008-2-02 第二の門番
「
司と分かれてから数分後。門の先──日本アヴァロンを模したボロボロの
閉じられた
隣を走るミュリエルと先導する
「自分で任せろと言ったのだから問題ないはずよ。その辺の駆け引きを、あの子は間違えないと思うわ」
「ミュリエルの言う通りだ。司は知略に長けてる。無茶はしても、無理はしないはずさ」
「そう……ですよね。司センパイなら、絶対に負けやしませんよね」
二人の言葉を受け、真実は小さく頷いた。
ただ、完全に安心した顔ではなかった。不安が拭い切れていない雰囲気が、まだ僅かに残っているようだった。
無理もない。彼女たちの敵である『ブランク』は、世界を相手に戦おうと尻込みしない輩。『始まりの勇者』以外の面子も、相当の実力者に違いなかった。実際、門番を担っていた白衣の男は、一目で強者だと分かる者だった。それこそ、力をつけてきた真実たちでさえ負ける可能性を有するほど。
ゆえに、総戦力で潰す安全策を破棄してまで先に進んだことを、真実は後ろめたく感じていたのだ。
とはいえ、いつまで後ろ向きではいられない。各個撃破はあらかじめ決めていたことだし、今のままの心根では戦闘の際に足元をすくわれてしまう。
(二人のように、私も司センパイを信じよう)
真実はグッと心臓の辺りで拳を握る。脳裏に司との訓練の模様を思い浮かべ、彼女の生還を願った。
そうして走ること幾許か。
「センパイ!」
張り詰めた声と共に、真実は両足の動きを止めた。
それに合わせ、一総とミュリエルの二人も立ち止まる。
「何かあったのか?」
目を閉じた状態のまま周囲をキョロキョロ見渡す真実へ、一総はやや声を絞って尋ねる。
すると、何かを探り当てた彼女は、一点を見つめて答えた。
「どうやら、次の敵が来たみたいです」
「……」
「あれは……」
一総は無言で目を
視線の先──五キロメートル前方にある崩落間近の高層ビル。その傾いた屋上に、一人の影が存在した。
空間魔法による高度な隠蔽のせいで把握できていなかったが、ピントを合わせた今なら分かる。ドレスアーマーを身にまとった金髪碧眼の女性が、こちらを睥睨していた。
真実は続ける。
「あの女性の後方一キロメートルに、門らしき物体が感知できます。彼女が今回の門番みたいですね」
「両眼を閉じてるのに、よく分かったな」
「能力を制限してても、広範囲感知くらいはできますよ」
「さすがだ」
真実の魔眼の強度に、一総は感心しきりだった。感知系の能力に至っては、彼女に並べる者はいないだろう。
ただ、
「……」
二人が新たな刺客について話し合っている間、ミュリエルは無言だった。険しい表情で、敵の方を見つめている。
その様子に気づいた一総が問いかけようとした──が、それは叶わなかった。それより前に、事態が動き出したのだ。
遥か先に立つ敵の影は一瞬で消え、目前十メートル地点の空間が歪む。
「敵襲!」
敵が転移してきたようだった。事前に【転移阻害】を施していたお陰で、相手が出現するのに些か猶予が生まれる。この術は転移の阻止または遅延を起こさせるものなのだ。
「ここはアタシが残るわ」
徐々に敵のシルエットが現れる
「今回の敵は、アタシの知っている相手よ。それだけ教えれば十分でしょう?」
「……まさか」
どこか自嘲気味の彼女のセリフを聞き、一総は目を見開いた。視線を敵の出現地点とミュリエルとで往復させる。
それから、彼は思い詰めた表情で声を上げた。
「だったら、オレが相手をするべきだ。これはオレの責任なんだから」
思いがけない言葉に、事態を飲み込めていない真実は肩を揺らした。
一総の消耗は自分たちの敗北に繋がる。それを彼が理解していないはずないのに、どうしてしまったのだろうか。
真実の混乱を余所に、二人は話を進める。
「ダメよ」
「消耗を心配してるのなら大丈夫だ。一度くらいは回復手段が──」
「ダメよ」
当然拒否するミュリエルに一総は食ってかかるが、彼女は一顧だにしなかった。
ミュリエルは少しだけ敵影へ視線を向けてから、一総を見つめる。その瞳は、酷く悲哀の色が濃かった。
「あれはアタシ……アタシたちカルムスドの責任。誰が何と言おうと、譲れない事実よ。たとえ、あなたがどう主張しようともね」
「──ッ」
意志の固さを感じられる、まっすぐな瞳。それに見据えられた彼は息を呑んだ。そして、数秒の間を置いて、小さく溜息を吐いた。
「分かった。彼女はキミに任せる」
「ええ、任されたわ」
忸怩たる思いをあらわにする一総に対し、ミュリエルは清々しい笑みを浮かべる。
対照的な二人の態度に、蚊帳の外であった真実は苦笑した。
そのような問答を繰り広げているうちに、【転移阻害】で作り出した時間が終わりを迎える。ドレスアーマーの女性は
「ほら、彼女が動き出す前に先へ進みなさい」
まるで虫を追い払うように、ミュリエルはシッシッと手を振るう。
そのおざなりな応対に乾いた笑みを浮かべつつも、一総はしっかり首肯した。
「さぁ、真実。オレらは行こう」
彼は、真実へ顔を向けながら駆け出す。
ところが、肝心の真実は動かなかった。
彼女は無念そうに首を横に振った。
「残念ですが、私もこれ以上は進めません。次のエリアは耐えられなさそうなので」
嘘を吐けない彼女は、いくら望まなくても事実を告げる。次の門を超えた時、そこに存在する情報量のせいで自身は押し潰されてしまうと。
また、もうひとつ留まる理由があった。
「それに、
「……分かった。無理はするなよ」
真実の意図する内容は伝わったらしい。一総は追及することなく、その場から離れていった。
「はぁ」
瞬く間に見えなくなる彼の背中を追いながら、真実は溜息を吐く。
彼女としては、本当は
すると、そんな彼女の肩をミュリエルが小突く。
「なーに溜息を吐いてるのよ。溜息を吐きたいのは、アタシだって同じなのよ?」
「ご、ごめんなさい」
慌てて謝罪する真実。
詳細は不明だが、彼女はこれから相対する敵と因縁があるようだった。物憂げな彼女を前に、今の態度はよろしくなかっただろう。
ミュリエルは肩を竦める。
「そこまで気にする必要はないわよ。お互いに、全力を尽くしましょう」
そう軽い調子で言うと、彼女は前を見据えた。
タイミング良く、敵の転移が完了する。
現れたのは、前もって感知した通り、金髪碧眼の美女。年頃は二十半ばか。両眼には激しい憎悪の炎が灯っていた。否、憎しみ以外の感情が一切宿っていなかった。まさに修羅の如く。せっかくの美貌を台なしにするほどの般若がいた。
(あれ?)
真実は僅かな違和感を覚える。広範囲感知では気づかなかったが、目前の女性にどこか見覚えがあったのだ。
ただ、それを晴らす時間は与えられない。
真実とミュリエルを認めた彼女は、つり気味の
「『
冷たくて荒々しい声。
弱々しい生命であれば、今の言葉だけで摘み取れてしまうだろう、戦慄の一声だった。
同時に、真実は理解する。この女性は
彼女の推測が正しいことは、その後すぐに証明された。
「彼なら先に進みましたよ、エリザベート・バァカホさま」
その名は、真実も記憶していた。先日の霊魔国対王国の戦争で、王国側の総大将を務めていた王女。そして、かつて婚約者を一総に殺されている人物だ。
見覚えがあるのは当然だった。彼女は、以前協力してくれたナディア第五王女の姉。顔のパーツが所々似ているのである。
王国軍を足止めに向かった際、その行方が不明だった彼女だが、すべて得心できた。『ブランク』がエリザベートの身柄を確保していたのなら、見つからないに決まっている。
ミュリエルに声をかけられたエリザベートは盛大に舌打ちした。
「化け物の分際で、
「それは失礼。王国の流儀で、初対面の方はフルネームでお呼びすると習ったものですから。よろしければ、正しいマナーをご指導してはいただけません?」
王国人らしい悪意溢れた人外差別だったが、ミュリエルは眉ひとつ動かさない。それどころか、小馬鹿にした風に笑い返した。
鮮やかな返球に、エリザベートはさらに眉根をつり上げた。これ以上は上げようがないほど、彼女の表情は鋭くなっている。
「ほざくな、化け物が。
ドスの利いた声が一帯へ響く。含まれた怒気が周辺の廃墟が揺らす。
ただ、相変わらずミュリエルは動じない。笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。
「それは叶わぬ願いですよ。彼はすでに次のフロアへ向かってしまいましたし、あなたを先へ通す気などアタシにはございません。そのような事実、火を見るより明らかでは?」
あおる、あおる。ミュリエルは、セリフの随所に嘲笑を混ぜた。
格下だと認識している種族にこういった物言いをされ、プライドの凝り固まった彼女が黙っていられるはずもない。
冷静に考えれば、ミュリエルがわざと
ギリギリと奥歯を鳴らし、エリザベートは怒鳴る。
「そこまで死にたいのでしたら、いいでしょう。『黒鬼』より先に、お前を葬って差し上げます!」
見事に誘導された彼女の目に、もはやミュリエル以外は映っていなかった。
エリザベートの霊力は憤怒と共に膨れ上がり、それに応じてミュリエルも霊力を高めていく。壮絶な霊術合戦が、今始まろうとしていた。
「こっちはミュリエルに委ねた方が良さそうですね」
むしろ、関わった方が迷惑をかける確率が高い。側から見ていた真実は、そう独りごちた。
「なら、当初の予定通り動きましょうか」
彼女は小さく呟くと、ミュリエルたちの戦場から離脱した。
これくらい距離を置けば大丈夫と確信を持てる場所まで来ると、真実はいよいよ準備を始める。両手を胸の高さまで掲げ、右手に魔力を、左手に霊力を込める。その
納得のいくまで圧縮した後、球状にまとめ上げた
そうして一分ほど。煮えたぎる力を内包した一球が誕生した。
満足のいく完成度に頬を緩める。
「さーて、害獣駆除といきますか!」
快活な声と共に、真実は手元の球体を空へと放った。
地面と垂直に飛び出したそれは、勢い衰えず、まっすぐまっすぐ空を駆け登る。
そして唐突に、天高く届いた一球は、まったくの前触れなく弾けた。内包した力を雨の如く地上へ降らせた。
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