002-2-04 風紀委員長の報告
不良たちの襲撃というハプニングはあったものの、そのあとは何事もなく買い出しを終えることができた。
学舎へ戻る道すがら、比較的に人通りが多い道へ入った辺りで、
「伊藤センパイ、お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「……なんだ?」
本音を言えば無視したいところだが、彼女が呆れるくらい執念深いことは短い期間ながらも嫌と言うほど理解していたので、素直に答えることにした。無論、自分関連の話となれば別問題だ。
真実は訝しげに訊く。
「今回の買い出しって、私は必要でした?」
「どういうことだ?」
質問の意図が掴めず、頭を捻る。
必要なくともついてくるくせに、今さら何を言っているのだろうか。
一総の反応から言葉足らずだったことを察したようで、真実は両手を軽く振りながら補足する。
「確かに来るなと言われていたとしても同行したでしょうけど、今回はセンパイから誘ったわけじゃないですか。だから、荷物持ちでもさせられるのかなぁと思ってついてきたのに、蓋を開けてみれば、私は手持無沙汰に歩いてるだけ。不思議に感じてもおかしくないでしょう?」
彼女の言う通り、買ってきた品は、いつの間にやら持ち出したミニキャリーカートに乗せて、全て一総が運んでいた。
それを聞いた一総は嗚呼と首を振った。
「それなら、“君が同行すること自体”に意味があるんだよ」
真実は眉を寄せる。
「どういう……? あっ、もしかして、美少女である私に惚れ――」
「それはない」
「デスヨネー」
ここぞとばかりに
それを気にした様子もなく、一総は話を戻す。
「まぁ、これは
蒼生の方へ顔を向けると、小さく首肯する彼女が認められた。
一総は説く。
「左坏祭や右坏祭の準備で出かける時は、絶対に三人以上で行動しなくちゃいけないんだよ」
「どうしてですか?」
「他にメンバーがいれば、出かけてる最中に勇者召喚されても把握できるからだよ。一人で買い出しに出て召喚されてしまったら、いつまで経っても準備が進まないだろう?」
「なんと言いますか……勇者ならではのルールですね」
少し呆れたように真実は笑う。
それに頷く一総。
「そうだな。『外出から帰ってこないと思ったら異世界に行ってました』だなんて、アヴァロンならではの珍事だと思う」
過去、そういった場面に出くわしたことは何度もあるし、一総自身も勇者召喚されている事実の発覚を恐れて、今まで祭りへの参加に消極的だったのだ。
一総の説明で納得がいったのか、真実は「なるほど」と元気良く頷いている。
そんな感じ真実と他愛ない会話をしていたら、すぐに学園まで辿り着いた。一総や蒼生と違って真実はお喋りなので、退屈するようなことはなかった。
食材の乗ったミニキャリーを押しつつ廊下を歩いていたところ、調理室の前にて見覚えのある顔がいるのを確認した。こちらの存在に気がついたようで、パァと明るい表情を見せてくる。
「伊藤先輩、お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
快活に挨拶をしてくるのは、風紀委員の新人こと
一総は返事をする。
「ああ、二人もお疲れ様。なんで、こんなところに立ってるんだ?」
調理室の中から感じる気配より察しはついているが、念を入れて尋ねる。
一瞬、困ったように顔を見合わせた加賀たちは、すぐさま返答をした。
「えっと、
「そうか」
佐賀の答えは予想通りで、一総は力なく肩を落とした。
二人の間を抜けて室内を見渡せば、調理担当が作った試作を茶請けに紅茶を嗜んでいる侑姫たちの姿があった。
お茶会はふたつのテーブルに分かれていた。ひとつは侑姫を含めた三人が座るもの。もうひとつは他の調理メンバーが席に着いていた。
おそらく、後者の面々は侑姫に対して気後れしてしまうため、別々に座っているのだと思われる。先輩であることに加え、フォース最強の風紀委員長という立場でもある。気軽に茶を飲める人間は限られた。
それで、その侑姫と席を共にしている二人だが、片方は
問題はもう片方の人物だ。侑姫と司に挟まれて肩身狭そうにしていたのは、昨日真実と一緒にいたエヴァンズ美波だった。
「あれ、なんで美波がいるの?」
一総が頭に浮かべていた疑問を口にする真実。
その声でこちらに気づいたようで、美波はホッと胸を撫で下ろした。
「真実ちゃん、やっと来たんだね」
「お邪魔してるわ、一総」
「伊藤くん、村瀬さん、おかえりなさい」
美波の言葉より一総たちの帰還を認識した司たちも、軽く挨拶を交わしてくる。
一総たちは侑姫たちのテーブルに近づきつつ、口を開く。
「どうして
「私は一総に報告したいことがあったから顔を見せたのよ。そっちのエヴァンズさんは、調理室の前でウロウロしてたか引っ張り込んだの」
悠然と語る侑姫の話を聞き、真実が手を叩いた。
「もしかして、例の件が上手くいったの!?」
「う、うん。ちゃんと手配できたよ。今日から大丈夫だって」
「さっすが美波!」
真実が美波の両手を掴み、ブンブンと上下に振る。
そのはしゃぎようを見て、嫌な予感を覚えた一総は問うた。
「何か良からぬことでも企んでないだろうな?」
「良からぬことなんて滅相もない。美波に頼んでいたことが上手くいったので、喜んでただけですよ」
満面の笑みを浮かべる彼女を見て、やはり何か計画しているに違いないと、一総は考える。
真実は嘘を吐いていないだろうが、物事の良し悪しなど主観にすぎない。警戒しておいた方が良さそうだ。
零れそうになる溜息を押し留め、ふたつめの質問を口にする。
「今日は田中だけだったのは、別口で活動してたからなのか?」
美波と顔を合わせたのは一度だけだったので、てっきり昨日は真実につき添っていただけかと思ったのだが、今のやり取りからすると裏方から手伝っているような感じだ。
真実が大きく頷く。
「はい、美波は私のサポーターなんです」
「真実ちゃんが取材対象への聞き込み、私が裏で必要なものを揃える。そんな感じで役割分担してるんです」
「なるほど」
真実は帰還したばかりだというから、二人が組んでから日は浅いはず。それでも彼女たちには互いの仕事への信頼が見えた。
友情ゆえに、といったところか。一総には馴染みない感覚だが、そういうものもあるのだろうと納得しておく。
美波が申しわけなさそうに言う。
「そ、それで真実ちゃん。真実ちゃんが一緒じゃないと作れない書類があるから……」
「だから、ここに来たんだね!」
真実の返しに、美波は首肯する。
それから、真実は一総へと向き直った。
「ということで、センパイ。用事ができたので、少しの間だけ傍から離れますね」
「少しと言わず、永遠に離れてくれ」
シッシッと手を振る一総だったが、そんなもの気にも留めず「また後で!」と、彼女たちは調理室から出ていった。
「元気のいい子ね」
「個性的な子
「まるで嵐のよう」
一連の会話を見守っていた侑姫が
一総も二人の意見には同意するが、
「そんなことよりも、先輩の報告ってなんですか?」
「そんなことって……。一総、あの子たちの扱いが雑すぎない?」
心底興味のないことが分かる冷めた声に、侑姫は頬を引きつらせた。
一総は溜息交じりに返す。
「ただのストーカーに注ぐ興味なんて、一片もないですよ」
そこに司も言葉を放る。
「むしろ、伊藤くんが興味を抱く人を見てみたいかも。私が声かけても素っ気ないし」
「「「「「確かに」」」」」
室内にいた一総以外の全員が頷いた。
釈然としない気分だったが、他人に興味がないのは事実だったので、反論はしない。
その代り、話を元へ戻すと口を開く。
「もう一度訊きますが、先輩は何を報告するために、ここへ寄ったんですか?」
「先刻、一総に任された輩は無事に回収したってことと、ひとつ頼みたいことがあって」
「頼みですか……」
侑姫の言葉に、一総は眉間へとシワを寄せた。
彼女からの頼みごとと言えば、専ら風紀委員の勧誘だ。加えて、何やら含みのある物言いだったため、面倒ごとの臭いがプンプンする。彼が嫌な表情をするのも仕方のないことだった。
露骨な反応を見て、侑姫は苦笑する。
「そんな警戒しないで――とは無理な話でしょうけど、できれば受けてほしいのよね。実は風紀委員の人手が足りてないから、手伝ってほしいの」
一総の額のシワが、ますます深くなった。
彼は苦々しさを多分に含ませた声を出す。
「嫌ですよ。というか、人手が足りないと言っておきながら、呑気にお茶を飲んでたじゃないですか」
しかも、加賀たちまでつき合わせている。人員不足というには、些か信憑性に欠ける話だった。
それは侑姫にとっても痛いところだったのか、唇を噛んで目を泳がせていた。
「い、いや、これは休憩というか、ちょっとした息抜きというか……。で、でも、人手が足りないのは本当なのよ。この一時間で逮捕者が出る事件が五件も発生して、てんてこ舞いなんだから」
侑姫は顔の前で両手を合わせ、懇願してくる。
「だからお願い! 例の依頼の前倒しってことで、手伝ってくれない?」
嘘は吐いていないのだろう。彼女はこういうところを偽る人間ではないのは、長いつき合いで分かっている。
それにしても一時間で五件とは、ずいぶんと荒れているものだ。昔、侑姫が話していたことが正しければ、逮捕案件など三日に一件あれば多い方だったはず。だとすれば、人が足りないというのにも納得がいく。
まぁ、そのような状況で抜け出している彼女はどうしようもないが。
一総は侑姫へ冷たい視線を向けながら、十秒ほど黙考。
それから、にっこりと笑みを浮かべて一言返した。
「お断りします」
「ええええっ!? そこは引き受けてくれる流れじゃないの?」
予想外の返答だったのか、大きく狼狽える侑姫。
一総は溜息を吐く。
「どこがですか。オレの性格を考えたら、断る以外の選択はないって分かるでしょうに」
平穏な日常を基準に判断する彼にとって、風紀委員の仕事は論外だ。依頼などの余程のことがない限り、率先して引き受けるわけがなかった。
しかし、侑姫はへこたれずに食い下がってくる。
「そこをなんとか。お願い!」
上目遣いで
「ほら、委員長。断られたのなら帰りますよ」
「だから、断られるって言ったのに……。お仕事がたくさん待ってるんですから、早くしてください」
しつこく頼ってくる侑姫と、それをあしらう一総の堂々巡りが続いていると、いつの間にか接近していた加賀と佐賀が、侑姫の両脇をガッチリ抑え込んでいた。
そして、二人は彼女を引きずって退室していく。
「かずさ、私はいつでも待ってるからあああああああ」
雪の叫びが廊下を木霊する。
残された調理担当のメンバーたちは、あまりの展開にポカーンと呆然としていた。
その中、一総が口を開く。
「それじゃあ、料理の練習を再開しようか」
「相変わらず動じないね、伊藤くんは。私はあんな風紀委員長さんを初めて見たからビックリだよ」
平然としている一総を見て苦笑する司。
彼は首を傾ぐ。
「あの人はいつもアレな感じだぞ?」
「そうなの? 私は凛々しい姿しか見たことないけど」
桐ケ谷侑姫といえば、凛とした佇まいの似合うカッコイイお姉さま、というのが学生間の共通認識だ。ファンクラブもあり、特に女性人気が高い。決して、後輩に引きずられて強制退室されるような残念な人ではなかったはずだ。
今までとのギャップに首を捻る司だったが、蒼生が一言呟く。
「たぶん、かずさの前だから」
「それって、どういうこと?」
すぐさま司が食いついた。心なしか声が弾んでいる。
蒼生は続ける。
「ゆきは、かずさに気を許してる」
「ああ。だから、普段見せないような姿も見せちゃう感じなのかな? もしかして、好きとか?」
「何をバカなことを言ってるんだ。口を動かしてないで、さっさと準備しろ。聞き耳を立ててる君たちもだ」
司や話を伺っていた他生徒たちに声をかけ、調理の準備を促す。
一総は内心で溜息を吐いた。
(確かに桐ケ谷先輩はオレに気を許してるような態度を取ってるが、あれは恋愛というよりも――――)
そこまで思考を巡らせたところで、
今は侑姫のことを考えていても仕方がない。本人の気持ちは本人にしか分からないのだから。
それよりも、
「逮捕案件の増加、か」
風に流れてしまうほど小さな声を漏らす。
風紀委員の手伝いは断ったが、何かが動いているのかもしれない。大きな流れができる前に、ひとつだけ対策を講じておこう。
一総は今後の予定を修正しながら、調理の指導を務めるのだった。
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