003-4-03 蒼生の異能
左拳と右拳を連続で放ち、間髪入れずに右足によるミドルキック。今度は勢いをそのまま左足でハイキック。宙を浮く体をひねり、再び拳を放っていく。
両手両足を使ったインファイト。防御を【自動防護膜】に委ねた攻撃全開の乱舞を、
蒼生の格闘術は目を見張るものがある。一挙手一投足に至るまで洗練されていて、異能具の効果も相まって強大な威力を生み出していた。身体強化のみの打ち合いであれば、『
これは努力の賜物だ。
それでも、スペードには届かない。彼女の攻撃は全て往なされていた。彼もまた、格闘術の達人だったゆえ。老齢な容姿に相応しい熟練した技術を持ち合わせていたがために、発展途上の蒼生では歯が立たない。
だが、蒼生は止まらない。少しでも
拳を放てばパーリングからのカウンター。蹴りを打てば同じ蹴り技で弾かれ、ガラ空きの胴体を狙われる。縦横無尽に繰り出すパンチやキックのことごとくが相殺されていった。新しい機能の【重力魔法】や【回転】を用いた攻撃も、無意味だとばかりに受け流される。
無表情を通す蒼生だったが、その心は焦燥にかられていた。一総が与えてくれた力と教授してくれた技術を総動員しても、まるで歯が立たない。努力を重ねて強くなったと自信を持っていたというのに、それを嘲笑うが如き理不尽によって叩き潰される。焦るなという方が無理だった。
冷静な性格の彼女だから、焦燥によって大きなミスは発生しない。だが、微量でも、ジワジワと心の影響は出ていた。ミリ単位での変化が積み重なっていき、次第に目に見える粗となっていく。
その隙を見すごすほど、スペードはお人好しではない。精細さを欠いた右ストレートをかい潜り、懐へ向けて必殺の拳を放つ。
バチイイイイッと【自動防護膜】が甲高い悲鳴を上げ、勢いに負けた蒼生は後方へ吹っ飛んだ。崩れかけの壁に衝突し、何とか部屋の中に留まる。
外傷はない。──が、今の攻撃で大きく力が削がれてしまった。異能具の動力源は蒼生が内包する様々な力。それが尽きてしまった時、彼女は身を守る最強の盾を失うのだ。
できるだけ相手の攻撃を回避し、消耗を避けていきたいところ。でも、それが許されるには、彼我の技量差は隔絶しすぎていた。
結局のところ、蒼生には消耗覚悟の短期決戦にしか勝機が残されていないわけだ。
(最悪の場合、アレを使うしかない)
目前で拳を構える老紳士を見据え、静かに覚悟を決める蒼生。
──刹那。
「くっ!?」
何かに感づいた彼女はその場で後方宙返りをし、大きく後ろへと跳んだ。
それと同時、先まで彼女のいた地点にスペードが現れ、拳を振り抜く。ゴォォという爆風が吹き荒れ、パンチの延長線上が粉々に散り果てた。
蒼生は肝を冷やす。あと一秒でも回避が遅れていれば、自分も木っ端微塵になっていた。
スペードは突き出した拳を戻して直立の状態になると、怪訝そうな顔を蒼生へ向けた。
「おかしいですね。あなたは私の幻術を見破る術がなかったはず。どうやって今の攻撃を避けたのですか?」
戦闘中、敵からそのようなことを訊かれて答える輩はいない。
ところが、蒼生は返答する。教えたところで、何にもならないと分かっているから。
「慣れただけ」
単純な理由。されど、対策の立てようがない真理。
慣れとは人が持つ力ではあるが、まさか幻術に対して適応されるとは思っても見なかっただろう。スペードは間抜けにもポッカーンと口を開けている。そんなバカなとか、信じられないといった心情が透けていた。
そうは言っても、蒼生の言は事実だ。幾度も幻術を受けた結果、それに耐性ができた。他に説明のしようがない。一総の規格外さに隠れてはいたが、蒼生も紛れもない規格外だったのだ。
これが一総であれば術式のパターンを変更するなどの対策を講じるのだが、そのような異次元の器用さを発揮できるのは彼くらい。同じ効果のまま術式変更を施すなど、スペードにできるはずがなかった。
つまり、蒼生に彼の幻術は通用しなくなったのである。
その事実を悟ったスペードは、これまでの悠然とした雰囲気を一変。怒涛の攻めに転じた。
彼が踏み込むと床が爆ぜ、視認不可能な速度で肉薄される。そこから、拳が霞むレベルのラッシュが繰り出された。一回パンチが放たれる度に衝撃波が発生し、周囲の景色が消し飛んでいく。
バチバチと防護膜が蒼生を守るが、拳が接触するごとに莫大なエネルギーを消費する。この調子でいけば、力を持て余している蒼生であっても一分と持たせられない。
「…………ッ!?」
蒼生は歯噛みする。
穴の開いたバケツのように力がドバドバと抜けていくのが分かる。打開策を講じなければ死んでしまうのも理解している。
しかし、彼女は何もできなかった。反撃に出る余地が残されていないのだ。こちらが拳を振り絞ろうにも、そこへ目がけて攻撃が繰り出されて潰される。無理に攻撃を仕かけても、その攻撃ごと薙ぎ払われるのは想像に難くなかった。
嵐の如き拳の乱舞が続き、すでに医務室は原型を失っている。それどころか、被害はさらに外側へと広がっていた。
全てが塵芥に成り下がる中、五体満足でいるのは中心に立つ二人のみ。でも、その均衡も長くは持たない。そろそろ、蒼生の内包するエネルギーはレッドラインを越えようとしていた。
(これ以上は……まずい)
このまま指をくわえて待っていられないと、蒼生は覚悟を決めた。
彼女は切り札を使用することを決意した。異能具に与えられた新機能の最後のひとつを発動することを。
これを使えば、最低でも自分が殺される可能性を排し、敵の足止めをも可能とする。それくらい強力なモノだ。
どうして最初から使用しなかったのかと問われれば、蒼生がそれを使いこなせていないからと答えるしかない。切り札たる新機能は、強力であるがゆえに不安定だった。多少の訓練で掌握できるほど安易なモノではなかったのだ。
それでも使う。臆病風に吹かれて何もしないと、自分は殺されてしまう。また、
己だけならまだしも、友人を見捨てられるわけがない。彼女たちは、記憶のない蒼生にとって数少ない拠り所なのだから。それを殺されるなど看過できるはずがない。
蒼生は自身の内側に
途端に、蒼生は猛烈な悪寒に襲われた。頭痛、吐き気、寒気、恐怖。ありとあらゆる不調を体が訴える。これは本当に体調を崩したわけではない。今からやろうとしていることに対して、魂が拒絶反応を示しているのだ。失われたはずの記憶が絶叫しているのだ。
蒼生の変化に気がついたのだろう。余計なことはさせまいと、スペードの勢いが強まる。
まだ、ギアを上げられるのか。そう感心してしまうが、彼は防護膜を突破できない。動力が切れない限り、一総の作成した異能具が負けることは絶対にない。
残る全ての魔力を集め終えた蒼生は、それを用いて
すると、腕輪が燦然と輝きだし、縁に沿って光る文字列が浮かぶ。その文字を読める者は魔法の使役者たる蒼生と、新機能作成のために魔法を解析した一総しか存在しない。
彼女は拳の雨が降りし切る中、端然と文字列を読み上げた。
『────無と星よ、我が言の葉を聞け。
────虚空に満ちる開闢の力。
────万天に散開する収斂の力。
────相反する初まりの源ら、我が“魔”を以って重なり融けよ。
────創世にして終焉の理を今ここに。
────────────
ソシテ、世界ハ黒ニ染マッタ。
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