154.不穏-Disquieting-

1991年6月16日(日)PM:15:38 中央区大通公園三丁目


「そう、彼のは魔力じゃないな。私達は魔力を魔子、義彦のような力を霊子と呼んでいる。同じような力だが、いろいろと違うところもあるんだよな」


「そうなんだ」


 少し小さめの声で話している二人。

 そこに突然割り込むように声が聞こえた。


「古川所長じゃないですか?」


 突然話しかけられた古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 声で直ぐに誰か理解する。

 声の方に顔を向けるた二人。

 一人の女性がスーツ姿で立っていた。


「迪。ということは、ここにいるのは二班ってことか?」


「はい。お隣のかわいいお嬢さんは?」


「竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)と言います。義姉(アネ)がいつもお世話になっています」


 頭を下げる茉祐子。


「ご丁寧にどうも。阿賀沢 迪(アガサワ ユズル)です。茉祐子ちゃん、よろしくね」


 迪は茉祐子に優しく微笑む。


「古川所長に妹さんいたんですね? あれ? でも苗字が違う?」


「そこは気にするな。彼女はいろいろあって、私が引き取った。血縁関係は無いが、そんな事は関係ない」


「何か事情があるみたいなので、深くは聞かない事にします。でも古川所長の私生活、ズボラで大変でしょ?」


「そんな事ないですよ。もともと家事は慣れてますから」


「でも所長にも覚えさせた方がいいと思うけど」


「余計なお世話だ。ズボラだっていうのは自覚してる。そっちこそ、健一とは仲良くやってるんだろ? 見舞いにも来てたみたいだし」


「仲良く?」


「茉祐子、迪と健一は恋人同士なんだよ」


「ええ? そうなんですね。健一さんとは余りお話しした事ないけど」


 そこで少しだけ苦々しい顔になる迪。


「でもあの時、喧嘩なんかしてなければ、あんな事にはならなかったですし」


「それは迪には非はないだろうさ。直前の喧嘩の内容は健一に聞いたが、あれはどう見てもあいつに非がある」


「健一も自覚してるのか、お見舞いにいった時に謝ってきました。あんなに心底、申し訳なさそうな顔した彼は、始めてみたかもしれません」


「あの仏頂面の健一が?」


「美咲姉、仏頂面は酷いと思うよ」


「私が言うのもどうかとは思いますけど、仏頂面は否定は出来ません。でも加害者だったとは言え、少女の方も一命を取り留めたみたいで安心しました」


 少し苦笑した迪。


「そうだな。ところで迪も座ったらどうだ? 休憩中なんだろ?」


「はっ? はい。それじゃお言葉に甘えて」


「そもそもお前は私の部下じゃないんだ。所長と呼ぶのもどうかとは思うが」


「今更修正なんて出来ませんよ」


「健一の影響なんだろうか」


「それもありますけど、今私がここに、こうしているのは半分は所長のおかげです。だから」


 手に持っている本を、空いている方の手で何度もなぞった。


「美咲姉、なんだかんだいって面倒見いいもんね」


 茉祐子の言葉に、少し照れた古川。


「二人とも買い被りすぎだ」


「そんな事ないと思うよ。迪さんもそう思いますよね?」


「そうですね。私もそう思います」


 照れた古川は、軽くからかわれる。

 他愛もない会話をしていた三人。

 ふと腕時計を見た柚。

 時間がオーバーしていた。


「あっ、私そろそろ戻らないと」


「そうか。またな」


「迪さん、お仕事頑張ってください」


「は・はい、ありがとうございます」


「迪、健一が寂しがってるだろうから、また見舞い来いよ」


「え? は・・はい」


 赤面しながら離れていく迪。

 古川と茉祐子は、しばらく見ていた。

 そこで何度目かの冷たい風が、二人を撫でる。


「少し寒くなってきたしそろそろ帰るか」


「そうだね。でも途中で、食材の買出し手伝って」


「わかった。たまには少し高級な材料でも買ってみようか」


「うん? 高級な材料? 例えば?」


「いや、料理出来ない私に聞かれてもな。高い肉とかか?」


「スーパーじゃなくて、普通のお肉屋さん行ってみる?」


「それもいいな」


「それじゃいこ」


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1991年6月16日(日)PM:18:32 中央区中央警察署四階


「わざわざここまで呼び出して、どうしたのかしら?」


「私も来て良かったのかな?」


 捜査資料に目を通している笠柿 大二郎(カサガキ ダイジロウ)。

 白紙 彩耶(シラカミ アヤ)と山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)が彼を見ている。


「ああ、彩耶さんが問題無いと言うなら、俺は何も言う事はない」


「それで、ここに呼び出すからには、何か聞きたい事があるとかなんでしょうね」


「そうだな。違う場所だと他の奴等が五月蝿い。とりあえずこれを見てくれ」


「捜査資料じゃないの?」


「そうだが、その仏についての見解を聞きたい。資料みりゃわかるが、事件の概要としては、人気の少ない所で何か鈍い刃物で惨殺された仏だ。今日発見されたので二件目。写真だとわかりにくいかもしれんが、傷口がかすかに焦げ付いているんだよ。鑑識の見解としても焼かれた跡という事だ」


「この写真だけだと、何とも言えないわね。惠理香はどう思う?」


「彩耶と同意見かな? ただ、二件目の方が傷口の焼かれた部分の範囲が、広がってる気もしない?」


「言われてみればそんな気もするけど」


「そうか。能力者の犯行の可能性は有ると思うか?」


「無いとは言えないけど、これだけでは断言は出来ないわね」


「本人も無意識に、発動している可能性もあるかもしれない。でも私も彩耶も専門家なわけじゃないし」


「能力者の犯行による、仏専門の司法解剖なんてないだろうしな?」


「そうね。経験の多い教授とかなら、いるのかもしれないけど。私達は直接的な接触がないからわからないわ」


「そうか。もし時間が大丈夫ならば、犯行現場も見てもらえるか?」


「私は構わないけど、惠理香は大丈夫?」


「大丈夫よ」


「でも笠柿さんいいの?」


「上にも許可は取ってあるからそこは問題ない」


「それならいいけど」


「そっちで調べた後で私達が行っても、無駄足にしかならない気がするけど」


「かもしれんが、もしこれが能力者の犯行なら、そっち側の人間にしか気付かない事もあるかもしれないだろ」


「そうかな?」


「彩耶、行ってみればわかる事じゃない?」


「確かにそうかもしれないわね。笠柿さんわかりました」


「こんな所まで呼び出した上に悪いね」


 笠柿を先頭に、三人は部屋を出て行った。


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1991年6月16日(日)PM:18:45 中央区監察官札幌支部庁舎五階


「鳥澤支部長、何故です? 私は納得できない」


 支部長室で、大声を上げて詰め寄っている男。

 彼は監察官札幌支部一班班長の湯上 正克(ユカミ マサカツ)。


 彼は背も高く筋肉質。

 かなり厳つい顔をしている。

 詰め寄られる側はかなりの重圧を受けるだろう。


 しかし対する鳥澤 保(トリサワ タモツ)支部長。

 その表情を一つも変える事もなかった。

 かつての事件で権限も含めて縮小され、監察官とは名ばかりの組織。

 現状を考えれば、湯上の言い分を受け入れるわけにはいかない。


「本来我々監察官の仕事は監督する事。ならば今こそ、その大義を取り戻すチャンスだとは思わないのですか?」


「取り戻したいと思うのはもちろんだ。だが湯上班長、君の言っている事は、極論すればテロをしろと言う事ではないのか?」


 冷徹な声でそう告げる鳥澤。


「過去に暴走したかもしれない男に警護させているんですよ? そもそも本来、彼女の管理は監察官が所有していたものです」


「過去はそうかもしれない。私は資料でしか知りえないが、十年前、東京で監察官が起した事件。到底擁護できるものではない。組織として存在そのものを、解体されてもおかしくはなかったのだぞ」


「だからといって、今行なわれている暴挙に何もしないというのは、到底我慢なら無い」


「湯上班長、君の言い分もわからないわけではない。確かに図書館についての管理権限は、十年前までは監察官だった。だが今は剥奪され関与する事は許されない。それを力付くで取り戻す。それがテロでなくて何なのだ? 研究所や関係機関、しいては精霊庁に勝てもしない喧嘩を売るつもりでいるのか? もしこれ以上この話しを続けるようであれば、私も立場上、君と一斑の賛同者を処罰しなければならなくなるぞ」


「く。そんな事言って、今に後悔しても知らないからな。いくぞお前等」


 これ以上掛け合っても無駄と判断したようだ。

 それとも、処罰される事に恐れたのだろうか。

 湯上は負け惜しみのように言うと、支部長室を出て行く。


 彼の後ろに続く四名の男達。

 最後に出た男は支部長室の扉を乱暴に閉めた。

 しばらく無言で歩く五人、突如湯上が呟く。


「精霊庁から左遷されてきた若造が」


「しかしどうするのです?」


「我々は十年間苦渋を舐めさせられてきたのだ。あんな若造にはその気持ちはわかるまい。結果オーライになればいいのだろうさ」


「結果オーライというと?」


「鬼どもの料亭だかで起きた事件。そこでどうやら二人の三井は、独自判断で対象を滅したらしい。だが咎められる事はなかった。それはそうしなければどうしようもない、と判断されたからだろう。我々も結果オーライと思われればいいのさ」


「それはわかりますが、実際どうされるわけで?」


「過去に暴走した、疑いのある男が警護しているのだ。やりようはいくらでもあるだろう」


 十年辛苦を舐めさせられてきた。

 そう思っている彼。

 瞳に宿るのは、暗い昏いどす黒い激情。


 そこには既に、倫理観や道徳観はなかった。

 監察官であれば、持ち合わせていなければならない規範。

 残念ながら、それが残っているとは考え難かった。

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