xSS-x-09 閑話、サンタクロース大作戦
「こっちの世界にはサンタクロースっていう、未成年にプレゼントを配り歩く聖人がいるのよね。日本では二十歳からが成人らしいし、アタシの元にも来るのかしら? とっても楽しみだわ!」
ミュリエルの発言に、その場の一同が凍りついた。
発端はつい先程のこと。
せっかくのクリスマスイブだというのに、
一総がいないのに、何か良いことでもあったのだろうか。そう疑問に思った真実が尋ねたところ、先の返答があったわけである。
固まる真実を不思議そうに眺めつつ、読書に戻るミュリエル。この世界に訪れて間もない彼女は、いち早く世間慣れするために尽力しているのだ。
ミュリエルが読書を再開してしばらく。固まっていた面々も再起動を果たす。
そして、真実が声を上げた。
「しゅ、集合!」
声の先は、同室にいた
一同は素早くリビングの隅に集まり、顔を突き合わせる。
「さっきの発言、一体どういうことですか?」
真実は、ミュリエルに一番近い人物であるミミたちへ尋ねる。
すると、彼女たちは渋い表情を浮かべた。
「どういうことも何も、言葉のままだと思うッスよ」
「申しわけございません。ムムたちも、お嬢さまがアレを信じているとは存じておりませんでした」
「いえ、責めてるわけじゃないんですよ。事情を知ってたら、今後の方策になるかなと思ったんですが……」
真実は頭を抱える。
アレとはサンタクロースのことである。クリスマスの代名詞であり、子供たちのヒーローたるサンタクロース。その実在を子供たちが議論するのも定番ではあるのだけれど、まさか十七の少女が真面目に信じていたのは予想外がすぎた。
動揺する面々を余所に、蒼生は首を傾ぐ。
「正直に事実を伝えればいい話じゃ?」
彼女は、真実たちが何を悩んでいるのか見当がつかなかった。いないものはいない、そう教えれば良いだけの話ではないかと。嘘を嫌う真実が、率先して
すると、司があははと苦笑いを溢す。
「そうできれば楽なんだけどね。サンタクロースの実在の有無ってデリケートな話なんだよ。特に、それを信じ切ってる人にとっては」
存在しないと知れば、ショックを受けるのは間違いない。しかも、あれほど楽しみにしている様子を見ると、下手をすればトラウマを植えつけてしまうかもしれなかった。
本来は歳を経るごとに少しずつ理解していくものなのだが、どうしてかミュリエルはサンタクロースの実在を疑っていなかった。
この世界に来てから半月。おそらく、その過程で”サンタクロースは実在する”なんて情報をインプットしてしまったのだろう。
未だ納得のいかない蒼生であったが、そういうものかと無理やり呑み込むことにした。
全員の理解が得られたところで、一行は対策会議に乗り出す。
「で、どう対処しましょうか?」
「本当のことは……教えられなさそうだね」
チラリとミュリエルを覗けば、しきりに時間を気にする彼女の姿が。サンタクロースを今か今かと待ち望む光景があった。
ここでサンタクロースはいないなど言ってしまったら、かなり落ち込むのは想像に難くない。
「であれば、プレゼントを用意する他にないのでは?」
ムムの言、それは真理だった。
他の面々は神妙に頷く。
「うん。他に手段はなさそう」
「やるしかないッスね」
「はぁ。まさか、この歳で子持ちの親御さんの気持ちを理解してしまうなんて」
眠るミュリエルに気取られず、プレゼントを枕元に置く。一見簡単そうに思えるミッションだが、実際はとんでもなく難易度の高い仕事だった。
何せ、魄法を修め、精霊魔法を極めた者が相手だ。気づかれず寝込みに近づくなど、そう易々と行えるはずがない。まして、今のメンバーに隠密専門はいないのだから。
また、彼女たちには、もうひとつの難題が存在した。
「なにをプレゼントするの?」
蒼生の疑問。
そう、彼女たちの手元にはプレゼントがない。そも、ミュリエルが何を求めているのかも知らなかった。欲しいものを探るところから始めなくてはならない。
「ストレートに訊くと、勘ぐられそうッスよね」
「色々タイミングが良すぎますからね」
姉妹の言うように、直接「今、何が欲しいの?」とは尋ねられない。疑いを持たれるのは間違いないし、魄法を習得している彼女を嘘で誤魔化すのも難しい。
ともすれば、迂遠な方法で訊き出すしかなかった。
「ここは私に任せて」
司が胸を叩く。
「よろしくお願いします」
真実は頷いた。
この中で一番知略に長けるのは彼女だ。人選としては、もっとも的確だろう。
良い作戦があるのか、意気揚々とミュリエルの元へ向かう司。
「ミュリエル、ちょっといいかな?」
「何かしら?」
「サンタさんにお願いするプレゼントは何かなって思って。教えてくれない?」
「……どうして、そんなことを?」
直球すぎる問いかけに、ミュリエルは怪訝そうな表情をした。後ろの面々も、ハラハラした様子で見守っている。
しかし、司は冷静だった。
「もちろん、サンタさんに聞いてもらうためだよ。サンタさんは、日常の中での言葉を拾うことで、その人の欲しがってるプレゼントを知るんだ。だから、ここで話しておけば、サンタさんに知ってもらえるでしょう?」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
「……ふーん。サンタクロースって盗み聞きみたいな真似をするのね」
「そうでもしないと、世界中の子供のプレゼントなんて分からないんじゃないかな?」
「一理あるわね」
最初こそ疑いの眼差しだったミュリエルだが、司の巧みな会話により、次第に得心した表情になっていった。
これには、見守っていた者たちも感心する。
司は再度問う。
「で、何が欲しいの?」
「バイクよ、霊力エンジン搭載の」
「へぇ~」
思わぬ答えに、司は意外そうな声を上げた。
その反応は予想できていたようで、ミュリエルは肩を竦める。
「この前本で読んだ、ツーリングっていうのに興味が湧いたのよ。カズサと一緒に走れたら気持ち良さそうと思ったの。まぁ、まだ免許がないから、走れるのは当分先だけれど」
彼女は彼女なりに、この世界での趣味を見つけようとしているようだった。
司は感心しつつ、ミュリエルへ礼を言った。
「ありがとう、教えてくれて」
「別に構わないわ」
お互いに挨拶を交わし、司は真実たちと合流する。
「しっかし、予想を超えるものが出てきましたね」
二人の会話を盗み聞きしていた真実は、腕を組んで唸る。
普段のミュリエルの生活を見て、本を筆頭としたインドアな代物を想像していたのだ。
司はスマホをいじりながら返す。
「予想外ではあったけど、買えなくはないよ。ほら、これくらいまでなら大丈夫そう」
そう言って、彼女はスマホの画面を全員に見せる。バイクのカタログページのようで、いくつものバイクの写真と値段が映っていた。
それを見て、真実はゲッと乙女にあるまじき声を上げる。
「安い中古品でも百万近くするじゃないですか。しかも、センパイが指してるのって、五百万のやつですけど!? どこか『買えなくはない』ですか」
真実は、政府からの勇者保障と両親の遺産の残りを切り崩して生活している。両親の遺産の額は大きなものだが、百万をポンと出せるほど余裕があるわけでもない。
蒼生、ミミ、ムムは言をまたない。彼女たちは一総からお小遣いをもらっている立場ゆえ、そのような大金を所持しているはずがなかった。
つまり、バイクを買うとしたら、司が単独で払うことになる。
だのに、司は何てことないように語る。
「霊力エンジンの作成って、結構コストがかかるみたいだね。でも、安心していいよ。私、一等治癒師の仕事で稼いでるから、これくらい平気」
一等治癒師は欠損部位の再生が可能だ。確かに、そういった治療を行うなら、相当給金が出るのは間違いない。だからといって、五百万を簡単に出せるほど稼いでいるとは、夢にも思わなかった。
唖然とする一同だったが、残された時間は少ない。すぐに我に返り、準備を進めることにする。
「じゃあ、早速買いにいきましょう」
「そうだね。契約とかで時間食うし、今から行った方が良いかも」
「私はお留守番」
蒼生は呟く。
対外的に、彼女は一総の傍を離れられないことになっている。よって、一総なしで外出するわけにはいかなかった。
司は手を振る。
「大丈夫大丈夫。蒼生ちゃんにはミュリエルを見張っててほしいから、そっちをお願いできる」
「わかった」
「では、ムムたち姉妹は二手に分かれましょう。ムムが購入につき添いますので、姉さんは蒼生さんのお供を」
「了解ッス!」
こうしてサンタクロース作戦は決行され、それぞれ役割を遂行するのだった。
○●○●○
翌朝。同居する蒼生、ミュリエル、ミミ、ムムはもちろん、何故か住みついている真実と司がリビングに集まる。
ミュリエル以外の面々は、何故か狐につままれたような表情をしていた。
昨晩、彼女たちの奮闘の甲斐もあって、無事に枕元へ――サイズ的に部屋の中にだが――プレゼントを置くことに成功した。当然、ミュリエルの眠りも妨げていない。ミッションコンプリートと評して良い。
だから、彼女たちが動揺している原因は別の問題。
例外的に、一人だけ笑顔だったミュリエルが、怪訝そうに問う。
「みんな、どうしたの。そんな不思議そうな顔をして?」
皆、即答しない。ただお互いの顔を見合わせるだけ。
いつまでも埒が明かないと考えたのか、真実が口火を切った。
「私の枕元に、見覚えのないプレゼントが置いてあったんですよ」
彼女は、綺麗に包装された直方体の箱を出す。
それを皮切りに、「私も……」と全員が似た箱を見せた。
ミュリエルが笑顔で言う。
「みんなもサンタクロースからプレゼントを貰えたのね! アタシも貰えたのよ、みんなとは違って、手に持てるモノではないけれど」
大はしゃぎする彼女を見て、真実たちは釈然としない気持ちになった。
ミュリエルにプレゼントを贈ったのは自分たちで間違いない。では、自分たちにプレゼントを置いていったのは誰かと。
心当たりがないわけではない。第一容疑者は、現在台所で朝食を作っている一総だ。しかし、面倒くさがりの彼が、このような手の込んだマネをするか疑問だった。プレゼントを用意するにしても、直接手渡しするだろう。
一同が首を捻っている間も、嬉しそうにプレゼントの話を続けるミュリエル。その会話の中に、聞き捨てならないセリフが投下された。
「バイクを貰えたってだけでも嬉しいのに、何とオーダーメイド品なのよ。サンタクロースの仕事の手際には脱帽よね!」
「「「「「えっ!?」」」」」
「うん? どうかした?」
驚きの声を上げる面々に対し、ミュリエルは首を傾げる。
真実が訊く。
「オーダーメイド、ですか?」
「ええ、黒と銀のラインが主なデザインの大型バイクで、おまけにアタシの紋章の描かれているのよ。早く免許取らなくちゃいけないわね」
「そ、それは良かったですね」
嬉々として語る彼女に、真実はかろうじて首を振ることしかできなかった。
そも、真実たちが用意したバイクは大型ではない。デザインも黒ベースではあるものの、一般的な普及品だ。どう考えても、自分たちが用意した代物ではなかった。
全員が動揺を隠せないでいると、不意に司が大声を上げる。
「ああああ!!!???」
「ど、どうしたんッスか?」
「お金が……戻ってる」
ミミが尋ねると、司はスマホの画面を見つめながら愕然と返した。
「昨日使った五百万が、丸々元に戻ってる」
「「「「……」」」」
バイク購入に使ったお金が返ってきた。その事実に、真実たちは絶句するしかない。
ありえない現象の連続。ことここに至っては、もはや疑問の余地はなかった。
ミュリエルを除く一同は、駆け足で台所へ向かう。そして、調理中の一総へ詰め寄った。
「一総くん、どういうこと!?」
「サプライズするなら、先に伝えてほしかったです!」
「ミミたちの苦労が水の泡ッスもんねぇ」
「さすがに、今回は目に余ります」
「説明、求む」
「な、何なんだ、いきなり」
突然のできごとに、さしもの一総も驚いた表情を浮かべた。
興奮冷めやらぬ様子の彼女たちへ、何とか落ち着いてもらおうと尽力する。
それから数分後。ようやく聞く耳を持った彼女たちから、昨日から今朝にかけての話を聞いた。
すると、一総は大笑いする。
「はっはっはっはっ、何ごとかと思えば、そういうことか」
「笑いごとじゃないんですけど」
ブスッと唇を尖らせる真実。
一総は笑声を収め、謝罪を口にした。
「ごめんごめん。まさか、そんなことになってるとは思わなくてな」
「えっと……その口振りだと、今回の件は一総くんの仕業じゃないの?」
まるで初耳だというような態度に、司は疑問を投じた。
「ああ、オレはノータッチだ。キミたちへのプレゼントだって、別に用意してるぞ」
「じゃあ、これは誰が?」
手にしたプレゼントを掲げ、蒼生は尋ねる。
一総は、何てことない風に即答した。
「誰って、サンタクロースしかいないだろう」
「へぇ、サンタクロースだったんですか、それなら納得……できるわけないでしょう! えっ、サンタクロースって実在するんですか!?」
あまりに何気なかったものだから、ノリツッコミ風になってしまった真実。
とはいえ、彼女以外も同じ驚きをしていた。
一総は肩を竦める。
「実在するぞ」
「で、でも、私は一度もプレゼントなんてもらったことないですよ?」
「現代のサンタクロースがプレゼントを配り渡ってるわけないだろうが。そんなことしたら不法侵入罪で捕まるし、プレゼントだって不審すぎて捨てられる」
「そりゃそうですけど……」
サンタクロースなんて夢の存在を語っておきながら、妙に現実的な問題を提示され、真実はたじろいだ。
彼は続ける。
「今のサンタクロースは、それぞれの家庭環境に合わせたモノをプレゼントしてるんだよ。両親の仕事終わりを早めたり、休暇になるように働きかけたり。あとは……株価を操作して、親御さんがプレゼントを買えるように手配したり」
直接的なプレゼントは止め、今は婉曲的な支援を行っているのだとか。
「まぁ、今のは割と直接的に手を出してる方だ。大多数は、もっと遠回しな方法を取ってる。そうでもしないと、世間がうるさいらしい」
「まるで、サンタクロースと話したことがあるような言い回しだね」
苦笑いを浮かべる司。
それに対し、一総は真顔で答えた。
「話したことあるぞ。それどころか、サンタの仕事を手伝ってる」
「「「「「はぁ!?」」」」」
何度目の驚愕だろうか。真実たちは、またもや声を上げてしまった。
「場合によってはプレゼントを直接渡す子もいて、その商品提供をしてる。あと、孤児院へ匿名でプレゼントを配るのも、オレがいくつか担当してるな」
「思った以上に、ガッツリ関わってるんッスね……」
「さすがはご主人さま」
憮然と言葉を溢すミミとムム。
他の面々も驚きの連続により、もはや声も出ていなかった。
だが、よくよく考えてみると当然なのかもしれない。サンタクロースは子供たちの希望で、日常を象徴するモノとも捉えられる。彼が、それを放っておくはずがないのだ。
呆然とする彼女たちを余所に、一総は言う。
「ほら、朝ごはんの準備ができたから、食堂へ戻ってくれ。みんなで食べよう」
その後、一総の手によってプレゼントが配られ、午後はパーティーも開かれた。
心臓に悪い朝から始まったものの、今年のクリスマスは楽しく幕を下ろしたのだった。
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