001-3-05 忍び寄る魔の手
某ビルの一角にある会議室。大きなテーブルひとつと複数の椅子が並ぶ部屋には、朝陽が昇り始めたばかりの早朝にも関わらず、幾人もの人が集まっていた。全部で六人。
このメンバーから分かる通り、今から始まるのは
会議前の雑談、もっぱら蒼生を中心に進んでいた。
「この子が例の救世主候補ね」
「かなりの美人じゃねーか」
「事前に聞いていた所業を為したとは思えぬ外見よな」
初対面である救世主たちが物珍しそうに蒼生を観察する。
実力者たる彼らにジロジロと見られれば普通は怖気づくものだが、当の彼女はボーっと中空を眺めるだけ。
その様子を見た救世主たちはお互いに顔を見合わせると、納得したように肩を震わせる。
そこで、ずっとムッとした表情をしていた
「女性の顔を無遠慮に眺めた上、突然笑い出すなんて失礼じゃないか?」
一人――金髪青年がそれに返す。
「分かってねーな。俺たちにガンつけられても平然としてるから『こりゃ救世主の実力あるわ』って認めたんだろうが。『
「それくらい言われなくても分ってる! そうだとしても、失礼なのは変わらないだろと指摘してるんだ! あと、『勇者』って呼ぶのは止めてくれ」
「いちいちうっせーなぁ。分かってるんなら口出すなよ。えーと、蒼生? も気にしてる様子ないんだから、いいじゃねーか」
「だから、そういう問題じゃないって言ってるだろ! こういうのは――」
「あー、はいはい。喧嘩すんじゃないの。これから会議が始まるのよ?」
勇気と金髪が口論を始めたところで、女救世主が手を叩いて仲裁に入る。
三十路救世主も、そこへ加わる。
「しかし、彼女への礼儀が鳴っていなかったのも事実だな。村瀬蒼生、すまなかったな」
「そうね。私もごめんなさい」
「チッ、悪かったな」
三十路が軽く頭を下げ、他の二人も続く。
それを受けた蒼生は数秒だけ不思議そうに彼らを眺めた後、ゆっくりと言葉を発した。
「……きにしてない」
そんな悶着があったものの、残りの時間は穏やかに経過していった。
蒼生の話し相手は主に女救世主だった。彼女が救世主入りしてから女性の救世主は誕生していなかったので、テンションが上がっているのだろう。蒼生は物凄く口数が少ないというのに、根気強く会話をしている。普段の彼女ではあり得ない気の配りようだ。
そうして、救世主会議の予定開始時刻ちょうど。部屋の扉が開かれ、いつもの政府の男が入室した。
「申しわけございません。情報の整理に手間取り、ギリギリの到着になってしまいました」
やや薄くなっている頭を下げ、いそいそと自分の席に着く政府男。
手間取ったというのは本当だろう。着用しているスーツがいつもより若干よれているし、呼吸も少し荒い。些細な違いだが、この場にいる実力者たちならば、その程度は気づける。
勇気が気遣うように言う。
「気にしないでください。それほどの事態ということでしょう? 俺たちは気にしません」
「ありがとうございます。では、会議を始めさせていただきますね」
政府男は手際良く紙束を配っていく。
軽く目を通してみたが、どうやら勇者殺し関連の資料らしい。
「今回は勇者殺しの動きがありましたので、その報告のため招集させていただきました」
室内にうっすらと緊張感が走る。
勇気が目つきを厳しくして問う。
「また勇者に被害者が出たんですか?」
「いいえ、被害者は発生しましたが、今回は勇者ではありません」
「まさか一般人に!?」
感情を抑え切れず、思わず立ち上がってしまう勇気。
そこへ三十路が諭すように語りかける。
「落ち着け。お前が殺気を漏らしたせいで、政府の輩の顔が真っ青だぞ」
「あっ、すみません……」
感情が高ぶったせいか、勇気は立ち上がると同時に軽い殺気を放っていた。
おずおずと座り込む勇気を確認し、息を大きく整えた政府男は、再び話を始める。
「今回殺害されたのは、犯罪に手を染めた異能者たちです」
「魔王か」
金髪青年が呟く。
魔王。創作物では勇者が倒すべき相手にして魔物の王などとして描かれる存在。現実の勇者たちの中には、創作のような魔王を倒して帰還している者もいる。勇気もそうだったはずだ。
しかし、この場合の魔王は違う意味を持つ。罪を犯した勇者を総じて魔王と呼ぶのだ。
勇者召喚はランダムで行われる。そのため、悪の性質を持った人物が召喚されることもあるし、獄中から犯罪者が召喚されてしまうなんてことも起こる。また、勇者生活で増長した者が犯罪の道に走るということもある。
だから、そういう連中と勇者とを区別するために、呼称を分けているのだ。正式名称は『犯罪異能者』だが、勇者と反する存在ということで、一般的には魔王の呼び方が定着している。
「犠牲となった犯罪異能者は十人。
「強盗!? この島でそんなことする奴がいるんだ!」
「無謀すぎるだろ!」
よっぽどおかしかったのか、ゲラゲラ笑う女と金髪青年。
アヴァロンでの強盗とは、それくらいバカな所業なのだ。厳格な三十路でさえ、笑いをこらえている。
ただ、一総と勇気の反応は異なった。勇気は驚いたような表情を露わにし、一総は眉にシワを寄せて瞑目する。
それぞれの反応が示される中、政府男は動じることなく話を進める。
「師子王さんと伊藤さんはお気づきですね。そう、被害者は師子王さんが捕縛した強盗たちで、伊藤さんが出くわしたのは勇者殺しの殺人現場ということになります」
(感づいてはいたが、やはり勇者殺しの仕業だったか)
癖になりつつある頭痛を感じながら、一総は考える。
強盗の遺体は穴だらけで、いくつもの内臓が抉られていたが、心臓だけは綺麗に抜き取られていたのだ。それは勇者殺しの手段に類似している。
それだけで確定とは言えなかったのだが、政府はどうやって特定したのだろうか。
「殺害手段が似ているのは分かりますが、どうして犯人を断定できたんですか?」
一総が思ったままに質問をする。
政府男は流れるように返した。
「被害が強盗のみではなかったからですよ。強盗たちが拘留されていた警察署にも被害が及んだのです。死者はいなかったのですが、襲撃の際に犯人が『勇者殺し』を名乗ったので断定できました。残念ながら仮面や幻術系の異能のせいで顔は特定できませんでしたけどね」
「模倣犯の可能性は?」
勇気がさらに質問を重ねる。
「ないと思われます。この前のトリプルの男子生徒たちの遺体と強盗の遺体、それぞれから検出された魔力残滓が一致しましたから」
ゼロとは言えないが、ほぼ同一犯――勇者殺しということか。
魔力残滓とは、魔法などの魔力を利用する異能を使った際に残るものだ。分かりやすく説明するなら魔法版の指紋といったところか。魔力残滓は人それぞれ異なるので、個人の特定ができる。だが、隠蔽ができる点も指紋にそっくりだから、過信は禁物だ。
「魔力残滓が検出できるとか、舐め腐ってるじゃねーか」
金髪青年が苛立たし気に口を開く。
彼の言う通りだ。魔力残滓は隠蔽ができる。それなのに、それを行わなかったのは、明らかにこちらを挑発しているということ。殺人現場にベタベタと犯人の指紋が残っているようなものなのだから、舐め腐っているという表現は適当だ。
「そうですね。わざわざ警察に勇者殺しだと名乗っている辺り、かなり自信家なのでしょう。宣戦布告もしていますし」
政府男が疲れを伴った息を吐く。今回の件で、結構ストレスを抱えていることが伺えた。
女が首を傾ぐ。
「宣戦布告って?」
「会議の本題にも関わるのですが、強盗たちの遺体が置かれた場所が問題なのです」
そう言って、政府男は一総を見据えた。
(ああ、やっぱりそういうことなんだよな)
グリグリと眉間を解しつつ、一総は答えを述べる。
「強盗たちはオレと蒼生くらいしか使わない道に捨てられていた。それは、オレたちに遺体を発見させたかったということ。つまり、次はオレもしくは蒼生が標的だという宣戦布告の可能性があると、政府側は考えているんですね?」
遺体を発見した時点で考えていたことだ。
あの場所にあのタイミング。まるで見計らったかのようなシチュエーションを作り出していた。偶然と切って捨てることもできるが、一総や蒼生の持つ力を考慮すると、それは危険すぎた。
政府男が頷く。
「偶然という可能性もありますが、楽観視するのは危険でしょう。ましてや村瀬さんの異能を考えれば、安全に安全を重ねても困ることはありません」
これが今回の本題です、と政府男は言う。
「公的機関が襲われ、伊藤さんと蒼生さんが標的になっている可能性がある以上、こちらも大々的に動かなくてはいけません。ですから、勇者殺しの犯人の捕縛もしくは殺害は救世主全員への緊急依頼とします。お願いできますか?」
依頼の発令に、救世主の面々は頷く。それぞれ思うところはあるのだろうが、ここで否はない。それほどの事態だと分かっているのだ。
「ただ、伊藤さんと村瀬さんは、あと師子王さんは基本いつも通りにすごしてください。標的ですからね」
狙われているのに自ら突っ込むわけにもいかない。一総単体ならまだしも、蒼生は戦力にならないので、守らなくてはいけないのだから。
だが、勇気も待機命令なのは何故だろうか。
「なんで俺もなんですか?」
同じ疑問を思ったようで、勇気が質問を投げかける。
すると、政府男はとんでもないことを口にした。
「師子王さんは伊藤さんと村瀬さんの護衛をお願いします。村瀬さんの事情を鑑みて、今まで以上の防備を固めなくてはいけませんからね」
思わず顔を合わせた一総と勇気の表情は、苦々しいものだったというのは言うまでもない。
「本当にいいの?」
午前八時前。波渋学園の校門を潜り抜けたところ、人波が増えたタイミングを見計らって、蒼生がボソリと尋ねてきた。
チラリと肩越しに後ろを窺えば、こちらをジッと見つめる勇気の存在があった。
彼女が尋ねているのは勇気のことだ。今朝、政府に押し切られる形で彼の同行が決まってしまったが、そのままで構わないのかと問うているのだろう。
本音を包み隠さず言えば、嫌に決まっている。
元々、一総は誰かと行動を共にすることが苦手だ。蒼生との生活だって、依頼であっても最初は渋々なところが大半だったくらいだ。それでも彼女と行動を共にし続けられたのは、
逆に勇気はどうだろうか。前々から苦手意識があり、どう考えても何かと突っかかってくる未来しか見えない。そんな人物と一緒にすごすなど、全力で拒否したいところだった。
しかし、それはできない。勇者殺しに一総か蒼生のどちらかが狙われているのだとすれば、万全を期して護衛を二枚にするのは当然の対処だからだ。無論、全力を出せば一総ひとりでも何とかなるかもしれないが、慢心して事態を悪化させるのは愚か者のすることだし、何より一総が全力を出したくない。
勇者殺しの一件が解決するまでの間、我慢すれば良いだけの話。だから、一総は政府の提案を受け入れた。
ちなみに、勇気が一総たちの部屋に泊まることにはならなかった。寮から外出している間(登下校や学校など)を共にするのみだ。
「いいんだよ。その方が、面倒が少ない」
肩を竦めつつ答える一総。
続けて、肩越しに言う。
「師子王、背後からそんなに睨まれると落ち着かないから、並んで歩いてくれないか?」
ずっと視線を向けていた勇気へ声をかける。
すると、勇気は困った表情を浮かべた。
「いや、すまない。でも、護衛をするんだ。後ろで控えてた方が万全を尽くせる」
「それはそうかもしれないが、お前のレベルともなれば並んでても大差ないだろう? 蒼生だって背後取られてると落ち着かなくないか?」
「おちつかない」
無機質な表情でコクリと頷く蒼生。
それを受けて、仕方がないと勇気は二人の横に並んだ。
「師子王は肩に力を入れすぎだ。もっと気楽でいいんだよ」
「りらーっくす」
一総は肩を軽く回し、蒼生も脱力してクネクネと体を揺らした。
生真面目に護衛をしようとする勇気が四六時中傍にいては、こちらの気が休まらない。離れるわけにもいかない以上、ある程度力を抜いてほしいのだ。
二人の言葉を聞いて、勇気は苦笑いを浮かべる。
「二人は息が合ってるんだな」
「……そうか?」
一総は首を傾ぐ。
確かに性格の相性は良いとは思うが、面と向かって「息が合っている」と言われるほどではない気もするが。
「そうだよ。俺の提案が断られたのも分かる気がする」
一総が疑問を抱いている間に、勇気は一人納得したように頷いていた。
より理解できなくなった一総だったが、そこまで気にする必要もないかと追及はしない。
そのまま、三人は何かを発することなく校舎へと入っていった。
この時、彼らは周囲からの視線の僅かな変化を捉えることができなかった。
それも仕方ないだろう。『勇者』、『
明確な敵意があれば違ったのかもしれない。ただ、今広がるのは遅効性の毒のようなもの。
漠然とした薄い悪意が、じわりじわりと一総たちに魔の手を掲げようとしていた。
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