002-2-07 蒼生の戦闘訓練(後)

 打撃音、斬撃音、爆発音、破裂音、突風音、雷鳴。ありとあらゆる轟音が鳴り響き、第五訓練場を大きく震わせる。


 訓練場に元々備えられている結界に加えて一総が展開したものもあるので、外には全く音や衝撃は漏れていない。が、それらを耳にした者がいれば、とてつもなく激しい戦闘を連想することだろう。実際、場内で行われていた戦いは、すさまじい気迫で続けられていた。


 一定の距離を保って駆ける一総かずさ蒼生あおい。二人の表情は真剣そのもので、緊張感のある空気をまとっていた。


 ――否、一総に関しては十分な余裕を持っているように見受けられる。その証左に、動きのひとつひとつに固さはなく、水の如き流麗さがあった。


 縦横無尽に動き回る二人だったが、以心伝心でもしているかのように、同時に立ち止まった。


 一瞬だけ静まる訓練場。


 しかし、すぐさま沈黙は破られる。蒼生が一総に向かって走り出したのだ。


 【身体強化】を脚に集中させているのか、普通なら数秒はかかる距離を僅か一秒で詰めてしまう。


 一総の懐に入り込んだ彼女は、その勢いままで手甲のついた拳を突き出す。様々な強化効果の乗った右ストレートは音に迫る速度であり、素人とは思えない鮮やかさがある。


 それを呑気に受け止める一総ではない。霞むほどの速さの拳をしっかりと認め、【練気】をまとった腕にて左後方へ受け流す。それから、ガラ空きになった蒼生の腹部へとカウンター気味に膝を叩き込む。


 だが、それによって蒼生がダメージを受けることはない。常時発動している防護膜が彼の膝を受け止め、その隙をついて彼女は後方へと大きく下がった。


 再び睨み合いになる両者。


 今の攻防は僅か数秒の出来事。見る者が見れば、両者の技量の高さに感嘆の息を漏らすに違いないハイレベルな戦闘だ。


 次に行動を起こしたのは一総だった。【無拍子】を使用し、予備動作なく右手を蒼生へ向ける。彼女からはコマ落としのように、いつの間にか右手が上がっていたと錯覚して見えているはずだ。


 掲げた手の中には、手の平に収まるほど極小の魔法陣があった。煌めき回転するそれからは、間髪入れずに魔法が発射される。


 繰り出されたのは一筋の雷光。音を超える速度を持って、蒼生に襲いかかる。


「ッ!?」


 蒼生は一総の素早い魔法発動に追いつけず、雷光を避けることが叶わないと悟る。


 だから、思考をすぐに切り替えた。雷から感じる魔力量からして、防護膜が破られることはないと断言できる。ならば、接近する魔法は無視して、攻勢に打って出る準備をするべきだ。


 再び一総へ近づくため、蒼生は【身体強化】を脚部へと集中させた。


 しかし、彼女が攻撃に回ることはなかった。


 雷光が防護膜へ衝突すると同時。蒼生の予想通り魔法が膜を突き抜けることはなかったが、周囲一帯を目のくらむ光が包み込んだ。


「うぐっ」


 想定外の事態に、蒼生は構えを崩して顔を腕で覆ってしまう。


 それは致命的な隙を生み出してしまった。


 一総は一瞬で互いの距離を詰め――


「オレの勝ちだな」


 蒼生の肩にポンと手を置いた。これは攻撃行動ではないので、防護膜が展開されることはない。


 【身体強化】で治癒力を高め、即座に視力を回復させた蒼生だったが、状況を認めると小さく肩を落とす。


「負けました」


 模擬戦の勝敗条件は“相手を戦闘不能にする”か“降参する”か“相手の体に触れる”かのいずれか。防護膜の効力を考慮すると、それを破るには蒼生を殺しかねない威力の攻撃をするしかないので、三つ目の条件がついた形だ。


 そも、一総の公開している異能では防護膜を突破できるモノがないので、どっちにしろ“戦闘不能にする“という条件は満たせないのだが。


 一総は肩に置いた手を離しつつ、口を開く。


「初めて戦ったという割には上出来じゃないか?」


 攻撃の仕方や戦場の立ち回り方など、少々素直すぎるところはあるが、一級品といって良い出来栄えだった。記憶喪失の彼女にとっては今の模擬戦が初戦闘のはずだが、それを感じさせない動作を見せてくれた。体が覚えているということだろう。


 素直に称賛したところ、蒼生は僅かに眉を寄せる。


「最後の攻撃は何?」


「【雷撃ライトニング】に【閃光フラッシュ】の術式を混ぜたものだよ。どっちも下級魔法だから、そこまで難しいものじゃない」


 正確には【雷撃】に【条件指定:接触時】で【閃光】が発動するよう術式を改変したもので、『難しいものじゃない』という評価は少々適切ではないのだが、それを指摘できる人間はこの場にはいない。


 一総は批評する。


「体は問題なく動かせてるし、初めてなのに腕輪の機能も使いこなせてる。直線的すぎる動作を改めることや、搦め手への対処方法を覚えていけば問題なさそうだな。まぁ、そこら辺は経験するしかない」


 いくら体が覚えていても、心理戦が絡んでくる部分は、どうしても記憶に頼るしかないので仕方ない。


 難しい表情で蒼生は呟く。


「搦め手……だから、あの【雷撃】を?」


「ああ。あの時点で普通の攻撃への対応は問題ないと判断できてたから、あれを使わせてもらった。見事に引っかかったな」


 まんまと策にハマった彼女の姿を思い出し、クスクス笑う一総。


 それに対し、彼女はムスッと頬を膨らませる。


「笑わなくても」


「ごめんごめん。何度も模擬戦を繰り返せば、そのうち引っかからなくなるよ」


「わかった。いつか絶対に勝つ」


 感情の乏しい表情をしているが、両拳を握り締めている様子から、かなりやる気であることが窺えた。


 この調子であれば、戦闘技術の上達は思ったより早そうだ。正直言えば、彼女の訓練をするなど面倒くさくて仕方なかったので、それが早く終わる可能性が見えたは嬉しい。


「じゃあ、もう一回模擬戦やるぞ」


 それから陽が暮れるまで、彼らの戦いは幾度となく続いた。




「やっと見つけたあああああああああ!!!!!!!!!」


 蒼生の“力”が枯渇して変身が解けたため、そろそろ引き上げようとしていたところ。第五訓練場に少女の怒声が響き渡った。


 ギョッとして一総が声の方へ振り向くと、そこには真実まみの姿があった。彼女は息を切らし見るからに疲弊していて、トレンドマークの眼鏡も外しているようだった。


 こちらが呆然としている間に、真実はズンズンと荒々しい足取りで近づいてくる。


「探しましたよ! いたいけな少女にあんなマネをして逃げるなんて。いくら私でも許容できないことだってあるんですからね!」


 大層ご立腹なようで、眉尻は釣り上がり、肩に力が入り、声も大きくなっている。おまけに大量の魔力まで放出していた。どう甘く見積もっても、すぐさま土下座した方が良いほどの怒りっぷりだ。


 彼女を撒くために一総が行ったことが原因だと察せるが、一体何をしでかしたのだろうか。


 しかし、対する一総は謝罪するどころか、まじまじと真実を眺めるだけだった。妙なモノでも発見したとでも言いたげな顔をしている。ここまで感情を露わにする彼は、とても珍しい。


 くどくどと彼女が文句を垂れる中、それを遮って一総が口を開く。


「どうやって、ここを見つけたんだ?」


「――からセンパイはダメなん……って、え? どうやってって、この目を使ったんですよ。眼鏡外さなきゃ分からないって、どんだけ強力な結界を張ったんですか! そんなに私を振り払いたかったんですか?」


(その目で見つけただと!? そんなバカな)


 一総の施した結界は真実の持つ瞳――精霊の護眼程度で見破れる代物ではなかった。それを覆したということは、瞳力どうりょくの情報を偽っていたということになるが……。


 一総は首を振る。


 真実が嘘を吐いている様子は見られなかった。嘘が嫌いだという話も事実だと思われる。


 だが、これは直感だけで決めつけるには危うい事案だった。確たる証拠がない以上、結論を急ぐわけにはいかない。


「センパイ! 私の話、聞いてるんですか!?」


 熟考していると、真実が一総の目の前で手を振りながら尋ねてくる。


「うん? ああ、全く聞いてなかった」


「んな!? ここまで堂々とそんなこと言い放つ人、初めて見ましたよ」


 はぁと溜息を吐く彼女を尻目に、一総は蒼生へ声をかける。


「村瀬、田中が来てしまったし、今日はここまでにしておこう」


 蒼生は頷くと、帰る準備を始める。一総も同様だ。


 真実は彼らのやり取りに反応する。


「二人で何をやってたんですか?」


 彼女の目は、何かのスクープかとキラキラ輝いていた。


 しかし、そのような期待に応えてあげるほど、一総は優しくはない。


「答える義理はないな」


「えー、私とセンパイの仲じゃないですかー」


「出会って三日くらいの関係だろうに」


「時間は関係ありませんよ。重要なのは密度です!」


「密度も薄いだろう」


「もう屁理屈言わないでください! いいじゃないですかー。教えてくださいよー」


 案の定、しつこく粘ってくる真実だったが、一総は一切取り合わない。


 鬱陶しい彼女をあしらいながら、思考を巡らせる。


 快活な真実の態度からは、到底嘘を吐いているようには感じられないが――。


(今は様子を見るしかない、か)


 彼は先延ばしとも取れる案を採用することにした。


 それは日常を何よりも重んずる一総らしからぬ決断だ。普段ならば、確実に彼女を遠ざける方向で対処していたはず。一総に何かしらの心境の変化でもあったということだろうか。


 とはいえ、その些細な変容に本人が気づかない以上、他の誰かが分かるはずもない。




 左坏祭まで残り僅か。


 あらゆる準備が、思惑が、着々と進んでいく。


 波乱の祭りが開幕する時が刻々と差し迫っていた。

 

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