずかしさの裏返しなんだろうな」


「たぶん、そうだと思います」


 微笑から一転、真剣な眼差し。

 同時に窓を見た二人。

 佑一は立て掛けてあった刀。

 地纏三号丸(ツチマトイサンゴウマル)を抜刀した。


 禮愛も寝室に戻っていく。

 窓の奥に見える二人の人間。

 突如、粉砕され砕け散る窓。

 藤村 間(フジムラ ケン)と藤村 畳(フジムラ チョウ)。

 二人が立っていた。


 音を聞いた禮愛。

 急いで寝室から戻ってくる。

 彼女は、両手に装着している。

 嵐纏二号爪(アラシマトイニゴウソウ)。

 篭手型の霊装器だ。


「稲済家の皆様、こんばんわ」


 ニコリと笑い、灰色のダウンコートの間が口を開いた。


「佑一と禮愛夫妻か? 黒恋ちゃんと禮那ちゃんを攫いに来た」


「何? 攫う? 何を? 何の冗談か知らないが、去れ」


「まぁ、そうゆうわけだから。邪魔だから死んでね」


 佑一の言葉に聞く耳も持たない。

 間が掲げた手から解き放たれた水の弾丸。

 その数、合計二十発。

 至近距離で逃げ場はない。

 しかし、禮愛と佑一は全てを弾き落とした。


「こんなところで戦闘はしたくないが。聞いてくれそうにもないな」


「父と母には申し訳ありませんが」


「さすが、一級と言ったところだな。だがその着物でどう動く?」


 禮愛を向いている畳。

 彼が動く前に行動した佑一。

 彼の突進するような突き。

 辛うじて躱した畳。


 佑一は窓の外まで移動していた。

 即座に、戻るように突きの追撃を行う。

 二撃目もぎりぎりだったが、躱す事に成功した畳。

 刀が触れたわけでもない。

 なのに、コートが二箇所破けていた。


「ほう? ただ躱すだけでは駄目という事か。斬れたというよりは、捻れた? 面白い。こいつは俺がやる」


「はいさ」


 気安く答える間。

 禮愛を見て手を再び翳す。

 放たれた水が、鞭のように彼女を目指した。


 着物の状態で、動きにくい。

 にも関わらず、水の鞭を躱す。

 時には拳で弾いていく禮愛。


 狭い室内で戦闘を繰り広げる。

 すばやい動きと、三次元の動きで間の目前まで迫った。

 しかし、間はずっとにやりとした笑いのままだ。


 右の拳を突き出そうとした禮愛。

 突如、左足の甲を突き抜けてきた水の棒。

 予想外の攻撃と痛みに、一瞬判断が遅れた。


 瞬時に伸びた水の棒が左足の膝を貫通。

 更に左の前腕を貫く。

 痛みに崩れる禮愛。

 血に染まる着物。


 拳に水を纏っている畳。

 接近戦を繰り広げていた佑一。

 禮愛の負傷に、一瞬注意が反れた。


 畳が繰り出した、水を纏った横薙ぎの蹴り。

 回避する事も出来ずに、吹き飛ばされ壁に激突。

 痛みで呻いている禮愛の側に落ちた。


「兄貴に言われた通りにしといて正解だった」


 二人を見下ろす間。

 立ち上がろうとする佑一。

 間の前に生成された水の壁。

 佑一と禮愛、二人に覆い被さるように迫る。

 歯を食いしばっている禮愛。


 右手の刀で突きを繰り出した佑一。

 水の壁の中心に穴を開けた。

 更に反発したように弾き飛ばす。


 弾き飛ばされた水。

 壁や床、天井が溶け始めた。

 間の手から、再び水の弾が佑一に降り注ぐ。


 左手を禮愛に翳した佑一。

 反発力が働いたように彼女を突き飛ばした。

 彼は刀一本で、数百の雫のような水の弾と対峙する。

 彼自身の霊力を使い雫を弾き返した。


 その後に迫る水の壁。

 雫を飲み込み佑一に迫る。

 水の壁を刀の刀閃と直角に、上下に弾き飛ばす。

 しかし、水の壁は二重になっていた。


 一つ目を弾き飛ばした佑一。

 驚きの顔になった。

 だが、返す刀で二つ目を弾こうとする。

 しかし、水の壁を完全に弾く事が出来ない。

 そのまま、飲み込まれた。


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1991年1月1日(火)PM:16:14 手稲区稲済邸一階


 畳は、居間から廊下に抜ける扉を開けた。

 二人の少女と遭遇する。

 驚きの彼女達と、にやつく眼差しの畳。


「いたぞ」


「探す手間が省けたね」


 間の視界にいる畳が突然消えた。

 黒恋が鞘のままでぶん殴ったのだ。

 唖然としている間。


「いい一撃だった」


 玄関まで吹き飛ばされた畳。

 何事も無かったかのように立ち上がった。

 黒恋が殴打した場所は、水で覆われている。


「だが俺を倒すには、いささか威力が足りなかったな」


 黒恋は畳を警戒の眼差しで見ていた。

 瞬時に彼の前に移動、鞘毎振りぬく。

 しかし、畳の展開した水の膜を突き破れない。


「そこまでだよ」


 禮那の首を押さえている間。


「動くと、残念だけど禮那ちゃんの首と体が別れ別れになっちゃうよ」


 涙目になって震えているいる禮那。

 その姿とは対照的な事を叫んだ。


「黒恋ちゃん、私の事はいいから、この二人を止めなきゃだめえぇぇ」


 恐怖で震えているのがわかる。


「禮那!? くっ。見殺しになんて出来ないよ」


 歯軋りする黒恋。

 突如禮那と黒恋の手足を拘束。

 無数の水の蔓が絡まっていた。

 更に鼻と口が水に覆われる。

 呼吸すらままならなくなった。


 苦しさに悶えている二人。

 鼻と口を覆っている水。

 そこから蔦のように水が伸びていく。

 頸動脈部分を押さえる。

 数十秒して、二人は意識を失った。

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