xSS-x-10 閑話、新春、大食い大会

「レディースアンドジェントルメーン! そろそろインターバルもお終いです。大勢の観客にお集まりいただいている「新春大食い大会」。引き続き、わたくしことJJが実況でお送りしたいと思います!」


 耳にうるさいアナウンスの後、百は超えるだろう観客による歓声が聞こえてくる。


 場所は、アヴァロンの外縁部に存在する巨大アリーナ。その中央に設営されたステージの上に、私――村瀬むらせ蒼生あおいは立っていた。


 理由は言わずもがなだろう。今日、一月四日に行われている大食い大会の参加者だからだ。


 この大会、例年ならそこまで盛り上がらないのだが、とある要因によって劇的な人気を博していた。そしてそれは、私がこの大会に参戦した理由でもあった。


 というのも、今大会の優勝賞品が、一総かずさのフルコースディナーを食べられる権利なのだ。


 え? 一総の料理なら毎日食べてるじゃないかって?


 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、わかってないなぁ。一総がいつも作ってるのは家庭料理、フルコースのモノとは全然違う。彼がその辺の差異を理解してないはずがない。つまり! 日頃とは違う一総のおいしい料理が食べられるってこと! おわかり!?


 っと、思わず熱くなってしまった。彼の料理の話となると頭に血が昇っちゃうのは、私の悪いくせ。反省反省。まぁ、その情熱があったからこそ、決勝まで勝ち残れたのかもしれない。


 ――そう、私は決勝までちゃっかり勝ち残ったのだ。参加総数千人からトップ2まで残れたのは、さすがに自慢しても良いんじゃないかな。ちなみに、真実も参加してたけど、予選敗退してる。彼女は大食らいってわけでもないし、そこは仕方ない。


 私が物思いにふけっていると、JJが大会を何やら話し始める。


「では、今から決勝を始めるのですが、その前に新たなゲストをご紹介いたします!」


 もう決勝しかないのにゲスト? と私を含めた皆が首を傾いだ。モニターに近い実況席へ顔を向け、その姿を確認しようとする。


 JJの隣に座る人物を見て、私は目を点にした。何故なら――


「本年度の優勝賞品の提供を快諾してくださった、『救世主セイヴァー』の伊藤一総さんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 見慣れた顔があった。この数ヶ月、ずっと共にすごしてきたのだから、見間違うはずがない。確かに、一総がいた。


 観客席から某王女さまの「きゃー、カズサァァァ!!!」なんて黄色い声とシャッター音が聞こえてくるが、スルーする。今は、彼が実況席に収まってる理由が知りたかった。


「どうも、ご紹介に預かった伊藤です。本当は予選から顔を出したかったんですが、急用が入ってしまい、決勝のみとなってしまいました。申しわけありません」


「いえいえ、お気になさらず。『救世主』ともなれば、色々とお忙しいでしょう。私としては、どうしてゲスト出演を受けてくださったのかが気になるのですが。こういう依頼は承諾しない方だと有名なので」


 出演依頼もダメ元だったみたいですよ、とJJはおちゃらける。


 すると、一総は小さく肩を竦めた。


「友人が参加すると聞きまして、どうせなら驚かせてみようかなと」


「ほーう。伊藤さんは、意外と茶目っけのある方なんですね。もっと、硬派なイメージがありましたよ」


「まぁ、私から人を遠ざけてるところはありますからね。あと、いろいろと噂されてますし、近寄りがたい印象が先行してるんでしょう」


「ああ、『異端者』とかですね~!」


「名称だけ見るとカッコイイでしょう?」


「あっはっはっはっ。そう言えちゃう辺り、さすがですねぇ」


 誰だアレは……。


 JJと愉快に話を盛り上げる一総を見て、私は目を疑った。


 私と違って、彼は無口でも無表情でもない。しかし、不愛想な部類ではあった。場を和ませるジョークなんて滅多に言わない。


 それがどうだ。あそこにいる一総は、見事に観客の心を掴む会話を繰り広げていた。朗らかに笑みを作ってもいる。あまりにも別人だった。


 それに、ゲスト出演を受けた理由も、説明になっていない。何せ、私が参戦したのは、彼が優勝賞品を提供したから。彼が大食い大会に関わったからこそ私が関わったわけで……。順序が逆だった。


 何か意図があるんだろうか?


 頭を捻るものの、答えは出てこない。


 そんな間も、実況席の二人は会話を続ける。


「いやぁ。それにしても、伊藤さんのお陰で今年の大会は大盛り上がりですよ! 左坏祭で超人気を博した料理のシェフ、伊達ではありませんねッ!」


「私も驚いてます。ただの学生が開いた喫茶店が、ここまで人気を広げるとは」


「それほど伊藤さんの料理が美味しかったということですよ。私も左坏祭で食べに行きましたが、あの行列に並んだ甲斐があったと思いましたもの」


「そう言っていただけると嬉しいですね。趣味でたしなんでただけですが、やはり誰かに喜んでもらえるのは嬉しいものですよ」


 チラリと一総がこちらを見る。


 ……私が彼の料理を美味しく食べてるのが嬉しいってこと? 迷惑かけっぱなしだから、そういうところで喜んでくれてるのなら、私の方こそ嬉しい限りだ。私が、彼に何かを返せる時間は残り少ないのだから……っと危ない危ない。今は気落ちしてる場合じゃない。


 とめどない思考に陥りそうだったので、私はかぶりを振って、余計な考えを追い出す。


 それと同時に実況席の会話は終わったようで、決勝の開始が宣言された。


「雑談もそこそこに。皆さまお待ちかねの、決勝を始めて参りましょう!」


 アリーナに詰めかけた観客たちから歓声が沸き、空気が大きく揺れる。すごい盛り上がりだった。


「ルールはこれまでと同じ。時間制限は三十分で、その間にどれだけお題の料理を食べられるか。無論、異能も禁止ですよ~」


 異能の言及をするところが、アヴァロン開催の大会らしい注釈だろう。異能アリだと無尽蔵で食べられる人が出てきそうだ。一総とかつかさとか。


「それでは、決勝のお題の発表です! 今回はなんと~……おしるこだ! お正月ならではの定番甘味ですね」


「お餅はお腹に溜まりやすいですし、なかなかツライ戦いになりそうですね」


「ですね! あと、できたてアツアツなので、火傷にはご注意ください!」


 お汁粉かぁ。これまでの戦いで結構食べてきたし、おやつには持ってこいかも。


 私は笑みを浮かべ、用意された席へ着く。


 すると、隣に座った対戦相手が声をかけてきた。


「もう勝ちを確信してるってか? ずいぶんと俺も甘く見られたもんだなぁ」


 嘲りを含んだ声を受け、私はチラリと相手を見る。


 大食いらしいと言ったら偏見なんだろうけど、たいそう大柄な男だ。肥満体型と言い換えてもいいかも。座ってる椅子が、ミシミシと音を立てるくらいには重い。


 彼とは初対面のはず。どうして、ここまで敵視されるか見当がつかなかった。


 私が無言でいると、彼は続ける。


「だんまりか。まぁいい。お前も多少はやるようだが、俺の敵じゃないね」


 そう言って、彼はそっぽを向く。


 うーん。答えなかったというより、どう答えていいか分からなかっただけなんだけど……気にする必要もないか。どうせ、この決勝だけのつき合いなんだから。


 気持ちを切り替えて、私は対戦開始の合図を待つ。


 おしるこを携えた配給の人たちもスタンバイし、場の空気が緊張に包まれる。


 そしてついに、火ブタは切られた。


「新春大食い大会、決勝開始です!」


 JJのかけ声と共に、おしるこが目の前に置かれる。


 対戦相手はものすごい音を立てて食べ始めるが、私はそんなことをしない。いつも通りお椀を手に取り、味わうように食べ始めた。


 競い合いと言っても、ただ胃袋に押し込むだけじゃ料理がかわいそうだ。しっかり味わう。これが大切。


 うん、おいしい。アンコの甘さと……汁にダシを使ってるのかな? 絶妙な塩加減がいいハーモニーを作り出してる。餅も完璧。ダシを吸うことを前提にした焼き加減みたいで、歯ごたえがちょうどいい。このおしるこ作ってる人は、かなりの腕前だ。


「ガツガツ猛烈な勢い食べる肥肥ひごえ選手と、静かに黙々と食べる村瀬選手。食べ方が両極端な二人ですね」


「性格が出てるというのもありますが、村瀬選手の場合は”競技”よりも”食事”の意味合いが強いんでしょうね」


「というと?」


「競い合いよりも、味わって美味しく食べる方を重視してるってことです」


「あ~、確かに! 村瀬選手を見てると、ものすごく私もおしるこを食べたくなりますね! 今後もしかしたら、食べ物のCMに誘われるかもしれませんね、美人ですし!」


「あり得そうですね」


 一総たちが何か他人事のように話してるが、今はおしるこを食べるのに集中する。かなりおいしいから、全然飽きが来ない。


 大食い大会の何がつらいって、ずっと同じ料理を食べ続けるから飽きる。途中で別の間食でもできたらいいのに。まぁ、今回は大丈夫っぽいけど。


 黙々と食べ続けること二十分ほど。何やら会場がざわつき始めた。


 特に気にしていなかったが、JJの実況により理由を把握する。


「おおっと~、肥肥選手のペースがガクッと落ちたぞ。ここまで破格のペースで食べてリードしてきた彼だが、限界に近づいたか?」


「水分と炭水化物の組み合わせですからね。食べ物が水気を吸うため、結構お腹に来るんですよ。肥肥選手は、その辺りのペース配分をミスしたのかもしれません」


「なるほど! それに比べ、未だ数では劣るものの、村瀬選手は落ち着いたペースですね」


「彼女の場合、胃袋に限界があるか怪しいですね。彼女が満腹で動けなくなったところを、今まで見たことがありません」


「そういえば、伊藤さんと村瀬選手はご友人でしたね。しっかし、小柄な村瀬選手のどこに、あの量の食べ物が収まってるんでしょう」


「世界七大不思議ですね」


「『救世主』の方にそう言われると、ホントに摩訶不思議さが増しますね~。まぁ、栄養がどこにいってるかは一目瞭然ですが!」


「……セクハラですよ」


「おっと、失礼!」


 観客一同の視線が、私の体の一部に集中した気がする。何故かは分からないけど、ろくな理由ではなさそうだから、JJをひと睨みしておいた。ビビってるビビってる。大満足。


 ふと、別の視線が私に向いていることに気づく。


 その正体は対戦相手の男だった。確か、肥肥といったか。恨めしげな眼を私に向けていた。


 そんな目を向けるくらいなら、手を止めてないで食べればいいのに。


 内心で呆れつつ、私は食べ続ける。


 そして――


「タイムアァァァァァップゥゥゥゥ!!!! 決勝終了です! 結果は一目瞭然ですね。序盤はハイペースで食べる肥肥選手の勝利かとも思われましたが、終盤で完全に手が止まる。そこを追い抜いた村瀬選手の完全勝利だぁぁぁぁ!!!」


 アリーナに盛大な歓声が響く。どれも私の勝ちを祝うもの。


 大勢に祝われるのは嬉しい。だが、私の意識は違うところに向いていた。


 両拳をギュッと握り締め、めったに動かない頬を上げる。


「よし、かずさのフルコースディナー、ゲット」


 我ながら、どこまでも食欲に忠実だった。








          ○●○●○








 後日、一総宅。


 私は大食い大会の優勝賞品である、フルコースディナーを堪能していた。


 数多の世界の料理を、プロに匹敵する腕によってアレンジした数々。それらの評価を言葉にするには、あまりにも私の語彙力が足りなかった。無念で仕方がないが、それほど美味だったのだ。


 食後のデザートと紅茶を口にしつつ、私は対面に立つ一総へ尋ねた。


「どうして、大食い大会に関わったの?」


 それは、私が大会参加を決める時から疑問に思っていたこと。


 彼は日常的なイベントは好きだが、高頻度で異世界に召喚される体質を隠す都合、公に姿を出す機会を控えていた。今回の大会も、決勝直前まで異世界にいたという。


 一総らしくない行動にどのような意図があったのか。友として、とても気になるところ。もし、困りごとがあるのなら、何か協力したかった。自分にできることはないのかもしれないけど。


 一総は「あー、うん」と曖昧に頷いてから、逡巡する素振りを見せる。


 そのあと一分ほど置いてから、彼は口を開いた。


「村瀬を元気づけたかったんだよ」


「へ?」


 思いがけない言葉に、私は情けない声を漏らした。


 私を元気づけたかったって、どういうこと?


 疑問符を浮かべる私を見て、言葉が足りなかったと思い至ったのか、一総は続ける。


「『空の部屋』の一件以来、何かに悩んでるように見えてな。だから、好きな料理に関するイベントにでも参加すれば、気が紛れるって考えたんだよ」


「じゃあ、優勝賞品を提供したのも、ゲスト出演を受けたもの、私のため?」


「そうなるな」


 照れくさそうに頬をかく一総。言っては悪いが、その姿は可愛らしく思える。


 しかし、全部私のためだったんだ……。


 覚悟を決めたとはいえ、未だ私は迷っていたみたいだ。それが表情に出てしまったんだろう。


 自身の不甲斐なさを情けなく思うと同時に、不器用にも気を遣ってくれる彼に感謝の気持ちを抱く。


 確かに、大会に出場してる間は、ほとんど嫌なことを忘れられてた。純粋に、食事を楽しめてた気がする。


 これも、すべて一総のお陰。だから、私は――――


「ありがとう、かずさ。でも、私はだいじょうぶ」


 湧き上がった感情にフタをして、私は精いっぱいの笑顔を向けた。普通の人に比べたら頬笑み程度でしかないかもしれないけど、私にとっては満面の笑み。


 それを受け、彼は何を思ったんだろう。一瞬息を呑んだ後に、どこか悲しげに笑っていた。


 彼に悟られた可能性がある。


 それでも、私は止まれない。私は、私の決めた道を進む。大切なものを守るため、贖罪しょくざいのため、私は命を賭して戦うのだ。

 

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