002-2-03 異能とは

「そこのお嬢ちゃんたち、ちょっと俺らとつき合ってもらおうか」


 そんな軽薄そうなことを言ったのは、曲がり角から一総かずさたちの前へと現れた男だった。染めているのだろう鈍い金髪にピアス、着崩した服装と、いかにも不良らしい容貌をした若者。


 彼は片手を掲げる。


 それが合図だったようで、不良男の傍らや一総たちの背後から、ぞろぞろと不良男と似た風貌の男たちが出てきた。ざっと二十人はいるだろう、完全に包囲された形だ。余裕の表れか、不良共は皆一様に下卑げびた笑みを湛えている。


 突然の事態に真実まみは狼狽える。


「えっ、えっ!? ど、どういう状況ですか、これ! やばくないですか!?」


「落ち着け、後輩。勇者ならシャンとしろ」


「まみ、深呼吸」


 真実とは対照的に冷静沈着な他二人が、彼女を落ち着かせようと声をかけるが、一向に気を落ち着かせる気配は見られない。


「な、なんで二人とも平然としてるんですか。こんな人数に囲まれれてるんですよ!」


 真実の様子を見て気を良くしたのか、男共はクツクツと笑う。


「眼鏡の嬢ちゃんの言う通りだぜ。この人数に囲まれてんだ、大人しくした方が身のためだぞ?」


「大人しくしても無事に済まねーだろうが」


 どっと沸く彼ら。


 続けて、さらに威嚇するためか、全員がナイフなどの小型の得物を取り出した。


 しかし、それで焦るのは真実だけで、蒼生は無表情のまま、一総に至ってはこれ見よがしに溜息を吐いた。


「田中は戦力差を測れるようになった方がいいぞ。こいつらは全員シングルだ。いくら束になっても高が知れてるよ」


「あの、私もシングルなんですけど……」


 集まっても弱いと言われた者と同分類である真実は気まずそうに言葉を濁したが、それ以上に反応を示した者たちがいる。当然、言葉を向けられた張本人である不良たちだ。


「なんだと!?」


「『異端者ヘレティック』のくせに生意気なこと言いやがって!」


「俺たちはシングルだけどよぉ。最弱救世主セイヴァーや異能の使えないフォースに負けるほど弱くねーんだよ!」


 どうやら、こちらの素性を理解した上で襲ってきたようだ。殺気だった彼らは、感情の赴くままに突進してくる。ギラギラと光る眼は、もう一総を八つ裂きにすることしか見えていない。


 圧倒的な物量を前にしても一総と蒼生は動じない。真実は悲鳴を上げはしたが、迎撃するため魔法を発動しようと構えていた。何だかんだ言っても攻撃の意志を持てる辺り、彼女も勇者だと実感できる光景だ。


 とはいえ、今回はその行動も無駄に終わる。


 一総たちとの距離を半分まで縮めたところで、不良らは糸の切れた人形の如く、一斉に倒れ込んでしまった。


 うるさかった怒声が消え失せ、瞬く間に静まり返る住宅街。四肢を投げ出した男たちはピクリとも動かず、全員が昏倒していることが分かる。


 先程から二転三転しまくる状況に頭が追いついていないのだろう、真実はパチパチと瞬きを繰り返したまま呆然としていた。


 そこへ一総が一言。


「さて、早く買い物を済ませよう」


「うん」


 蒼生はコクリと頷く。


 二人の淡白な反応を受けて、やっと真実は我に返った。


「ち、ちょっと待ってください。今、何をしたんですか!?」


 進行方向に身を滑らせて問い詰めてくる彼女。


 思ったより大仰な反応に驚いた一総だが、質問自体は想定していたものだったので、用意しておいた回答を返す。


「大したことはしてない。ただの霊波れいはをブチ当てただけだ」


「レイハってなんですか?」


「霊波っていうのは術式を通さずに霊力を体外へ放出すること……って知らないのか?」


 反射的に説明を始めたが、霊波について訊かれるのは予想外だった。


 冗談かと真実へ視線を向けるが、不思議そうに首を傾げている様子から、本気で問うていることが分かる。


 そして、彼女は衝撃の発言を重ねた。


「レイリョク、ですか? 魔力の一種か何かでしょうか?」


「……マジか」


 瞠目する一総。


 今の発言からして、真実は勇者たちが扱う『異能』が何たるかを理解していないことになる。新米勇者とはいえ、それはさすがに信じられないことだった。


(仕方がない)


 面倒ではあるが、真実へ異能の説明をすることにした。


 これは親切心からではない。不良共を倒した方法は霊力が扱えるなら誰でもできることなのだが、彼女が無知のままでいられると、変な誇張を広められかねないと判断したからだ。


 実は、不良たちが駅前から一総たちの後を追っていたことには気がついていた。それを放置していたのは、真実に隠しながら逃げ切るより目の前で排除する方が楽だったから。あと、彼らが簡単な技で倒せるほど弱かったのが大きい。


 ゆえに、勘違いされては元も子もなくなるのだ。


 幸い、昏倒した男たちは丸一日起きることはない。真実がしっかり理解できるよう、ゆっくり解説を始める。




 異能とは異世界の法則だ。この世界に存在する物理法則などの異世界版。簡単に言えば、科学以外の特殊能力を示す。


 では、異能と魔法との違いは何なのか。


 答えは「違いはない」が正しい。異能とは異世界の法則の総称であり、魔法はその中のひとつなのだ。


 だから当然、スキルやギフト、霊術、神術などの魔法以外の力も異能と呼ばれる。そも、魔法も異世界によって大きく体系が異なるモノもあるので、『魔法』というくくりでさえ一種の総称にすぎない。たとえば、勇者殺しが使用した【くう魔術】と一総の使った『絶対零度アブソリュート・ゼロ』が含まれる魔法体系は根本から構成が違うので、魔法陣の形や詠唱など全てが別物だったりする。


 ちなみに、異世界の法則がこちらの世界で適応される理由は解明されていない。『異能そのものを異世界にて認識することで、勇者自身の中にある法則が上書きされるのではないか』という説が有力らしいが、事実かどうかは不明だ。




 ――と、ざっとではあるが、異能の説明を終えると、真実は難しい表情をしながらも感心の声を上げた。


「異能って総称だったんですねぇ。私は魔法の別の呼び方だとばかり思ってました」


「この説明も普通の学校でされるし、帰還直後の勇者にも改めて聞かされる話のはずなんだが?」


 一総が半眼で睨むと、真実は気まずそうに目を逸らす。


「……小難しそうな話だなぁと、全部聞き流してました」


「そんな調子で、よく生きて帰ってこれたね」


「呆れを通り越して感心するレベル」


 一総と蒼生は溜息の混じった感想を述べる。


 実際、ここまで大事な話を覚えていない彼女が、よく無事で異世界から生還できたものだと思う。ひとつのミスが死に直結することだってあり得るのだから。


「話を聞いてなかったせいで危ない目に遭うことも、いくらかありましたね……」


 遠い目をする真実の言葉に、一総たちは「やっぱり」と頷く他にない。


 妙に居心地の悪い空気が流れ始めたところで、真実は大振りに首を動かした。


「私のことはいいんですよ。それよりも現状の確認です!」


 そう言って、彼女はビシッと倒れている男たちを指差す。


「これまでの話をまとめると、レイハというのは異能のひとつで、伊藤センパイがそれを使って不良たちを倒したってことですか?」


「そうだな。まぁ、霊波は霊術系統を修めてるやつなら誰でも扱える初歩の初歩だから、異能と言うほど大したものではないけど」


「初歩の技で二十人も一網打尽にできるんです?」


「それはこいつらが何の防御も施さずに突っ込んできた素人だからだよ。霊波って本来は威圧用だから、霊術の普及してる世界では一般人でも気絶させられないし、魔力でも多少は防げるくらいだぞ」


 苦笑しながら一総は答える。


 戦闘で重要になってくるのは守りだ。いくら武器を手にしていても、野生の肉食動物へ私服で挑む人間はいない。異能による戦いも同じで、戦闘前には色々と防御魔法などを準備するものだ。周りで失神している連中は、そういった基本もできていなかった。


 それを聞いて、真実は憐れみの目線を倒れている者たちへ向けた。


「この人たち、見かけ倒しだったんですね」


「だから、落ち着けと言ったんだ。下手したら、同格の君でも一人で相手できるくらいには弱いぞ」


「マジですか?」


 ギョッとする彼女。


 一総は首肯する。


「マジだ。ここ一、二年で集団召喚が増えたせいで、シングルの質が落ちてるんだよ。集団の中で一人でも世界を救えば帰還できるからな。といっても、ここまで弱いのも珍しいけど」


「私が異世界にいた間に、そんな状況になってたんですね。何はともあれ、センパイのお陰で助かりました。ありがとうございます」


 本心から感謝しているようで、真実は礼儀正しく頭を下げる。


 一総は軽く手を振った。


「さっきも言ったけど、誰でも使えるような技しか使ってないから気にしなくていい」


「それでもですよ。一応、お礼は言っておかないと」


 霊波の説明や不良たちの弱さから、真実は一総が彼らを倒したことに疑問は感じていないようだ。思惑通りにことが進んで良かった。


 何ひとつ嘘は吐いていないので、後ろめたさもない。ただ、実力の本質を隠しているだけだ。


 一総は心中で安堵の息を漏らしつつ、二人へ声をかける。


「さっさと買い出しを済ませよう。予定より遅くなった」


 この場を離れようとすると、真実が問うてくる。


「この人たち、置き去りにするんですか?」


「別に構わないだろう。オレたちに襲いかかってくるようなやつらだし」


「それはそうですけど……」


 一総としては不良共のことなどどうでも良いのだが、真実は気になってしまうらしい。見れば、蒼生も多少気にしているようで、チラチラと眠る彼らに視線を向けていた。


 仕方なく、スマホを取り出す。


「分かったよ。こいつらを回収してくれるよう、風紀委員に頼んでおく」


 侑姫ゆきの連絡先は知っていたので、彼女に任せれば何とかしてくれるはずだ。


 電話をしてみれば、彼の予想通り人を寄越してくれると快諾してくれた。この場に残る必要もないとも言ってくれたので、遠慮なく目的に戻ることができる。


「じゃあ、買い物に戻るぞ」


「わかった」


「はい!」


 一総の号令に、蒼生と真実は小気味良く返事をした。

 

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