053.目線-Look-

1991年6月1日(土)PM:17:37 中央区謎の建物二階


 射出された岩塊は、僕の頭上、斜め上に飛んで行った。

 なんとかナックルダスターで、防ぐ事は出来たようだ。

 そう思ったが、同時にナックルダスターにヒビが入り砕け散る。

 激しい衝撃により、僕の体は重く立ち上がる事すら出来ない。

 衝撃の影響か、両腕は痺れているし耳もキーンとしている。


「この距離じゃ、階段に辿り着く前に狙い撃ちされるな・・・万事休すかね?」


 健一さんの口角が、吊り上っている。

 その瞳は真っ直ぐに奴を睨みながら、僕の体を支えてくれていた。

 健一さんの周囲には、四つの巨大な岩塊が射出されるのを今か今かと待ち続けている。

 脳味噌フル回転で、僕が考えたのと同じ事を健一さんも思ったのだろうか?


 時間差で射出された岩塊。

 一つ目は奴の左手で弾かれた。

 二つ目、今度は右手。


 ここからが問題だ。

 推測通りなら奴は、防げない可能性もある。

 だがそんな甘い考えは、所詮甘い考えだった。


 三つ目を左手で上に弾き、四つ目を右手を振り下ろし下に弾く。

 目の前の出来事に、戦慄の症状の健一さん。

 何か言葉を発しようとしたが、呑みこんだみたいだ。


 突如、凄まじい突風が奴を襲う。

 予想外の方角からの攻撃だったのか?

 奴はそのまま、突風に呑まれて壁に貼りつけられた。


 それでも、容赦なく続く風の勢い。

 背後の壁に亀裂が走る。

 奴は砕けた壁から、そのまま外に飛ばされていった。


 その間に、僕と健一さんの側まで走ってきた三井さん。

 何とか立ち上がる位までには、僕は回復していた。

 しばしの無言の三人。


「今の奴は何だったんだ?」


 最初に口を開いたのは三井さんだった。


「――何処の誰かは知らないが魔術師だ。それもかなり強い。俺の最大出力の岩塊を弾くし、桐原君の土を纏った拳打も、効いた感じがしなかった」


 何を言うか迷ったのだろうか?

 何度か口を開きかけてから、健一さんがそう答えた。


「健一さんの言う通りです」


 僕は健一さんの言葉を肯定するように、そう答えていた。 「手を出そうと思えば、もっと早くだせたんだけどな」


 そう言う三井さん。

 唖然として、僕は三井さんを見ていた。

 無意識なので、どんな表情をしていたのかはわからないけど。


「ならもっと早く手貸してくれても」


 少し憮然とした表情になってしまった僕。

 思わず咄嗟に、そう呟いてしまった。

 健一さんは、特に表情を変える事もなく、ポーカーフェイスを貫いている。


「二階に来たのはいいが、誰もいないし出てきたと思ったら慌ててるし。変な奴は出て来るしで、状況を理解するのに時間がかかったのはあるかもな。自分で言ってて何だけど、ただの言い訳にしか聞こえないな」


 三井さんは、申し訳なさそうにはにかんだ。

 そこで、今まで静観していた健一さんが口を挿む。


「階段の所に身を潜めて、状況を確認してたって事か。まぁ、状況が把握出来なければ、手の出しようもないからある意味当然か」


「あぁ、人が部屋から出て来たと思ったらやりあってるしな。迂闊に何か手出せば、藪蛇にも成りかねないだろ」


「普段ならそうだが、あいつは例外だったかな」


「そうなのかもな。ところでまったりしてる所悪いが、伊都亜ちゃんは見つかったのか?」


 三井さんの言葉に、現実に引き戻された僕。

 走り出そうとして、態勢を崩して転びそうになる。

 三井さんが僕の体を支えてくれた。

 おかげで、転んで倒れずに済む。

 その間に、健一さんが一つ目の部屋に歩き出した。

 部屋に入る直前に、急に走り出した気がするけど気のせいかな?


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1991年6月1日(土)PM:17:43 中央区謎の建物二階


 部屋の中にはいった相模 健一(サガミ ケンイチ)。

 彼がが目にしたのは、カプセルから出ている緑髪の男。

 碧 伊都亜(ヘキ イトア)の側に立っていた。

 髪の毛は、濡れているせいかペタリとしている。

 紫色のカプセルの前面は解放されていた。


 おそらく、黒いローブの魔術師が、部屋を出る前に解放したのだろう。

 男が、ふと足元にいる少女に視線を向ける。

 その額に、徐々に緑色の渦が角の様に生えてきた。

 少しばかり、体も逞しくなった気もする。


 緑髪の男は突如、足を振り上げた。

 男のやろうとしている事を瞬時に理解した健一。

 走り出した彼は、咄嗟に岩塊を緑髪の男に射出。


 緑髪の男は、振り下ろそうとした足をそのままに、対象を変える。

 岩塊に回し蹴り気味に放ち払った。

 滑り込むように伊都亜の前に進む健一。

 お姫様抱っこの様に持ち上げ、そのまま腰をあげつつ背後に下がる。

 その間に、射出された岩塊が弾かれた。

 緑髪の男の背後の壁を突き抜けて消える。


 直感で反射的に顎を引く健一。

 目の前を緑髪の男の左足が通り過ぎた。

 紙一重の差でかわした形だ。


 安心したのも束の間。

 前のめりになった緑髪の男の、振り上げた左足。

 今度は踏みつけるように、健一に振り下ろされた。

 僅かな時間で後ろに下がり、彼は振り下ろされた左足から逃げる。

 距離が近すぎて、振り向いて走り出す時間はない。


 その振り下ろされた左足が、床にヒビをこしらえるのを目撃。

 その僅かな躊躇が、次の攻撃を避ける間を消失させる。

 失敗を自覚した時には既に遅い。


 胸部に強烈な衝撃を喰らい、弾き飛ばされ床を滑る健一。

 緑髪の男の右足による、前蹴りをまともに喰らったのだ。

 伊都亜を抱えたままの健一。

 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)と三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)のいる部屋。

 床を滑りながら辿り着いた健一。

 持ち上げた腕が、腰の当たりで止まったのが幸いした。

 伊都亜を蹴られるという愚行だけは、おかさなくて済んだからだ。


 しかし、彼の胸部への衝撃は半端なかった。

 部屋から伊都亜と一緒に床を滑ってきた健一。

 彼等を見た三井と桐原は、驚愕の表情になった。


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1991年6月1日(土)PM:17:45 中央区謎の建物二階


 僕は呆然と、滑り出してくる健一さんと伊都亜さんを見ている。

 その後に、血走った瞳の緑の髪の男が現れた。

 健一さんを蹴り砕こうとするかのように、飛び上がる。


 その状況を目撃した三井さん、判断は早かった。

 緑の髪の男に向かって、荒れ狂う竜巻を吐き出す。

 僕らの事が視界にはいってなかったのか?

 避ける事も無く、荒れ狂う竜巻をまともに受けて、壁に叩きつけられた。


「とりあえずぶっ飛ばしたが、こいつは誰だ?」


 僕と健一さんに問いかけるかのように、視線を移してゆく三井さん。

 その答えは、予想に反して階段側に現れた人物から聞こえてきた。

 この声は、聞いたことがある。

 僕達は階段の方を振り向いた。


「そいつはたぶん、俺の捜し人だ!」


 そこには龍人さんと健二さんがいた。


「健二はともかく、何で龍人がいるんだ?」


「仕事だよ仕事。行方不明者の捜索さ。それがまさか、こんな事件になるとは思わなかったけどな」


 苦笑いをしながら、僕達を見ている龍人さん。


「まぁ悠長に話ししてる場合じゃないよな」


 健二さんの言葉の通りだ。

 確かに悠長に話ししてる場合じゃない。

 吹き飛ばされた緑髪の男は、ゆっくりと立ち上がった。

 こちらを睨んでいる。

 その瞳は何故か、健一さんが抱えている伊都亜さんを見ていた。


「さて、どうする? 数ではこちらの方が有利だが、奴に能力なり何なりがあるかどうかもわからない以上、迂闊に攻められないぜ」


 横目で、僕達をチラッと龍人さんが見た。

 僕と伊都亜ちゃんを抱えている健一さん、三井さん。

 ジリジリと少しずつ後ずさりしている。


 奴にも知能があるのか?

 遠距離攻撃を警戒しているのかもしれない?

 無闇には飛びかかってはこなかった。


「もう一体、未知過ぎる奴もいるし、一度逃げるのも手か」


 健一さんの意見に皆無言で首肯する。


「俺がもう一発、吹っ飛ばすからそしたら走れ」


 そう言うが早いか、竜巻を起こした三井さん。

 緑髪の男を襲う複数の竜巻。

 複数の竜巻に襲われた奴は哀れ、翻弄され続けていた。


 まるで合図かのように、僕達は階段まで走り、一気に駆け降りる。

 いまだ、竜巻に翻弄されているであろう緑髪の男から逃亡。

 龍人さんと健二さんは、既に駆け降りて階段の下に辿り着いていた。

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