003-3-05 規格外
時刻はお昼すぎ。もうじき会議が始まろうという時間帯。
よっぽどのことがないと勇者は体調を崩さないので、
ピリピリした空気が流れる医務室に、突如として
突然のできごとに二人は目を丸くしたが、すぐに平静を取り戻す。
「なんだ、二人かぁ。びっくりした」
「いきなり登場するのはやめてくださいよ、センパイ。心臓に悪いです」
「ああ、悪い。配慮に欠けてたな」
素直に謝罪する一総。人前で堂々と【空間魔法】を行使することなど滅多になかったため、そういった気遣いを失念していたようだ。
彼は居住まいを正して問う。
「それで、状況はどうだ?」
司と
「兆候は全くなし。スペードって人と英国一位の子は会場入りしてるけど、今のところは大人しいね」
「罠の方も全く見つかりませんでした。隅から隅まで確認したので、見落としはないと思います」
二人の報告を聞いた一総は、口元に手を当てて思案する。
会議を狙うつもりがないのか――否、それはあり得ない。彼らの目的そのものを行わないなど本末転倒だ。事前に襲撃が察知されないよう、慎重を期していると考えた方が良いだろう。敵は数こそ少ないが、単体戦力が恐ろしく高い。からめ手を使わずに制圧できると考えてもおかしくなかった。
万が一も考慮して、一総は三人へ指示を出す。
「蒼生、真実、司。三人はこの部屋で待機だ。オレは
「会議が襲撃されたら、警備員たちに協力した方がいいですか?」
「いや。君たちはあくまで監視に徹してほしい。【空間魔法】の使い手が現れた時、オレに連絡してくれ」
「他人が襲われるのを黙って見てるの?」
蒼生が若干眉をしかめたのが分かった。彼女は正義感が強いところがあるから、引っかかる部分があるのだと思われる。
一人で突っ走られても困るので、しっかりと説明をしておく。
「客観的に見れば、そうだな。でも、スペードって奴や敵に回りそうな英国の
「英国一位の人は?」
「師子王以外の総戦力を結すれば、抑える程度は可能じゃないか? この会場には『
「抑えるだけ?」
「ああ。異能数に天と地の差があるから、ジリ貧だろうな」
「それじゃ、意味ない」
一総の予想を聞いて、半眼を向けてくる蒼生。
彼は溜息を吐いた。
「救世主が複数人相手にしても倒せない敵だぞ。そこに君たちが加わっても足手まといだろう? 特に村瀬はロクに異能が使えない」
「うぅ」
痛いところを突かれたのか、蒼生は顔を伏せた。
すると、今まで話を黙って聞いていた真実が口を開く。
「あのー、英国一位の人って、そんなに強いんですか?」
彼女はアルテロの戦う姿を見たことがないので、救世主が束になっても倒せないという状況が上手く想像できなかったようだ。
「強いね」
その問いに答えたのは一総ではなく、司だった。
「一総くんと彼の戦闘を間近で見た感じだと、最低でも師子王くんの数倍は強いんじゃないかな」
「目算だが、異能数百ってところじゃないかな。経験不足が否めないけど、それを補って余りある力を持ってる」
「『
司と一総の説明に、真実は呆然とする。
世界で一番強い勇者は師子王
そんな彼女の様子を見て、一総は肩を竦める。
「というか、そんなの今さらだろうに。オレだって師子王より何十倍も強いし、『勇者殺し』も君を襲ったエヴァンズ兄妹もアイツより強い。うじゃうじゃいるわけないだろうが、実力を隠す強者っていうのは結構いるもんだぞ」
彼の言葉を聞くと、真実は納得したように頷いた。
「そう言われてみれば、そうですね。センパイは私の中で規格外のカテゴリだったので、すっかり頭から抜けてました」
「おい、その分類はなんだ? だったら、他の連中はどんなカテゴリなんだよ」
「え、人類枠ですけど」
「オレは天災か何かか!?」
真面目な話をしていたはずなのに、いつの間にか漫才を始めだす二人。
こういった展開はいつものことだったので、司は冷静に話を戻すことにした。
「一総くんが災害の一種という事実は置いておいて、私たちは会議の推移を見守り、最大の難関である【空間魔法】使いが現れた段階で連絡をすればいいんだね?」
「置いておかれるのは遺憾だが、そういうことだ。オレたちの脅威になり得るのは黒幕だけだからな。事前に渡しておいた
言う通り、三人は一総作の異能具を所持していた。蒼生は言わずもがな、真実と司もペンダント型のものを身につけている。
司が感慨深そうに呟く。
「改めて思うけど、この異能具はすごいよね。錬成師の視点で見ても、めちゃくちゃ高性能だよ。こんなの作れるなんて、やっぱり規格外だよね」
「それ以上、規格外の話を掘り下げるな。……伝えることは伝えたし、オレは行くぞ。言っておくが、無茶だけはするなよ。連絡してくれれば駆けつけるから」
「分かった」
「了解です、センパイ!」
「心得てるよ。何だかんだで、一総くんって世話焼きだよねー」
無表情、明快、ニヨニヨ。三つの顔と返事が返ってくる。
最後はともかく、小気味良い返答が認められたので、一総は【転移】を発動しようとした。
――が、
「おっと、忘れてた。こいつは回収してくから」
【転移】を行う直前に、虚空に向かって腕を突き刺す。
そう、“突き刺した”のだ。ガラスでも割るように、何もない空間へと。
「「「「ッ!!??」」」」
これに驚くのは蒼生たち三人ともう一人。一総に喉元を掴まれ、割れた空間から引きずり出された大男だ。
この男は、前日に蒼生らを襲った者だった。彼は一総に喉を締め上げられているため、声を出すことすらできない。
全員が唖然としている中、一総はいつもと変わらない調子で言葉を発する。
「じゃあ、今度こそ行ってくる。三人とも気をつけろよ」
言うが否や、彼は次の瞬間には姿を消していた。
静まり返る医務室。
しばらくして、真実がポツリと呟いた。
「間違いなく、一総センパイは人外枠だと思うんです」
その言葉に、残る二人も力強く頷くのだった。
○●○●○
空間遮断装置保管施設の最深部へ転移してきた一総は、ついでとばかりに運んできた大男を放り投げた。百九十を超える巨体が低空で小さな弧を描き、ドスっという鈍い音を鳴らして床に転がる。
倒れ伏した男は微動だにしない。一総の異能によって体の支配権を奪われているからだ。彼は身じろぎひとつどころか、呼吸さえできていなかった。
本来、この男は容易く無力化できるような相手ではない。『三千世界』では二番目の実力を誇る武闘派であり、異能百を持つアルテロでも殺し切れない経験の豊富さという武器を持っていた。ゆえに、任された仕事は全て完璧にこなしてきた。
今回もそう。図らずも死が確定してしまい、最後の仕事となってしまったが、誰が相手でも陽動くらいは完遂できると信じていた。【空間魔法】の使い手に助力してもらったことも、自信を強くする要因となっていた。
しかし、相手が悪かった。悪すぎた。一総と比べれば、男の実力も経験も取るに足らないレベル。【空間魔法】の隠密も、一総からするとお粗末すぎて逆に罠かと警戒する完成度の低さ。このような体たらくで仕事を達成できるはずがなかった。
まぁ、一総を出し抜ける者がこの世に存在するか、甚だ疑問ではあるけれど。
そして、転移してから十秒。テロリストの大男は、名を語る機会もなく絶命した。霊術のひとつである【即死術】を行使したので、眠るような静かな最期だった。
エヴァンズの時のように情報収集する必要もない場合、大抵は【即死術】で速やかに排除する。これが一総の本当の戦い方だ。とても勇者や救世主とは思えない──ある意味、異端者らしい戦闘スタイルだろう。
残った遺体を重力魔法の【
首脳会議まで五分を切っていた。予想が正しければ、会議の開始と同時にこちらも襲撃を受けるはずだ。同時多発テロほど厄介なものはない。
こちらに空間魔法使いが来れば、そのまま相手をすれば良い。もし、会議の方へ現れたなら、手早く空間遮断装置を狙った刺客を倒し、向こうに駆けつければ問題ない。空間魔法使い以外なら一瞬で片づけられるし、念を入れて蒼生たちには異能具を持たせている。最低でも十分は持ち堪えられるだろう。
余った時間をプランの再確認に当て、ジッと敵の襲来を待つ。
三分後。少々想定より早いが、ついに訪問者がやってきた。空間遮断装置の傍の虚空に一筋の線が引かれ、それが楕円形に開かれる。ぽっかり開いた穴から、二十代の男性が現れた。
男はかなり整った容姿をしていた。切れ長の緑眼に肩まで届くサラサラの金糸。体格は痩せ型ながらシュッとしていてバランスが良く、ファッションモデル顔負けの立ち姿だ。
目前の優男が空間魔法使いで間違いないだろう。ここに入ってくる時に使用した魔法を、彼が操っていたのは確認できた。
ちなみに、この侵入者に対して誰かが気づくことも、警報が鳴ることもない。一総がここに来た時点で、この最奥の部屋は情報遮断されているからだ。
標的が出てきたのだから即殺でおしまい……なのだが、ここに来て、一総は最悪の展開になることを確信してしまった。殺すことが最適解ではなくなってしまったのだ。
内心で舌打ちをしつつ、当初の計画を変更。一総は優男へと声をかける。
「来ると思ってた。待ってたよ」
如何にも計画通りといった三下風のセリフを吐く。
こちらの存在に気づいた優男が振り返り、細い目を更に鋭くした。
「おや、動きを読まれていましたか。周囲に情報遮断の結界も張られていますね。下等異能力者にしては優秀な輩のようです」
優美さと嘲笑と警戒の入り混じった声音だ。配分でいうなら六対三対一。完全に見下した態度だった。
とはいえ、それも無理からぬことかもしれない。空間魔法という特別な力を持っていれば、普通は増長するものだ。まるで変化のない一総が異端なだけである。
ただ、相手のこの態度は好都合だった。警戒されすぎて自爆特攻されたり、逃亡を図られるよりは遥かに楽なのだから。
「ここで張ってたことから察してるとは思うけど、空間遮断装置は守らせてもらうよ」
こちらが全力でかかると思い込ませる言葉を出す。
こうすれば、自分の力を過信している奴なら当然──
「フッ、下等異能力者風情が調子に乗って。いいだろう、相手をしてやる。格の違いを見せてやろう!」
といったように、“遊び”に走った。予想通りの行動だ。
(チッ、向こうも結界を張ったか。バカではないみたいだ)
外部との連絡手段を絶たれてしまった。これが悪い方向に影響しなければ良いが……。
あとは殺さないよう戦うだけとはいえ、生け捕りにするにしろ記憶を走査し切るにしろ、そこそこの時間を要する。蒼生たちへの援護が遅れるが、彼女たちのみで対処できると信じる他にない。
「さあ、かかってきたまえ」
優男の挑発と共に、一総は駆けだす。できるだけ早く目の前の男から情報を抜き取り、皆のところへ戻る。そう固く誓いながら。
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