003-3-04 アヴァロン首脳会議・開催前
アヴァロンの中心街にある大型ホール。普段は閑散とした場所であるそこは、今日に限って多くの人が集まっていた。決して楽しいイベント前という雰囲気ではない。あちらこちらへ行き交う人らには余裕がなく、とても物々しい空気が蔓延していた。
それもそのはず。今日、この会場では各国アヴァロンの首脳陣が集い、『
そういった厳重警備の中を二人の少女が歩いていた。
この場には風紀委員の面々もいるので、年若い二人がいても場違いとまでは言わないのだが、彼女らに限っては明らかに浮いていた。慌ただしい他の者とは異なり、呑気に雑談を交わしているからだ。
まぁ、司たちは今回の会議の関係者ではないのだから、それも仕方がない。
司と真実はホールの入口を目指しながら話す。
「ずいぶんと重々しい雰囲気ですね。警備も厳しいようですし、これなら私たちの出番はないのでは?」
楽観的なことを口にする真実だが、司は首を横に振って否定した。
「例の力を持ってるとしたら、そんな甘くないと思うよ。
「あー、一総センパイと同じ力って考えると、途端に警備員さんたちが頼りなくなりましたね。この程度なら一瞬で薙ぎ払っちゃいそう」
一総が襲撃する側だった場合を妄想して、一人納得する真実。
笑えない例え話に、司は頬を引きつらせた。
一連の会話から察しがつく通り、彼女たちは『三千世界』が今回の首脳会議を襲うと推測していた。
理由は単純なもの、テロ活動だ。彼らは異能力者による世界の支配を目標に掲げている。組織が壊滅状態とはいえ、戦力がそれなりに揃っているのなら、今日というチャンスを逃すはずがない。アヴァロンの首脳陣は、彼らからしてみれば異能力者を現環境に陥れている元凶なのだから。
開催国が日本であったことも後押ししただろう。きっと、奪うことの叶わなかった
司たち二人が会議場へ赴いたのは監視と確認のためだ。
一総は向こうが襲ってくるのを悠長に待つつもりはなかった。敵の攻めてくるポイントが判明しているのであれば、逆にこちらから倒してしまう腹積もりだった。
蒼生たちを襲った男を泳がせた甲斐もあって、『三千世界』の裏にいる【空間魔法】の使い手が今日姿を見せる可能性が出てきた。であれば、攻勢に出て、今後の憂いを断っておきたい。
普段の一総とは違い、かなり攻撃的な発想。しかし、それだけ【空間魔法】使いが敵に回るのは厄介なことなのだ。安全マージンは彼がしっかり取っているので、万が一もあり得ない。他の三人が反対する要素は一切なかった。
「あの三人が無事に目を覚まして良かったですよね」
「うん。あの子たちは完全に巻き込まれただけの被害者だし、あとで謝っておかないと」
「司センパイが原因だって知られちゃマズイのでは? 直接謝罪するんじゃなくて、何か奢るとかの方がいいと思います」
「あっ、そうだね。そういう方向で考えておくよ」
会場の入り口前にて会話をする二人。
受付で「協力したい」と申し出たところ、責任者を呼んでくると言われたために待機しているのだ。司は一等治癒師の資格を有しているので、こういった状況の時は重宝される。要請を断られる可能性は限りなく低かった。
しばらくして、警備の責任者が姿を現した。はたして、それは『
「天野さんと田中さん……だったかな?」
声をかけられて彼の存在に気づいた二人は、話を切り上げて軽く会釈する。
「おはよう、師子王くん」
「おはようございます。はい、田中真実です」
「おはよう。それでどうしたんだい? 協力要請を受けたって聞いたけど」
物腰柔らかに接してくる勇気だが、その視線は不自然にキョロキョロと動いていた。何かを探している仕草に見える。
彼の内心を素早く察した司は、苦笑い気味に答えた。
「一総くんならいないよ」
「そうなのか?」
勇気の反応は、些か懐疑的だった。
無理もない。一総と恋仲だと聞いている司と、彼へ好意を向けている真実が揃っているのだ。一総関連だと考えるのが自然である。
そういった疑いを持たれるのは想定内だったため、司は前もって用意していたセリフを口にした。
「私たちが揃ってたら勘違いするのも仕方ないけど、今回は別口だよ」
「そもそも、一総センパイは
真実の援護もあって勇気は納得したようだ。彼も一総の性格は知っているので、もっともな意見だと感じたらしい。
「分かった。協力自体は大歓迎だよ。人手は多いに越したことはない」
「ありがとう」
「ありがとうございます、センパイ!」
二人が礼を言うと、彼は首を横に振った。
「礼を言うのはこっちだよ。天野さんの協力ってことは、医療業務でいいのかな?」
「そのつもり。真実ちゃんには私の助手をしてもらうから」
「頑張ります!」
両の手をグッと握り締める真実を見て、勇気は微笑ましい気持ちになる。
「二人とも、よろしくお願いします。じゃあ、医務室まで案内するよ」
彼が建物内部へと歩み始めたので、司たちも後に続いていった。
「そういえば、警備の責任者は師子王くんが務めてるんだね」
案内の最中、司は口を開く。
風紀委員の人間をチラホラ見かけていたため、てっきり委員長である
勇気は先導しながら答えた。
「風紀委員長も責任者だよ。彼女は外部の担当で僕は内部。今回の任務はかなり重要なものだから、頭をふたつにして回してるんだ。実際、二人だから何とかなってる部分もあるし」
どうやら、思っていた以上に多忙らしい。彼の顔からは疲れの色は見受けられないが、このようなことで嘘を吐くわけがない。となれば、二人の協力は渡りに船だったはずだ。
司の考えは正しく、勇気は喜色を含んだ声で続ける。
「だから、二人が協力を申し出てくれたのは本当に助かるよ。特に医療スタッフは足りなくてね、みんな警備との兼任なんだ。改めて、ありがとう」
「困った時はお互いさまだよ。気にしないで」
会話もそこそこに、三人は医療室へと辿り着いた。
医療室は学校の保健室程度の広さがあり、診療スペースのほかにベッドが三つほど並んでいた。だが、何故か人がいない。
司と真実が怪訝な表情を浮かべると、勇気が答えを言う。
「さっきも言ったけど、医療スタッフは他の役割と兼任が多いんだ。今回は話し合いであって、争うわけじゃないからね。今回のスタッフはトリプル以上しかいないから、全員が医療業務を十分に行えるっていうのも理由かな」
三回も世界を救っていれば、治療行為もできるようになっている。生き残るために必要な技術だからだ。
そうはいっても、専任がいないというのは不用心な気もするが。その辺は上の人間が考えることなので、司たちが気にしても仕方ないことだろうけれども。
その後、設備の説明を一通り行った勇気は、挨拶もそこそこに部屋を去っていった。やはり、仕事が忙しいようだ。
彼の背中を見届けた二人は、すぐさま顔を突き合わせる。
「無事に潜入は成功したね」
「何とも都合の良すぎる展開ですが、順調であることに文句は言わない方がいいんでしょうね」
「それじゃあ、手はず通りにお願いね?」
「任せてください。私の眼に見破れないものはありません!」
司たちは目的のひとつである確認を行おうとしていた。真実の魔眼を用いて、会場に罠がないか探るのだ。
というのも、一総たちの面子の中で、彼女が二番目に
「蒼生センパイが訓練してる間に、ちゃちゃっと仕事を終わらせちゃいましょう。できる女アピールして、一総センパイをメロメロにしてやります!」
「ははは、頑張れ」
やる気十二分の真実に、司は苦笑いしながらエールを送る。
しかし、そのやる気とは裏腹に、会場からは罠の類は何ひとつ見つかることはなかった。
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