002-2-06 蒼生の戦闘訓練(前)
午前中の授業が終わり、
果たしてそれは、
一触即発といった空気ではなく、限りなく弛緩した雰囲気が流れているので、訓練場でありながら談笑できるような気楽さがあった。
蒼生が不思議そうに
「かずさ、これは?」
彼女の手の中には腕輪がひとつあった。先程、一総が持たせたモノであり、昨晩彼自身が作成した
一総は腕を組みつつ、説明を始める。
「それは前に渡した異能封じのアイテムの改良版であり、村瀬の身を守るための武器だ。君から発生する“力”を吸収する機能は同じだが、弱体化するほど吸うことはないし、一日で壊れることもない。この辺は、前回のやつでデータを収集できたから調整できたんだ」
彼は満足げに頷く。
それを聞き、蒼生も「なるほど」と頭を動かした。
だが、まだ疑問は残っているようで、
「でも、武器っていうのは?」
手の中に収まるバングルは装飾品には見えても、決して武器の類には思えない。だからだろう、彼女の目の色は些か懐疑的だった。
それも無理はないなと一総は苦笑いする。
「村瀬自身にも防衛能力があった方が今後のためにはいいと思ってね。武器についての説明はこれからするよ」
「そう。わかった」
肩を竦める一総を見て、蒼生は小さく首肯した。
彼女に納得してもらったところで、そろそろ本題へ入ることにする。
「君をここへ連れてきたのは、その武器の扱い方に慣れてほしいからだ。ここなら思う存分に使うことができる」
訓練場というだけあって、他の建物に比べて一際頑丈な造りをしている。万が一にも周囲に危険が及ぶことはない。
加えて――
「その腕輪のことは、できるだけ大衆には知られないようにしてほしいんだ。命の危機に瀕しているのなら別だが、それ以外では異能具であることは隠し通してほしい」
きちんと頼めば口を割らないことは、この一ヶ月と少しの共同生活で理解している。そういうところの信頼を彼女には置いていた。
ちなみに、建物一帯を隠蔽用の結界で覆っているので、この場での内容が外に漏れる心配は全くない。
その言葉に、蒼生は嗚呼と得心がいった表情をした。
「だから、まみから逃げたんだ」
「そういうことだ」
一総は渋い顔で頷く。
本日の料理の修練を休みにするまでは良かったのだが、
予想以上に真実には食い下がられたため、それを思い出した一総の表情は苦々しい。
そんな気分を振り払うように咳き込むと、彼は言葉を紡いだ。
「まずは一通りの機能を説明しよう。大きく分けて四つある」
小首を動かして聞く姿勢を取った蒼生を認めてから、一総は指を一本立てた。
「ひとつ目は、さっきも言った通り異能を封じる効果だ。装備した村瀬のあらゆる“力”を吸収し、一定ライン以上の出力が出ないよう
「電池みたいな?」
「簡単に言えば、そんなところだ。身につけていれば自動的に発動するパッシブ効果だから、特に意識することはないだろう」
一呼吸置いて二本目の指を立てる。
「ふたつ目は、自動防護膜を発生させる効果だな。攻撃性のあるモノはもちろんのこと、精神作用のあるモノが君に近づいた時、自動で防護膜を構築して守ってくれる。この効果は意図的に止めることもできるけど、
「わかった」
三本目の指を立てる。
「三つ目の効果は【身体強化】の発動」
「それって異能のひとつの?」
「その通り。運動機能全般を強化するメジャーな能力だな。これも自動防護膜と同様、自身の身を守るために積んだ機能だ。敵からの逃亡や時間稼ぎに有効だろう。まぁ、普通に【身体強化】するより燃費は悪いが、村瀬の立場上は仕方がない」
たとえるなら、電気で火を起こし、その火で発電をして電化製品を動かすようなもの。電気をそのまま使用するよりもエネルギーに無駄ができてしまうのは明らかだ。
とはいえ、指摘した通り、蒼生の立場を考えれば他に方法がない。彼女が異能を使ったら何が起こるか不透明であるため、異能具というワンクッションを置くしかないのだ。
一総は四つ目の指を立てた。
「で、最後だが、これがそのバングル一推しの効果と言っていい」
興奮しているような、やる気に満ち溢れているような、活力のある表情をする一総。
それは彼には珍しい表れだったので、蒼生も興味深そうに尋ねる。
「その効果は?」
一総は口元を緩めた。
「口で説明するよりも、実際に体験してもらった方がいい。今からオレが言う指示に従ってくれ」
蒼生はコクリと頷いて、手にしていた腕輪を左手首に装着した。
それを見届けた一総は、自らも身振りをしつつ、指示を出す。
「まずは両腕を手首のところで交差させて前に出す。腕輪が上になるのが望ましい。次は腕を引いて、拳を腰の辺りで構える。最後に腕輪のついた腕を天へ伸ばして『
「『換装』……?」
蒼生が一連の動作を倣うと、途端にバングルが光り出し、それが彼女を包み込む光球となす。
数秒ののち光の球体は弾け、様変わりした蒼生の姿が現れた。服装が先までの制服とはまるで異なっていた。白と蒼を基調としたワンピースだが、激しい運動をしても邪魔にならないようなデザイン。手と脚には武骨な装甲がある。可憐さと勇ましさの同居した衣装だった。
「これは……」
蒼生は身を包んだ服を見て気づいたことがあったのか、驚きの声を漏らした。
それは彼女が好んで視聴していたアニメの変身ヒロインに似た格好だった。
そう。一総は例のアニメを参考に、この変身アイテムを作成したのだ。ご丁寧に変身ポーズまで設定して。
驚愕する蒼生を見て、一総は満足そうに笑う。
「君が好きだと言うから参考にさせてもらったんだ。ただ姿が変わるだけじゃないぞ。変身中は常時【身体強化】と【防護膜】が発動していて、身バレしないよう任意で認識阻害も使える。さらに、殴る蹴るなどの物理攻撃時、【威力増強】【衝撃増大】【強靭化】などなど数多の
姿形こそアニメを参考にして遊んでいるが、発揮される効果は実に強大だった。小さな腕輪にこれほどまで数々の能力を詰め込める者は、そうそういないだろう。一総は創作物に関して、意外と凝り性なのだ。
いつも無表情の蒼生も、今回ばかりは相貌を崩していた。
彼は続ける。
「注意点として、変身中は貯蓄分がなくなると村瀬の力を直接使用するようになるから、ガス欠には気をつけてくれ。一応、燃費には気を遣ったけど、消費ゼロとはいかないからな」
「わ、わかった」
未だ動揺から抜け出せていない蒼生は、何とか返事をする。
一総はそんな彼女にお構いなしと、さらに衝撃の発言を続けた。
「というわけで、今からオレと模擬戦をやるぞ」
「えっ……」
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