258.舌打-Tutting-

1991年7月14日(日)PM:12:51 中央区精霊学園札幌校東通


「ちっ!?」


 大上段から振り下ろした一撃。

 虚しく空を斬った。

 振り下ろしきる。

 その前に、背後に飛んだ三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 彼の体があった場所。

 右横から刀閃が煌いた。


 更に後ろに飛んだ義彦。

 彼と対峙する闇 花(ヤミ ハナ)。

 彼女は追撃はしてこなかった。


 足元にうねる人の胴体程もある蔓。

 その蔓を足場に、お互いに刀を構えて対峙する二人。

 単純な腕力では義彦の方が上だ。


 しかし、花の方が小回りが利く。

 義彦の刀による攻撃。

 絶妙なタイミングで、受け流していた。


 連戦といまだ回復していない傷。

 長引けば間違いなく不利だ。

 義彦はわかってはいる。

 だが、責めあぐねている状態だった。


 お互いに、視線を交錯させる。

 義彦の視線の先には、人を捨てた山本 雄也(ヤマモト ユウヤ)。

 眼下を眺めていた。

 彼は狂喜とも狂気とも呼べる表情になっている。


 更にその奥に見えるエレアノーラ・ティッタリントン。

 兼光村正 黒(カネミツムラマサ コク)と相対している。

 二人は互角の剣戟を繰り広げていた。


「さてどうしたものか?」


 花と相対している義彦。

 土御門 春己(ツチミカド ハルミ)の話を思い出していた。


「負の感情が集い過ぎた霊装器・・か」


 だが、相対している花は、激昂したりする事はない。

 顔も瞳も無表情で感情が存在するのかも疑わしかった。

 憎しみ等の負の感情に突き動かされているとは思えないのだ。

 エレアノーラと熾烈な戦いを演じている黒。

 今まで見た限りでは同様だった。


 それではこの二人を突き動かしている存在。

 それは、山本という事になる。

 だが、今の彼はその身に霊装器らしいものは見当たらない。


 消えたのは二本の刀というだ。

 花の手に持っているのと、腰に差している刀。

 それに黒自身が武器としている刀。

 三本のうち、どれか二本という可能性が高い事になる。


「そんな事よりもどうやって突破して、あいつを止めるかだよな」


 山本に斬り掛かった義彦。

 花にあっさりと、その一撃を流された。

 そのまま、彼女との一騎打ちになったのだ。

 まるで柳の如く、義彦の攻撃を躱し、流す。

 そして隙有らば攻め立ててくる。


 斬られれば、癒えない傷となる。

 その事を理解している義彦。

 どうしても今一歩、彼は踏み込みが甘くなっていた。


 無理に動こうとすれば、体に電気のように走る痛み。

 もしかしたら影響していたかもしれない。

 山本が奥に歩いて行く。

 気付いていながら追う事は出来なかった。

 花から一瞬でも注意を逸らせば、敗れかねないのだ。


 比較的近くで、エレアノーラと黒がぶつかり合ってた。

 一進一退の攻防を繰り広げているが見える。

 花との間合を一気に詰め、袈裟懸けに刀を振るった。

 花を捉える事は出来ない。

 半身をずらし、振り下ろされた花の一撃を躱す。

 義彦は、即座に距離を取った。


「中々に手強いですね」


 背後から聞こえる声。

 エレアノーラも黒と距離を置いている。

 義彦の直ぐ背後まで下がっていた。


「どっちかでも突破出来ればいいんだがな」


 流れ落ちる汗を、肌に感じる義彦。

 山本が消えた方から、突如轟音が轟く。

 その音と同時に、花も黒も撤退していった。


「何かわからんが、嫌な予感しかしないな」


「同感です」


 二人の視界に入ってきた光景。

 不意に天高く伸びる蔓の群れ。

 周囲の木々が吹き飛ばされ、空を舞う。

 突如、中空で折れ曲がる。

 真っ直ぐに義彦とエレアノーラに向かい始めた。


「くそ、山本の野郎!? 数が多すぎる、逃げるぞ」


 危険を感じ走り出す二人。

 二人がいた場所に突っ込んできた蔓の群れ。

 大地を抉っていた。

 土煙を上げ、義彦とエレアノーラを追いかける。

 進路上にいる、山本が生成した蔓の化け物。

 関係なく蹂躙していく。


 背後まで迫る蔓の群れ。

 振り返ったエレアノーラ。

 もっとも近い蔓に剣を一閃。

 しかし、硬質な音と共に弾かれる。

 更には蔓の一撃をまともに喰らった。


 宙を舞う彼女を、義彦が受け止める。

 蔓の群れがぶつかる寸前。

 突如加速する義彦。

 背後に竜巻のような風を振り撒いている。

 ロケットの如く宙を飛んでいく。


 突然の事に、お姫様抱っこされたままのエレアノーラ。

 義彦にしがみ付くしかない。

 周囲を風が覆い、更に加速していく。


 集中力の喪失と消耗が激しい。

 着地まで制御できなかった義彦。

 声を出す事もままならない。

 土煙を上げながら、エレアノーラを放り投げた。


 何の前触れも無く、投げられたエレアノーラ。

 だが、自身の剣をうまく利用。

 勢いを殺しつつ着地した。


 義彦も、途切れそうな集中力を総動員。

 風の力で勢いを殺す。

 片膝をついているエレアノーラ。

 その側まで、勢いを殺しつつ辿り着いた義彦。


「結構間一髪だったな」


 そうぼやきつつ立ち上がると、彼女に手を差し出した。

 黒光りする蔓の群れ。

 少し遅れて、横倒しにした剣山の如く現れる。


 限界まで伸びたようだ。

 義彦とエレアノーラまでは辿り着く事はなかった。

 即座に戻って行った黒光りする蔓の群れ。

 アイラ・セシル・ブリザードとクラリッサ・ティッタリントン。

 二人と視線を交錯させる義彦。

 エレアノーラは、少しだけ俯いていた。

 即座に何度か首を横に振る。

 剣の握りを確かめた。


 巨大な恐竜でも歩いているのかと、錯覚させるような音。

 近づいて来ている事に気付いた四人。

 現れたのは、とてつもなく巨大な獣。

 太い蔓がより合わさっている。

 その頭らしき部分に見える三つの人影。


 視線を巨大な獣の頭らしき部分に向けた。

 その後に頷き合った義彦とエレアノーラ。

 お互いの武器を、両手で握りなおす。

 即座に左右に分かれる。

 動きの止めた巨大な獣の前足の部分を上っていった。


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1991年7月14日(日)PM:12:56 中央区精霊学園札幌校東通


「この蔓の集まった怪物が何かよくわかりませんが、動き出す前に止めた方が良さそうですわね」


 アイラは、獣の頭部分に山本がいるのを確認している。


「クラリッサ、あなたは桐原君と愛菜ちゃんの側にいなさい」


 アイラの言葉に頷くクラリッサ。

 座っている桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)は寝かされている。

 中里 愛菜(ナカサト マナ)は二人の側だ。

 三人の前には白紙 伽耶(シラカミ カヤ)と白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。

 守るように立っていた。

 山元は沙耶をねめつけるような眼差しで見ている。


≪Frigoris quam penetrare Ligatum Duratus pyram≫


 燐としたアイラの声が響く。

 彼女の周囲に生成されていく氷の杭。

 その数三十二本。

 うち、十六本が獣に射出された。

 十六本全てが連続で命中する。

 全て、傷を与える事も出来ずに砕け散った。


「案外この怪物硬いのですわね。それでは、これでどうです?」


 山本目掛けて残り十六本が射出される。

 まるで氷の杭に反応するかのようだ。

 獣の後方、尻尾を形造っている蔓。

 孤を描きつつ前方に伸びてきた。

 蔓の数は五十を超えて、山本の周囲に殺到。

 十六本の氷の杭を叩き、砕く。

 更に沙耶を除く全員に襲いかかった。


 消耗と疲労により、へたり込んでいる悠斗と愛菜。

 躱す余裕もない。

 伽耶に沙耶、さらにクラリッサ。

 黒恋を含む三人を守るように、迫り来る蔓を弾き飛ばした。


 硬質な音を響かせて、弾かれる蔓。

 伽耶の炎を纏う刀、沙耶の水を纏う刀。

 蔓に傷一つ付ける事が出来ない。

 クラリッサが杖に纏わせている氷の刃も同様だ。


 アイラは一人、向かってくる蔓を全て躱し続けている。

 まるでフィギュアスケートの選手のように流麗な動きだ。

 彼女の動きが信じられない眼差しの山本。

 困惑と驚きの瞳が、徐々に怒りの色を帯びて行く。


「よーしーひーこー! こーくーれーんーちゃーんーがー!」


 突然、大声で叫んだ悠斗。

 その声に義彦は驚いた。

 ちらりと横目で悠斗の方を見る。


「風の刃を喰らえ!」


 花に向かうと見せかけて、風の刃を一閃。

 即座に反転し、悠斗の元へ向かおうと飛んだ。


 義彦の動きをじっと見ていた悠斗。

 飛び上がった後、中空で墜落していく。

 まるで糸の切れた人形だ。

 更に彼を追う様に、森の中に落下していく少女。


 向かおうにも、体力は限界。

 更には借り受けた力の反動で体が重い。

 それに、数多の蔓達は、攻撃を止める気配も無し。

 今の自身の状態では、義彦の所へ辿り着くのは難しいと判断。

 それでも何か方法はないかと、疲れ切っている頭で考えていた。


「逃げ惑うのだけはうまいようだが、へっぽこ魔法使いのお前等にはこいつは倒せまい! いい加減諦めて蔓に貫かれろや」


 山本のねっとりと陰湿な声が響く。

 彼の言葉に一瞬、アイラの瞳が激情に駆られる。


「エレアノーラ!! そこの身の程知らずを懲らしめます。直ぐに退避しなさい!」


 普段おしとやかで、優しい声音のアイラ。

 彼女からは考えられないような強い意志の篭った声。

 彼女の声に即座に反応したエレアノーラ。

 一気に後退したのが見えた。

 彼女と激戦を繰り広げていた武士(モノノフ)。

 黒も、彼女を追いかける。


「伽耶、沙耶、悠斗、愛菜、もう少し私の背後の方に離れた方いいですよ」


 普段のおしとやかで優しい声のアイラに戻っていた。


「アイラ、本気でやるの?」


「まさか。そんな事すればあの身の程知らずだけではなく、拡がる森もここもただではすみませんわ。手加減はしますわよ」


「わかった」


 蔓がいまだに襲ってきている。

 なのに、何でもないかのように会話をする二人。

 伽耶と沙耶は、蔓の相手で手一杯だ。

 背後にいる悠斗達にいかせないようにするのが限界。

 とても会話に参加する余裕はなかった。

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