036.糸口-Clue-

1991年5月30日(木)PM:20:14 中央区三井探偵事務所一階


「悪いな。飯までご馳走になって」


「礼なら俺じゃなく、柚香に言え」


「笠柿さん、気にしないでください」


 そう言いながら、柚香は、俺達が食べ終わった食器を片付けて行く。

 柚香が立ち去った後、笠柿が口を開いた。


「それで何かわかったか?」


「残念ながらさっぱりだな」


 俺の現時点での考えを、笠柿に言うかどうか正直迷った。


「ただな。長谷部の事件の資料だけ消えるのっては、ちょっとな」


「・・・署内に、事件を隠蔽したい者がいるって事か?」


「あくまで可能性の一つだ。証拠があるわけでも、確証があるわけでもない」


「だがまぁ、そうでもなければ、あの事件だけ無くなるってのは、不自然ではあるからな」


 俺達はしばし沈黙した。


「そうだ。古居さん、コピー取ってたりしないんだろうか?」


 ふと思い出した事だ。

 古居さんは、気になった事件はコピーを取ってしている。

 それだけではなく、個人的に保管している事があった。

 担当外の事件の資料を、どうやって入手しているのかは不明だ。

 おそらく、この事実を知っているのは、俺と笠柿とみやちゃんぐらいだろう。


「あぁ、そう言えばそうだったな。言われるまですっかり忘れてたわ」


「おいおい、何回か世話になっただろうに」


「確かにな。明日にでも聞いてみるわ」


「よろしく。それで、俺に用事はそれだけか?」


「あいかわらず鋭いな」


「お前が来る時は、大体やっかいな話しがある時だからな」


「そうだったか?」


「そうだ」


「まぁいいや、そのやっかいな話しは二つある。一つ目はこの資料の事件についてだ。理由はわからんが、そうそうに捜査中止になった。おそらく上からの圧力なんだろうよ」


 笠柿は、鞄から大きめの茶封筒を取り出した。

 おそらく角形二号だろう。


「資料を見る前に、二つ目を先に説明させてくれ」


「わかった」


「簡単に言うと、行方不明者の捜索だな」


「本当に簡単な説明だな」


「明日午前中に、依頼者がここに来るはずだ」


「どうゆう事だ?」


「管轄外事件なんだけどよ、知り合いに頼まれてな。一応、ご期待に添えるかどうかは、わからない旨は、伝えてあるぜ」


「・・・また勝手な事を」


「悪い悪い、まぁそんなだから、明日よろしくな」


「依頼を受けるかどうかは、俺の判断でいいんだな?」


「もちろん、かまわない」


「わかった。話しだけは聞く事にする」


「悪いな。それじゃ、一つ目の事件の説明だ」


 俺は笠柿から、封筒を俺を受け取る。

 資料の中身は、極という名の人物が襲撃された事件の事だった。


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1991年5月30日(木)PM:20:21 中央区銀斉邸一階


 俺は今、吹雪の家に、彼女と二人でいる。

 吹雪の親は、仕事で今日は帰って来ないらしい。

 そして目の前には、吹雪の料理。

 これは、料理と言っていいのだろうか。


 俺が好きだからという事で、サーモンを使った料理のはずだ。

 だが、それらしいものは見当たらない。

 もしかして、この黒焦げのが、そうなのだろうか?


「ごめんなさい。ちょっと焦げちゃいました」


 いやこれは、焦げてる所じゃない。

 た・・たぶんサーモンのクリームシチュー?

 見た目的に、黒焦げなだけなのかもしれない。


 マカロニサラダは、出来合いのにして、良かったのかもしれない。

 黒色のクリームシチュー・・・。

 焦げただけで、こんな色になるのか?


 意を決して一口食べてみた。

 未知の味・・・そして不味い・・・。

 吹雪の視線が、不安そうにこっちを見ている。


 気合でもう一口食べた・・・。

 何をどうしたら、こんな未知の味になるのかわからない・・・。

 吹雪も一口食べた後に、暫くフリーズしていたようだ。

 何口食べたのか・・気付けば、吹雪に食べる手を止められていた。


「無理して食べなくてもいいです・・。ごめんなさい・・・変な物食べさせてごめんなさい・・・」


 吹雪は泣いていた。

 不味いと言う事も出来ず、俺は吹雪の頭を撫でている。

 しばらくしてから俺は、強烈な腹痛と便意に、苦しめられる事となった。


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1991年5月30日(木)PM:20:37 中央区中央警察署四階


「黒い塊・・ねぇ?」


「実際に、実物を見てみないと何とも言えないな」


「兄貴もそう思うか」


 顔を見合わせる相模 健一(サガミ ケンイチ)と相模 健二(サガミ ケンジ)。

 被害者の状況を写真で見た二人。

 しかし、黒い塊の正体について、予想すらつかなかった。


「笹木さん、古居さん、ここ最近で、似たような事件はありますか?」


「覚えてる限りはないな」


「一応来る前に調べてみましたが、ありませんでしたね」


 古居 篤(フルイ アツシ)と笹木 宮(ササキ ミヤ)の言葉。

 健一と健二は少し思案した。


「これは現地に言って、実際に遭遇してみるしかないんじゃないの?」


「それしかないか」


「私達も同行します」


「わかりました」


「それじゃ、準備して行こうかね」


 立ち上がる四人。

 順番に、部屋を出て行った。

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1991年5月30日(木)PM:20:44 中央区桐原邸一階


 僕は愛菜と、二人でテレビを見つつ、談笑している。


「ゆーと君、初日はどうだったの?」


「どうって言われてもなぁ?」


 そう言えば、由香さんに、何を言ったのか聞くのをすっかり忘れてた。


「まだ初日だけど、それなりに楽しいかな?」


「そうなんだ、良かった」


 「・・おう」


 良かった?

 良かったねじゃなくて?

 まぁ、深く考えなくてもいいか。


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1991年5月30日(木)PM:21:25 中央区三井探偵事務所一階


 俺は事務所で、笠柿から渡された資料を見ている。

 極という人物が襲撃された事件。

 あいつはこれを俺に見せてどうしろと言うのだろうか?


 考え込んでいると、電話のコールが俺の耳を打った。

 この時間にかかってくるなんて、珍しいな。

 そんな事を思いつつ、手を伸ばして、受話器を持ち上げる。


「はい、三井探偵事務所です」


『あ・・あの、浅田と申します。三井 龍人(ミツイ タツヒト)さんは、いらっしゃいますか?』


「はい、私ですが?」


 浅田?

 知り合いに、そんな人いたか?


『あ・・あの長谷部さんの事で、本日お話した浅田です』


 ん?

 あぁ、あの喫茶店の娘か。


「本日はお忙しい中、お時間頂き、ありがとうございました。それで、どうかしましたか?」


『は・はい。あの後、思い出した事がありましたので』


「思い出した事?」


『はい。一人でいらした時に、タイマキョクとトンボケンのと呟いたのを、聞いた事がありまして』


「タイマキョクとトンボケンですか?」


『はい』


「詳しいお話をお伺いしたいので、後日お会いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


『はい、もちろんです』


「いつ頃、都合がよろしいですか?」


『それでは、明後日の十一時に、お店に来て頂いても?』


「わかりました。明後日の、日曜日、十一時ですね。よろしくお願いします」


『はい、こちらこそ、よろしくお願いします』


 受話器を置いた後、俺は二つの言葉について考えた。

 タイマキョクとトンボケン。

 何の事を、指しているのだろうか?

 のって事は、その後に、何か言葉が続いたって事だろう。


 長谷部は、何かを調べていたのか?

 だが、何を調べていたのか?

 取っ掛かりになるようなものさえ、今の所なしだ。

 とりあえず、話しを聞いてみてから、考えようか。

 それからでも遅くないだろう。


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1991年5月30日(木)PM:21:31 中央区幌見峠


「ここが現場か」


「位置的には、たぶん真ん中ぐらいじゃないかね」


 左も右も、見渡す限りの木々。


「夜に来るものじゃないな」


 宮が運転席、古居が助手席に座ったままだ。

 健一と健二の二人が、外に出て現場を見てみる。


「兄貴、ここ噛み切られた感じだな」


「そうだな。それと凹みもあるな」


「あぁ、黒い塊が何なのか、全然わかんないな」


「案外、エレメンターとかの仕業じゃなかったりするのかもな」


「どうだろうか?」


「とりあえず、ここにいても無駄足だな。明日、明るいうちに、森の中に入ってみるしかないか」


「そうだな」


「今日は一端戻ろう」


「了解」


 健一と健二は、車の後部座席に戻る。

 宮と古居に、明日出直す事を伝えた。

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