003-4-02 vsスペード(後)

 何とか終わった。仮にもテロ組織を統括する者が相手だったのだ。相当の実力は持っていただろうし、気を抜いて良い敵ではなかった。だからこそ、素早く片づけることができたことで、安堵の気持ちが湧く。


「お疲れ様」


「はぁぁ、緊張しましたぁ」


「勝てて良かった」


 三者三様に勝利を喜び、労い合う。


 こんなに簡単に終わって良いのかという疑問は浮かばなかった。頭を過ぎったとしても達成感で流されるか、油断していただけと思うに留まる。それが意図的な認識操作だとも気づかずに。


 最初に気がついたのはつかさだった。自身の作った槍が貫くモノに違和感を覚えたのだ。そこから連鎖して、目前まで迫っていた脅威を知ることになる。


真実まみちゃん!」


 無我夢中だった。とっさに発動した錬成術にて、真実の前に壁を作り出す。それだけで限界だった。


 直後、生成された壁と一緒に真実が吹き飛んだ。爆発でもしたのかと疑うほどの轟音を鳴らし、彼女は建物を突き破って放り出される。


「まみ!」


「真実ちゃん!」


 蒼生あおいと司の悲痛な叫びが響くが、真実からの反応はない。医務室からでは彼女の姿も見えないため、余計に不安があおられた。


 しかし、真実の元へ向かうことは叶わない。彼女が先程まで立っていた場所に、スペードが悠然と存在したから。逆に、槍を体に受けた彼は消え去っていた。


 重苦しい圧力が復活し、二人は自然と唾を嚥下えんかする。


「……幻術だね」


 槍が穿ったモノの感触への違和感と目前にいる無傷のスペード。いくつもの情報から、司はそう判断した。先まで戦っていたのは虚像にすぎず、本物の彼は虎視眈々とこちらの隙を窺っていたわけだ。


 全てが幻術ではなかったのだろう。そうであれば、真実が見抜いていてもおかしくない。彼女が気を抜いて目を離した一瞬を狙ったに違いなかった。嫌らしく、とても効果的な戦法だ。


 苦々しい表情を浮かべる司に対し、スペードは賞賛の拍手を送る。


「ギリギリとはいえ、よく気がつきましたね。さすがは天野司と言うべきでしょうか。かなり自信のある術のつもりだったのですが、どうして分かったのでしょう?」


 余力があるからできる無駄話。彼は完全に司たちを侮っていた。実際、手も足も出ていないのだから、当然の反応だった。


 司にはそんな無駄につき合う余裕はない。だが、必要はあった。


「自分の作ったものが接触してたから。錬成術を極めた者として、それくらいは掴めるよ。といっても、そちらの技量が高すぎて、直前まで誤魔化されてたけど」


 司は会話に応じる。少しでも時間を稼ぐためだ。それによって生まれた猶予を用いて、現状を打破する策を考える。


 この恩恵は彼女だけではない。蒼生にも時間的余裕を与えられた。


 司たちの思惑を承知しているだろうに、スペードは指摘することなく会話を続ける。


「なるほどなるほど。優れた錬成師を相手にする時は、そういう観点も気にしなくてはいけないのですね。今後の参考になります」


「もう次の心配? ずいぶんと余裕だね」


「事実、余裕ですから。あなた方二人では私の術を見破れない。もっとも厄介な眼の持ち主が、一番経験不足の弱者で助かりました」


 嫌味ったらしく言う司だが、スペードは正論を以って一蹴する。


 彼の言う通りだ。今の二人には強力な幻術を看破する力はない。唯一の希望であった真実が真っ先に潰されてしまい、もはや手詰まりの状態だった。


 相手が幻術使いと知らなかったのだから仕方ない? ──否、そのような言いわけは通用しない。しっかりと頭を回していれば、気がついたはずだ。蒼生の『換装』には人物像を曖昧にする幻術がかかっているというのに、スペードは蒼生の正体を把握していたことに。


 つまり、スペードが一定以上の幻術の心得を持っていたことを、気づけたかもしれなかったのだ。それを見逃してしまったのは、司たちのミスだった。どうしようもなく、致命的なほど。


(私が思い到らなくちゃいけなかった)


 内心で大きく後悔をする司。


 真実はシングルで蒼生は記憶喪失。経験の足りない二人には難しい情報戦だっただろう。フォースである司が察知しなくてはならなかった。


 様々な予防線を張り情報を武器として扱う、狡知に長ける彼女らしからぬ失敗。その原因が何かを探った時、答えはすぐに判明した。


 一総かずさだ。最初こそ打算で近づいたが、一年の親交で彼へ友愛を抱くようになった。偽装恋人になってからは、その気持ちは更に加速した。今の体になってから、初めて心からの信頼を寄せていた相手。


 要するに、一総へ依存しかけていたのだ。心許せる強者が傍にいれば、誰だって気を緩めてしまう。意識できているか、無意識であるかの差はあれども。


 その事実をハッキリと認識した司は、自身の気持ちに驚愕した。恋心とまではいかないが、ただの友情を超える情念を一総に抱いていることは否定できなかったためだ。


 魂は身体へ引っ張られると言うし、彼女の人生はすでに女性であったことの方が長い。だから、恋愛対象が男性なのには違和感はない。ただ、錬成術に心血を注いでいた自分が、好きだの嫌いだのを表現する甘い世界へ足を踏み込むとは考えもしなかったのだ。青天の霹靂と言って良い。


 と、何故か苦々しいものから甘酸っぱい心情へシフトしてしまったが、今は絶賛戦闘中。しかも、劣勢に立たされている。いくらスキル等で思考速度を加速させていても、決して余計なことを考えている暇はなかった。


 フォースの司はそれを重々承知しているはずだったが、何せ初めての経験。すっかり横道に思考が逸れてしまっていた。


 とはいえ、いつまでも混乱しているほどやわな精神力はしていない。沸騰しかかっていた思考は一秒以下の猶予でフラットになり、現状をどう運ぶかを考え始める。


(後悔も友情についても、今考えてる場合じゃない。どうやって目の前の敵を排除するかを考えないと)


 実は大雑把に三つの案を、とうに考えついていた。だからこそ、余計なことに頭を使ってしまったのだが……。


 では何故、それらを実行に移さないのか。理由はそれぞれにある。ひとつは事実上不可能。もうひとつは確実性がない。最後のひとつは絶対に敵を倒せるが、司の心情的に躊躇われるものだった。


 もはや迷っている場合ではない。司は腹をくくり、最後の案を実行しようとした。


 すると、


「つかさ!」


 蒼生のつんざく声が耳に届く。


 見れば、蒼生が膨大なオーラを身にまとって、スペードへ肉薄していた。彼も受けて立つ構えを見せている。


 その一瞬の描写で、蒼生が何を意図しているのか悟った。司は頭脳派の優秀な勇者だ、状況把握など即座にこなせる。


 蒼生は自身を囮にして、その間に司を真実の治療へ向かわせるつもりなのだ。事前の情報や二度も彼女を狙ったことから、スペードの狙いが蒼生であることは明白。ならば、彼も蒼生の誘いには乗るだろう。真実の命を最優先にした作戦だった。


 司は頭の中で考案していたものを一切捨て去る。幻術の対策をどうするつもりなのか知らないが、もう蒼生の策に乗るしかない。すでに動きだした彼女を止めるわけにはいかないし、合理的にも個人的にも、真実の回復を優先すべきだと考えていたからだ。


 蒼生とスペードが衝突するのを見届けると、司は真実の元へ駆けた。今見えている敵が幻であることを考慮して、慎重に進んでいく。


 激しい激闘の音を背景に、司は無事に建物から出ることに成功した。






 頭上から日光が降り注ぐ短い影の中で、司は真実を探す。


 すぐに彼女は見つかった。建物から吹き飛んだ瓦礫の山の上にポツンと横たわっていたのだ。


 真実の容体は酷かった。手足はヘシ折れてあらぬ方向へ曲がり、辺りにはおびただしい量の血液が飛び散っている。そして何より、攻撃を受けたと予想される腹部は、あと少しで貫通していただろうと思えるくらい、えぐり取られていた。もはや腹という部位が消し飛んでいるといって良い。僅かな肉と背骨しか存在していないのだから。


 これでもマシなのだろう。司がとっさに生成した壁がクッションとなり、一総の異能具によるバリアが攻撃の威力を緩和したはずだ。一瞬で魔力を消費し切りバリアが消えてしまったとしても、それらがなければ真実は塵ひとつ残っていなかった。スペードは殺す気で攻撃したのだ。


 これほどの重傷を負わされても、真実はかろうじて息をしていた。常人ならショック死もあり得た状況で、生命活動を行えている。すさまじい生命力だ。奇跡といっても過言ではない。


 また、奇跡というよりも不自然なことがあった。血が流れていないのだ。少し前に流血しただろう跡は見られるが、今現在は完璧に止血がなされていた。


(無意識に治癒魔法でも使ったとか? 真実ちゃんが治療系の異能を持ってるなんて聞いてないけど)


 自分の異能を余さず公開する能天気な勇者は、ほぼ存在しない。誰しも、ひとつやふたつの能力は隠し持っているものだ。


 しかし、司は釈然としなかった。真実に施されている止血は、治療というよりも錬成────


「ゴホッゴホッ」


 真実が盛大に吐血したことで、思考が中断される。


 今は考察している場合ではなかった。生命活動が行えているとはいえ、彼女の命は風前の灯には変わりない。即座に治療しなければ、死んでしまうのだ。


 司は先程までの疑念を放り捨て、真実への治療に専念した。


 錬成術発動時特有の白い稲光が周囲に散る中、司は力強く口にする。


「絶対に死なせないから!」


 その言葉には、並々ならぬ信念が込められていた。

 

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