003-1-01 司の提案

「うああああああ、頭から煙が出そうですぅ」


 テーブルに突っ伏した真実まみが情けない声を上げる。


 場所は波渋はしぶ学園内にある食堂。昼休みも中頃をすぎているため満席とはいかないが、多くの生徒たちが集まっている。


 その一画にて、彼女は試験に向けた勉強をしていた。監督兼教師役は一総かずさだ。


 ちなみに、蒼生あおいは同席していない。少し離れた席で他の友人たちと食事を取っている。同じフロアにいれば挙動を把握することは容易いし、何より他のメンバーがいると真実の集中力の妨げになってしまうからだった。真実は根っから勉学が苦手のようで、数分もすると無駄口を叩いてしまう。他者がいると、その頻度が増してしまうのだ。


 では何故、人数の多い昼の学食などで勉強を行っているかといえば、偏に時間が足りないから。放課後のみでは到底間に合わないほど、真実の成績は酷かった。


 一総は厳しく対応する。


「口を開く暇があったら手を動かせ。その問題が解けるまで、休憩は一切ないからな」


「そんな~」


 真実は悲痛な表情を見せるが、それでも必死に問題へ取り組んでいく。多少の愚痴が漏れてしまうことはあるが、勉強を教えてほしいと頼んだのは彼女の方なので、放り出す気は全くないのだろう。


 真実が真剣に問題を解いていると、蒼生と友人たちが近づいてきた。


 友人の数は四。内三人は「三人娘」と呼称されるほど仲良しのメンバー。全員器量は良いのだが、突出した特徴というのはない。左坏祭さつきさい中は担当の違いから見かける機会が少なかったが、様子を見るに蒼生との仲は良好らしい。


 最後の一人は天野あまのつかさ。蒼生にも負けない美しい容貌と腰まで下ろしたホワイトブロンド、プロポーションも非常に均整が取れている。文武共に優れ、誰に対しても人当たり良く接するという、絵に描いたような優等生だ。彼女もまた、蒼生と仲が良い。


「順調?」


「ああ」


 蒼生と一総の短いやり取り。普通、もう少し言葉を重ねるものだが、二人にとっては十分だった。それを見た三人娘が「短っ」「熟年夫婦みたいね」「やっぱりデキてるんじゃ?」などと邪推しているけれど、これもいつものことなので、一総は意図的に無視を決め込む。気にしたら負けだ。


 それよりも――


「真実、集中しろよ」


「……はい」


 会話に加わりたくてソワソワしていた真実を牽制しておく。お喋りな彼女にはつらい状況だろうが、そのようなことをしている場合ではないので我慢してもらう他にない。ここで一時の欲求に身を任せてしまえば、後々痛い目に見るのは彼女自身なのだから。


 真実が勉強を再開したのを見届けたところで、一総は蒼生らに尋ねる。


「それで、君たちは何の用なんだ? 真実の集中力が持たないから、昼休みが終わるまでは声をかけないでくれと言ったはずだけど」


 事前に伝えていたことと反する行動を起こした蒼生へ、彼は怪訝な視線を向ける。


 すると、それに答えたのは司だった。


「ごめんね、伊藤くん。私がお願いしたんだ」


「……天野が?」


 思わぬ発言に司の方を向くと、彼女は申しわけなさそうに頭を下げた。それから、司は続ける。


「蒼生ちゃんから田中さんのことを聞いて、ちょっとした提案をしようかなと思って来たんだ。まさか、ここまで集中力が持たないとは思わなくて。ごめんなさい」


「そういうことか。別に大して気にしてないから、謝る必要はないよ」


 事情を聞けば単純な話だった。蒼生から一通り窺っていたものの、真実の集中力の程度が見積もれていなかっただけ。近づいただけで意識を乱すとは思わなんだ。絵に描いた優等生である司のことだから、大方勉強に関して手伝えることがないかを問いに来たのだろう。


「提案っていうのは、勉強を手伝いたいとかか?」


「うん、そうだよ。よく分かったね」


 尋ねてみると、司はあっさり頷いた。


 推測していたこととはいえ、わざわざ面倒ごとに首を突っ込んでくる司の物好きさに苦笑しつつ、一総はどうしたものかと思考を巡らす。


 提案に乗った方が、一総が楽になるのは確かだ。些細な労力しかかからず、真実の頼みであったため引き受けはしたが、彼は元来面倒くさがりである。絶望的に勉学がダメダメな真実へ勉強を教えることを億劫に感じているのは否めない。


 それなのに即答で提案を受けないのは、ひとつの懸念が頭に浮かんでいたからだ。


 一総はその懸念を確認するために口を開く。


「ひとつ訊きたいんだが」


「なに?」


「天野に手伝ってもらうとして、どれくらい人が集まってしまう?」


「え? あー……」


 一瞬、何を問われたか理解できなかった司だったが、すぐに意図を察して苦い表情を浮かべた。


「放課後に学園外で勉強を行えば、大丈夫だと思う。話を聞いちゃってる三人はどうしようもないけど」


「なるほど」


 一総は懸念が杞憂ではなかったことを理解して、やや重めの息を吐いた。


 彼が悩んでいたのは、司が勉強会に参加することで、他の人間も余計に増えることだった。彼女は学園でトップクラスの人気者だ。しかも、テストで一位を取ることも多々ある秀才。そのような者に勉強を教えてもらえるとなれば、ぞろぞろと人が集まる状況は目に見えていた。それでは、真実が勉強をするどころではなくなる。


 司に手伝ってもらえるメリットとリスクを天秤にかけて熟考する。


 五分ほど思考を回し、一総は結論を出した。


「放課後の二時間だけ手伝ってもらえるか? 他の時間に関しては、申しわけないが関与しないでくれると助かる」


 周囲への露見のリスクを考慮すると、このくらいの塩梅が限界だろう。


 彼の言葉を聞くと、司はパァと笑顔を輝かせる。


「ありがとう、伊藤くん」


「お礼を言うのはオレや真実の方だと思うんだが」


「余計なお節介だと思ってたし、色々と考えてくれたでしょう? そのお礼だよ」


「自覚はあったんだな」


「えへへ」


 片手で後頭部をさすり、苦笑する司。あざとさのあるポーズだが、彼女には違和感なく似合ってしまうから不思議だ。


 ――と、話に一段落ついた時。タイミングを見計らったように、ポケットに入れていたスマホのバイブレーションが震えた。メールのようだが、送信者は想像に難くない。


 司に一言断りを入れてから、素早く中身を確認する。案の定、予想通りの内容だった。


 一総は再びスマホをポケットへしまい直し、蒼生へと声をかける。


「村瀬、集合をかけられた。行くぞ」


「わかった」


 端的な言葉だったが、どういう事態なのか察してくれたようで、即座に首肯してくれる。


 続けて、司や真実へ顔を向ける。


「天野、すまないが急用だ。後で村瀬から詳細を伝えるよ。真実、オレたちは離れるけど、指示した範囲は終わらせておけよ?」


「わかったよ。時間取らせてごめんね」


「ううう、分かりました~」


 二人の返事を聞いてから、一総たちは食堂を後にする。


 向かう先は学園内の会議室。左坏祭テロ以来の救世主会議セイヴァー・テーブルが開かれようとしていた。

 

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