077.名刺-Card-

1991年6月3日(月)AM:11:09 中央区桐原邸一階


 両隣に猫耳の少女二人を侍らせている間桐 由香(マギリ ユカ)。

 彼女は学園の施設に関する資料を、注意深く確認してゆく。

 つけっぱなしのテレビでは、何か情報番組の放送がはじまったようだ。


 猫耳少女のミオ・ステシャン=ペワクとマテア・パルニャン=オクオ。

 言葉は理解出来ないだろう。

 なのにずっと、テレビに釘付けになっている。

 箱の中で、様々な人や物が動くのが興味深いようだ。


 画面に映し出される映像に喜んだり微笑んだりしている。

 何とはなしに二人を見ていると、微笑ましくなる由香。

 意思疎通を行うのは、言葉が通じない為、難しい所ではある。

 だが、彼女が思っていたよりも手がかからない。


 一休みついでに、キッチンに移動した彼女。

 事前に買っておいた1.5リットルのペットボトル。

 冷蔵庫に入れておいたので、既に冷えている。


 ペットボトルに入っている炭酸ジュースを、三人分コップに入れる。

 トレーに載せてテーブルに置いた上で、二人に手招きした。

 興味津々の眼差しで近づいてきたミオとマテア。


 二人が椅子に座ったのを見届けた由香。

 コップにいれた炭酸を一口飲む。

 シュワシュワとはじける炭酸に興味津々な猫耳少女二人。


 ミオがマテアの耳元で何か囁いた。

 すると、マテアがコップを両手に持ち一口飲んだ。

 飲み終わったマテア。


 今度は逆にミオの耳元で囁く。

 聞き終わったミオ。

 コップを両手で挟むように持って飲んでみる。

 ミオが一度コップをテーブルに置くと、お互いに顔を見合わせて微笑みあった。


 二人を微笑ましく眺めながら由香は思う。

 人間というのは、自分と少しでも違うと避ける傾向にある。

 それがどのような感情なのかは、人それぞれだろう。

 しかし一人でもそうゆう行動を起すと、回りも流されるように避けるようになる。


 それだけならばまだましな方だ。

 まるで存在する事そのものが悪だ。

 とでも言うかのように、排除しようとする流れになる事も多い。

 同調圧力という奴だ。


 人間同士でさえも、少しでも異質であれば起こりえる事態。

 それが見た目がほぼ人間と変わらないとはいえ、亜人と分類される彼女達。

 その本質を理解しようともせずに外に出せば、亜人と言うだけで差別を受けるだろう。


 表立って亜人に分類される種族。

 妖魔という人外なる者。

 彼等が存在する事を、公表出来ない理由の一つがここにある。


 もちろん亜人でも、悪に分類される考えの者もいるのは事実だ。

 しかしそれは、由香達人間も同じ。

 亜人だからというだけで、存在してはいけない理由にはならない。


 今後も、公表するしないに関わらず、人間と亜人の間には様々なトラブルが発生するだろう。

 少しでもその緩衝材になる事が出来ればいいな。

 とりとめも無く思いはじめた由香。

 その慈しむような眼差し。

 おいしそうに炭酸ジュースを飲んでいる、ミオとマテアを見ていた。


-----------------------------------------


1991年6月4日(火)AM:11:40 中央区菊水旭山公園通


 ゴシックドレスの女性と、ゴシックスーツの男性が歩いている。

 周囲からは、かなり浮いている格好だ。

 しかし、二人にはそんな事は関係なかった。


 直ぐ近くにある中学校。

 その周囲を、一周するかのように二人は歩いている。

 周辺の地理状況を、確認しているようにも見えた。


 三時限目の授業が終わった。

 休憩の為、何人かの生徒が、教室から出て行く。

 逆に、自席から動かない生徒もいた。


 教室の窓から、ぼんやりと外を見ていた桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 彼が目立つ格好の二人に気付くのも、当然だろう。

 河村 正嗣(カワムラ マサツグ)が、悠斗近付いてきた。


「悠斗、窓辺でぼーっとしてどーしたんよ?」


「ん? いや、あそこにいる二人、今朝も見たような気がするんだけどさ」


「んー、何処で見たんだ?」


「登校中だったような気もする」


 長い青い髪が、サラサラと風に揺られていた。

 ゴシックドレスに身を包んだ女性が囁く。


「どうやらこちらを見てますわ。写真よりも可愛い少年ですわね。声も私好みですわ」


 女性の隣の、ゴシックスーツに目付きの鋭い男。

 青い髪を掻き上げた。


「なぁ、姉貴。今から殺っちゃ駄目かな?」


「駄目ですよ。楽しむのはまだ先の予定なのですから。先走って干されても知りませんよ」


「――それは勘弁だな」


「さてもう少しこの周辺を散策しましょうか」


「わかった」


 悠斗に見られているという事実を気にする事もない。

 二人は優雅にその場から離れていった。


-----------------------------------------


1991年6月4日(火)PM:17:09 中央区三井コーポ三階三○二号室


 部屋の中央のテーブルに置かれている一枚の名刺。

 アラシレマ・シスポルエナゼムという、名前らしき記載と電話番号。

 書かれているのはそれだけだ。

 彼もしくは彼女が何者か、特定する情報はそれ以外何もない。

 しかし、名刺を押し付けた人物の可能性が一番高いだろう。


 少年はその名刺を手に取る。

 電話の受話器を持ち上げ、書かれている番号の数字を押していく。

 七桁目の数字を押し終わり鳴り始めるコール音。

 四回、五回、六回、七回、八回、九回。

 そして十回目のコール音が鳴った。

 諦めて受話器を置こうと考えた時、コール音が途絶える。


「はいはーい」


 突如聞こえてきた陽気な声。

 間違いなく、あの軽薄そうな男の声だ。


「アラシレマ・シスポルエナゼムか? 言い難い名前だな」


「第一声からひどいなー。三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)君だーね? 正直電話来るとは思ってなかったーよ」


 何でかわからない。

 だが、こいつのおかしな話し方はイラッとする。

 そんな事を心の中で考えている義彦。

 声には出さないように、自らを落ち着かせてから続けた。


「連絡しないで、しつこく付き纏われるのもごめんだからな」


「ふーん、そんなにあの娘達が大事なーんだねー?」


 言葉の裏に潜めた、本当の意図をあっさり見抜かれた義彦。


「そんなお人好しに見えるか? 買い被りすぎだろ」


「そーかーなー? とりあーえずそーゆー事にしとこーか」


「そんな事より本題だ。ボスがどーとか言ってたが俺達に一体何のようなんだ?」


「そーれは、ボスから直接聞いたほーがいいと思うんだーけど? 会ってくれるー気はあるかーな? 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)、三井 龍人(ミツイ タツヒト)も連れてーね?」


「そう言って俺が連れていくと思ってるのか?」


「どーだろーねー? 僕的にはどっちでもいいかーなー? とりあーえず君は会うつーもりーと思っていいーのかーな?」


「あぁ、そのつもりで連絡したからな」


「そーかー、そんじゃ明日六月五日の二十二時に、地下鉄中島公園駅一番出入口前あーたりで待ち合わせーでーいーいかーな?」


「わかった」


 少し乱暴に受話器を置いた義彦。

 学ランのままでいると、玄関の開く音。

 龍人が左手に紙袋を、右手にタイヤキを一つ手に持っている。


 入ってこない相手に、玄関まで出向いた義彦。

 タイヤキを食べながら、そこに龍人が立っていた。

 義彦は、そー言えばこいつタイヤキが好物だったな。

 と、どーでもいい事を思い出す。


「帰ってて良かった。ちょいと頼みと言うか何と言うか」


「何だ? タイヤキなら奢らないぞ?」


「誰がそんな事頼むかよってそうじゃなくて。おまえが長谷部とやり合ったマンションを教えてもらおうと思ってな」


「あぁ、なるほどね。今日の夜でいいなら案内するぞ」


「おお、頼む。二十一時ぐらいでいいか?」


「あぁ、いいぞ」


「そんじゃ、よろしくな。あと今週の二十三日の昼空けとけ」


「ん? あぁわかったけど、何かあるのか?」


 少し怪訝な表情になった義彦。

 だが、龍人は気にした様子も無い。


「んふふ、当日のお楽しみだ」


「何だその笑い? 気持ち悪いぞ」


「あいかわらず失敬な奴だ。んじゃよろしくな」


 手に持っていたタイヤキを食べながら龍人は戻っていった。

 苦笑しながら見送った義彦。

 彼は十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)が、準備を終えるのを待っている。

 彼女が呼びに来るまで、そのまま部屋でしばらく待っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る