008-2-06 王族の責務
これでも前哨戦にすぎないのだから、彼女たちの力量の高さは規格外である。何せ二人とも、今まで霊術しか行使していない。ミュリエルは
溢れ乱れる霊力の嵐。二人から溢れ出る霊力に触れるだけで、その辺の瓦礫は藻屑と消えていく。まさに、霊力のスーパーセルといった様相だった。
「死ね!」
淑女とは思えぬ罵倒を吐きながら、エリザベートは手刀を横凪に振るう。すると、その軌跡に沿って霊力の刃が生まれ、周辺に吹き荒れる霊力を取り込みながら突き進んでいった。
距離を進めるごとに力を増す霊刃の向かう先は、当然ミュリエルである。
「お断りよ!」
彼女は敵の攻撃を視界に捉えつつ、ふたつの霊術を放った。
ひとつは、エリザベートと同様の霊刃。向こうの技と十字に重なるよう、縦に腕を振り下ろす。
もうひとつは、空いた片手で繰り出した。真横に突き出した手から、こぶし大の霊球を無数に撃つ。
衝突した霊刃は対消滅し、あらぬ方向に放たれた複数の霊球は、追尾機能によってエリザベートに殺到する。
攻撃は見事命中し、砂塵が舞った。それにより、敵の姿の視認が難しくなる。
ミュリエルは眉をしかめる。エリザベートの反応を見失ったせいだ。
元々、二人の戦闘の余波の影響で、霊力に
あの程度で仕留められたとは考えていない。となれば、考慮できる可能性は
ミュリエルは、十本すべての指から霊力で編まれた糸を放出。両手を振るい、周囲一帯に霊糸を張り巡らせた。一種の結界を構築したのである。
結果はすぐに現れる。七時の方向の上空の糸が、何らかの攻撃によって一気に切られたのだ。伝わる感覚からして、霊力の剣の刺突か。光速に迫る勢いで、中心部にいるミュリエルの元へ接近している。
無論、この攻撃を許す彼女ではない。
できる限りの霊力を右拳に圧縮。若干屈むと、身を捻りながら敵の方向へ拳を放った。
感知した通り、エリザベートは剣を携えて迫っており、彼女の構える剣の切先とミュリエルの拳がぶつかり合った。
エリザベートも、相当の霊力を剣の先に集約させていたらしい。こちらも右手に莫大な力を込めていたのに、両者の一撃は拮抗した。衝突の余波が伝播し、辺りに散っていた瓦礫が一掃される。
綺麗な更地の中、二人は硬直する。攻撃を繰り出した腕はピクピクと震えているものの、その他の部位は動かない。絶え間なく吹き荒れる霊力以外、実に静かな戦場だった。
ただ、この拮抗は長くは続かないだろう。お互いの力は並んでいるのだが、如何せん姿勢が宜しくない。エリザベートが上空から攻撃を仕かけた関係上、どうしても重力の影響を無視できなかったのだ。もうしばらくすれば、敵の重みの分だけ押され始める。
当然ながら、その美味しくない未来を待つわけにはいかない。
ミュリエルは、両足から新たな霊術を展開する。地面から四本の鎖が飛び出し、エリザベートへと向かっていった。
「甘いわ!」
エリザベートは笑う。
拮抗していた霊力を他に回せば、バランスが崩れるのは道理。彼女の剣は拳を押しやり、その刃をミュリエルの心臓へと迫らせる。
この至近距離であれば、鎖に囚われるより早く串刺しにできた。万が一間に合わなかったとしても、余裕のできた分の霊力を、自身の防御に回せば問題ない。
ところが、現実はエリザベートの予想を覆す。
ミュリエルの展開した鎖は、エリザベートには向かわなかった。四本の拘束具は、今まさにミュリエルへ突き刺さろうとしていた剣を巻き取ったのだ。
霊力の集まった切っ先以外の刀身をギチギチに拘束したため、エリザベートの進撃は完全に停止する。彼女は、空中で無防備に留められてしまった。
「チッ」
すぐさま我に返ったエリザベートは、剣を放棄して後方へ跳ぶ。霊力で生み出した得物なので、捨てることに
追撃を仕かけようとしていたミュリエルは、その手を中断した。あわよくばダメージを与えたかったが、そう簡単な相手ではないか。
戦場に一時の空白が発生した。
相対距離は二十メートルほど。接近戦をするには僅かに長い距離を置き、乱れに乱れた霊力の嵐の中、金と銀の女は睨み合う。
(明らかに強化されているわね)
ミュリエルは心の
これまでの戦闘で消費された霊力量は、並のスペックを凌駕していた。成長限界の遠い勇者ならまだしも、地元民──それも普通の人間が、霊力の扱いに秀でた
十中八九、『始まりの勇者』もしくは『ブランク』の何者かが、彼女に手を加えたのだろう。それはきっと、莫大な代償を払って手に入れた力のはず。事実、
彼女が長生きできるとは到底思えなかった。推定で寿命半年といったところか。これでも甘く見積もって、である。
常人なら、このような先のないパワーアップには手を出さない。つまり、エリザベートはもはや常人ではなかったのだ。
何が彼女を突き動かすのか、予想するのは容易い。
ミュリエルはエリザベートの瞳を見据える。
そこに生物としての輝きはない。煮えたぎる憎しみと怒りしか存在せず、狂気の深淵へと堕ちていた。
強化の弊害か。意思疎通できているように見えて、エリザベートは正気ではない。復讐を遂げることのみを考える
もう言葉は通じないのだろう。だが、それでも、ミュリエルは口を開いていた。
「あなたに尋ねたいことがあるのだけれど──」
しかし、最後まで言葉を告げられない。ありったけの霊力を圧縮した砲撃──霊砲が撃ち放たれた。
ミュリエルの全身を余裕で包み込める巨大な一撃は、正面の空間を塗り潰しながら直進してくる。ビリビリと肌に伝わる余波から、それが魄法の領域に近い代物だと察知できた。
問答無用なのは想定内。ミュリエルは表情を一切変えず、人差し指を一本だけ突き出す。その指先には、濃密な霊力が宿っていた。
そうして、とうとう霊砲と人差し指が触れる。
「【
接触時間は一秒にも満たなかった。指が触れた途端、巨大な霊力の塊は消え去った。術名通り、一欠片も残さず崩壊した。
これは接触したモノを塵に変える魄法。防ぐ手段は同じ魄法か、空間魔法くらいしかない。
ミュリエルは、ついに切り札のひとつを使った。それは、さらに戦いが激しくなるのを示していた。
霊砲が消えて余白の生まれた前方を、ミュリエルは駆ける。エリザベートの追撃を許さぬ速度で、両者の間合いを詰めていく。
ところが、相手もこちらの動きを読んでいたらしい。エリザベートはすでに次の一手を用意していた。彼女の背後には幾百の円が描かれており、全部が魄法であると分かる。
何となく予期していたが、エリザベートは魄法までも習得していた。
ミュリエルが接近し切る前に、エリザベートは幾百の魄法を発動する。数多の霊力の槍が、ミュリエルに向かって降り注いだ。
一見、霊術と大差ない槍の雨だが、術式の中身は凶悪だ。当たったら一瞬で対象を火だるまにする【
無論、【延焼】の炎を消す手段をミュリエルは持っているが、その分のリソースを奪われることになる。その隙を晒すわけにはいかない。
とはいえ、防御や回避に専念するのも悪手。相手に次の攻撃の猶予を与えてしまう。
だから、ミュリエルは走り続けた。迫る無数の槍を無視するように突貫していく。
そして、ミュリエルと【延焼】の槍が激突する寸前、彼女は発光した。周囲を埋め尽くすほどの光量が発生し、当然ながら、エリザベートは視界を奪われる。
発光は一秒にすぎなかった。光が収まるのと同時に、槍の雨が地面へ突き刺さり、ドドドドドと轟音を鳴らして足元を揺らす。
役目を終えた槍たちは即座に消え、燃え盛るミュリエルが姿を晒す──はずだった。
しかし、エリザベートの目前には、何ひとつ存在しない。燃えるミュリエルどころか、彼女の影さえ見当たらなかった。
「ッ!?」
自身に迫る危機を直感したエリザベートは、すぐさま身を翻す。すると、先まで彼女のいた場所に、刃が駆け抜けた。
いつの間にか背後にいたミュリエルが、【
間一髪で回避したかに思われたが、神罰の一撃はそう甘くはない。霊剣がまとっていた濃密な霊力が斬撃となり、彼女の体に幾重の傷を刻んだ。
右肩、腹部、太ももが割れ、少なくない血を流すエリザベート。
彼女に痛みを感じている暇はない。ミュリエルが返す刀で次撃を放って来ているのだから。
エリザベートは顔に焦りを浮かべ、大きく叫ぶ。
「【転移】!」
彼女の姿がミュリエルの目前から掻き消え、約五十メートル先に出現した。
ミュリエルは残心しつつ、エリザベートを見据える。
彼女はボタボタと血を流し、肩で息をしていた。致命傷とまではいかないが、継戦能力を大きく削ったのは確か。
いくら強くなったとはいえ、身体強化の【神罰:
以前のミュリエルは【留定】の発動中に別の神罰を使えなかったが、
さて、多大な損耗を負った今であれば、こちらの言葉に耳を傾けてくれるかもしれない。
依然として憎悪の炎をたぎらせるエリザベートの瞳を見れば、その願望が儚いものだと理解できる。
だが、ミュリエルは望みを捨てなかった。それが、彼女を復讐に走らせる原因を作った一族の責務だと思うから。
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