299.不満-Dissatisfaction-

1991年7月24日(水)AM:3:42 中央区人工迷宮地下三階


「シャイニャン、左から三番目の通路へ」


「はーい。殲滅すればいいのー?」


「あんまり派手にしないでね。ここ迷宮の中なんだから」


「むずかしー事言うなー。でも善処するー」


 阿賀沢 迪(アガサワ ユズル)の指示に従う。

 スキップで移動していくシャイニャン。

 但し、ありえないスキップ速度。

 瞬時に柚の側からいなくなった。


 三番目の通路を駆け抜けるシャイニャン。

 物理結界展開機、通称ブッてん君。

 その側に直ぐに辿り着く。

 銅鎧蟷螂(カッパーアーマーマンティス)の群れ。

 鎌を使い、物理結界を叩いていた。


 十体が交代しながらガリガリと削る。

 物理結界展開機のエネルギー表示。

 削られるたびに、徐々に減っていく。

 バーの表示は既に二割を下回っていた。


「蟷螂ちゃん、頭良い子なんだねぇ? 楽しませてくれるかなぁ?」


 嗜虐的に微笑むシャイニャン。


「ねーねー解除ってこのボタンでいいんだよね?」


 戦々恐々としている二人。

 バーの表示を見ていた彼等は迪の同僚。

 その二人に問いかけるシャイニャン。


「え、あ、は、はい」


 一人がしどろもどろに答えた。

 彼は二十歳過ぎに見える。

 余り現場慣れしていないようだ。


「わかったー。それじゃ、下がっていいよー。死にたいならそこにいてもいいけど」


 にやりと笑うシャイニャン。


「あんた、見た事ない奴だが本当に大丈夫なんだろうな?」


 もう一人の先輩らしき男。

 彼は訝しげな眼差しだ。


「あれぇ? 私達の誰か見た事あるのぅ?」


「ファイクロンとか言う奴ならな」


 ぶっきらぼうに男は答えた。


「あぁ、そうなんだー? 私ファイクロンより強いと思うよー。それに迪を信じないのー?」


 彼女のその言葉に、苦虫を噛み潰したような顔になった。


「ぐ、わかった。おい、撤退だ」


 彼の言葉に、もう一人も従いその場を離れる。


「さーて、久々に血沸き肉踊る戦いだー!」


 何の躊躇も戸惑いもない。

 物理結界展開機の停止ボタンを彼女は押した。

 結界を叩こうとしていた蟷螂。

 勢いのあまり突っ込んできた。

 シャイニャンは、蟷螂の両方の鎌を掴む。


≪加熱(カレファクショ)≫


 掴むと同時に、彼女は唱えた。

 それだけで、銅鎧蟷螂(カッパーアーマーマンティス)の両手の鎌が壊れる。

 彼女の手が、鎌を瞬時に加熱して焼き焦がしたのだ。

 炭化した為、体液を撒き散らす事もない。


「えぇ? こんなんで壊れるのぅ? がっかりだなぁ。もういいや、壊れちゃえ」


≪小火(インフィルマイグニ)≫


 彼女の蹴りと共に発生した小さな火。

 鎌手を失った蟷螂の首を貫通した。

 更に、背後にいた蟷螂の首に減り込み燃やす。


「あ、酸素なくなったら迪達が困るんだっけ?」


 瞬時に燃え上がり炭化した二体の蟷螂。

 彼女は気にする事なく突っ込む。

 拳だけで鎌手を砕き、回し蹴りで体を粉砕。

 徒手空拳だけで、屠っていく。


 シャイニャンが暴れている。

 その頃、他の三人も別の場所で蟷螂と対面していた。

 トルエシウンは面倒臭そうに左手を振り上げる。

 次の瞬間、向かってきた蟷螂達は細切れにされていた。


「まったく。弱いくせに粋がるなんてね」


 リンダーナの周囲を飛び回る水の雫。

 まるで踊り狂っているようだ。

 突如、蟷螂に向かってその牙を向いた。

 蜂の巣にされ崩れ落ちていく。


「迪様の命令なので仕方ありませんが、歯応えがなさすぎですね」


 両側の壁で拉げて潰れている蟷螂。

 その体は、干からびているかのように渇いていた。


「俺らの誰かがいきゃーすぐ終わるんじゃねーのこれ?」


 不満げに愚痴をこぼすファイクロン。


「公務員だか何だかシラネェケド、命令違反したら迪の立場が悪くなっちまうしなぁ。独断専行する訳にもいかねぇか」


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1991年7月24日(水)AM:5:22 中央区人工迷宮地下三階


 膝を抱えて壁際に座り込んでいるトルエシウン。

 虚ろな眼差しで、反対側の壁をじーっと見ている。

 彼の視線の右側、少し奥に見える赤茶色。

 細切れの蟷螂の亡骸が未だ散らばっていた。


「面倒臭い面倒臭い面倒臭い早く本の中戻りたい面倒臭い面倒臭い面倒臭い」


 一人ぼそぼそと呟いている彼。

 その耳が、何かの足音を捉える。

「何か来るから倒さないと、でも面倒臭いけど倒さないと」


 徐々に近づいてくる何か。

 細切れになっている亡骸に群がり始めた。

 見た目は銅鎧蟷螂(カッパーアーマーマンティス)そのもの。

 ただし、ずっと小型で一メートルあるかないかだ。


 座っていた彼は、立ち上がった。

 蟷螂目掛けて右手を振り上げる。

 格子状の風の刃が解き放たれた。

 迷宮の通路の幅丁度の大きさ。

 突き進み斬り刻んでいく。


 動くものがなくなった。

 その事を確認したトルエシウン。

 また同じ場所に座り込む。

 彼の耳に聞こえてくる音。

 他の三人も戦闘開始したと理解する。


「シャイニャンは、瞬間的に炎を発生させ焼き焦がしたみたいだな。穿たれる音は、リンダーナの水弾だね。ファイクロン、面倒臭いからって一瞬で潰しちゃうなんて酷いなぁ」


 その後も、三度、小型の銅鎧蟷螂(カッパーアーマーマンティス)。

 その群れの襲撃は続いた。

 四人は段々と弱いもの虐めの状況に嫌気がさしてくる。

 そして、ほぼ同時に強者と戦いたいと心の中叫んでいた。


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1991年7月24日(水)AM:9:57 中央区人工迷宮地下三階


「阿賀沢さん、此度のご協力感謝します。また攻略完了には、いまだ目処が立ちませんがよろしくお願いします」


「いえ、こちらこそ、現状維持でしかご協力できなくて申し訳ありません」


 有賀 侑子(アリガ ユウコ)と迪、二人ほぼ同時だった。

 整った敬礼を交わす。


「それでは、私達は上の階に。宿営用天幕を新たに準備して頂いたとの事ですので」


 既に、二人の周囲には監察官の面々が並んでいる。

 少し離れた所でたむろっている四人。

 ファイクロンは不機嫌そうだ。

 退屈そうなシャイニャン。

 リンダーナは生真面目な表情。

 座り込んでいるトルエシウン。


「じゃ皆行こう」


 歩き出す迪に続いていく。


「ファイクロン、シャイニャン、リンダーナ、トルエシウンの四人も来なさいね」


 迪の指示に、立ち上がった四人。

 四人とも、不満そうな表情ではある。

 だが、何も言わずに素直に歩き始めた。


 監察官二十六名を先にいかせた迪。

 不満そうな四人。

 階段を上った所で待っていた。


「四人とも不満そうね?」


 一番不満そうなファイクロンが口を開く。


「そりゃな。暴れたりねぇしよ」


 彼の言葉に頷く三人。


「精霊庁が受け入れてくれるという話しにはなってるんだけどね。上が了承してないみたいなのよ。あそこならもう少し自由に出来ると思うんだけどな」


「人間ってさ。メンドーだよねぇ? 私達にはわからにゃいのだー」


「強いのいないし、僕本に戻っていいですか?」


「いいよって言いたい所だけど、駄目。しばらくは出しっぱなしにさせてもらうから。四人は万が一の場合に備えて待機してて」


「それは上からの指示なんですか?」


 リンダーナの疑問に、片目を瞑る迪。


「指示じゃないって事だー、たぶん?」


「先の長くない立場だしね。命令違反上等よ。人名優先さえ守ってくれれば、暴れてもいいわ」


「あれだけ規律規則って、うるさかった迪の言葉とは思えねぇな、おい」


「正直ね。今の監察官の有り方にも、上層部にも愛想が尽きたのよ」


 迪の予想もしない言葉。

 一瞬呆気に取られる。

 直後、四人の竜は心の底から笑い出した。

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