046.内側-Inside-

1991年5月31日(金)PM:13:11 中央区幌見峠


 日差しのおかげで、昨日とは違い現場がよく見える。

 今の所、何か証拠になるようなものは、何もない。

 そもそも犯人も被害者も、こんな所で何をしてたんだ?


 ガードレールに付着した赤黒い物。

 おそらく血なんだろう。

 ガードレールの向こうの木々の中。

 何本か、血らしきものがついたのもあるな。


 健二がこっちに歩いてくる。

 何かわかったんだろうか?

 俺の視線に気付くと、首を横に振るだけだった。


「そうか、何かしらの、正体のわかる物証はなしか」


「兄貴の方は?」


「これと言って何も」


「やっぱ森の中かねぇ?」


「それしかないな」


 峠は両側共に、鬱蒼とした木に囲まれている。

 警察が調べに入ってるはずだが、今の所進展はない。


「俺達も森の中にはいるか」


「了解だぜ。しかしどうする?」


「加害者の情報が何もないからな、分散しない方がいいだろう」


「そうしますか。警察の皆様は、東側から行ってるから西側からかね?」


「そうだな」


 こうして、俺達二人は、森の中に足を踏み込む。

 加害者の正体はわからない。

 予想すら出来ない状態のまま、調べるしかなかった。


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1991年5月31日(金)PM:13:42 中央区宮の森


「適当に進んでみたが、これといって何もないな」


「まぁ、こんだけの森の中から探すのは厳しいと思うぜ」


 獣道にすらなっていない道を進む二人。

 道なき道を進む為、時間の割には距離は稼げない。


「健二、あれ何だろうな?」


 相模 健一(サガミ ケンイチ)の視線の先。

 草や木に隠れているが、黒い何かが蠢いている。

 徐々に、こちらに近づいているようだ。


「何だろうなと言われても、何だろうな?」


 首を傾げる二人。

 黒い何かは突如、急速に進み出す。

 健一と相模 健二(サガミ ケンジ)に迫っているのだ。


「健二、とりあえず捕まえろ」


「はいよ」


 目の前まで来た黒い何か。

 前後左右全ての方向に突如そそり立つ土壁。

 周囲の木々をなぎ倒す事なく、うまく壁に利用した健二。


 壁の外側は四十五度ぐらいの傾斜になっている。

 天辺まで歩いて登る事が出来るようになっていた。

 逆に壁の内側は、絶壁になっている。

 空でも飛べない限りは、内側から外側に登る事は不可能だろう。


 相手が人間ならば、これで問題ない。

 しかし黒いアレは、明らかに人間ではなかった。


 傾斜を登っていく健一。

 彼は自分の頭上に、鏃のような岩塊を作り出している。

 万が一に備えつつ前に進む。


 数秒進んだ所で、黒いアレが、壁を登ってきて顔を出してきた。

 健一も健二も、黒いアレが視界にはいった瞬間仰天する。

 しかしの躊躇の時間は、ほんの一瞬だった。


 健一が、頭上に作り出した鏃の岩塊を射出。

 黒いアレの、頭のど真ん中にヒット。

 何か液体を振り撒きながら、再び壁の内側に叩き落された。


「なぁ、健二。俺は白昼夢でも見たのかね?」


「俺も同じ物を見てるから、違うと思う」


 二人は壁を駆け上り、視線を下に向ける。

 そこには、六本の足をジタバタさせる、黒いアレがいた。

 健一は容赦する事なく、岩塊を三度連続射出。

 地面に縫い付けられた黒いアレ。

 もがいていたが、しばらくして全ての動きを停止。

 ただの黒い躯となった。


 苦笑いの表情の二人。

 視線の先の、黒い躯はぴくりとも動かない。

 健二が、同意を求めるかのように言葉を絞り出した。


「・・・どう見ても虫だよな」


「・・・そうだな虫だな。大きささえ考えなければ」


「どーすんのこれ?」


「持ち帰って調べるしかないだろ?」


「・・・どうやって?」


「・・・どうしようか? さすがに素手で触りたくないしな・・・」


 二人はいろいろな方法を思案する。

 中々、現実的に運ぶ方法が思い浮かばない。

 結局じゃんけんを行い、四回あいこのになった。


 五回目で負けた健二。

 ラテックス製の手袋を装着の上で、運び始める。

 しかし、重量も予想以上にあった。


 結果的に、健一も途中から運ぶ事になる。

 二人とも苦い顔をしつつ、交代しながら黒いアレを抱えて歩いたのだった。


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1991年5月31日(金)PM:20:03 中央区特殊能力研究所五階


 第四研究室に運ばれた黒いアレ。

 警察との相談の上での采配。

 物が物だけに、とりあえず研究所がまず調査する事になった。


 何とか研究所まで、黒いアレの躯を運んだ健一と健二。

 むしろ難航したのは森を出てからだった。

 それでも何とかここまで辿り着く。


 今この場には、桜田 俊充(サクラダ トシミツ)率いる研究員。

 それに古川 美咲(フルカワ ミサキ)所長。

 若干うんざりした表情の、健一と健二がいる。


「とりあえず蟻っぽいですね」


 桜田は爛々とした瞳で、黒いアレを凝視しつつそう発言した。


「種類の特定は、ちょっと時間かかるかもしれませんけど」


「種類の特定って、そもそもこんなでけー蟻なんていねぇだろ?」


 疑惑の視線の健二。


「健二さんの言う事もごもっとも。もしかしたら、現在発見されている蟻ではない可能性もありますが」


 桜田は黒いアレを観察しつつ、言葉を続ける。


「場所的に、今まで見つからず生息していたというのは、ちょっと考えにくいですし、現段階で推論するなら、明確な根拠はありませんが、人為的な関与が考えられますかね」


「人為的な関与か」


 思案顔の古川所長。


「一応、現場のガードレールに付着していた、黒い欠片はあるので、それと比較してみるとか?」


 健一は、小さい透明の袋を取り出した。


「桜田、もしこいつらが、普通の蟻と同じ様に生息しているとしたら、危険極まりないと思うのだが?」


 古川所長は、桜田に視線を向ける。


「そうでしょうね。この大きさなら、人間も餌の対象になるでしょうし。研究者としては、生け捕りにしてみたい気持ちもありますが、研究所の目的に沿うのであれば、殲滅すべきでしょう」


「殲滅するとして、方法は?」


 健二が苦い顔をしつつ、桜田を見た。


「最低でも、巣の破壊と女王蟻の討伐ですかね」


「あの森の中から、巣を探さないと駄目って事か」


 唇を歪める健一。


「個々に人為的に巨大化されただけならば、巨大化した個体を叩けばいいだけですが、蟻という社会性昆虫を考えれば、女王蟻が存在すると考えた方がいいでしょうね」


「桜田達は、こいつを急いで調べてくれ」


「古川所長は何処へ?」


「状況次第だが、災害レベルの被害が出る可能性もある、念の為、関係各署に連絡してくる。どうなるかはわからんがな。健一と健二は、明日再び現場に赴き、こいつらの殲滅と女王の発見と討伐、巣の探索と出来れば破壊を頼む。明日なるべく早く、他のメンバーも向かわせる。本当は、直ぐに行動したい所なんだがな。こいつ等が、夜行性じゃないという保証も無いから、夜に向かうのは危険過ぎる」


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1991年6月1日(土)PM:15:59 中央区緑鬼邸二階


 三井兄様は守れって言ってた。

 でも何から何を守るの?


 伊都亜ちゃんがいない。

 けど、三井兄様が行ってるからたぶん大丈夫。


 市菜さんと双菜さんは、凄く不安そうにしてるけど。

 こうゆう時は、何て言葉をかければいいの?


 せめて兄様も、状況だけは説明して欲しかったな。

 一応、木刀は持ってきたけど。

 伽耶さんや沙耶さん、紗那さんもいるし、大丈夫だとは思う。


 私はふと、視線を大広間の入り口の障子に向ける。

 何か不思議な形の黒い影が映った。

 障子が破られて現れたのは、何あれ?


「ヒゥッ!?」


 誰かの奇妙な、声にもならない悲鳴は、伊麻奈ちゃん?

 ところで、私が今見てるのは何?

 何であんなに大きいの?


 一体あれはなんなの?

 何でかわからないけど、凄い汗がでてきた。

 ナニコノ悪寒は・・・恐怖?


「しゃ・・しゃや・・ひゅ・・ちゃ・・ア・・レ・・?」


 伊麻奈ちゃんの声が震えている。

 正直何を言ってるのかわからない。

 きっと私も今、声を出せば震えてるんだろうな・・・・・・。


 二体いる・・・こっちに歩いてくる・・・。

 み・・三井兄様こ・・これは・・何?

 足が震えてる・・・動かない・・・。


 そうだ・・三井兄様が私を残したのは、皆を守る為なんだ。

 こんな所で震えている場合じゃない。

 凄い恐いけど、私が行かなきゃ・・・。


「ふ・・吹雪ちゃん?」


 走り出した私に気付いた沙耶ちゃんの声。

 私は、市菜さんに向かっていく黒いアレに走りる。

 そして木刀で殴りかかった。


 足が震えていたせいで、いつもより踏み込みが甘い。

 黒い頭っぽい所がこっちを向く。

 鋏みたいな所で、振り下ろす私の一撃を防ごうとする。

 構わないこのまま振り抜く!


 振り抜いた後、木刀の先っぽから三分の一ぐらいが無くなっていた。

 鋏みたいな所にぶつかった時に、折れたのはわかっている。

 もう一体が、違う方向に動いていく。

 どうしたらいいの?


 今日も伽耶ちゃんと沙耶さんは、少しだけ動きに違和感があった。

 たぶん、完全に骨折が治ったわけじゃないと思う。

 私が何とかしないと駄目だ。

 でも、木刀では、有効的なダメージは与えられそうもない。

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