242.植物-Plant-

1991年7月14日(日)AM:11:56 中央区精霊学園札幌校西通


 ゆっくりと歩く陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)。

 彼女は物思いに耽っている。

 通り過ぎた二人の学生。

 自分が見られていた事にも気付かない。


 彼女の頭の中にあるのは一つ。

 竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)に何と詫びるべきか。

 それだけが、頭の中で渦巻いている。


 まずは茉祐子に詫びる。

 迷惑をかけた他の面々にも詫びに行く。

 そのつもりでいるわけだ。


 しかし、彼女に怪我をさせたのは黒恋自身。

 茉祐子へ詫びにいかなければと思ってはいる。

 その反面、逃げ出してしまいたい。

 そんな衝動に、突き動かされそうになってもいた。


 俯き加減で歩く黒恋。

 突如視界に影が差した。

 顔を上げる間も無い。

 彼女は吹き飛ばされる。


「久しぶりだな。さて、半年前の続きをしようじゃないか!」


 空中で体を回転させてた。

 無難に着地した黒恋。

 聞き覚えのある声に、悪寒が走った。

 相手に視線を向けた彼女。

 苦虫を噛み潰したような顔になった。


「何故ここに? 収監されたんじゃ?」


「何の話しをしている? 収監? 本当に収監されていると思ってたのか? おめでたいな」


 所々が黒く濁っている水。

 鎧のように全身に纏っている。

 忘れたくても忘れられない男。

 藤村 畳(フジムラ チョウ)が、立っていた。


 忘れていたはずの憎悪。

 黒恋から湧き上がってきた。

 彼女が手を翳すと現れた刀。

 抜刀した黒恋は、即座に畳の前に移動。

 手加減する事などなく刀を振り抜いた。


「あの時よりは強くなったのか。だが、まだまだだな」


 畳の左手の水の壁に防がれた一撃。

 即座に後ろに飛ぶ黒恋。

 しかし、畳の攻撃の方が早かった。


 彼の前蹴りを刀で防ぐ。

 刀を弾かれ、腹部に蹴りが減り込んだ。

 吹き飛ばされた黒恋。

 つい数分前にすれ違い、後方を歩いていた二人。

 先程の学生の近くまで飛んでいった。


 黒恋を追従するように走る畳。

 大地を転がり、うつ伏せに倒れた黒恋。

 そこに一撃を加えようとした畳の右の拳。

 近くにいた学生の一人に受け止められた。

 右の拳を覆っていた水。

 同時に肘の辺りまで消滅する。


「状況がさっぱりわかんないけど。どっかで見た事あるような?」


 反射的に介入した桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 相手を見て、何処かで見た事があるような疑念が浮かぶ。

 しかし、考えてる場合ではないので、即座に反撃した。

 相手の腹部へ右の拳でストレートを放つ。

 一瞬の差で後退した畳。


「貴様何処かで?」


 畳も悠斗を見て、何処かで見た事がある気がした。


「大丈夫?」


 黒恋の側に屈んだ中里 愛菜(ナカサト マナ)。

 立ち上がろうとする彼女に手を貸した。


「ありがとう。でもあなた方は逃げた方がいいと思う。あいつの狙いは多分私」


「貴様!? 思い出した。半年前俺の逃走を妨害してくれたガキ」


「半年前? 半年前って? あ!? まさか元旦の? あの時のか」


「えっ? ゆーと君、元旦に何かあったの?」


 反射的に突っ込みを入れた愛菜。

 しかし、悠斗が答える時間はなかった。


「手前にもお礼をたっぷりしないとだな。ところで連れの少女かわいい顔してるじゃねえか? いい事考えたぜ」


 その後の畳の動きは早かった。

 水の拳のパンチをまともに受けた。

 吹き飛ばされていく黒恋。

 第八学生寮の壁に減り込む。

 口元から血が垂れている。


 一発、二発と拳を防いだ悠斗。

 彼は、愛菜を守るように防いでる。

 横薙ぎに払われた三発目。

 防ぎきれず、吹き飛ばされた。


「お礼だ。可愛がってやるよ」


 愛菜は挫けそうな心を叱咤。

 震えている心で、畳を睨む。

 彼女の眼前に集まる光。

 長方形状の薄い盾を形勢していく。

 振り下ろされる畳の拳。


 畳の拳とぶつかり、鬩ぎ合う盾。

 しかし、盾は徐々に押され、亀裂が入る。

 そして、とうとう盾は砕け散った。


 立ち上がって間に入ろうと走る悠斗。

 壁から落ちて、地面に倒れた黒恋。

 無理やり体を立ち上がらせて走る。

 しかし、二人とも間に合う距離ではない。


 畳の拳が振り下ろされる。

 思わず目を瞑った愛菜。

 焦っている悠斗の視界の中。

 吹き飛ばされたのは畳だった。


「間一髪だったな」


 愛菜を守るかのようだ。

 左足を上げて立っている古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 悠斗も黒恋も、愛菜が無事な事に安堵した。

 同時に、古川の登場に目を丸くしている。


「理事長?」


 目を開けた愛菜も、驚きの表情だ。


「危なかったな。しかし、まさか貴様がいるとはな」


 立ち上がった畳を見る古川。

 彼女は険しい顔をしていた。


「結界を弟の力で溶かしたと考えれば、侵入出来る理由になるか」


「古川 美咲(フルカワ ミサキ)、まさか貴様の方から現れてくれるとはな。うれしいぜ。半年前のお礼をしなきゃ、俺の気がすまないからな」


 その時、突如周囲に変化が訪れる。

 建物、道路等を魔力のフィールドが覆い始めた。

 突然現れたフィールド。

 古川以外の四人は驚いている。


「これは?」


 愛菜の側まで移動し、前に立つ悠斗。


「何だろう?」


 地面に座り込んだままの愛菜。

 先程までの危機も忘れて下を見ている。


「これは? 全体を覆っているの?」


 黒恋の質問に即答した古川。


「そうだ。園内全施設を覆っている。だから、少しぐらい暴れても大丈夫だ」


 畳を睨んでいる古川。


「弟も来ているとして。あと一人は一体誰だ?」


「教えると思うか?」


「そう言うとは思ったよ。お前一人に時間を掛けるわけにもいかない」


≪爆炎≫


 古川の突然の問答無用の一言。

 畳を中心に爆発が起きる。

 古川の情け容赦ない攻撃。

 悠斗と愛菜、黒恋の三人。

 びっくりしたまま何も言えなかった。


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1991年7月14日(日)AM:11:57 中央区精霊学園札幌校東通


 正面玄関で一人、佇んでいる山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)。

 右手でストレートの髪を掻き上げた。

 その上で、左手に持っているヘッドフォンを頭に被る。


「よりにもよって、七月の日曜日の中で一番手薄な日に来るなんてね。ただの偶然だとは思うけど、何か邪推しちゃうな」


 彼女の視線の先、学園の正面玄関。

 金属製の扉の間から見える蠢く者。

 個体差はあるものの、大きさは二メートル程度だろう。


 目に入るのは、ところどころ黒ずんだ緑。

 幾重にも枝分かれした根の部分。

 まるで足のように前後に移動させて動いていた。

 その上は細い茎が複雑に絡み合っている。

 形状としては人型を成していた。


 人間で言うところの頭の部分。

 そこに咲いている花は、まるで百合のようだ。

 色も白や桃、赤や青など様々な色合い。

 それだけなら鮮やかな色合いだ。

 だが所々黒い血管のようなものが脈動している。

 その為、逆に禍々しい。


「何あれ? 気持ち悪い」


 心底、嫌悪の表情の惠理香。


「フィールド展開まで待つべきかしらね? 幸い移動速度は遅いようだし」


 ヘッドフォンから聞こえてくる声。

 耳を澄ましている惠理香。

 独り言を呟いている。


 移動する植物体が正面玄関の門に辿り着く。

 その寸前で、フィールドが展開され始める。

 フィールドが完全に学園全体を覆った。

 その報告を受けた惠理香。


≪ソード オブ フリーズ モード サーティ クラウソラス≫


 彼女の言葉に反応したのだ。

 形成されていく三十本の水色に輝く氷の剣。

 放たれた氷の剣は、扉の間を通過した。

 植物体を斬り裂き、凍結させていく。

 消滅する事なく、縦横無尽に駆け巡る氷の剣。


 氷の剣の追撃を喰らい、砕けていく植物体。

 このままあっけなく終わると彼女は思っていた。

 しかし、砕けた植物体は再び動いている。

 無事な部分から即座に再生を始めていた。


「再生? 一体どんな構造なの?」


 攻撃を続けながら観察する惠理香。

 再生する植物体の軍勢。

 一部再生しない植物体がいる事に気付く。


「再生しないのもいる? 何か差があるって事?」


 じっと見ていてる惠理香。

 再生する植物体と再生しない植物体。

 その違いが判らない。


「再生するのと再生しないのがいるけど、何か判った?」


 ヘッドフォンに呼びかけた惠理香。

 残念ながら、色好い返事は返ってこなかった。

 今のところは足止めに成功している。

 しかし、増殖し、再生もするのだ。

 実際の数は余り減ってはいない。

 どうするべきか考える惠理香。


 そこに突如響く轟音。

 正面玄関の扉。

 巨大な植物の蔓がぶつかっている。


 しかしびくともしない扉。

 惠理香は、警戒しながらじっと見ていた。

 その間も氷の剣は、植物体を蹂躙していく。

 巨大な植物の蔓も切り裂き凍結させる。

 だが、中々動きは衰えない。

 貫通させる事も出来なかった。


 何度ぶつかっても駄目な事を悟ったのだろう。

 器用に扉の隙間に、蔓の細い部分が入り込む。

 そのまま内側にかけられている閂を外した。


 謎の巨大な植物の蔓。

 その行動に驚きの惠理香。

 氷の剣の動作が一度止まる。

 冷静さを取り戻す前に開けられた正面扉。


 ゆっくりと進軍しようとする植物体。

 植物体が侵入して来る。

 その事により、惠理香はある事に気付いた。

 全ての植物体が同じである。

 捻れている黒い茎で繋がっているのだ。


 個々に存在していると思っていた。

 だが、実際はそうではない。

 全体像は不明だが、植物体は本体ではなかったのだ。


 冷静さを取り戻した惠理香。

 ヘッドフォン越しに事実を報告。

 氷の剣で再び進行を阻止し始めた。

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