032.私怨-Rancor-

1991年5月29日(水)PM:18:12 中央区特殊能力研究所二階


 やっぱ怖かったんだろうか?

 顔を上げた紗那さんは、ちょっとだけ涙目になってた。

 でも、さっきよりは安堵した表情になっている。


 一触即発とかにならなくて良かったな。

 三井さんが暴れたら、止めれる気がしないし。

 由香さんも、安堵した表情。

 やっと頭を上げた古川所長も、安心したような顔だ。


 その後は、質疑応答の時間になった。

 古川所長が、入学についてや、学園についての質問に答えてくれる。

 現地には由香さんもまだ、行った事はないらしい。

 ちょっとだけ、どんな所なのか気になる。

 でも学園って事は、何年も前から計画が進んでいたって事なのかな。


 気付けば一時間程経過していた。

 説明も質疑応答も終わり、戻ろうとしていた古川所長。

 突然、思い出したかのようにこっちを振り返った。


「言い忘れた。入学するしないに関わらず、どんなものか感じてもらう為、明日から特殊能力の授業を行う。時間は十八時から十八時五十分までの五十分。資料はこちらで用意するが、筆記用具とノートは準備するように」


 それだけ言うと、彼女は教室を後にした。

 授業がどんなものかわからないと、確かに判断しようがないしな。

 今までは、それらしい事も、特にしてなかったし、当然と言えば当然か。

 そんな感じで、その日は終わりを告げた。


 紗那さん以外の他の三人は、研究所の研究員として働く予定だそうだ。

 その途上で、何か色々有ったらしい。

 詳しくは教えてもらえなかったけど、どっかと一悶着あって揉めたそうだ。

 由香さんが、こっそり教えてくれた。


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1991年5月29日(水)PM:19:03 中央区特殊能力研究所二階


 古川所長のいなくなった教室。

 突然の、学園入学の話し。

 何となく、皆でその事を話しをしている。

 その中には、由香さんも混じっていた。


「あっそうだ、明日からの授業について、説明するね」


 そう言って、由香さんは全員の顔を見渡す。

 一呼吸の後、再び話し始めた。


「授業は月曜日から金曜日の、十八時から十八時五十分。もちろん学校とか、個人的な用事とかもあると思うから、自由参加は今までと同じね」


 今まで通り自由参加らしい。


「来れなくても、事前連絡とかはいらないから。事前に来れない事がわかっているなら、教えてくれると嬉しいけど」


 参加するのはいいが、愛菜に何と言ったものか・・・。

 皆で集まってると言ったら、ついてきそうだしなぁ・・・。


 ふと横を見ると、山本さんが、沙耶さんにやたら話しかけている。

 怪我の心配とか、学校の事とかだ。

 でも、沙耶さんは微妙に嫌そうな顔してる、気もする。


「あ、そうだ。ゆーと君さー」


「は・・はぃ?」


 突然、由香さんに問いかけられた僕は、ちょっと変な声になった。


「何その声」


 由香さんは、クスクス笑っている。

 何と言えばいいやら・・・・。


「・・・ちょっと考え事してて・・・」


 適当に誤魔化してみた。

 いや、嘘は言ってないよな。


「ごめんごめん、すっかり聞くの忘れてたんだけど」


 ん?

 何?

 なんかあったっけ?


「ゲスト扱いのままだけども、どうしよっか?」


 えぇー?

 今更聞くの?


「ゲスト扱いは、初日だけかと思ってました」


 正直に答えてみる。


「そっかー。じゃぁ、明日からの授業も、普通に来る予定でいいかな?」


「・・・・ん? あぁ、そうですね。問題は、愛菜に何と言うかですけど・・」


 あ、咄嗟に言ってしまった。


「そうか。愛菜ちゃんには、何も言ってないんだ」


「そうですね」


「んー、ゆーと君の力の事も、知らないんだっけ?」


 力?

 エレメントの事か?


「エレメントの事なら、知らないですね」


「そっかー。愛菜ちゃんいるかな?」


「愛菜なら、うちで夕ご飯の準備をしてると思います」


「うん、わかった。後で電話して、私から説明するね」


「はぁ? えっ?」


「大丈夫大丈夫。まかせなさい!」


「わ・・わかりました。お願いします」


 本当に、大丈夫なのかな?


「紗那ちゃん、そんな隅っこにいないで、こっちおいでよ」


「え・・っと、でも・・」


 立ち上がった沙耶さん。

 動かせる方の手で、紗那さんの手を軽く掴んだ。


「せっかく知り合えたのだし、仲良くしようよ」


 山本さんの視線が何か妙だな。

 まるで、邪魔するんじゃない、と言ってるかのような?

 いやきっと、僕の気のせいだろう。


「ほらほら、そろそろ終わりにしますよ」


 パンパンと、手を叩いた由香さん。

 彼女の言葉に、僕も帰る準備を始めた。

 伽耶さんは、むくれているようだ。

 何故なのかは不明。


 伽耶さんは沙耶さん、紗那さんと一緒に、楽しそうに会話している。

 三井さんは、吹雪さんと既に出て行った後だ。

 山本さんは一人、恨みがましい眼差しで出て行く。


 僕は瀬賀澤さん、夕凪さんと、三人で帰る事にした。

 まだ、傷が完治してない僕は学校を休んでいる。

 三井さんや吹雪さん、伽耶さんに沙耶さんも、既に学校は休んでいないそうだ。

 まさか、僕が一番最後になるとは思わなかった。


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1991年5月29日(水)PM:19:09 豊平区豊平退魔局五階


 ソファーに座る石見 多久助(イシミ タクスケ)。

 テーブルを挿んだ反対側に座っているのは二人。

 一人は、グレーの髪の整った顔立ちで、色白の青年。

 彼の隣には、黄緑色の髪を団子状にまとめている女の子が座っていた。


「古川・・・予想以上の強さだった」


「お話しを伺う限りでは、並のものでは相手にならないようで」


「そうだな」


 青年は頷く。


「ダーリン、でもどうするの?」


 少し思案する青年。


「手持ちの戦力だけで、叩くのは少々危険が伴うが・・・かと言って折角の好機でもある・・・」


「注意するのは三井、銀斉、瀬賀澤、古川、白紙。未知数が、桐原、近藤、相模の兄弟だよね?」


「そうだね、ハニー。三井、銀斉、白紙は、ダメージがおそらく、まだ残っていると思うが、油断は出来ない」


「やはり、個別に潰すのが得策でしょうか」


「そうだな石見。だがこちらも、相応の被害を覚悟しなければならない、かもしれないな」


「ねぇ、ダーリン? 薄羽黄のあの人形達は、どうなったんだろうね?」


「わからないが、仮にあちら側についたとしても、さほど邪魔にはならないだろう」


「あ、そうだ。せがっちはたぶん、舞花ちゃんに危険がない限りは、動かないと思うよ」


「そうか」


「うん、あの娘はそうゆう子だから」


「それでも、最低八人か。やはりあいつ等も使うか」


「そうだね。それがいいよダーリン」


 そう言うと、女の子は青年に抱きついた。


「大好きだよ。ダーリン」


「私もだ」


 お互いが、お互いの瞳を見つめる。

 石見がいるにも関わらず、二人は口づけを交わした。

 まるで、見せつけるかのように舌を絡ませ始める。


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1991年5月29日(水)PM:19:21 豊平区豊平退魔局五階


 一人椅子に座っている石見。


「若造が・・・。彼等を何とかする方法は、無いものか・・・」


 思案するも、彼には名案は浮かばない。

 気付かれでもすれば、命を危険に晒しかねない相手。

 かと言って、いつまでも我が物顔されるのも気分が悪い。

 石見は心の中でそう思っている。


 鬼どもには仕返しは出来たが、古川にも仕返しがしたい。

 そしてあいつらも、排除しなければならぬ。

 彼の心に宿るのは、逆恨みにも等しい感情だ。


 何かを思い出したかのように、嫌らしい笑みを浮かべた石見。

 受話器を持ち上げ、何処かに電話をかけ始めた。

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