152.上衣-Camisole-
1991年6月15日(土)PM:17:22 南区特殊技術隊第四師団庁舎三階
窓際からは、訓練をしている隊員達の姿が見える。
後藤 正嗣(ゴトウ マサツグ)は、彼等を眺めていた。
細められたその瞳。
宿る感情はどのようなものだろうか。
それは、彼自身にしかわからない。
「報告は以上となります」
同じ室内にいる人物から放たれた言葉。
黒いローブに包まれている。
少し高めのソプラノのような声。
後ろには同じような人物が他に三人いた。
「そうか。ところで学校には行った事はあるか?」
「学校ですか?」
予想外の後藤の質問。
その人物は少し戸惑うような声になった。
後ろの三人のうち、一番左の人物。
思わず何かを呟いたようだ。
改まるかのように、向き直る後藤。
四人は、無意識に背筋を伸ばした。
「第二小隊へ命令だ。報告してくれた、学園の開校と同時に潜入。すでにリストアップしてある人物の能力についての詳細調査と、今後障害になりそうな人物の情報収集。現段階での情報はこれに入っている。コピーだから必要ならば、直接書き込んでも構わない。また入学に必要な書類もその中に入っている」
事務机の一つを開いた後藤。
厳重に封のされた封筒を、先頭の人物に手渡す。
「内密な命令だ。くれぐれも、他の部隊にも気取られないように注意して、任務を遂行してくれ」
「かしこまりました。第二小隊七月一日より任務に邁進いたします。しかしそれまでの間はどうすれば?」
「当初の予定通り休暇で構わん」
「わかりました。それでは失礼します」
よく見るとローブの四人は、骸骨の仮面を被っていた。
その為、顔がまったく見えなかったのだ。
四人が退室し一人になった後藤。
独り言のように彼は呟いた。
「しかしまさか、あの男が再起不能寸前まで追い詰められるとはな。やはり奴の反対を押し切ってでも、事前に情報を集めるべきだったか」
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1991年6月16日(日)AM:9:37 中央区特殊能力研究所五階
昨日は、古川 美咲(フルカワ ミサキ)は家に帰った。
少しだけ、竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)との時間を過ごす。
土御門 鬼湯(ツチミカド キユ)には昨日今日と休みを与えてある。
古川が帰宅するまでは、山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)に来てもらっていた。
仕事は残っている。
だが、彼女との約束を破るわけにはいかない。
その為、帰宅し少し遅い夕飯を三人で食べた。
惠理香はその後、直ぐ帰宅した形だ。
そして今朝二人で朝ご飯を食べてた。
所長室に、茉祐子を伴って出勤。
扉を開けると顔見知りが二人、既に中にいた。
「お・・おはよう。彩耶はともかく、何で惠理香がいる?」
「彩耶さん、惠理香さん、おはようございます」
びっくりしている古川。
状況を理解してない茉祐子は、普通に挨拶した。
「美咲、茉祐子ちゃん、おはよう。彩耶に呼ばれました」
「ほら、折角二人で出かけるんだから、こんな所にいないでいってらっしゃいな。本日の待機組みのスケジュールは組み終わってるし、通常雑務も半分ぐらいは終わってるわよ」
「彩耶、ありがとう。惠理香も手伝ってくれたって事か? すまん」
「ありがとうございます」
古川に続いて、お礼を言いながら頭を下げた茉祐子。
「そんな事はいいからさ。たまには二人で楽しんでらっしゃい」
「そうそう。美咲、息抜きも大事よ」
「あぁ。それじゃ甘えさせてもらう」
「彩耶さん、惠理香さん、行ってきますね」
古川と茉祐子がいなくなった所長室。
「料理も得意で礼儀正しいし、確りしてる。生活がズボラな美咲とは大違いね」
「私も人の事は言えないけど、美咲もかなりズボラだもの」
「料理が出来るだけ、惠理香の方がましでしょ?」
「彩耶に言われても、余り褒められてる気がしないんだけど」
「あら? 褒めてはいないわよ。ましって言ってるだけで」
「酷いなぁ。まぁ確かに彩耶の方が料理得意だけどさ」
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1991年6月16日(日)AM:10:47 中央区国道三十六号線
日曜日という事もありそれなりに人通りがある。
その中を、手を繋いで歩く古川と茉祐子。
姉妹のようにも見えるし、親子のようにも見える。
「さて街まで来たわけなのだが、何処に行こうか? 自慢じゃないがあまり店知らないんだよ」
「美咲姉も? 私もあんまり知らない」
「困ったな。とりあえずなんだ? そこのデパートにでも行こうか」
「うん」
こうして二人は、ウインドショッピングを開始。
主に、茉祐子の好みに合わせて、服を見たり靴を見たりしていく
確りしてても、やはり年頃の女の子。
そう思わずにはいられない古川。
ゆっくり時間をかけて、最初のデパートを堪能した二人。
ポールタウンに足を伸ばし、いろいろな店を見ていく。
上の階まで見た後、ポールタウンに戻り、また違う店に向かう。
その中のとあるショップ。
で服を見ていると、茉祐子の視線が、とある場所に集中している。
マネキンに飾られている、ワンピース状のキャミソール。
それとお揃いのサンダル。
茉祐子の視線が、集中しているのに気付いた古川。
「何だ気に入ったのか?」
「えっ? う・ううん」
「目はそうは言ってないみたいだけどな」
「え!? うう」
少し照れているような、そんな雰囲気を受けた古川。
何に照れているのかは、想像の範疇でしかなかった。
「可愛いしいいんじゃないか? 義彦も、茉祐子がこれ着てったらびっくりするかもな」
「もう何でそこで、おにぃの名前がでてくるの?」
言葉とは裏腹だった。
茉祐子はあきらかに動揺している。
古川でもわかった。
それでも視線は、やはりその服を見ている。
「いくらだ?」
「高いから無理だよぅ」
値札を確認する古川。
茉祐子のそんな言葉を気にすることなく、店員を呼ぶ。
渋る茉祐子に試着させた。
その上で、本人が気に入るか確認。
茉祐子の反応を見て、躊躇する事なく購入した古川。
彼女は驚いていた。
「茉祐子は気にする必要ないさ。あれぐらいの金額なら問題ない。それに、義彦がどんな反応するのか私も見てみたいしな」
「だから!? そんなんじゃないよぅ」
照れ隠しのように言う茉祐子。
だが、萎んでいくように、声のトーンが尻すぼみだった。
彼女の気持ちが、あこがれ程度のものなのか。
そうじゃないのか古川にはわからない。
でもその意思を、尊重してやりたい気持ちではある。
しかし、心の中では別の懸念もあった。
因子という爆弾を抱えている。
過去に暴走した疑いのある彼に、不安があるのが事実だ。
それでも彼に、今回のような仕事を頼んでいる。
それは、何かのきっかけで閉ざしているに等しいその心の扉。
開いて欲しいという願望なのかもしれない。
「競争率は割と高そうだけどな」
「もう違うってばぁ」
何気なく店の中にある掛時計を見た古川。
「おっと、そろそろお昼にするか」
「ぶぅぅぅぅぅぅ」
「そんなに拗ねなくてもいいだろ」
「美咲姉こそ、仕事ばっかりじゃなくて、恋の一つでもすればいいのに」
「主婦として何一つまともに出来ない欠陥品に、恋してくれる相手がいるなら、見てみたいものだけどな」
古川は茉祐子の頭を軽く撫でてから、優しく手を握る。
「きっといると思うけどな。美咲姉、スレンダーだし」
「あっちこっち傷跡あるけどもね」
「好きになったら、そんな事関係ないと思いますけど」
「はいはい、たまにはそうゆう話しもいいけどな。とりあえずは腹ごしらえだ。茉祐子は何食べたい?」
「うーん? ハンバーガー!!」
「いや、そんなんでいいのか?」
「うん。だって食べる機会、滅多にないんだもの」
「茉祐子がそれでいいならいいが。確か四番街にあったな。そこでいいか?」
「うん、行こう!!」
こうして二人はその店を後にした。
目的の、チェーンのハンバーガーレストランへ移動を開始。
階下へ降りるエスカレーターに向った。
古川が買ってくれた服入りの紙袋。
空いている手で、茉祐子は大事に抱きしめている。
その光景に苦笑する古川。
歩きながら他愛もない会話を楽しむ二人。
再開した学校の事や事件の事。
そこで、古川にヒーロー像を抱いた同級生がいる。
そんな話しを聞かされた彼女は、顔を顰めた。
二人が食べてみたいものの話し、ファッションや好きな色まで。
案外話題というものは、尽きないものだな。
そう思いながら、古川自身この時間を楽しんでいる。
外に出るとどうやら、雨が降っていたようで、道が濡れていた。
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