xSS-x-02 閑話、とある異世界の主従

 とある異世界。一総たちの住む世界の知識に当てはめるならば、西洋風の屋敷と例えられる大きな建物があった。持ち主の方針なのか、建物の豪奢さに反して、中にあるものは最低限で多少の寂しさを感じる。


 また、ものだけではなく人気も少なく、今は建物全体でも二人しかいなかった。


 その二人は主従関係のようで、主の私室にて雑談を交わしている。


「それで、向こうは今どんな感じなの?」


 主と思しき少女が口を開く。その声は鈴の音のように美しい。


 声だけではない。その顔立ちも恐ろしいほどにまで整っており、ハーフアップにした銀髪や鮮血に似た赤の瞳が幻想的で、とても似合っていた。


「今までになく、ごたごたに巻き込まれてるようですよ」


 メイド服を着た少女が答える。


 こちらも美少女で、シニョンに結わえた金髪と赤目が特徴的だった。


 細身でモデル体型の主と異なり、メイドはとても肉感的な体格をしている。紅茶を入れ直す度に大きな胸部が揺れ、それを目にした主が苛立たしげに目を細めていた。細い体形がコンプレックスなのかもしれない。


 主は沸き上がる感情を抑え、疑問を口にする。


「ごたごたって……彼らしくないじゃない。何か変化でもあったの?」


「ご主人様に変化があったのも確かなんですが、もっと別の変化がありましたね」


「別の?」


 可愛らしく首を傾ぐ主。


 それに対し、メイドは何てことない風に返す。


「女ができました」


 空気が凍った。


 比喩ではなく、物理的に室内の温度が急低下した。部屋中のものに薄い氷が張りつき、急激な温度の変化に耐え切れず、窓ガラスにヒビが入っている。


 主の少女が茫然とした瞳で声を震わせた。


「お、女って、どういうこと?」


「落ち着いてください、お嬢様」


 主から莫大な霊力――それこそ物理現象を巻き起こすほどの――が放たれているというのに、メイドは眉ひとつ動かさず、毅然とした態度で窘める。


 だが、その指摘は主には届かなかった。


 彼女は一層霊力を高め、言い放つ。


「落ち着いていられるわけがないでしょ!」


 霊力が乗ったのか、言葉が一種の攻撃となって部屋に拡散する。調度品はことごとく吹き飛び、窓ガラスは余すことなく割れていった。


 感情に任せて荒れ狂う霊力。その中で、自身の金髪が激しくなびきながらも、やはりメイドは表情を動かさない。むしろ、一向に冷静さを取り戻そうとしない主に辟易へきえきとしている感じだ。


 メイドはひとつ溜息を吐くと、唐突に片手を振り上げた。


 そして、


「いい加減にしなさい!」


 パシンという小気味の良い音を鳴らし、主の後頭部を思い切り叩いた。


 主はメイドを睨めつける。


「痛いじゃない!」


 相当痛かったのか、目頭に涙を溜めて抗議する彼女。


 対して、メイドはどこ吹く風だ。


「人の話は最後まで聞いてください」


「最後まで聞く必要なんてないじゃない。彼に恋人ができたんでしょう? 聞きたくないわよ」


 主は先程とは別の意味で瞳を潤ませる。この世の終わりだと言わんばかりの空気をまとっていた。


 再び溜息を吐くメイド。


「それが勘違いだと言うんです。ご主人様は恋人を作ってませんよ。ご主人様に告白する輩が現れたんです」


「それの何が勘違いだっていうのよ! 告白されたから恋人同士になったんじゃないの?」


「お嬢様はお忘れですか? ご主人様は絶対に恋人を作りません」


「……あ」


 メイドの言葉にハッとなる主。


 この少女二人は知っていた。二人の慕う”彼”が恋人を――家族を作らない原因を。それがとても根深いもので、一朝一夕では解決しないことを。


 あまりに衝撃の発言だったため、その辺りを失念していた主は、バツが悪そうに頬を掻いた。


 ようやく彼女が落ち着いたことを認めたメイドは、説明を再開する。


「結果的に振ったようですが、どうにも相手の諦めが悪いらしく、未だに迫ってる模様です」


 それを聞いた主は首を傾ぐ。


「そこまで……? 今までの彼の立ち回りからは考えられない惚れられっぷりね」


 他人に興味がなく無干渉、自分の大切なものを優先する彼が、それほど誰かから想われる状況というのを、主は想像できなかった。少し前に、一人の少女を全力で守ることを決めたという話でさえ、まだ信じ切れていないのだ。


 メイドは淡々と答える。


「どうやら命を救ったみたいです」


「人前で能力を使ったの?」


「はい。全貌は見せていないですが、幾多の異世界を渡ったことは説明したと」


「信じられないわね……」


 主は目を見開き、心底驚いた表情をする。


 彼が自分の能力をひけらかすことを厭んでいたことを理解していた。だから、自らそれを明かしたことは寝耳に水といっても良い。


「その子のことを、彼は気に入ったの?」


 そう主が尋ねると、メイドは頷く。


 しばし黙考する主だったが、そのうち脱力した。


「となると、二人がつき合い始めるのは時間の問題ね」


 どこか悲しそうに結論を出す主。


 そこへメイドは容赦なく肯定の意を示す。


「そう思われます。ご主人様とのリンクから窺える彼女の性格から考えて、どれだけ時間がかかろうと諦めなさそうですから」


「やっぱり……。というか、そこはアタシを慰めるところじゃないの?」


 主は半眼でメイドを睨む。


 当のメイドは気にした様子はない。


「と申されましても、私は事実を肯定したにすぎませんし」


 そもそも、と彼女は続ける。


「十年も前の恋を、未だにうじうじと引きずってるお嬢様が情けないんですよ。すっぱり諦めて新しい恋を探すか、想いに殉じて何が何でもご主人様の元へ赴くか。どちらかハッキリすべきです。いつまでも使い魔の私を利用してご主人様の情報を得ているようでは、ストーカーと変わりません」


「うぐぅ」


 ズバッと正論を投げてくるメイドに、主は返す言葉もない。


 彼女の言う通りだ。十年前に叶わぬ恋をして、それから惰性で想い続けている。添い遂げるための努力どころか、諦めることさえしていない。ただ漫然と現状維持を続けるだけだ。情けない自分を顧みると、思わず涙が零れそうになる。


 そんな軟弱な理由で泣くわけにもいかないので、頭を振って思考をリセットした。


 それから、ふと気になったことを問う。


「ねぇ、彼はアタシのことを覚えてるかしら?」


 十年前、たった一年だけすごした仲。お互い幼かったし、彼の怒涛の半生を鑑みると、忘れ去られてもおかしくなかった。


 今までは怖くて尋ねられなかったこと。しかし、今話していた話題から、この想いを続けても良いのか悩んでしまった。彼を慕う者が現れたというのなら、傍にいられない自分は身を引くべきではないかと焦りを見せてしまった。それゆえの、変わるキッカケが欲しかったがための質問だ。


 勢いで問うてしまったところはある。でも、もう質問の撤回はできないし、時間を戻すことなど不可能。答えを聞くまでは引き返せない。


 主はバクバクとうるさいほど鼓動を刻む心臓を感じつつ、メイドの顔色を窺う。


 メイドは仄かに笑んだ。


「おそらく覚えていますよ。前回の勇者殺しの騒動でも、今回のテロ事件でも、お嬢様と交わした約束を守りながら行動をしていたようですから。それだけ、お嬢様との約束は大切なものなのでしょう」


「そう」


 素っ気ない返事をする主。


 だが、彼女の頬は隠しようがないほど持ち上がっていた。沸き上がる歓喜を抑え切れていなかった。


 想い人と交わした約束。それを相手が大切に守っていると聞かされ、嬉しくないはずがなかった。


 心の底から溢れる感情を噛み締めつつ、主はひとつの決断を下す。


「決めたわ。アタシは彼の世界へ行こうと思う。前代未聞だろうけど、関係ないわ。この想いに、素直になりましょう」


 不可能だと言われているのは理解している。それでも、これ以上の我慢はしたくなかった。他の何を捨ててでも、彼の傍にいたかった。


 主の決意を聞いたメイドは恭しく礼をする。


「私たち姉妹もお供いたします」


「ええ。彼の使い魔たるあなたたちがいれば百人力ね。そうと決まれば身辺整理よ。いざ世界を渡るとなった時、邪魔が入っても嫌だもの。立つ鳥跡を濁さず、でいきましょう」


「はい、お嬢様」


 少女二人は早速行動を開始する。




 これは、とある異世界のお話。


 誰でも抱えている一途な恋の物語。


 彼女たちの行く末が定まるのは、そう遠くはない。

 

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