xSS-x-01 閑話、はじめての料理
「ということで、何かないでしょうか?」
「うん、何が『ということで』なのか分からないから。最初から説明してちょうだい」
場所は
一人は真っ先に発言をした
そんな真実にツッコミを入れたは
そして、最後の一人は
真実は拳を握りしめ、力強く説く。
「私、一総センパイに告白したんですよ。まぁ、事情があって振られたんですが、諦めきれないので色々アピールすることにしたんです。で、その第一歩として、私がセンパイにできることは何かないか、知恵をもらいたいんです!」
「私が知らない間にすごいことになってるわね……。大体事情は分かったけど、何で私まで呼ばれたわけ?」
侑姫はもっとももな疑問を呈する。
真実が何を訊きたいのかは理解したが、何故自分が呼び出されたのかは分からなかった。友人である蒼生はともかく、侑姫と真実の関係性はそこまで深くなかったはずである。呼び出しに応じておいて、今さらな話ではあるが。
「桐ケ谷センパイは一総センパイとのつき合いが長いと聞いたので、何か有益な情報が得られるかと思ったんですよ」
「なるほどね」
確かに、ここにいるメンバーどころか、このアヴァロンの中で一番一総に近い人間と言えば、侑姫のほかにいないだろう。
しかし、
「私は一総の趣味嗜好は知らないわよ?」
「え、そうなんですか?」
意外そうに首を傾ぐ真実。
侑姫は頷く。
「だって、彼はプライベートを話してくれないんだもの。多少の好き嫌いは分かるけど、いいアドバイスができるレベルとは言えないわ」
真実は落胆した風に呟く。
「使えないですね」
「むっ」
それを聞いた侑姫は心底心外だと言わんばかりに、眉をひそめた。
「仕方ないじゃない。一総は私を警戒してたし、別にプライベートを知りたくてつきまとってたわけじゃないもの!」
「それでも、五年のつき合いもあって、ほとんど情報がないっていうのは、どうなんですか?」
真実は侑姫へジトーと半眼を向ける。
対し、侑姫は気まずそうに視線を逸らした。彼女の言うことも最もだと感じだからだった。
「それもそうだけど……。それだけ、一総ってガードが固いのよ」
「むぅ。侑姫センパイなら何か知ってると思ったんですが。簡単にはいきませんか」
「秘密主義のきらいがあるからね、彼」
二人は揃って頭を悩ませる。
自分には全然関係ないことなのに一緒になって悩んであげる辺り、侑姫はとってもお人好しだった。
初っ端から話が行き詰まる中、今まで黙していた蒼生が口を開く。
「人の心を掴みたいなら、まず胃袋から」
「ああ、男は胃袋から掴めって聞くわね」
得心したように頷く侑姫。
料理上手の女性がモテるのは、昔からよく言う話だ。
だが、真実は気乗りしない様子を見せていた。
うーんと唸りながら、懸念を口にする。
「一総センパイが認めるような料理なんて作れるでしょうか?」
「そんなの練習するしかないんじゃない?」
その程度で諦めていたら恋なんて叶わないわよ、と侑姫は窘める。
しかし、真実の心配していたのは、そういうことではなかった。
「いえ、努力するのは当然なんですが、一総センパイって料理がものすごく上手じゃないですか。あのレベルじゃないと喜んでもらえない気がして」
一総は料理上手だ。それもプロの腕前と称賛されるほど。
さすがに一流とまでは言わないが、そんな料理を作れる彼の胃袋を掴むとなると、一筋縄ではいかないと考えてしまうのも無理はなかった。
それに気がついた侑姫は遠い目をして言葉を濁す。
「あー……」
「と、とりあえず、他の案も考えてみましょう」
気を取り直して、次の提案を考える一同。
しかし、恋愛経験皆無なメンバーなこともあって、料理以上にベストな考案が出ることはなく、結局料理を作ることと相なった。
「では、早速調理開始です!」
一総宅の台所にて、真実が宣言する。
メンバーは先の話し合いでの三人が揃っていた。
ちなみに、一総は自室にこもっているので、夕食の時間まで出てくることはない。
「何を作る?」
蒼生が無表情のまま尋ねてくる。
真実は元気良く返した。
「カレーです!」
「まぁ、定番よね。そんなに難しくもないし」
妥当な線だと侑姫は納得する。
「とりあえず、作ってみたら? 分からないところがあれば、私たちがフォローするわ」
「がんばれ、まみ」
真実が一人で作らなくては意味がないため、二人は一歩引いて様子を見守ることにする。
「はい、頑張ります!」
彼女は気合を入れて、調理を開始した。
――したのだが、
「まずは野菜を切りましょう。えい!」
シュパンッ! という風切り音と共に、包丁が勢い良くジャガイモへと振り下ろされる。包丁を力強く握り腰を落としたその姿は、まさに敵を真っ二つにするがための斬撃そのものだった。断じて、これから料理をしようとする者の気迫ではない。
案の定というべきか、ジャガイモは真っ二つにならずに吹き飛び、台所の床を転がっていく。
「「…………」」
それを目の当たりにした侑姫は唖然とした表情をしていた。蒼生でさえも、口をポッカーンと開いている。
そんな二人に気がついていない真実はジャガイモを拾い、再び包丁を構え直した。今度は上段の構えで。もはや剣道である。
「次こそは!」
またもや真実は斬撃を放とうとするので、侑姫は慌てて止めに入る。
「ちょ、ちょっと待って!」
「うわっ、なんですかセンパイ。危ないじゃないですか」
「危ないのはあなたの方よ! 何なの、今の斬撃は? 料理するんじゃないの?」
クワッと目を見開いて詰め寄る侑姫。
それは鬼気迫るもので、真実もやや怖気づいた。
「えっと、センパイが何を怒ってるのか分からないんですけど……。もちろん、料理しますよ?」
困惑する真実の表情を見て、侑姫と蒼生は顔を見合わせる。二人の表情は内心をありありと物語っていた。
頭痛でも覚えたのか、侑姫は眉間を指で押さえる。蒼生は無表情ながらも、どこか遠い目をしていた。
このまま黄昏ていても仕方がないので、蒼生が尋ねる。
「まみは料理するの、初めて?」
「はい」
即答する真実。
二人は頭痛が強くなった錯覚を覚えた。初めての料理なのに、どうして一切の質問をせずに始めたのか、と。
色々とツッコミを入れたいことはあったが、それでは先に進まないので、一旦置いておくことにした。
侑姫は引きつった笑みを浮かべながら、提案という決定事項を口にする。
「まずは私たちと一緒に料理をするわよ」
「え、でも、私だけで作らないと意味が……」
「いいえ、私たちと一緒に作るの」
「でも……」
「一緒よ、いいわね?」
「はい……」
それから数時間後。
「なんだ、これは」
夕食を作るために台所を訪れた一総が目にしたのは、おどろおどろしい光景だった。
食材が台所中に散乱し、フライパンには黒い何かが鎮座し、鍋には紫色の煙を放つ異物があった。そして、泡を吹いて倒れ伏す蒼生と侑姫。
どこの地獄だと訊きたい惨状だ。
一総は元凶であろう人物へと目を向ける。
台所の中心には、皿を持った真実が立っていた。この部屋唯一の無事な人間だ。
彼女は一総の存在に気がつくと、こちらへ駆け寄ってくる。そして、手に持った皿を差し出した。
「センパイのために料理をしてみたんです。食べてください」
皿に乗っていたのは筆舌に尽くしがたい物体だった。何をどうすれば、こんなのものができるのか。千を超える異世界を救った勇者でさえも解明できない代物だった。
想い人に手料理を喜んでもらえるかどうか、緊張した面持ちでいる真実は、一総の引きつった表情に気づかない。
ドキドキと彼の反応を待つこと数秒。一総は一言下した。
「真実は台所に入るの禁止」
その後、食材がもったいないと、真実の作り出した謎の物質Xを一総が食べられるように調理し直したり。それを食べた蒼生と侑姫が彼を崇拝し出したり。私にも料理をさせてくださいと真実が泣きながら懇願したり。一総が指導した結果、何とか食べられるレベルの料理を真実が作れるようになったり。それはもうたくさんのイベントがあるのだが、それはまた別の話。
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