xSS-x-23 閑話、ミュリエルの趣味

 とある日のお昼休み。多くの生徒が食事を取ろうと食堂に集う中、一際目立つ少女が中央付近の席に座っていた。銀の長髪、血のように赤い眼、冷たさを覚えるほど青白い肌、細くしなやかな肢体。まるで芸術品の如き美を有する少女だった。


 彼女の名は多くの人が知るところ、ミュリエル・ノウル・カルムスドだ。霊術と闇の精霊魔法のスペシャリストであり、『異端者』伊藤いとう一総かずさの恋人の一人である。


 いつもはカレシの一総に侍っているのだが、今日は珍しく一人だった。肝心の一総はつかさと共に『救世主セイヴァー』の仕事へ出ており、同じ恋人の真実まみも取材で出かけているからだった。


 ミュリエルは、すでに学食のお任せランチをテーブルに置いているものの、ボーっと視線を虚空へ向けている。


 美人が一人でいるためか、普段よりも食堂は騒めいていた。彼女には恋人がいると分かっていながらも、声をかけようと勇気を振り絞っている輩がチラホラ窺える。それほどまでに、ミュリエルは魅力溢れる人物だった。


 皆がお互いを牽制し合っている最中さなか、ついに彼女へ話しかける猛者が現れた。


 はたして、その人物とは――


「みゅりえる、お待たせ」


 同じ人物を恋人として持つ、いわゆる恋人仲間の村瀬むらせ蒼生あおいだった。


 彼女も、ミュリエルと負けず劣らずの美貌を持つ。闇夜を抱く黒髪に深海の如き勝色の瞳、染みひとつない肌、どれを取っても”美しい”という形容詞がつくだろう。


 また、蒼生の他にも三人の少女がいた。彼女らを知る人からは三人娘の呼称をいただいている。三人娘たちも、蒼生やミュリエルには及ばないものの美人の部類だ。


 五人の美少女が一箇所に集ったため、食堂はいっそう騒がしくなる。だが、当の少女たちは、まったく気にしていなかった。周囲の喧騒など耳に入っていないと言わんばかりに、ごく自然に雑談を始めてしまう。


 実際、周りの状況は目に入っていないのだろう。誰にも感知できないような遮断結界を、ミュリエルは先より張っている。それによって、彼女たちへ向いていた色欲も薄まっていた。


 ようやく落ち着いて食事を始められると、ミュリエルは溜息を吐いた。


「大勢の中で食事をするというのは、いつまで経っても慣れないわね」


 異世界故郷では王族として一人で食事をしていたからか、彼女は”食堂”という施設に馴染めないらしい。


 蒼生は小さく肩を竦める。


「仕方ない。時間が解決する」


「それはそうなんだけどね。どうにもソワソワしてしまうのよ」


 ミュリエルが苦笑いを浮かべると、話に耳を傾けていた三人娘が首を傾ぐ。


「ミュリエルさんって、異世界では少数で食事してたの?」


「王族貴族に呼ばれたパターンかしら」


「城住まいだったのなら、不特定多数との飲食は慣れないかもねぇ」


 彼女の事情を知らぬ三人娘は、思い思いに意見を口にする。


 割と近い回答をしている辺り、勇者だけあって勘が鋭いのかもしれない。


 本当のところを答える意味もないので、ミュリエルは「そんなところよ」と軽く返した。


 そして、別の話題を変えようと続ける。


「ちょうどいいタイミングだし、少し尋ねたいことがあるの」


「尋ねたいことって?」


 全員が怪訝そうな表情を浮かべつつ、代表して三人娘の須藤すどうあきが問うた。


 ミュリエルは腕を組んで返す。


「新しい趣味を開拓したいのよね」


「これまた急な話ね」


 予想していなかった内容に、工藤くどうさきが些か驚いた反応を示す。


 それに不動ふどうまきが続いた。


「何か理由でもあるの?」


「前からの趣味が出来なくなってしまってね。その穴を埋めたいのよ」


「なるほどねぇ」


 ミュリエルが空笑いを溢しながら答えると、他のメンバーは納得だと頷いた。


 ただし一人だけ、さらなる反応を見せた。蒼生である。


 彼女はボソリと呟く。


「盗撮禁止令、出た。納得」


「ちょっ!?」


「「「盗撮?」」」


 蒼生のセリフに対し、ミュリエルはギョッと顔を歪め、三人娘は疑問符を頭に浮かべた。


 事情を把握していない三人娘のために、蒼生はミュリエルの制止を振り切って説明する。


「みゅりえる、みみ、むむの三人は、視界共有の術式を使って、かずさのプライベートを盗撮してた。それを知ったかずさ大激怒」


「「「うわぁ」」」


 簡素な説明だったが、概要を知るには十分だった。三人娘はドン引きする。


 それを認めたミュリエルは、慌てて弁明を始める。


「ま、待って。ひどく誤解をしているわ。アタシは変態ではないわよ、彼の笑顔の写真とか、日常の些細な部分を撮影していただけだから!」


「で、でも、盗撮だったんでしょう?」


「そ、そうだけれど……」


「盗撮の時点でドン引きなのは変わりないから」


「写真を撮るなら、本人の許可は必要だよね~」


 勇者では希少な常識人枠の三人娘は、至極まっとうな意見を述べる。


 正論を前に、ミュリエルは何も言い返せない。


 そこへ、蒼生は延焼剤を投下した。


「写真は壁にビッシリ」


「「「うわぁ」」」


 先程の焼き増しのように、三人娘はドン引きした。


 ミュリエルは「ああ、もう!」と頭を振り乱す。


「アオイ! なんの恨みがあって、アタシの秘密を暴露するのよ!」


 そういえば一総へバラしたのも彼女だった、とミュリエルは睨みつける。


 対し、蒼生はどこ吹く風と受け流した。それから、小さな声で返す。


「ヘンタイは構わないけど、盗撮ダメ」


「むっ、それはそうだけれど……」


 思わぬ正論に、言葉に詰まるミュリエル。


 ヘンタイはいいんだ……などという呟きは、まるっとスルーする。


「いい機会。健全な趣味を見つけよう」


「そ、そうだね。女子高生らしい趣味を開拓するチャンスだよ!」


「その通りね。もっと穏やかな趣味にしましょう」


「三人寄れば文殊の知恵って言うし、何かしら見つかると思うよー」


「ありがとう、みんな」


 四人の心強い言葉に、ミュリエルは感激する。


 ――が、


「私、趣味の幅、それほど広くない」


「そういや、私も無趣味だ」


「右に同じ」


「私も紅茶くらいかなぁ」


 集うメンバーは、絶望的に悪かった。誰も彼も、他人にアドバイスできるほどの趣味を有していないのだ。


 かろうじて、蒼生は確固たる趣味を持っているけれど、それはミュリエルの肌に合うものでは決してない。彼女はオタクには向いていなかった。


「「「「「…………」」」」」


 痛い沈黙が場を支配する。


 それを振り切るように、秋が声を上げた。


「槇も言ったけど、五人もいるんだし、何かアイディアくらいは思い浮かぶって!」


 根拠のない意見だったが、誰も否定はしなかった。否定すると話が進まないから。


 少女たちは空元気を捻り出し、何とか意見を出し合っていく。


 まぁ、所詮は無趣味の集まりということで、お昼休みの間に妙案が提示されることはなかった。それがとても悔しく、また同じメンバーで放課後に集合したのだけれど、やはり良いアイディアは出ないのだった。





 結局、全員を唸らせる意見を出したのは、仕事より帰宅した一総だった。


 盗撮技術を活かして風景写真でも撮ればいい。その一言に、誰もが納得せざるを得なかったのだ。


 ちなみに、これが趣味へ昇華されるかは、ミュリエルの今後次第である。

 

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