xSS-x-24 閑話、タイムセールは戦場(ガチ)

 夕方。太陽が地平線に隠れ始める時間帯。逢魔が時とも呼ばれる妖しい時刻。異能に携わる者なら、そろって気を引き締める頃合い。この時を戦場とする戦士が、この世界には多く存在した。


 その戦士の通称を――主婦という。


 そう、主婦である。全世界の家庭を守護し、外で働く夫や子供たちの胃袋を掴む主婦である! 彼女たちは、夕飯前のスーパーでタイムセールという戦場を戦う戦士なのだ!


 たかがタイムセールだろうと侮るなかれ。確かに、一般のタイムセールは、そこまで地獄にはならない。


 だが、考えてみてほしい。主婦が全員勇者だったらタイムセールはどのような様相を呈するのか、と。


 これは、その戦場へ赴いた新人戦士の物語である。









「何を一人で呟いてるんッスか?」


「姉さん、放っておいてあげてください。アオイさまは、そういうお年頃なのです」


「ああ、そういう……」


「違うから!」


 あまりに不名誉なレッテルを張られそうになったため、村瀬むらせ蒼生あおいは抗議の声を上げた。


 時刻は十五時五十分、場所はフトゥルーム内にあるスーパー。主婦のごった返す店内に、三人の美少女がいた。


 一人は、先程抗議した蒼生。黒長髪に勝色の瞳を宿した美少女で、その造形は人形のよう。


 あとの二人は一総かずさの使い魔兼メイドであるミミとムムの双子。金髪赤眼でグラマラスなのは変わらないが、姉はミディアムショートの髪型で快活な性格、妹はシニョンにまとめて冷静沈着な性格である。


 何故、この三人がスーパーにいるのかは、先の蒼生の一人語りがすべてだ。このスーパーで開かれる挽肉のタイムセールに参戦するため、彼女たちは剣を構えたのである。


 一通り蒼生をからかった後、姉妹は言う。


「でも、戦場という認識は間違ってないッス」


「ムムたちはともかく、アオイさまはツライかもしれません」


 ミミたちは蒼生を気遣った発言のつもりだった。


 しかし、当の蒼生は少し眉根を寄せる。


「むっ、これでも私は『救世主セイヴァー』。その辺の勇者には負けない」


 プライドが傷ついたようだ。先程までの遊び感覚は吹き飛び、俄然やる気を見せ始める。


 それを見て、メイド姉妹は顔を見合わせた。それから、そろって息を吐く。


「まぁ、実際に体験してみないと分からないことってあるッスよね」


「ですね。これも良い経験になるかと」


「むぅ」


 自分が善戦するとは全然考えていないらしい二人に、蒼生はますます機嫌を損ねた。絶対にギャフンと言わせてやる。そう気合を入れる。


 そうこうしているうちに、タイムセールの時間が訪れた。店内アナウンスが流れ、とうとう戦争の開始が宣言される。


(よし、一番槍はもらった!)


 蒼生は自身に【身体強化】を施し、人混みを突っ切ろうとする。


 ところが、それは叶わぬ願いだった。


 何故なら、店内が爆ぜたために。


「は?」


 思わず呆けてしまう蒼生。


 もう一度言おう。店内が爆ぜたのだ、爆発したのだ。文字通り、比喩でも何でもなく、店の中が爆炎に呑まれていた。轟々と炎が逆巻き、店のすべてを蹂躙していく。


 蒼生は一総謹製の異能具が自動防御しているので、まったくの無傷である。――が、周囲の者はそうもいかない。大半の主婦たちは炎に巻かれ、ケガを負っていた。


 一瞬にして地獄絵図と化したスーパー内部に呆然としていると、左右に控えていたメイド姉妹が声をかけてくる。


「アオイさま、ボーっとしてる暇はないッスよ!」


「お先に失礼いたします」


 姉妹は目の前の惨状など知らぬと言わんばかりに、炎の中へ突っ込んでいった。いや、彼女たちだけではない。他の大多数の主婦たちまでも、負傷しながらも挽肉の元へ突入していった。


「え、えぇぇぇぇ」


 予想外の事態に、蒼生の脳内は大混乱。この戦場の如き状況に、誰も疑問を抱いていない。それが信じられなかったのだ。


 すると、困惑する彼女へ声がかけられる。


「もしや、当店のタイムセールは初めてでしょうか?」


 見れば、蒼生のすぐ横に、スーパーの制服を着用した男性が立っていた。彼はメガネをキランと輝かせ、語り始める。


「いらっしゃいませ、お客さま。私、当店の店長である鈴木と申します。以後、お見知りおきを」


「は、はぁ。ご丁寧にどうも」


「本日は、主婦の卵であるお客さまに、当店のタイムセールの説明をいたしたいと存じます」


「えーっと、お願いします?」


 急展開についていけていないが、状況を説明してくれるというのなら否はない。とにかく、蒼生は情報が欲しかった。


「当店はフトゥルーム支部ということで、多くのお客さまを勇者が占めておられます。その点はご理解いただけますでしょうか?」


「う、うん」


「勇者が多いということは、それだけ血の気も多いということです。何せ、物事を決闘で解決するのを良しとしていますからね。そのような方々が、ただでさえ白熱するタイムセールに参戦した場合、どうなると考えますか?」


「目の前の現象……?」


「はい、その通りです。正確には、初めてのタイムセールの際は、店が吹き飛びました。いやぁ、あの時は驚きましたよ、跡形もなく店舗が消え去りましたからね。幸い、人的被害はゼロでしたけど」


 HAHAHAと笑声を上げる店長鈴木。


 対して、蒼生はまったく笑えていなかった。表情が出にくい彼女の性質もあるが、それ以上にドン引きしていたのだ。タイムセールで店舗消失は笑えない。


 そのような蒼生の内心など露知らず、店長鈴木は続ける。


「そんな事件が起こってからは、我々も対策を考えました。色々と試行錯誤した結果、好きにやらせようという結論に落ち着いたわけです」


「えぇぇぇ」


 蒼生は呆れた声を漏らす。どうしてその結論に至るのか、意味が分からなかった。


「よくご覧になってください。これほど炎が吹き荒れようと、店舗や商品には全然ダメージが通っていません。凄腕の結界術師を雇い入れ、こうして店を守っていただいているのです!」


 誇らしげに胸を張る店長鈴木だが、努力する方向がおかしいのでは? と蒼生は首を傾いでいた。


 確かに、数多の主婦たちが異能を使いまくっているのに、周囲がまったく傷ついていないのは凄いけれども。


「ですから、お客さまもご遠慮なく戦ってください。タイムセールは、まさしく主婦の戦場! 愛する方へ美味しいご飯を提供するため、どうか頑張ってください!」


「……なるほど」


 最後の言葉で合点がいった。愛する人のためと言われては、蒼生も後には引けない。


 恋人一総の顔を脳裏に思い浮かべた彼女は、動揺していた気持ちを一転。気合に満ちた顔で、激しいバトルの巻き起こる挽肉売り場を見据えた。


 そして、人差し指を一本向け、発動句コマンドを口ずさむ。


「【黒穿孔】」


 その日、スーパーは壊滅し、蒼生は一総から大目玉を食らうのだった。



――――――――――――――


今回の話を以って、一旦「異端勇者」の更新はお終いとなります。

応援ありがとうございました。


 

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異端勇者は日常を愛している 泉里侑希 @YukiMizusato

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