002-2-02 真実の夢
買い出しの任を負った
黙々と進む彼の足取りに迷いはないので目的地は定まっているのだろうが、あまりにも任務遂行にそぐわない地点にいるため、
とうとう好奇心が勝ったようで、真実は質問を投げかける。
「伊藤センパイ、私たちはどこへ向かってるんですか? モール街とは違うみたいですけど」
「今向かってるのは調味料とか細々したものを売ってる店だな。その次は八百屋で、さらに次は精肉店」
一総の答えを聞いて、真実は感心したように声を漏らす。
「へぇ、こんなところにお店があったんですね。アヴァロンに来たばかりなので知りませんでした」
買い物と言えば駅前にあるモールや大型スーパーだったので、そこから離れたところで専門店があるとは思わなかった。
一総は肩を竦める。
「長く住んでる勇者でも知らないやつは多いと思うぞ。この辺に住んでる人か、やりくり上手の主婦なら知ってるだろうけど」
「隠れた名店ってやつですか?」
そういうものに憧れがあるのか、少し興奮気味に尋ねてくる真実。
苦笑しながら、一総は首を横に振る。
「そんなんじゃないよ。勇者の縁者じゃない一般の人たちが開いてる個人商店なんだ。だから、勇者からの情報発信はないし、立地的にフラリと立ち寄る者も少ない。結果、知ってる人が限られてくるってわけさ」
交通の便を考えると駅前で買った方が楽なのは確かだし、と一総は言う。
真実は訝しげに訊く。
「潰れないんですか?」
「大型店より品揃えが豊富な上に安いんだ。さっきも言ったけど、お金の節約をしたい主婦とか一部の学生は結構来店してるみたいだから、大丈夫だと思う」
「どの店の人たちもいい人」
一総と何度か足を運んだことのある
真実は得心した表情をしたかと思うと、次は意地の悪い笑みを浮かべた。
「ということは、伊藤センパイは“やりくり上手の主夫”ってわけですか」
「誰が主夫だ、誰が」
「でも、家計の節約のために、普段から
先程から一人としてすれ違わない閑静な住宅街は、駅前の店の代わりに通うには億劫な地点にある。わざわざと指摘されても仕方がない。
さらに、
「家事も得意。特に料理は絶品」
「やっぱり主夫じゃないですか」
まさかの蒼生の裏切りもあり、調子に乗った真実はニヤリと笑う。
一総は溜息を
「異世界での生活や一人暮らしで必要だから身につけた技術や知恵だ。資金繰りはともかく、家事くらいは大半の勇者がこなせるだろう」
庇護者に養われる状況にでもならない限りは、異世界では自分のことは自分でやらなくてはいけない。創作のように、必ず王城に召喚されるわけではないのだ。
だから、力量差はあるだろうが、サバイバル知識や家事スキルは勇者にとって割と必須な代物だ。
真実は不思議そうに首を傾ぐ。
「そうなんですか? 私はずっと王城で軟禁されてたので、その辺は侍女に任せっきりでしたね」
「ある程度のことは普通の学校でも教えてるんじゃなかったか?」
いつ誰が勇者召喚されるか不明のため、一般校でも予備知識としてサバイバルや家事を学習させているとはずだが。
一総が疑問を呈すると、真実はチロリと舌を出す。
「私、勉強とか苦手で、全然授業を聞いてなかったんですよ」
「君はバカだろ」
可愛らしく自分の頭を小突く真実だったが、彼女へ向ける一総の視線は冷たかった。
その目を受けて、真実は少し怯む。
「べ、別にいいじゃないですか、バカだって。私は記者ができれば構わないんです!」
「記者やるなら、なおさら利口にならないとダメだと思うけどなぁ。少なくとも、前情報のリサーチくらいはできるようにしないと」
一総の情報やら魔眼ことやら、彼女は記者をするには知識が欠けすぎているように感じる。そのようでは、今回のように思わぬしっぺ返しに遭うことになるだろう。
それは真実自身も理解しているようで、ぐぬぬと歯噛みしていた。それでも、瞳を見た感じでは記者への道を諦めるつもりはなさそうだが。
「なんで、そこまで記者にこだわるの?」
その執念が気になったのか、やや眉を寄せて質問をする蒼生。
真実は一瞬だけ逡巡を見せたが、「まぁ、隠すほどでもないですか」と呟いて、語り始めた。
「私が呼ばれた異世界でやるべきことだったのは、とある国の不正を暴くことでした。たぶん、その国の闇が遠因となって世界が滅びるはずだったんじゃないですかね」
「魔眼か」
ほんの少しの語りで、一総は納得したように
真実は頷く。
「さすがは伊藤センパイ。理解が早くて助かります」
「どういうこと?」
蒼生はまだ考えが及んでいないようで、疑問符を浮かべている。
それを受け、真実は説明を再開した。
「私の魔眼の能力は『風の精霊魔法に大幅加補正』、『魔力視』、『軽度の透視』、そして『嘘の看破』です。私の行った異世界では嘘を見破る能力を主に利用して、帰還まで漕ぎつけたんですよ」
「不正にかかわる質問をして、嘘かどうかを確かめていったんだな」
「はい。実力行使に至る事態もそれなりにありましたが、大抵は問答だけで済みました。それでも長い時間かかりましたし、嘘を平然と吐く連中を大量に見てきたせいで、嘘が大っ嫌いになりましたけど」
当時のことを思い出したのか、真実は心底嫌そうに目を細める。
「だからですかね。帰還してからは
ぐっと両の手を握り締める真実。
そんな彼女を見て、蒼生は僅かに頬を上げた。
「なるほど。そういう夢があるのは、うらやましいこと」
「村瀬センパイには夢はないんですか?」
何気なく問うた真実だったが、続く蒼生のセリフで自分の発言の迂闊さを知ることになる。
「ない。記憶がないから、よく分からない……というのが正しいかな」
無表情に答える蒼生に、真実は慌てて頭を下げた。
「あっ、すみません。不躾なことを聞いてしまって」
「いい。気にしてない」
申し訳なさそうにする彼女に対し、蒼生は軽く
「私は記憶がないことを、そこまで気に留めてない。だから、あなたが罪悪感を覚えることはない。ただ、夢に向かうあなたを見て、少しうらやましく思った。私もいつか夢を持ってみたい」
元の世界に戻ってから、蒼生は特に目標なく生活をしていた。それは今の生活になれるのに懸命だったということもあるが、彼女自身が意欲的に行動する気がなかったというのもあった。
しかし、夢へ直向きな真実の姿を見て、何か感じるところがあったのだろう。蒼生の瞳からは、どこか力強さを感じられた。
蒼生の言葉を聞き、真実は嬉しそうに笑む。
「村瀬センパイなら、絶対ステキな夢を見つけられますよ!」
「……そうだと嬉しい」
「きっと大丈夫ですよ!」
蒼生もつられて微笑み、真実は元気良く頷く。
ほんの少し会話をしただけだが、二人の親密度は上がったようだ。
蒼生の友人が増えるのは、自分が世話をする負担が減る意味で歓迎できることだ。相手が記者であることはいただけないが、ヘッポコなので良しとしよう。
とはいえ、そろそろ彼女たちの歓談は止めなくてはいけない。
「二人とも、盛り上がってるところ申しわけないが、話はそこまでにしてくれ。お客さんが来たぞ」
「お客さん、ですか?」
冷たく真剣さが窺える一総の声を受け、蒼生は目を細め、真実は怪訝そうに首を傾ぐ。
そして、一総が答えるよりも早く、真実の問いへの答えは姿を現した。
「そこのお嬢ちゃんたち、ちょっと俺らとつき合ってもらおうか」
目前に現れた男の言葉を合図に、一総たちは総勢二十名以上の男たちに囲まれることとなった。
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