xSS-x-01 閑話、はじめての料理

「ということで、何かないでしょうか?」


「うん、何が『ということで』なのか分からないから。最初から説明してちょうだい」


 場所は一総かずさの家にある蒼生あおいの私室。そこに三人の美少女が集まっていた。


 一人は真っ先に発言をした田中たなか真実まみ。栗色のツインテールと、魔眼をセーブするためにかけている野暮ったい黒メガネが目立つ小柄な少女だ。


 そんな真実にツッコミを入れたは桐ケ谷きりがや侑姫ゆき。凛とした佇まいと黒髪をポニーテールに結わえていることから、一部では侍ガールなどと囁かれている少女で、体格は真実と正反対。高身長に加え、出るところは出て締まるところは締まった素晴らしいスタイルをしている。


 そして、最後の一人は村瀬むらせ蒼生あおいだ。腰まで届く黒長髪に勝色の瞳、人形のように整った顔立ちをした少女。低身長ながら大きな胸を持っているところも男子からの評価は高いだろう。ちなみに、着痩せするタイプだ。


 真実は拳を握りしめ、力強く説く。


「私、一総センパイに告白したんですよ。まぁ、事情があって振られたんですが、諦めきれないので色々アピールすることにしたんです。で、その第一歩として、私がセンパイにできることは何かないか、知恵をもらいたいんです!」


「私が知らない間にすごいことになってるわね……。大体事情は分かったけど、何で私まで呼ばれたわけ?」


 侑姫はもっとももな疑問を呈する。


 真実が何を訊きたいのかは理解したが、何故自分が呼び出されたのかは分からなかった。友人である蒼生はともかく、侑姫と真実の関係性はそこまで深くなかったはずである。呼び出しに応じておいて、今さらな話ではあるが。


「桐ケ谷センパイは一総センパイとのつき合いが長いと聞いたので、何か有益な情報が得られるかと思ったんですよ」


「なるほどね」


 確かに、ここにいるメンバーどころか、このアヴァロンの中で一番一総に近い人間と言えば、侑姫のほかにいないだろう。救世主セイヴァーの名折れなどと揶揄される男を風紀委員に勧誘し続けるもの好きなど、彼女以外にはいない。


 しかし、


「私は一総の趣味嗜好は知らないわよ?」


「え、そうなんですか?」


 意外そうに首を傾ぐ真実。


 侑姫は頷く。


「だって、彼はプライベートを話してくれないんだもの。多少の好き嫌いは分かるけど、いいアドバイスができるレベルとは言えないわ」


 真実は落胆した風に呟く。


「使えないですね」


「むっ」


 それを聞いた侑姫は心底心外だと言わんばかりに、眉をひそめた。


「仕方ないじゃない。一総は私を警戒してたし、別にプライベートを知りたくてつきまとってたわけじゃないもの!」


「それでも、五年のつき合いもあって、ほとんど情報がないっていうのは、どうなんですか?」


 真実は侑姫へジトーと半眼を向ける。


 対し、侑姫は気まずそうに視線を逸らした。彼女の言うことも最もだと感じだからだった。


「それもそうだけど……。それだけ、一総ってガードが固いのよ」


「むぅ。侑姫センパイなら何か知ってると思ったんですが。簡単にはいきませんか」


「秘密主義のきらいがあるからね、彼」


 二人は揃って頭を悩ませる。


 自分には全然関係ないことなのに一緒になって悩んであげる辺り、侑姫はとってもお人好しだった。


 初っ端から話が行き詰まる中、今まで黙していた蒼生が口を開く。


「人の心を掴みたいなら、まず胃袋から」


「ああ、男は胃袋から掴めって聞くわね」


 得心したように頷く侑姫。


 料理上手の女性がモテるのは、昔からよく言う話だ。


 だが、真実は気乗りしない様子を見せていた。


 うーんと唸りながら、懸念を口にする。


「一総センパイが認めるような料理なんて作れるでしょうか?」


「そんなの練習するしかないんじゃない?」


 その程度で諦めていたら恋なんて叶わないわよ、と侑姫は窘める。


 しかし、真実の心配していたのは、そういうことではなかった。


「いえ、努力するのは当然なんですが、一総センパイって料理がものすごく上手じゃないですか。あのレベルじゃないと喜んでもらえない気がして」


 一総は料理上手だ。それもプロの腕前と称賛されるほど。


 さすがに一流とまでは言わないが、そんな料理を作れる彼の胃袋を掴むとなると、一筋縄ではいかないと考えてしまうのも無理はなかった。


 それに気がついた侑姫は遠い目をして言葉を濁す。


「あー……」


「と、とりあえず、他の案も考えてみましょう」


 気を取り直して、次の提案を考える一同。


 しかし、恋愛経験皆無なメンバーなこともあって、料理以上にベストな考案が出ることはなく、結局料理を作ることと相なった。








「では、早速調理開始です!」


 一総宅の台所にて、真実が宣言する。


 メンバーは先の話し合いでの三人が揃っていた。


 ちなみに、一総は自室にこもっているので、夕食の時間まで出てくることはない。


「何を作る?」


 蒼生が無表情のまま尋ねてくる。


 真実は元気良く返した。


「カレーです!」


「まぁ、定番よね。そんなに難しくもないし」


 妥当な線だと侑姫は納得する。


「とりあえず、作ってみたら? 分からないところがあれば、私たちがフォローするわ」


「がんばれ、まみ」


 真実が一人で作らなくては意味がないため、二人は一歩引いて様子を見守ることにする。


「はい、頑張ります!」


 彼女は気合を入れて、調理を開始した。




 ――したのだが、


「まずは野菜を切りましょう。えい!」


 シュパンッ! という風切り音と共に、包丁が勢い良くジャガイモへと振り下ろされる。包丁を力強く握り腰を落としたその姿は、まさに敵を真っ二つにするがための斬撃そのものだった。断じて、これから料理をしようとする者の気迫ではない。


 案の定というべきか、ジャガイモは真っ二つにならずに吹き飛び、台所の床を転がっていく。


「「…………」」


 それを目の当たりにした侑姫は唖然とした表情をしていた。蒼生でさえも、口をポッカーンと開いている。


 そんな二人に気がついていない真実はジャガイモを拾い、再び包丁を構え直した。今度は上段の構えで。もはや剣道である。


「次こそは!」


 またもや真実は斬撃を放とうとするので、侑姫は慌てて止めに入る。


「ちょ、ちょっと待って!」


「うわっ、なんですかセンパイ。危ないじゃないですか」


「危ないのはあなたの方よ! 何なの、今の斬撃は? 料理するんじゃないの?」


 クワッと目を見開いて詰め寄る侑姫。


 それは鬼気迫るもので、真実もやや怖気づいた。


「えっと、センパイが何を怒ってるのか分からないんですけど……。もちろん、料理しますよ?」


 困惑する真実の表情を見て、侑姫と蒼生は顔を見合わせる。二人の表情は内心をありありと物語っていた。


 頭痛でも覚えたのか、侑姫は眉間を指で押さえる。蒼生は無表情ながらも、どこか遠い目をしていた。


 このまま黄昏ていても仕方がないので、蒼生が尋ねる。


「まみは料理するの、初めて?」


「はい」


 即答する真実。


 二人は頭痛が強くなった錯覚を覚えた。初めての料理なのに、どうして一切の質問をせずに始めたのか、と。


 色々とツッコミを入れたいことはあったが、それでは先に進まないので、一旦置いておくことにした。


 侑姫は引きつった笑みを浮かべながら、提案という決定事項を口にする。


「まずは私たちと一緒に料理をするわよ」


「え、でも、私だけで作らないと意味が……」


「いいえ、私たちと一緒に作るの」


「でも……」


「一緒よ、いいわね?」


「はい……」









 それから数時間後。


「なんだ、これは」


 夕食を作るために台所を訪れた一総が目にしたのは、おどろおどろしい光景だった。


 食材が台所中に散乱し、フライパンには黒い何かが鎮座し、鍋には紫色の煙を放つ異物があった。そして、泡を吹いて倒れ伏す蒼生と侑姫。


 どこの地獄だと訊きたい惨状だ。


 一総は元凶であろう人物へと目を向ける。


 台所の中心には、皿を持った真実が立っていた。この部屋唯一の無事な人間だ。


 彼女は一総の存在に気がつくと、こちらへ駆け寄ってくる。そして、手に持った皿を差し出した。


「センパイのために料理をしてみたんです。食べてください」


 皿に乗っていたのは筆舌に尽くしがたい物体だった。何をどうすれば、こんなのものができるのか。千を超える異世界を救った勇者でさえも解明できない代物だった。


 想い人に手料理を喜んでもらえるかどうか、緊張した面持ちでいる真実は、一総の引きつった表情に気づかない。


 ドキドキと彼の反応を待つこと数秒。一総は一言下した。


「真実は台所に入るの禁止」




 その後、食材がもったいないと、真実の作り出した謎の物質Xを一総が食べられるように調理し直したり。それを食べた蒼生と侑姫が彼を崇拝し出したり。私にも料理をさせてくださいと真実が泣きながら懇願したり。一総が指導した結果、何とか食べられるレベルの料理を真実が作れるようになったり。それはもうたくさんのイベントがあるのだが、それはまた別の話。

 

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