110.乳房-Breast-

1991年6月10日(月)PM:12:14 中央区豊平川


「たタかウきモうセたノか? デもニさガなイ」


≪ロウプ ガロウ レ トウル レ チエル デビエント ドッウン コウプ ペルギャント サ スブスタンス≫


 小島に辿り着いた三井 龍人(ミツイ タツヒト)。

 彼目掛けて、三度目の突撃を行うファーミア・メルトクスル。

 龍人は、彼女の詠唱が終わる寸前。

 風を叩きつけて、いくつもの水の壁を構築した。


「そンなコざ――」


 言葉を吐き出し終わる。

 その前に、いくつもの水の壁を通過した。

 轟音と共に小島に突撃したファー。

 小島の大地を抉り、周囲には巻き上げられた土煙が舞う。


≪風鎗≫


 土煙の中、ファーの耳に届いた龍人の声。

 その声は、彼女の頭上。

 複数の何かの轟音と共に。聞こえてきた。

 土煙が収まり、徐々に小島の姿が顕になっていく。


 小島の中心で仰向けに倒れているファー。

 彼女の体には、抉られてる箇所が四つ。

 左前腕、左脛、右腿、右肩の四箇所。

 半円状に抉り取られていた。


 白目を向いており、出血もかなり激しい。

 人間ならば、失血死しててもおかしくない出血量。

 彼女は一応呼吸をしており、まだ死んではいないようだ。


「か・・貫通力だけならさ・・最大最凶の攻撃・・だぜ。がふ・・・じ・自分でコ・・コントロール出来てな・・ない・・のが難点・・だけど・・な」


 ファーのすぐ近く。

 ズタボロの右半身で、膝をついている龍人。

 彼のいる場所から前方にニ十メートル程の範囲。

 まるで巨大な鎗で突いたかのようだ。

 無節操に無秩序に、いくつもの穴が出来上がっていた。

 穴の深さは五メートルはあるだろう。


 なんとか立ち上がった龍人。

 フラフラとファーの側へ歩く。

 しかし、そこで彼は、ファーに半分覆いかぶさるように倒れた。


「ち・・血を流し・・すぎた・・のか・・な?」


 運が良いのか悪いのか、左の手の平が、彼女の乳房の上に着地。

 痺れかけ、感覚のなくなり掛けた指が動く。


「―――や・・やばい・・な・・・。勝ったには・・勝ったが・・ほぼ・・相打ち・・じゃないか・・。に・・し・・ても・・ろ・・狼化し・・しても・・・ちゃ・・ちゃんとあるのな。ちゃ・・んと・・や・・わら・・か――」


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1991年6月10日(月)PM:12:36 中央区創成川通


 第一小隊と第三小隊が対峙しているテレビ塔正面。

 その反対側、創成川方面。

 第五小隊が激闘を繰り広げていた。


 第四小隊の狙撃による援護がある。

 とは言え、彼等は人間だ。

 疲労というのは蓄積していく。


 裏側なので、敵である黒い鰐人の数が少ない。

 残念ながら、そんな事もなかった。

 正面と違って、凶蜘蛛が現れなかったのが唯一の救いだろう。


 第五小隊が防衛している場所。

 テレビ塔の正面程、広い空間があるわけではない。

 もちろん一般の乗用車が進入しないように交通規制はしている。

 独断で、無理やり進入禁止の警告看板を設置したのだ。


 それでも、二小隊で維持してる正面。

 比べて、一小隊だけで戦線を維持している第五小隊。

 その不利は否めない。


 ここで第五小隊の隊長。

 久遠時 貞克(クオンジ サダカツ)は、二つの作戦を考えた。

 創成川を挟んだ場所からの狙撃。

 もう一つは、テレビ塔の裏側に陣取っての近接戦闘。


 彼等の現状の装備は限られている。

 打突時に魔力を込める事により、ダメージを増幅させる大槌が六本。

 11.4mm短機関銃M3A1が二丁とマガジン4つ。


 手持ちの武器から考えて、狙撃は現実的ではない。

 その為、後者の作戦を取った。

 テレビ塔の裏での戦闘を選んだのだ。


 馬鹿力の貞克と相模原 幡(サガミハラ ハタ)が大槌の二刀流。

 多々良 阿月(タタラ アツキ)と久留 目高(クル メダカ)。

 二人が大槌の一刀流での近接攻撃。

 加えて、11.4mm短機関銃M3A1による援護だ。


 最初のうちは9mmパラベラム弾をさほど撃つ事もなかった。

 比較的順調だったのだ。

 黒い鰐人もそこまで動きも早くない。

 その為、大槌で確実にダメージを与え倒す事が出来ている。


 幡が一匹に止めをさした。

 そこに迫っていた、別の黒い鰐人を目高が銃撃。

 接近し大槌で頭を粉砕していた。


 貞克が迫ってくる二匹を吹き飛ばす。

 吹き飛ばした片方を駆逐。

 その間に、阿月がもう一匹の顎を殴り上げていた。

 無残にも顎から砕け散る黒い鰐人。


 四人はそれなりに、斬り傷や擦り傷はある。

 しかし、致命傷や行動に支障がでるような怪我していない。

 だが、黒い球から現れはじめた新たなる敵に、貞克は戦慄する。


 知識としては知っている貞克。

 だが、実際に遭遇した事はない。

 空を飛翔しながら降りてくる。

 その姿を間違えるとは考えにくかった。


 現れたのは黒翼竜(ブラックワイバーン)。

 特殊技術隊の中では、最悪の相手として認識されている。

 十年前の特殊技術隊第一師団。

 彼等を壊滅一歩手前まで追い詰めた、黒き悪魔。


「てめえら、あれはやっかいな相手だ。まずは生き残る事を考えやがれ」


 高空から襲撃してくる黒き悪魔。

 黒翼竜(ブラックワイバーン)の爪撃に、貞克も幡も防戦一方。

 数の暴力もあり、殴打する隙間すらない。

 阿月も目高も射線を気にしながら、果敢に銃撃する。

 しかし、精々がかする程度。


 大槌とM3A1をたくみに使い分る阿月。

 何とか三匹合同の爪による連撃を防いだ。

 しかし、最後の一匹の攻撃。

 凌ぎきる事が出来ずに弾き飛ばされた。


 目高も貞克も幡も、自分に向ってくるのを防ぐのが精一杯。

 阿月を助けに行きたくても、行く余裕すらない。


「阿月ぃぃぃぃぃぃぃ」


 貞克の叫びもむなしく、更なる爪の追撃が突き刺さった。

 再び吹き飛ばされた阿月。

 血飛沫が舞い散る。

 空を飛んでいる彼女。

 獰猛なその口で、銜えようとした黒翼竜(ブラックワイバーン)。


 絶望の眼差しの貞克。

 現実感の乏しい光景に、自分の目を一瞬疑った。

 縦に一刀両断された黒翼竜(ブラックワイバーン)。

 そして、阿月を受け止めている少女。


「特殊能力研究所、古川さんの命により助力致します。この方の傷は浅くはありません。すぐに救急処置をした方がよろしいと思います」


 そこには、少女が立っている。

 かなりの長さの髪に、黒一色の振袖。

 白い肌の少女。


 その側の二人の少女も、同じように黒一色の振袖。

 振袖の柄がそれぞれ違うのが、異なっている点だろう。

 年恰好は三人共同じ位のようだ。

 だが、全員が白髪の為わかりにくい。


 阿月を足元に下ろした振袖の少女。

 黒翼竜(ブラックワイバーン)は突然の乱入者。

 そのの一撃に戸惑い、責めあぐねているようだ。


「早兎は、この娘の手当てを先にお願いします」


「かしこまりー。佐昂姉」


「沙惟、私達はあの黒い妖魔達を殲滅いたします」


「はい、わかりました。佐昂姉様」


 三人共が大鎌を手に持っていた。

 微妙にそれぞれ形状は異なる。

 佐昂と沙惟からの敵意。

 黒翼竜(ブラックワイバーン)達は旋回を続けている。


 しかし、獲物を目の前にして焦れたのだろう。

 旋回している一匹。

 阿月目掛けて急降下して来た。

 そして、それに続くように他の個体も急降下をはじめる。

 やっと我に返る事が出来た貞克。


「目高、幡、阿月と手当てしてる娘を守るぞ」


 阿月の側に集結をはじめる第五小隊。

 しかし、少女二人の戦闘能力は貞克の常識を逸脱していた。

 二人とも阿月を守るかのような立ち位置。

 接近してくる翼竜達を、事も無げに斬り裂いていく。


 高空から攻撃してくる相手。

 互角以上に立ち回るには、相応の能力が必要だ。

 貞克ですら、二人の少女の動きを捉えることすらままならない。


 ある程度斬り伏せられた所で、翼竜達は降下するのをやめた。

 爪撃をする事はない。

 ホバリングしはじめた翼竜の一団。


 その口を開き、何か力を溜めているようだ。

 一般的に言うブレス攻撃である。

 少女二人もその事を理解したのだろう。

 しかし、彼女達は逃げる素振りを一切見せない。


 上空にいるにも関わらず、引き裂かれ斬り裂かれていく。

 墜落していく翼竜。

 まるで、ブレスを吐き出す順番に両断されているようだ。


 阿月の側にいる三人。

 彼等は何が起きているのかすら、理解出来ない。

 彼女達をじっと見つめている貞克。

 それでも、ほとんど動きは見えてない。

 だが、少女二人が黒い何かを放っているのがわかった。


 落ちてくる翼竜の状態。

 そこから考えて、切断力の高い攻撃だろう。

 空を我が物顔で飛び回っていた彼ら。

 はどんどん数を減らしていく。

 

 そこに、阿月の手当てを終わらせた少女。

 彼女が加わる。

 更に加速度的に、殲滅速度が上昇していった。


「やはり、狙撃等の遠距離攻撃は、早兎が一番早いですね」


「わーい、佐昂姉に褒められた!」


 無表情のままそう言った少女。

 褒められた少女は、天真爛漫に嬉しそうに微笑んでいる。


 自身の目で見ている。

 にも関わらず、目の前の現実を、素直に飲み込めない貞克。

 少女三人だけで維持される戦列。


 数を減らしていく黒翼竜(ブラックワイバーン)。

 黒球から出て来る個体にまで到達。

 旋回しようとする黒翼竜(ブラックワイバーン)が墜落していった。

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