008-2-05 同類と戒め

 開幕の一撃はマイケルだった。雷属性の魔法を身にまとい、光速で真実まみへ突貫してくる。それと同時に、ミシェルも仕かけてきた。【鈍化】と【衰弱】の弱体化デバフを真実へ放つ。


 先程までなら、このコンボに追い詰められ、自傷覚悟で眼を使用していた。ダメージ上等で回避しなければ、即死も免れない攻撃だった。


 だが、今は違う。真実の瞳は開き切っており、己が実力を十全に発揮できる。新たな力を使わずとも、この程度の攻撃を避けるのは容易かった。


 まず、一総かずさに教わりコピーしていた状態回復の異能を発動。コンマ未満の速度でデバフを解除した。


 続けてマイケルの攻撃経路の先読み、及び回避順序の算出を眼で行う。複雑な思考は彼女の苦手とするところだが、『真破写覚しんはしゃかくの眼』を以ってすれば、これくらいの計算は容易だった。


 幾度も放たれる弱体魔法を弾き返し、次々と繰り出される光速の一刀を余裕持って避ける。もはやブラウン兄妹の手は一切通じず、先までとは百八十度異なる光景がそこにはあった。


 ただ、真実は反撃に出ない。眼で読み取れる情報から、攻める絶好のタイミングを知覚できていたゆえに。


「チッ、なめやがって」


「兄さん、一旦下がろう」


 悠然と回避をするくせに、ちっとも攻撃してこない彼女の態度から、自分たちをバカにしていると勘違いしたようだ。ブラウン兄妹は忌々しげに表情を歪め、戦況をリセットしようと真実より距離を取る。


余裕綽々よゆうしゃくしゃくのところ悪いけど、あたしたちは全然本気出してないの。こっからは全力だから、簡単にやられないでよ」


「……叩き潰す」


 どうやら、ようやく本腰を入れるらしい。


 とはいえ、少し解せない部分がある。何故、わざわざ本気を出すと宣言したのだろうか。口に出す必要はなかったはず。相手が『真破写覚の眼』を持つ真実だからこそ、言わなかったとしても把握できていたことだが、そうでなければ敵に塩を送るような行為になっていた。


(実践経験が少ないとか?)


 仮にも『救世主セイヴァーだった二人にはあり得ない理由だが、強く否定する根拠もない。眼を使って彼らの過去を覗けば何か分かるかもしれないが──そんな余裕を与えてくれるほど、向こうの気は長くないようだった。


 本気出す宣言を聞いた直後、真実の周囲の空間が歪む。


(【空縮】か!)


 一総より空間魔法のレクチャーを受けていた真実は、相手が仕かけてきた術の正体を看破した。


 この術は『対象周囲の空間を歪め、対象に向かって一気に圧縮する』という効果のもの。空間を歪めることで退路を封じる上、中心へ向けて圧縮するため、どんなに速く動けても逃げ切れないのだ。【空縮】から逃れるには【転移】のような点から点への移動しかない。


 無論、空間魔法を修めている真実は、この場から簡単に脱出できる。


 しかし、問題はその後だ。【空縮】を発動しているのはミシェルなのだが、待機しているマイケルがジッとこちらを見つめている。一挙手一投足も見逃さないその姿勢から、転移した直後に斬り捨ててやるという気概が窺えた。


 つまり、単純に転移するだけでは敗北に繋がる。何か、さらなる一手を講じなくてはいけなかった。


 とはいえ、そこまで悩む必要はない。眼を十全に扱える現状、真実の出せる手札はほぼ無限に存在した。


 真実は瞳を煌めかせ、転移を敢行する。


 それを見たマイケルは、待ってましたと言わんばかりに駆け出した。どうやら、異能によって転移先を読み取っていたようで、迷いなく一直線に真実の出現地点へ進み、空間魔法を宿した光速の一撃を繰り出す。


 ところが、その攻撃は通らなかった。


「「は?」」


 マイケルとミシェルの間抜けな声が響く。


 まぁ、無理のない話だ。何せ、彼の放った横一文字の一刀は、真実の親指と人差し指によって、いとも容易く受け止められてしまったのだから。


 ただの攻撃ではなかった。相手も空間魔法使いであるのは既知だったため、防御されることも想定して、様々な異能を付与していた。


 百歩譲って、受け止められるのは良い。それでも全力の防御を予想していた。それだけの力を込めていた。防御で硬直した隙をミシェルが狙う算段だって用意していたくらいだ。


 だのに、現実は想定のすべてを上回った。渾身の一撃は指二本で摘まれ、そこに硬直などという隙は存在しない。むしろ、驚愕したせいで、ブラウン兄妹の方が隙を晒してしまっていた。


 二人は即座に我に返る。──が、それはあまりに遅かった。隙の生まれるタイミングを事前に予期していた真実にとって、一瞬にも満たない間隙でも、十二分すぎる猶予だった。


「□■□■」


 彼女は小さく口を動かし、切札である【神言】を発動する。


 悪寒を感じたのだろう。すぐ側にいたマイケルは、自身の得物を捨ててまでも退避した。十八番おはこの光速移動を以って、ミシェルの隣まで下がる。


 しかし、何もかもが無意味だった。情報という概念を制覇している真実に対し、如何に速く行動しようが結果は変わらない。


 ブラウン兄妹が離れた地点から警戒する中、真実はフゥと気疲れした息を吐き、


「『元素回帰それは生まれなかった』」


 摘んでいた刀を、【真言】を以って消滅させた。敵の武器をいつまで保持していても仕方がない。


 【神言】ではなく【真言】を使ったのは、体力温存のためだ。


 過去情報の上書きにより回復したことから、一見は無尽蔵に使える力に見えた。だが、現実はそう甘くない。【神言】を使う度に、自身の何かが削られていくのが分かった。寿命といった危険な対価ではないが──おそらく、覚醒時間といった具合か。使用するにつれて、抗い難い眠気が加速している。


 敵を排除する前に眠ってしまったら目も当てられないので、使うタイミングは考えないといけない。


 真実が自己分析をしている間も、ブラウン兄妹は攻めてこなかった。否、攻めてこられなかった・・・・・・・、が正解か。


 先の【神言】の結果だった。彼らの体の操作権は今、すべて真実が握っていた。要するに、兄妹二人は自分の意思で指ひとつ動かせないのだ。


 真実が【神言】を扱い切れていないせいか、即座に効果が反映されず、マイケルが退避する猶予を与えてしまったが、その辺りは今後の課題だろう。


 表情を変える権限もないゆえに、まるで時でも止められたが如く、固まったままのブラウン兄妹。そんな彼らへ、真実は無造作に近づいていく。


 そうして、対話に十分な距離まで接近したところで、彼女は再び【神言】を使った。


「◇◆◇◆」


 途端、強烈な眠気に襲われ、頭が揺れる。


 残り一、二回で眠ってしまいそうだ。まだまだ伸び代を感じられるが、現時点ではこの辺が限界らしい。


 真実が頭を振っていると、ブラウン兄妹の表情が動き出す。今の【神言】は、首から上の動きを許可したものだった。


「……何故、トドメを刺さない!」


 苦々しい顔で、噛み殺したような声を上げるマイケル。ミシェルも同様の感情を表に出していた。


 真実は眠気に抗うよう、しきりに瞬きをしてから返す。


「あなたたちに訊きたいことがあったんですよ」


「「…………」」


 言葉による反応はなかったが、二人の表情は怪訝なそれだった。聞き入れる素直さはなくとも、この状況での質問に多少の興味はあるらしかった。


 真実は問う。


「どうして、あなたたちは『始まりの勇者』の味方になったんですか?」


 直接戦ったからこそ分かる。この二人は、空間魔法を使わずとも十分強い。やや爪の甘い部分はあるが、並の『救世主』では太刀打ちできないに違いない。『真破写覚の眼』を持つ真実だから圧倒できただけだ。


 かなりの実力を有し、『救世主』として米国アヴァロンで相応の権限を持つ。現状に不満など持ちようもない彼らが、如何にして『始まりの勇者』というテロリストに加担したのか、不思議でならなかった。戦闘中の発言からして、相当『始まりの勇者』を崇拝しているのは察せたけれど。


「そんなことを訊くために、あたしたちを生かしたの?」


 一瞬、間の抜けた顔をした後、ミシェルが問うてきた。


 彼女の言いたいことは理解できる。真実の立場を考慮すれば、この質問は無駄の極み。敵の事情を知る必要は皆無だし、知るにしても眼で覗けば良い。加えて、彼女は回数に限りのある【神言】まで使っている。どうしようもなく、労力の無駄遣いだ。


 とはいえ、真実も考えなしではない。先の【神言】を使わずとも、彼女は限界に近かった。あの状態で一総の後を追っても、足手まといにしかならなかっただろう。であれば、この場に残った方が賢明だった。


 それに──


「あなたたちが『始まりの勇者』へ何を抱いてたのか、どうしても気になったんですよ。そして、それをあなたたちの口から直接聞きたかった」


 彼らの情熱にどことなく既視感を覚え、気になって仕方がなかったのだ。だから、どうせ先に進めないのならと、尋ねたわけである。


 真実の真意を聞いたブラウン兄妹は呆れた様子だった。


 当然だ。現状の最適解は、不足の事態に備えての温存。決して、敵へ質問することではない。真実の『すべてを明らかにしたい』という信念は、二人の常識を凌駕していた。


「……答えてやろう」


「兄さん!」


 しばしの逡巡を終えると、マイケルがそう答えた。ミシェルは不満そうだったが、マイケルが無言の視線で説き伏せる。


 それから、彼は語る。


「何故味方になったか、だったか? 答えはシンプルさ。あの方はオレたちの恩人であり、オレたちの全てだったからだ」


「すべて、ですか」


「ああ。オレたち兄妹の体も魂も能力も……何もかもが、あの方のお陰で成り立ってる。あの方と出会ってなければ、オレたちは惨めに死んでただろう」


 マイケルは狂気の色を瞳に湛え、真実を見た。


「オレたち兄妹は、『秘石ひせき』だった」


「それって私と同じ……」


「そうだ。ただ、お前と違って、オレらは幼い頃から異能が使えた。そのせいで周りから迫害されてたんだ。当然、生みの親からも。それはもう、殺さんばかりの勢いでな。あの環境に居続けてたら、本当に死んでたに違いない」


 それから、彼は次々と幼少期の虐待を語っていく。暴力や育児放棄ネグレクトは序の口で、よく生き残ったと感心するレベルの内容が大半だった。聞いているだけでも気分が悪くなってくる。


「異能持ちとはいえ、幼いオレたちは耐えるしかなかった。いつか相手が飽きるのを信じて待つしかなかった。あの地獄の中、それだけが希望だった。あり得ないと思いながらも、希望を信じるしかなかったのさ。だが、その希望は違う形で現れた」


 それがあの方だった、とマイケルは万感の思いを込めて言う。


「突然オレたちの前に現れたあの方は言ったんだ。『キミらの能力は素晴らしいものだ。一緒に新たな世界を創り上げよう』とな。それからはトントン拍子に進んだ。オレたちを迫害してた奴らは排除され、オレたちはあの方の庇護の元で成長した。今までの地獄が嘘みたいな、温かい環境で育ててくれた。加えて、力をくれた。オレたちに最適な異世界へと運んでくれたんだ」


 真実は得心する。


 ブラウン兄妹から戦闘不慣れな部分が見受けられたが、『始まりの勇者』の手による養殖勇者だったのであれば納得できる。それなりの危機には陥っても、絶体絶命に追い込まれた経験が少なかったのだろう。


「地獄から救ってくれたから、たとえテロであろうと加担したわけですか」


「あの方は、オレたちにとって救世主であり、親であり、師匠であり、最愛であり、神だ。どこまでも共に歩むと誓ってる」


 マイケルの言葉に、ミシェルも大きく頷いていた。


 それを受け、真実は目を細める。


 似ている。この二人の根本は、自分に非常によく似ている。そう強く実感した。


 真実にとっての一総が、ブラウン兄妹にとっての『始まりの勇者』と同義なのだと思われる。真実が一総へどこまでも尽くしたいと考えるのと同様に、二人も『始まりの勇者』へ尽くすに違いない。


 これは道理の問題ではなく、信念の問題だった。いくら言葉を重ねようと、絶対に曲がらない理念だった。


 どうして直接尋ねたかったのか理解する。


 戒めと覚悟だ。無意識下で眼が見通していたのか。よく似た二人を目の当たりにすることで、自分の将来の可能性を自認させたかったのだろう。一総の行く道は、必ずしも正義とは限らないと。彼につき従うならば、目前の二人の同類になる戒めを持つ必要があると。


 ずっと前から覚悟は決めていた。しかし、実物を目前にすると、いっそう覚悟も強くなったように思う。


「そうですか。答えていただき、ありがとうございました。──△▲▽▼」


 心からの感謝を告げると共に、【神言】を発動する。


 次の瞬間には、目前の敵は跡形もなく消え去っていた。

 

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