277.中羽-Sardine-

1991年7月15日(月)PM:18:22 中央区特殊能力研究所五階


「失礼します。間桐です」


 ノックの後に入室してきたのは間桐 由香(マギリ ユカ)。

 灰色のスーツを彼女は着用している。


「ごめんね。退院したばかりなのに、急に呼び出したりして」


 椅子から立ち上がった白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。


「とりあえずソファーに座りなさいな。由香ちゃんコーヒーでいいかな?」


「え? あ、はい」


 彼女の言葉に、素直にソファーに座る由香。

 コーヒーを二つ入れた彩耶。

 一つを由香の前に置く。

 その後で対面する形でソファーに座った。


「それで体調の方はどうかな?」


「ご心配をお掛けしました。負傷の方はほぼ完治してます」


「ううん、そっちじゃなくてね。夢の方とでも言えばいいのかな? 精神面ね」


「今でもたまに見る事は見ます。でも、ほぼ同じ内容なので割と慣れて来たというのもあります。私が小さい頃に一度記憶を喪失しているのはご存知ですよね?」


「うん、重態だったそうね。その時の頭の怪我で一切の記憶を失ったと聞いてるわ」


「はい。夢という形なので、不鮮明な部分も多分にあるのですが、あれは過去の私の体験した事なのではと、不思議と感じているんですよね」


 何の迷いも無い瞳。

 彼女は心底そう思っている証だ。


「学園に先生兼職員として行って貰いたいと思ってるんだけど、夢の事もあるし精神面で不安なら無理強いはしないわ」


「いえ、是非行かせて下さい。本来であれば開校から私は学園に行く予定のはずでしたし、私一人がいつまでも休んでいるわけには行きません」


「そう。わかったわ。ありがと。そうだ。紫藤さんには会った?」


「いえ、まだです。私より先に退院されたと聞いてます。彼がいなければ私は危なかったそうですね。お礼を言いたいんですけど、私が歩けるようになった頃には既に退院されてましたし」


 少しだけ伏目がちになる由香。


「今日は白石の方に言ってるわ。彼も学園に派遣するつもりだから、荷物の搬入とかは同時にするつもりだから、その時にでもお礼を言うといいんじゃないかな?」


「はい」


 喉まで言葉が出掛かっている。

 だが、吐き出す勇気を出せない。

 そんな様な顔になる由香。

 彩耶は、何か言葉を掛ける事もない。

 彼女の様子に気付き、そのまま待った。


「あの・・・。紫藤さんですが、あの方は一体?」


「んー? 一体と聞かれてもね。私は彼とはここに派遣されるまでは面識なかったし」


「そうですよね。いえ、気にしないで下さい」


「わかったわ。それじゃ、向こうの寮で生活する事になるから準備よろしくね。後事件の事は知っていると思うけど、学園の授業の再開は来週の月曜だからね。今日は帰ってゆっくり準備をするといいわよ。そうね、水曜か木曜までに準備を完了させてもらえるとありがたいかな?」


「わかりました」


 一口コーヒーを飲んだ由香。

 苦さに思わず顔を顰めた。


「あ、ごめんね。つい癖でブラックのままだったわ」


「あ、いえ。自分で取ります」


 立ち上がった彩耶。

 コーヒーミルクとガムシロップを取ろうとした。

 彼女を止めたのは由香。

 由香は立ち上がるとコーヒーミルクを一つ手に取る。

 螺旋を描きながら黒に混じる白。

 彼女は、入れるものを入れて満足したのだろう。

 コーヒーを一口飲んだ後、微笑んだ。


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1991年7月15日(月)PM:18:44 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟四階四○一号


 食材の入ったビニール袋持参だ。

 登場したのは土御門 鬼威(ツチミカド キイ)。

 彼女に荷物を持たせる形になっている。

 一緒に来たのは中里 愛菜(ナカサト マナ)。


「鬼威ちゃん、荷物持ちまでさせて本当ごめんね」


「いえ、気にしないで下さい。然程重くもありませんし」


 二人はお揃いのミニのデニムスカート。

 それにデニムシャツを着ている。


「愛菜、動いて大丈夫なの?」


 ベットの上で、気怠い雰囲気全開の桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。


「むー? ゆーと君、もっと先に言う事ないんですか?」


 剥れた愛菜は、頬を膨らませている。


「え? あ、いや? だってね? デニムは珍しいなとは思うよ思うけど」


「それで? 思うだけですか?」


「い? え、あいや。似合ってると思う、よ? ね? うん」


 たじたじになった悠斗。

 それでもなんとか言葉を紡ぐ。

 彼を見ながら笑いを堪えている雪乃下 嚇(ユキノシタ カク)。

 鬼威は一人、黙々と冷蔵庫に食材を入れている。


「愛菜さん、くくく、もうそのへんにしてあげたらどうです? くくく。彼、愛菜さんの事相当心配してたんですよ」


 とうとう笑いを堪えられなくなった嚇。

 言葉を出しながら合間に笑っている。


「か? 嚇さん? ちょっと笑い過ぎじゃない?」


「くくくはははは、いや悠斗さんが可笑しくて。でも愛菜さんも鬼威さんもデニムもこれでなかなかいいですよ」


「嚇君、ありがと」


「ありがとです?」


 何故か疑問系の鬼威。


「愛菜さん、これはどーすれば?」


 彼女が手に持ち、愛菜に聞いたのは魚。


「それは本日の夕御飯になるから、出しといていいよ」


「はい、わかりました」


「私は大丈夫だよ。もっともまだ、余り力とか入らないから、今日は鬼威ちゃんにメインで動いて貰うけどね」


「今日は食後のデザートがありますから」


「え? 嚇君、本当? 楽しみ。鬼威ちゃんデザートあるって。やったね」


 心底嬉しそうな愛菜。

 彼女に吊られて笑顔になった鬼威。


「はい、楽しみです」


「それじゃ、鬼威ちゃん、はじめよっか」


 台所で作業を開始した二人。

 時折、愛菜が鬼威に指示をする声が聞こえてくる。

 それぞれのベッドに腰掛けている悠斗と嚇。

 彼女達の声を聞きながら雑談をしていた。


「じゃじゃーん、今日は中羽の煮付けです」


 テーブルに並べられた料理。

 魚の煮付けにオクラの胡麻和え。

 それに白飯に茄子の味噌汁だ。


「チュウバ? これってたぶん鰯だよね?」


 悠斗の声は疑問系だ。


「真鰯の中羽だよ。シラス、カエリ、コバ、チュウバ、オオバと出世する魚さんなんです」


「へー? そうなんだ? 出世魚だっけ?」


「愛菜さん、物知りですね」


「エレメンタリの魚部門の店員さんの受け売りです」


 ぼそりと呟いた鬼威。


「あー、鬼威ちゃん、ばらしちゃ駄目だよぅ!?」


「それよりも、お腹空きました。食べましょう。頂きます」


 軽く流して食べ始める鬼威。

 思わず噴出す悠斗と嚇。

 その光景に再び膨れる愛菜。


「まぁまぁ、愛菜も機嫌直してさ。冷めないうちに食べようよ」


「うー! なんか納得いかないけど、そうだよね。冷めないうちに」


 悠斗の言葉に宥められる形になる愛菜。

 鬼威に遅れる形で、頂きますの挨拶をした三人。

 夕御飯を食べ始めた。


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1991年7月16日(火)AM:10:12 中央区精霊学園札幌校第一学生寮女子棟二階


 一つ一つ部屋番号を確認している二人の少女。

 黒髪茶眼の縦ロールにグレーのツーピース姿の形藁 楓(ナリワラ カエデ)。

 もう一人は黒髪ツインテール、ティーシャツにオーバーオール。

 彼女は十二紋 霧香(ジュウニモン キリカ)。


「あったよ。二○五はここだね。やっぱり建物は同じ構造みたいだよ」


「付き合ってもらってありがとうございます」


「ううん、気にしないで」


 そう言いながらインターフォンを押した楓。


「あっ!?」


 自分が押すつもりだった霧香。

 思わず声を漏らした。


『はーい』


 聞こえて来たのは十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)の声。


「あ、柚香姉、私です。霧香です」


『霧香!? え? なんでここに? あ、えっととりあえず今開けるね』


 扉が開かれ、少し驚いた顔の柚香が現れた。


「十二紋さん、始めまして。霧香ちゃんと同室の形藁です。楓とお呼び下さいな」


 一礼して自己紹介する楓。


「あ、はい。はじめまして。十二紋です。私も柚香でいいですよ。それにしても、霧香ちゃんもここに入学してたんだ」


「うん」


「とりあえずどうぞ」


「わーい」


「お邪魔しますね」


「あ、柚香姉、綾姉からの伝言があるんだ」


「伝言?」


「うん、錐茄氏が現れるかもしれないから注意してってのと、後今日の夜に電話するから部屋に居て欲しいんだって」


 彼女の言葉に首を傾げる柚香。


「錐茄さんが?」


「うん、詳しい事はまだ綾姉達もわからないみたいなんだ」


「とりあえず、わかった」


「ダレカキタデスカ?」


「うん、私のはと・・うーん? 何て説明すればいいかな? うん、妹と妹の同室の楓さんが遊びに来たんだ」


「イモウト? シマイトイウヤツデス?」


「厳密には妹じゃなく、はとこって言うのになるんだけど、後でちゃんと説明するね」

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