008-2-04 真実は立ち止まらない

 真実まみは普段からメガネをかけているが、決して目が悪いわけではない。事実、両目ともに2.0だし、状況によってはメガネを外している。彼女のそれは、視力を補助するための道具ではなかった。


 真実のメガネは、彼女の強すぎる魔眼を制御するための装備である。魔力を遮断する素材を利用しており、日常生活で不便がないよう能力を制限しているのだ。


 ちなみに、『真破写覚しんはしゃかくの眼』に目覚めてからは、一総かずさの製作したメガネを使っていた。神の眼に近づいた能力など、既製品のメガネでは抑え切れないゆえに。


 閑話休題。


 今になって、どうして改めてメガネの話をしたか。


 本来、真実の眼に、能力制限のメガネなど必要ない。本当なら意図的に発動タイミングを選べ、自力でコントロールできる能力のはずだった。『神座』にて、情報過多で自傷する前に、読み取りを止めることが可能なはずだったのだ。


 しかし、現実は異なった。ある程度は抑えられるようだが、彼女は力の大半を抑え切れていない。自らを傷つけようと、能力を止められなかった。


 実のところ、この根本的原因は、一総の助言によって、だいぶ前から把握していた。真実の性格が、能力の制限を妨げていたのだ。


 真実は嘘を嫌う。事実のすべてを明らかにしたいと願っている。その無意識下の意思に反応してしまい、眼の力の安全装置を取っ払っていた。


 この話を聞いた時、真実は能力を制限することを諦めた。


 すべてを見通す眼を状況によって切り替えられるのは、彼女の精神衛生を考慮すると魅力的なものだ。だが、真実しんじつを望む意思は、真実まみの最大のアイデンティティである。誰にも譲れない本質だった。便利な手段を手放すほどに、彼女の曲げられない信念だった。


 だから、ずっと能力を全開にして、すべてを目にしてきた。力を使いこなせず取り溢すことはあっても、情報事実を見通せないことは決してなかった。


 真実は、現状の力で満足していたのだ。自分の手にある膨大な能力さえあれば、あとは技術を向上させるだけで十分だと判断していた。


 その考えは間違いではない。何せ、彼女の眼は神の力。誰一人として寄せつけない頂点の能力であり、上手く使いこなせば一総最強だって圧倒できるほどなのだから。


 ──ただ、世の中には、圧倒的な“極致“は存在しても、何をしても揺るがない“絶対“は存在しない。どんなに強力な力であっても、必勝はあり得ない。追い詰められる瞬間というものが、どこかで迫ってくる可能性があった。


 それが今。『神座』という特殊な世界では、能力全開の『真破写覚の眼』は完全に足を引っ張っていた。能力制限を早々に諦めた弊害が、巡り巡ってやってきてしまった。




(私はバカだ)


 マイケル・ブラウンのトドメの攻撃が差し迫る中、真実は自分の不甲斐なさを悔いる。


 眼が制限される状況を一切考慮していなかったこともだが、一番の後悔は別の点。新たな成長が望めるにも関わらず、手に入った強大な力に溺れ、現状に甘んじてしまった。その事実を明確に自認し、とても腹立たしく感じたのだ。


 真実の目標は、最愛の一総の隣に並ぶこと。


 彼は毎日──否、毎秒成長していると評しても過言ではないというのに、自分は成長の可能性を手放していた。相手が歩き続ける以上、停滞は退化と大差ない。しかも、気がつくのが死に追い込まれてからなど、目標が聞いて呆れる。


 戦闘中でなければ、自分で自分を瀕死まで追い込みたくなるほどの怒りが湧いた。このままでは死んでも死に切れない。というより、一総を置いて死ぬなど、魂が消滅しても御免被りたかった。


 ゆえに、真実は模索する。絶体絶命の窮地を引っくり返す、逆転の一手を。人生で一番頭を使ってるのではないかと思えるほどに思考を回し、残された僅かな時間を精いっぱい消費する。


(眼に頼るしかない)


 結論が出るのは早かった。


 結局のところ、『真破写覚の眼』が彼女の唯一の武器。他のすべては眼を補助する付属品にすぎず、この差し迫った状況を対処できる力はない。


 ところが、単純に眼を使うわけにはいかなかった。


 追い詰められすぎたのだ。今からでは、かなり大きな力を使うしかない。それすなわち、反動も大きいということ。ボロボロの身である現状の真実では、命の保証がなかった。


 命の危機を脱するために命を捨てては本末転倒。何か工夫を講じる必要があった。


 刻々とマイケルの凶刃が迫る間も、真実は必死に打開策を考える。しかし、そう簡単に思いつけば苦労はしなかった。時間のみが無駄にすぎていく。


 そうして、死の宣告が薄皮一枚まで迫る。


(諦めてたまるもんか!)


 それでも、真実は投げ出さない。最後の最後まで抗ってみせようと、閉じられた瞳に力を込める。残った力を、自身最大の武器へと集約させる。


 それは深く考えての行動ではなかった。ただ、自分の武器をいつでも使えるようにしようと思っただけ。


 結果的に、彼女の判断は最善となった。


「□▲○●△■」


 自分の意思とは関係なくまぶた・・・が開き、理解の及ばぬ言語が溢れる。


 その直後、目前の光景が変化した。自身を斬り裂かんと迫っていた刀どころか、目の前にいたマイケルは消え失せ、何故か距離を置いた地点に立っている。


 ──否、それだけではない。致命打だった胸の傷も、眼を使用したせいで負ったダメージも、その他細かい傷も、すべてが消えていた。体力までも全回復している。まるで、最初から何も・・・・・・なかったように・・・・・・・


「いや、これは……」


 状況を把握し終えたところで、ようやく真実は感づく。


 自分たちの立ち位置が、戦い始める直前と同じだと。真実が次のステージに向かう門を背負い、前方数メートル先にブラウン兄弟が対峙している状況──まず間違いなかった。


 時を巻き戻したのかとも考えたが、それは即座に否定する。ブラウン兄妹も困惑しているのが見て取れるし、遠くのミュリエルたちの戦場は、どうにも巻き戻っていない様子だったためだ。


 それに、すべてが元に戻ったわけではない。何故なら、真実の眼が問題なく開いている。『真破写覚の眼』を使っていようと、無駄に情報が流れ込んでこなかった。一方、必要だと判断した情報は得られる。どうやら、今までできなかった能力の制限が、ここにきて可能となったらしい。


(キッカケは、さっきの意味不明な言葉だと思うけど)


 まったく状況整理ができないため、早速目に頼ることにした。すべてを見通す力であれば、自分の身に何が起こったのか解明できるはず。


 先の困惑が嘘のように、すぐに情報は得られた。


 真実は新たな力、【神言】を習得したのだ。以前より【真言】という、自分の言葉を聞かせた相手の情報を書き換える術は使えたが、【神言】とはその上位互換。言葉を対象の耳に届ける必要性はなく、ただ見るか口ずさむだけで情報を改竄できる力だ。


 今は、過去の状態への上書き及び、眼の能力制限が可能であると改変したらしい。ほぼ無意識での行使だったので、まったく自覚はないのだが。


 ちなみに、先の意味不明な言葉は、『神座』のプログラム言語のようなもの。『真破写覚の眼』は、どうにも『神座』への一部アクセス権限を有しているようだった。


 それはともかく、お陰で事態は好転した。先程までの戦闘は無に帰しただけではなく、こちらは眼を遺憾なく使えるようになった。しかも、新たな力を加えて。


「もう何も怖くない……なんてね」


 蒼生あおいにつき添って視聴したアニメの死亡フラグを呟く程度には、真実にも余裕が生まれていた。


 再び彼女と一緒にアニメを見るためにも、ブラウン兄妹を通すわけにはいかない。そう気合を入れ直す。


「私は、まだまだ未熟だ。それでも、もう二度と後悔はしません。自分の力を尽くして、あなたたちを打倒します!」


「ちょっと強い力を手に入れた途端、つけ上がっちゃって!」


「俺たち兄妹は、そう甘くない」


 真実の宣戦布告に、ブラウン兄妹は毅然と言い返す。


 仕切り直しの第二ラウンドが始まる。

 

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