002-2-05 異能具作成

 色々と騒々しかったものの、平穏無事に本日の料理の指導をこなした一総かずさ。彼は今、夕食を終えて片づけを済ませたところだ。


 最後の一皿を水洗いしてからリビングへ顔を出すと、蒼生あおいはソファーでくつろぎながらテレビを視聴していた。彼女も後片づけくらいは手伝おうとするのだが、一総が一人でやってしまった方が早いので、大抵は今のように落ち着いている。


 ふと、蒼生が何の番組を見ているのか覗いてみれば、アニメのようだった。主人公であろう女性キャラクターが変身して、悪役と戦っている姿が見える。


 確か、日曜の朝にやっている女児向けのものだったか。どうやら録画していたものを視聴しているらしい。


 少し思うところがあった一総は、珍しく自ら声をかける。


「村瀬、そのアニメは子供向けだったと思うんだけど、好きなのか?」


 その問いを受けた蒼生は録画を一時停止すると、こちらへ顔を向けた。


 相も変らぬ無表情だったが、瞳が僅かに見開かれていた。彼女も、こういったことで一総に話しかけられるとは想定していなかったのだろう。それくらい、二人は普段から不干渉だったのだ。


 蒼生は数秒ほど虚空へ視線を彷徨さまよわせてから、一総に目を合わせる。


「結構おもしろい。子供向けと侮ってたら、痛い目を見る」


 どう痛い目に見るのか甚だ疑問だが、アニメを気に入っていることは間違いないようだ。確認しておきたかったことを理解できたので、礼を述べる。


「よく分かったよ、参考にする。わざわざ時間を取らせて悪いな」


 意味深な言葉に首を傾ぐ蒼生だったが、一総が全てを語る様子はなさそうだ。彼は手を振りながら自室へ足を向けている。


 蒼生も労力を割いてまで追及するつもりはなかったので、再びアニメ観賞に戻ろうと、顔をテレビ画面へと返した。


 そうやって二人がそれぞれの時間に移ろうとした、そんな時だ。


 ピンポーン。


 来客を伝える音が部屋中に響いてきた。


 背を向けていた二人は一瞬だけ固まると、同じタイミングで顔を向け合う。


 すぐに蒼生は首を横に振った。その反応から、彼女の予定した訪問者ではないことが分かった。無論、一総もそんなアポイントメントは受けていない。


 となると、心当たりは限られてくる。


 脳裏によぎったのは、うざったしい笑みを浮かべる眼鏡の後輩の顔。


 自分が渋い表情をしていることが鏡を見なくても分かる。居留守を使ってやろうかと考えてしまうくらいには、玄関へ出るのが嫌だった。


 しかし、そのような対応は許さないと言わんばかりに、インターホンが連続でプッシュされる。


 これには、さすがの蒼生も眉をひそめた。


「かずさ、出てあげて」


 彼女には珍しく催促する言葉が発せられる。好きなアニメの観賞を邪魔されているのだから、当然の反応なのかもしれない。


 一総も、いつまでもチャイムを鳴らされ続けるのは勘弁してほしかったため、渋々ながら顔を出すことにした。


 眉間にシワを作りながら、ガチャリと玄関を開け放つ。


 扉の先には予想通り真実まみが立っていた。後ろには美波みなみまでいる。


 真実は綺麗な包装紙で包まれた箱を手に、ニコニコとした表情を浮かべていた。


「何の用だ?」


「そんな警戒しないでくださいよ、センパイ。今日のところは挨拶に来ただけですから」


 嫌な顔を隠そうともしない一総に対し、真実の笑顔は崩れない。


「挨拶って何の?」


 一総が怪訝に尋ねると、真実は待っていましたと言わんばかりに答えた。


「それはもちろん、引っ越しの挨拶ですよ。今日からお隣なので、よろしくお願いしますね」


「――は?」


 パチリと不器用なウィンクをする彼女に、一総は呆けた声を漏らした。


 それから真実の言った意味を理解すると、目を見開く。


「引っ越しって、あの引っ越しか?」


「他にどの引っ越しがあるのかは知りませんが、私が言ってるのは住居を移るという意味の引っ越しですよ」


「……そうか」


 しばし黙考していた一総は、素っ気なく頷く。


 真実は不思議そうな顔をする。


「大丈夫ですか? あっ、つまらないものですが、これをどうぞ」


「問題ない。少し考えごとをしてただけだから」


 包装された箱を受け取りつつ、かぶりを振る。


 空気を入れ替えるように、一総は話題を変えた。


「調理室で言ってたのは、このことだったのか」


「はい。密着取材のため、美波には部屋の手配を頼んでました!」


「二人で住むのか?」


 一総が訊くと、二人は揃って頭を左右に振った。


「いいえ、私だけですよ」


「わ、私は家族と暮らしてるので」


「なるほどね」


 一総は一息吐く。


 隣に越してくるのは想定外だった。阻止したいけれど、そのためにかかる労力や今後のこと、真実の執念深さを鑑みると、今のところは放置しておいた方が無難だ。


 ただ、釘は刺しておかなければいけないだろう。


 軽く会話を交わし、解散する去り際で一言呟く。


「田中、うちの中を透視するのは禁止だからな」


「えっ、ちょっと待っ――!?」


 真実が何か言い募ろうとしていたが、一切取り合わずに玄関を閉める。外が騒がしいが、一総は無視を決め込んだ。


 彼女の魔眼に透視能力があることは本人から聞いている。知っていながら許すほど甘くはないのだ。


 リビングに戻れば、蒼生がこちらへ視線を向けていた。


「誰が来たの?」


「田中だよ。今日からお隣さんだ」


「そう」


 短いやり取りを終えると、彼女はテレビへと視線を戻す。詳細を聞くほど気になる話題ではないらしい。


 一総も次の瞬間には気持ちを切り替えていて、特に気負いすることなく自室へ踵を返した。




          ○●○●○




 白い空間があった。壁も天井も肉眼では確認できない、果てしなく広い白の世界。一片の混じりのない純白の領域だが、ただひとつだけ異物が存在した。


 それは扉。真っさらな空間にポツンと佇むそれは、何もない場所ゆえに異彩を放っていた。


 どこに繋がるでもない扉だったが、どうしてかゆっくり・・・・と動き出す。そして、そのアーチから姿を現したのは一総だった。


 扉の奥を覗けば、その先は白い空間が続いているはずなのに、どういうわけか一総の自室の景色が見える。まるで空間を切って貼りつけたように、連続性のないはずの場所が地続きとなっていた。


 そんな不思議な光景にも関わらず、一総は慣れた動作で白の間に躍り出る。彼の体が完全にこちら側へ入るや否や、扉は独りでに閉まり、カチャリと鍵のかかる音が響いた。


 閉じ込められた形だが、一総に動揺はない。


 当然だ。この空間は、彼が誰にも邪魔されずに様々な作業ができるよう作り出されたプライベートスペース。他の場所から完全に隔絶されているため、彼が全力で異能を扱える唯一の場所なのだから。


 ポツリと白の上に佇む一総へ、ひとつの声がかけられる。


『おかえりなさいませ、マスター』


 涼やかな大人の女性の声色だ。マイクを通して喋っているような、若干のエコーがかかっている。


 ただ、この場にあるのは一総と扉だけで、肝心の声の主は見当たらない。しかし、一総はそれを気にした様子もなく、返事をした。


「ただいま、エリア」


 エリアと呼ばれた声の正体も、一総が作り出した代物。この空間エリアを管理するための人工知能だ。


 彼女(?)は尋ねる。


『本日はどのようなご用向きでいらっしゃったのでしょうか?』


「今回は異能具いのうぐの作成だ。ちょっと作りたい武器があってな」


『マスターが武器作成とは珍しいですね』


 エリアの発言に、一総は若干気だるそうに頷く。


「気乗りはしないが、今後のことを考えると必要になりそうなんだ」


『マスターが仰るなら間違いないのでしょうね。承りました、“工房”の準備を始めます』


 エリアと呼ばれた声がそう言うと共に、白の一部――一総の目前の床が発光する。光る床は盛り上がり、直方体の何かを形成し始めた。


 輝きが収まる頃、目前に出来上がったモノは机だ。周りの白よりも若干暗い色をしていて、青いラインが縁を取る武骨な作業机が出現した。


 一総が机へ近づくと、タイミングを見計らったように背後の床が上昇し、椅子までも作り出す。


 彼は椅子に腰をかけると、机に向かって両手を掲げた。すると、机の上面が輝き出し、その上に長方形のパネルが現れる。


 それは立体映像のようだ。今は何も映し出していないが、一総が手を振ると、それに反応して画面に波紋が揺れる。


「よし、まずは設計図からだ」


 気合を入れるよう呟くと、彼は軽やかに腕を動かし始めた。腕だけではない、手の平を返したり、指先を細やかにタイピングしたり。その動作は流麗で淀みがない。


 彼の動きに合わせて、画面の中に緻密な図形が描き上がっていく。


 現在、一総が作成しているは異能具の設計図だ。



 異能具とは、異能がこめられた道具のことを指す。回復効果のある指輪や腕力を上昇させる剣など、発揮する能力や形は多岐に渡る。


 ところが、異能具において“設計図”という概念は一般的ではない。というのも、異能具は完成されている道具へ【付与魔法エンチャント】系列の異能を施すことが普通だからだ。決して、道具を作成する段階から始めるものではない。


 では何故、一総は手間をかけてまで一から作業をしているのかというと、それが良い性能の異能具を作る一番の方法だからだ。


 異能をこめるのに最適な形状のパーツを作り、部品ひとつひとつに異能を付与していく。そうすると、完成品に付与するよりもパフォーマンスが劇的に上がるのだ。それこそ、メッキと純金くらいの差が生まれる。


 ただし、パーツそれぞれに異能を付与することは簡単にできることではない。異能の組み合わせや部品の組み立て方などによって、発現する効果が大きく異なってくるのだ。


 たとえば、二本の同質同形状の鉄棒があったとする。片方には人肌に熱する魔法が、もう片方には温度を氷点下に下げる魔法が加わっていた場合、そのふたつを直列に組み合わせた時に発現する効果は『所有者の重力を少しだけ重くする』となる。


 これは下手に物理現象を念頭に置いていると、想像できない結果だろう。しかも、同じ効果でも違う体系の魔法を付与してしまえば発現する効果は別物になってしまうし、直列ではない組み合わせをしても変わってくる。


 このように、パーツごとに異能をこめるという異能具の作り方は、強大な力を得られる反面、万を超えるパターンを把握しなくてはいけない難易度がある。そのため、量産はまず不可能で、実行を移せる人間もごく僅か。一総が知る限りでは、一総以外に同じことを行える勇者は存在しないくらいだ。



「こんなものかな」


 一時間ほどが経ち、一総は忙しなく動かしていた腕を下ろす。


 画面には極細部まで緻密に描かれた設計図が完成していた。


 彼は一呼吸を置いてから、すぐにエリアへ指示を出す。


「エリア、材料を出してくれ。出し惜しみはしないつもりだから、神級しんきゅうのやつを一通り頼む。ああ、偽装専用のも一緒だ」


『承知いたしました、マスター』


 エリアの返事の直後、一総の周囲の床が輝いた。机の時と同じように、光る床が盛り上がっていき、複数の直方体が出現する。今度は棚のようで、その中には木材や金銀銅の鋼材を始めとした、あらゆる材質の品が並んでいた。


 一総の発言から、これらは異能具の材料として使うらしい。彼は立ち上がり、必要な素材を机へと運んでいく。


 一通り用意した素材に彼が触れると、バチバチと稲光が発生し、一瞬にして次々と異能具の部品が作り上がっていく。設計図に目を通しながらとはいえ、その生成速度と精度は驚異的で、並いる生産系異能者では足下にも及ばない技量が窺えた。


 あっという間にパーツ全てを仕上げてしまった彼は、続けて異能の付与を始めていく。同時進行で組み立ても行っていった。その手際には一切の迷いはなく、傍から見れば高難易度の作業をしているようには全然思えない。


 そうして、異能具が完成を迎える。要した時間は設計図を描いた半分という短いもの。これほど手早く作成できる者は、少ない製作者の中でもさらに・・・少数となるだろう。


 出来上がった品はくらい青を基調としたバングルだ。Cの字の形をしたもので、表には水の波紋に似た白い曲線が描かれている。純粋な装飾品として扱っても問題ない麗しいデザインだった。


 完成品を手に平に乗せて満足そうに笑んでいる一総へ、エリアが疑問を呈する。


『マスター、不躾ながら、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか?』


「なんだ?」


『その腕輪はマスターが装備するには小さすぎると思うのですが、どなたかに差し上げるモノなのですか?』


 武器を作成することを聞いた当初、エリアは一総自身が使うためのものだと思っていた。日常を重んずる彼の性格を考慮すれば、他人へ自作の武器を贈るなどとは想定できなかったのだ。


 だが、実際にできあがったバングルは、どう見ても女性用のそれ。疑念が浮かぶのも無理はなかった。


 彼女の思考が理解できたようで、一総は苦笑する。


「これは村瀬に渡すんだよ」


『先月からマスターと共に行動している者ですね。……闘争が起こるのですか?』


「さすがエリア。理解が早くて助かる」


 エリアには蒼生の情報がすでに与えてある。だから、彼女のために武器を作る理由にも即座に思い当ったようだ。


 エリアを褒めつつ、一総は語る。


「オレたちを直接狙った感じではないんだが、どうにも一波乱ありそうなんだ。だから、彼女にも自衛手段が必要だと思ってね。あと、この前作った異能封じの腕輪のリベンジでもある」


 前に作ったブレスレットは、調査不足ということもあって失敗作だった。特に気にした風もなく装っていたが、実は些かプライドが傷ついていたのだ。ゆえに、今回は入念な下調べの上で作成しており、会心のデキとなった。


 一総の説明を受け、エリアは「そうでしたか」と納得の言葉を紡ぐ。


『マスターが作り上げたものであれば、きっと素晴らしい効果を発揮するのでしょう』


「今まで作った中でも上位に入る出来栄えではあるけど、そこまで褒められるとくすぐったい・・・・・・な。まぁ、一日で壊れるなんてことはないだろう」


 そう言い終えると、一総は椅子から立ち上がり、バングルを手にしたまま扉へと足を向ける。


『お帰りですか?』


「ああ、明日も学校があるし、睡眠はしっかり取っておきたい」


『承知いたしました。マスターの自室に生体反応や監視の目はございませんので、そのまま退室しても問題ないかと』


 一総が扉の前に辿り着くタイミングで、カチャリと鍵が外れて扉がゆっくりと開いていく。その先には、やはり白い空間ではなく、一総の自室が広がっていた。


 扉に足をかけたところで、彼は肩越しに振り返る。


「じゃあ、また明日な。エリア」


「お待ちしております」


 一総が扉の向こうへと姿を消し、扉は静かに閉まっていく。


 扉以外が白い世界は、再び創造主マスターが訪れるまで、緩やかな静寂を保つのだった。

 

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