008-2-03 兄妹の戦い方
弾ける、弾ける、砕け散る。アスファルトに覆われた大地が吹き飛び、コンクリートで固められたビルが粉々に崩れ落ちる。
崩落する街並みを、離れたビルの屋上から睥睨する真実。彼女の閉じられた瞳は、確かに何かを捉えていた。
そして、彼女は不意に飛び降りる。風の精霊魔法で浮力を操作し、壊滅した街へ飛んでいった。迷いなく直進し、
「いい加減、姿を見せたらどうです? アサシンでもない輩の隠密なんて、私の前では無意味ですよ」
瓦礫の広がる一帯に声が響く。返答はなく静寂が続いていたが、真実は一点を見つめたまま動かなかった。
すると、彼女の見ていた一点――瓦礫の山が不自然な挙動で崩れ、ふたつの人物が姿を現した。
どちらも見覚えのある者だった。米国の元『救世主』であり、その真の正体は『ブランク』に所属しているテロリスト。マイケルとミシェルというブラウン兄妹が目前に立っていた。
二人の雰囲気は、米国アヴァロンで顔を合わせた時とまるで異なる。親しみ深さなど一切ない。限界まで研いだ刃物のような鋭さが、彼ら二人からは放たれていた。
以前とは違い、今は敵として対面しているのだから当然のことなのだが、真実はあえてブラウン兄妹を刺激する選択を取った。
「片や全身黒ずくめ、片や闇落ちした魔法少女みたいな衣装。なんていうか、趣味をこじれさせたアニメオタクっぽいですね、お二人は」
バカにした風に真実は肩を竦める。
実際、二人の恰好は見ていて――目は閉じているが――痛々しいものだった。普通のセンスでは、まず身につけない服装だろう。『
対し、ミシェルは眉をピクリと上げつつも、冷静な口調で答える。
「こっちを
「あらら、それは残念」
ちっとも残念そうには思えない声音で返す真実。あくまでも、彼女は二人を焚きつけようとする。
ミシェルは眉を寄せたまま続ける。
「どいてくれない? あたしたちは、その先に用があんのよ」
真実の背後にある門を指差す彼女。
言われるまでもなく、ブラウン兄妹の目的は察していた。二人は一総を倒すつもりなのだ。
状況からして、エリザベートを囮に奇襲をかける算段だったのだろう。何だかんだ義理堅い彼ならエリザベートを無視しないと踏んで、彼女との戦闘に気を取られているうちに、背後からグサリ。実に簡潔な作戦だ。
とはいえ、所詮は簡潔なだけ。真実とミュリエルが傍らに控えている時点で、一総とエリザベートを引き合わせるはずはないし、不意打ちを許すはずもない。最初から成功率ゼロパーセントだった。
真実は大仰に肩を竦める。
「はいどうぞって通すとでも?」
「……力を制限されてる弱者の分際で、あたしら兄妹を相手にするつもり?」
道は譲らない意思を伝えると、ミシェルは声のトーンを落とした。隣のマイケルも表情を険しくしている。
どうやら、ここが兄妹の
なれば、そこを突かない言われはない。真実は、ここぞとばかりに言葉を綴る。
「あなたたち程度、これくらいが丁度いいハンデですよ。あっ、もしかして、目を閉じた私にも勝てる自信がないから、言葉だけで済ませようとしてます? なんなら、もっとハンデを追加しましょうか?」
自分でも信じられないくらい、饒舌に口が回った。
ただ、辛抱強い二人はなかなか釣れない。瞳に怒りを湛えつつも、未だ口を動かす。
「無駄って言ってるでしょ。あたしらは、あんたと遊ぶ気はないし。その間に、『異端者』があの方の元に辿り着いちゃうかもしんない」
「ふむ……」
真実は両腕を組む。
最後の一押しが足りないらしい。このまま戦闘開始しても良いが、それだと隙を突いて逃げられる確率が高い。眼を制限されている現状は余計に。だからこそ、ヘイトを稼いで釘づけにしたかったのだが――二人を釣り上げられそうな、決定的な一言はないものか。
(ここは直感に任せますか)
真実は難しく考えるのを止めた。
元々考えることの得意ではない彼女が、すぐさま良いアイディアを思いつくわけがない。下手の考え休むに似たり、という言葉もある。だからといって直感任せは飛躍しすぎだが、真実の場合はそれが最適解だった。
「あらら。ハンデを背負った私程度も瞬殺できないんですか。そんな弱いあなたたちを重用するなんて、『始まりの勇者』は見る目がないん────」
「「ぶっ殺す!!!!」」
真実が言い切る前に、ブラウン兄弟は今までの比ではない殺気を叩きつけてきた。人外の実力を身につけつつある真実でさえ、体を震わせるほどである。
どうやら、二人は『始まりの勇者』を心酔している模様。それも狂信的な域に達するまで。
直感に任せた結果、特大の地雷を踏み抜いたようだ。願ったり叶ったりではあるが、あの様子だと百パーセント以上の力で襲ってくるのは明らか。少しあおりすぎたかもしれない。
若干頬を引きつらせながら、真実は戦闘の構えを取る。
そして、いよいよブラウン兄妹が襲いかかってきた。
ブラウン兄妹の戦い方は完成されていた。インファイター寄りの魔法剣士である兄マイケルと、
要するに、真実は二人に押されていた。元より精霊魔法による中・遠距離戦闘を得手とする彼女は、マイケルの近接戦闘技術に遅れを取る上、ミシェルの睡眠系デバフも加わるのだ。数の優位を取られて、さらにハンデつきの戦況を覆せるわけがない。追いすがれているだけ快挙だった。
これも彼女の戦闘技術が、『救世主』のそれを凌駕する水準であったため。一総にプロデュースされた経験が活きたゆえに、現在の均衡が存在した。
といっても、苦戦している現状は変わらない。何か一石を投じなければ、状況の打開は難しいだろう。
瓦礫の山の中、三人はなおも戦い続ける。
マイケルが黒刀に稲光をほとばしらせ、真実に向かって光速の斬撃を繰り出した。
普通なら回避不能の一撃だが、真実に常識は通用しない。まぶたを下ろそうとも『
だが、代償は重い。彼女は激しい頭痛とともに、瞳から血の涙を流す。
情報溢れる『神座』で眼の力を使用すれば、多大な反動があるのは当然だった。むしろ、寿命などを減らされていないだけマシ。これ以外に手段がなかったとはいえ、体力をごっそり削られたのは痛い。
この機会を逃す敵ではなかった。すかさず、ミシェルが
痛みに気を取られそうになるが、体を止めている暇はなかった。すでにマイケルの次なる一刀が、腹めがけて放たれている。ここで立ち尽くしては、上半身と下半身が綺麗にお別れしてしまう。
真実はバックステップで辛うじて攻撃を避け、同時にミシェルへ【
音速に匹敵する弾丸は、狙いに違わずミシェルの眉間へ向かったが、命中することはなかった。【鈍化】の弱体を施され、その隙にマイケルが弾を斬り裂いてしまったのだ。真実も一緒に【鈍化】を受けてしまったため、追撃も叶わない。
デバフを解く間にも、マイケルは攻撃をしに戻ってくる。せっかくの攻勢へ移るチャンスは、もはや失われてしまった。
先程からこの繰り返し。真実が一方的に攻められ、何とか反撃しようとも完璧に対処されてしまう。
(二人の連携も
敵の攻撃を流しつつ、内心で愚痴を吐く真実。
彼女の慣れ親しんだ風属性の魔法は、熟達すれば音速を叩き出すほど速い。ところが、マイケルは雷属性による光速で動くし、ミシェルの睡眠系デバフも鈍化に類する術が多い。どう考えても相性最悪だった。
であれば、他の手の内である霊術や空間魔法を使うべきなのだが、こちらは風の精霊魔法ほどの練度はない。その辺の『救世主』程度なら相手にできる腕ではあるけれど、コンビネーション抜群のブラウン兄妹には力不足だろうことが否めなかった。眼の能力を自覚して以来、眼と合わせて異能を使う訓練ばかりしてきたのが裏目に出ている。
やはり、『真破写覚の眼』を十全に扱えないのが致命的だった。眼さえ使えれば、もっと幅広い攻め手が可能だというのに。
──たらればを語っても仕方がない。今使える手札で戦わなければ。
鋭い攻撃を回避し、厄介な弱体を振り解きながら、真実は思考を回す。自分にでき得る方法で、この戦いを乗り切る選択を考える。
しかし、そう簡単に都合の良い答えが見つかるはずもない。刻一刻と追い詰められ、傷が増え、緊急回避に眼を使ったせいで体力も減る。もはやジリ貧の状況だった。
そして、とうとう──
「ぐうぅっ」
マイケルの放った光速の突きが、真実の胸を貫いた。
眼の予知により紙一重で心臓は守ったが、この一撃が致命傷なのは間違いなかった。刀がまとっていた雷が全身を痺れさせ、ついでとばかりに睡眠の弱体がかかり、今にも意識が落ちそうになる。
ドサリ。
マイケルが刃を引き抜くと同時、真実はその場に崩折れた。地面に伏す醜態をさらすのは堪えたものの、両膝を突いた彼女は満身創痍。胸の傷からは血が止めどなく流れ、身体中が震えていた。
息が乱れる。刀傷の辺りが灼熱の如く熱いのに、手足の末端が極寒の如く冷たい。眼で見ずとも、自分の状態が最悪であることは理解できた。
「チェックメイトだ」
こちらを睥睨するマイケルが、そう言う。
それから、もう終わりだと言わんばかりに、乱雑に刀を上げ、真実へ向けて振り下ろしてきた。
自分の脳天まで軌跡を描く刃を見つめながら、真実は思う。
これまでの人生を振り返る──のでは決してない。現状をどう逆転するか。その一点しか、彼女は考えていなかった。
おもむろに鼓動を弱めていく心臓。こぼれ落ちていく体温。それらの最後を待たずして迫り来る凶刃。ありとあらゆる要素が彼女の死を示しており、助かる見込みは一切認められない。
しかし、それでも、このような極限の
だからだろうか。その
彼女は唐突に、その封じていた瞳を開く。
「□▲○●△■」
呆然と何かを呟く真実の瞳は、七色に揺れていた。
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