003-4-01 vsスペード(前)

 一総かずさが空間魔法使いとの戦闘を開始した頃。首脳会議の会場でも、予想された動きが見られた。会議開始時刻になるや否や、施設全体が激しく揺さぶられたのだ。


 その振動によって、医務室で待機していた蒼生あおいたちも事態の転動を把握する。


つかさ、どう?」


 蒼生が静かに問う。


 司は、片目を瞑った状態で眉をひそめていた。


「議場が真っ白な光に包まれてて、よく見えないなぁ。たぶん、大規模な爆発があったんだと思う」


「前触れは?」


「私の視野内には見えなかったね」


 何故、司が離れた会議場のことを把握しているのかといえば、かつて蒼生に仕かけていた擬似眼を使役していたからだ。設置場所は『勇者ブレイヴ』の師子王ししおう勇気ゆうき。一総でも注視しないと見つけられないそれは、誰にもバレることなく監視を遂行していた。


「徐々に見えてきた。暴れてるのはアルテロ含む英国の勇者たちみたい。どこかに隠れてたのか、五十人はいるね。今のところ戦力は均衡……いや、若干押されてるかな。師子王くんがアルテロの相手してるけど、完全にもてあそばれてるし」


 司が戦場の推移を逐一報告していき、他の二人はそれに耳を傾ける。


「概ね想定通りの展開ですね。空間魔法使いはいましたか?」


 真実まみの質問に対し、司は首を横に振った。


「ううん、それらしき人は見えないよ。いるのは『三千世界』の……あれ、ちょっと待って」


 言葉の途中で表情を険しくさせる司。心なしか冷汗をかいているようだった。


 唐突な態度の豹変に何ごとかと問おうとした蒼生だったが、それを口にする前に真実が逼迫した声を上げた。


「高速で何かが近づいてきます! 二時の方向!」


「「ッ!?」」


 この状況で接近してくるものなど、ひとつしかない。敵の襲来を悟った三人は、思考を切り替えて戦闘準備を整える。蒼生に至っては『換装コンバージョン』も完了している。


 その後すぐ、真実以外の二人も敵の存在を捕捉した。荒々しい魔力を内包した何者かが、こちらへと迫ってきている。面と向かっていないというのに、肌を刺す強烈なプレッシャーが感じられた。


 警戒色を濃くする三人の元へ、ついに敵が姿を現わす。


 扉側の壁を吹き飛ばして部屋に入ってきたのは、はたして、『三千世界』リーダーのスペードだった。なりこそ老紳士然としていたが、浮かぶ笑顔は完全に作られたもので、瞳には冷酷さしか映っていない。全身からほとばしるオーラは、ドス黒い敵意に塗れていた。


 身構える三人を睥睨したスペードは、顎に手を当てる。


「破滅の少女と天野司が揃っていましたか。これは予想外……いえ、普通に考えれば思い至るはず。となると、私も認識を逸らされていたようですね。『幻想の支配者』と謳われた私を騙し切るとは、実に面白い」


 苦々しさと嬉しさを同居させた顔をし、ブツブツと独白を零す老紳士。


 一見、隙だらけに見える彼だが、誰も飛び込もうとは考えなかった。真実には待ち構える罠が見えていて、司は経験から誘われていると見破り、蒼生は直感から危機を察知したためだ。


 一向に動きださない三人を眺め、スペードは目を眇める。


 単純な罠にかかるほど、愚かな相手ではない。であれば、相応の力を以って排除しよう。そういった意味を込めた仕草だった。


 空気が変わる。今まで発せられていた敵意がより強く、より濃密になる。フォースである司でも眉を寄せる圧力だった。蒼生は歯を噛み締め、真実は崩折れそうなのを必死に堪える。


「ひとつ問いましょう」


 壮絶な力場の中、スペードの凍え切った声が響く。


「私が来る前に、一人の男があなた方を襲ったはずです。彼はどうしましたか?」


 彼女らどころか医務室自体が綺麗なままだった。部下の大男の実力を知るがゆえに、目に映る景色が異様で、尋ねずにはいられなかった。


「死んだ」


 答えたのは蒼生だった。


 簡潔に事実を述べたそれには一切の感慨はなく、お前に対して心折れていないという、強い意志を込めていた。


「そうですか」


 彼女の返しにスペードは首肯した。


 ──が、




 バリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!




 次の瞬間には蒼生の目の前に現れていて、神速の手刀が【自動防護膜】によって受け止められていた。せめぎ合う攻撃と防御は、ガラスを幾重も割り続けるような大音声を一帯に散らす。


「「「ッ」」」


 蒼生たち三人は息を呑んだ。不意を打たれたとはいえ、敵の動きに全く反応できなかったのだ。特に蒼生は、異能具がなければ胴体と首がオサラバしていたため、いっそう顔色が悪い。


 彼女たちが攻撃に出るよりも早く、スペードはバックステップを踏んで距離を取る。彼は痺れを取るように手刀で使った片手を振りながら、感心した声を漏らす。


「今の一撃を防ぐとは、かなり性能の良い道具を身につけているのですね。低く見積もっても、異世界本場の伝説級でしょうか」


 言うや否や、再びスペードは姿を消す。


 今度は見逃す三人ではない。もう一度蒼生へ突撃する彼を捉え、それぞれが対処に踏み出た。


 司はその場から錬成術を発動。スペードの進路上に巨大な壁と設置型の槍衾やりぶすまを構築する。真実は蒼生の方へ駆けながら、風の精霊魔法で牽制を行う。そして、蒼生はタイミングを見計らうように、壁の前で待機した。


 スペードは止まらない。精霊魔法は魔力放出のみで弾き飛ばし、槍衾も強化した脚力で一蹴する。進行を阻む壁も、一瞬のうちに殴り壊した。この間、わずか三秒のできごとである。


 司と真実ができたのは少しだけ──たった一秒の時間を稼いだだけだった。


 しかし、その一秒の間隙こそが肝要だった。


「ん?」


 破壊した壁の向こうに蒼生がいないことに気づいたスペード。訝しむ心を即座にねじ伏せて周囲警戒に移る切り替えの早さはさすがだが、今回はそれでも対応に不足があった。


「りゃあああああああ!!!」


 迫真の声と共に、高速で前転宙返りを続ける蒼生が上から飛来。スペードへカカト落としを繰り出した。


 難なく両腕でガードするが、その余裕も一瞬で砕ける。攻撃を受けた腕から、ものすごい衝撃と重さが襲ってきたのだ。全身の骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。踏み締めていた床がヒビ割れ、とうとう沈み込んだ。


「ぐぅ」


 予想以上の破壊力に、スペードは苦悶の声を漏らす。


 どう考えても、ただのカカト落としではなかった。身体強化だけでも、ここまでの威力は出せない。


 これこそ、一総が徹夜して施した、蒼生の異能具の強化だった。今まで換装中に使えた戦闘能力は【自動防護膜】と【身体強化】のふたつだったが、新たに三つの異能が加えられたのだ。


 今回使ったのは、身体強化に加えて新規のふたつ。【重力魔法】とスキル【回転】だ。前者は言わずもがな、重量を増やして攻撃を重くした。後者は回転すればするほど威力が上がるという奇抜なスキルで、それによって攻撃力を上昇させた。


 これらの異能が合わさった結果、スペードの想定を上回るカカト落としが決まったわけである。


 せめぎ合う蒼生とスペード。その膠着は明確な隙だ。


 司はまず、スペードの拘束を図った。錬成術で数多の拘束具を作り、彼の身体を縛っていく。蒼生の対応で手一杯のスペードは雁字がらめになっていった。多少の抵抗も、フォローに回った真実が放つ攻撃によって阻害された。


 幾重にも縛り上げた後、司は再度錬成術を行使して、大きな槍を二本作り出す。彼女の身の丈を超える長大な代物だ。先端の刃は光を綺麗に反射するほど鋭い。


 生成したふたつの武器は【魔手】という魔法によって宙へ浮き、スペードに向かって標準が合わせられた。


「二人とも!」


 司の合図と共に槍が射出される。高速で放られたそれらは、風の精霊魔法の支援を受け、さらに加速。一秒を割る速さを以って、スペードへと到達した。


 その時にはすでに蒼生は離脱しており、彼女が被害を受ける心配はない。


 そして、とうとう二本の槍がスペードを刺し貫いた。


「がふっ」


 血が吐き出され、拘束から抜け出そうと込めていた力も失われていく。あれだけ重圧だったプレッシャーも消失していた。

 

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