xSS-x-11 閑話、女子会といえばコイバナ

 新年が明けて幾日か。浮かれていた空気も落ち着き、多くの人々は日常へと帰還する。


 それは勇者とて変わらない。


 放課後。波渋はしぶ学園の学生食堂には、何人もの学生の姿が見られた。目的はそれぞれあるだろうが、大半は長期休暇以来に再会した友と駄弁るためだった。


 その中、ひときわ目を惹く集団と言ったら、ひとつしかない。というのも、集まる六人全員が美少女なのだから。


蒼生あおいちゃんは無理だったかぁ。残念」


「一緒にいなきゃいけない伊藤が用事あるって話だったし、仕方ないでしょ」


「またの機会だね~」


 六人のうちの三人。周りから”三人娘”の愛称で親しまれている少女たちが口を開く。


 今回の女子会に集まったのは、三人娘に加えて真実まみつかさ、ミュリエルの計六人だった。いつもなら蒼生も同伴するのだが、今回に限って彼女たちの言った理由で参加を見送っている。


「で、どうなの?」


 唐突に、三人娘の一人である須藤すどうあきが、目を輝かせながら問うてきた。質問の先は真実、司、ミュリエルの三人だ。


 彼女たちは三者三様に首を傾ぐ。


「どうなの、とは?」


 代表して真実が返した。


 前後の脈略も主語もないので、何を訊きたいのかサッパリ分からなかった。


「焦りすぎ。アタシたちは、あんたたちの恋愛事情について訊きたいのよ」


「そうそう! 友だちのコイバナなんて訊く機会がなかったから、気になってしょうがなかったんだ」


 工藤くどうさきの補足に、秋は大きく頷いた。


 なるほど、と真実たちは得心する。


 記憶が正しければ、三人娘は現在恋人はおらず、うち二人は恋愛経験さえも皆無だったはず。年頃の乙女として、そういう類の話に興味津々なのだろう。


 真実たちはお互いに見合い、小さく首肯した。


 特段隠すこともなし。自分の幸せを存分に語りたい惚けたい気持ちもあったので、話しても良いと判断した。


 ただ、秋の問いは抽象的すぎる。もう少し方向性を示してほしいところだった。


「具体的に、何を話してほしいの?」


 司が問う。


 秋は即答した。


「ぶっちゃけ、どこまで進んでるの?」


「えっと……」


 かなり踏み込んだ質問に、司は若干の戸惑いを見せた。いくら友だちの恋愛事情を知りたいからといって、恋に興味津々のお年頃だからといって、最初からアクセル全開すぎやしないかと。


 チラリと他の二人――咲と不動ふどうまきに目を向けるが、彼女たちが止めに入る気配はない。二人も秋と同類のようだった。


 どう答えようかと悩む司。


 別に隠すつもりはないが、こういった赤裸々な話を臆面なく語れるほど、面の皮は厚くない。普通に恥ずかしい。


 ところが、そういう感性とは無縁の者が一人いた。


「最後まで進んでいるわよ。具体的に言うなら、もう何度もセ××スしてるわ。カズサ、かなりテクニシャンなのよ」


「ちょっ、言い方!?」


 ミュリエルのあまりに露骨な発言に、真実はギョッと目を見開く。


 それは司も同じだ。もう少しオブラートに包んだ表現はできなかったのだろうか。しかも、ここは大衆の集う食堂だと言うのに。


 ミュリエル以外が慌てて周囲を見渡し、誰にも聞かれていない事実を確認して安堵する。


 それから、司は彼女をたしなめた。


「ミュリエルちゃん。そういう話はストレートに口に出さない方がいいよ。こういう公衆の場なら余計にね」


「アタシたちと一総は将来を約束しているのだし、性交渉があるのは当然のことではないの?」


「その通りだけど、そういうのは言葉にしないのが普通なんだよ」


「そういうもの?」


「そういうもの!」


 未だ不思議そうな顔をするミュリエルを見て、司は疲労と湛えた息を吐く。


 真面目な性格のミュリエルだが、部分部分で価値観の違いを実感する。異世界の壁は厚いということか。……いや、今回に限っては違う気がする。彼女の傍に侍っていた淫魔姉妹が、笑顔で親指を立てている姿が脳裏に浮かんだ。


 咲が頬を朱に染めながら言う。


「み、ミュリエルって、結構大胆なのね」


「そう?」


「今の内容を顔色変えずに言える人は、そうそういないよねぇ」


 先程まで余裕のあった槙も、若干顔が赤くなっていた。


「じ、じゃあ、カレシの好きなところってどこ?」


 空気が怪しくなってきたところ、秋が話題を変えていく。とても強引だったけれど、誰もが話の継続を望んでいなかったので、ツッコミを入れる者はいない。


 真実は口元に人差し指を当てて唸る。


「うーん……どこがって言われると難しいですね。全部?」


「一番好きなところは?」


「一番ですかぁ」


 秋の補足に、真実は腕を組んで逡巡を始めた。


 司とミュリエルも懊悩おうのうしている。


 好きなところがないのではない。ありすぎて困っているのだ。バカップルである。


 その後、十分以上経っても結論が出なかった。さすがに焦れたようで、槙がさらに提案をした。


「じゃあ、性格云々は置いておいて。伊藤くんの体の特徴で、一番好きな部分を言ってもらうってのはどう?」


 すると、それなら決められると、真実たちは頷いた。


 すぐさま、彼女たちは発言する。


「背中ですね」


「胸板かなぁ」


「目ね」


「その心は?」


 咲が尋ねると、これまた即答が返ってくる。


「大きな背中が、こう……男の人って感じがして好きなんですよね。守られてるっていうか。えへへ」


「顔をうずめると温かい気持ちになれるからかなぁ。あと、筋肉がいい」


「あの真っすぐな瞳に見つめられると、全身が痺れるのよ」


「「「ごちそうさまです!」」」


 照れた様子で語る三人を見て、三人娘は唱和した。全力の幸せオーラを彼女たちは発しており、見ているだけでお腹いっぱいである。


 咲は呆れた風に言う。


「なんていうか……あんたたちが本当に幸せなんだなぁって理解させられたわ。傍にいるだけで胸焼けしそう」


「恋人と一緒にすごせるんですから、幸せで当然じゃないですか」


「いや、そうなんだけど、あんたたちは色々と特殊じゃない? ちょっと心配なところもあったのよ」


「お相手の伊藤くんの人柄は知ってたから、言うほど心配してたわけじゃないけどね~」


 咲と槙の言葉を受け、なるほどと真実は納得する。


 友がハーレムの一員と聞いて、気にならない彼女たちではないのだ。だからこそ、コイバナと称して探りを入れてきたのだろう。


 友だち想いの三人娘に、真実たちは笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます! でも、心配には及びません」


「そうそう。私たち、幸せいっぱいだから」


「カズサは甲斐性ある男だから大丈夫よ」


 対し、三人娘は苦笑する。


「隙を見れば惚けてくるね、三人とも」


「これがリア充ってやつよね。なんかムカついてきた」


「嫉妬は醜いですよー、咲ちゃん。まぁ、悪評はともかく、伊藤くんの実際の人柄や能力は好感が抱けますし、これだけモテるのも納得だよねぇ」


 家事万能で、周囲に気を遣えて、行動力もある。それなりに関わり合わないと気づけないが、一総の魅力的な点は多かった。


「確かに、伊藤くんの印象は春先と比べて変わったね」


「うさんくさい奴って感じだったし」


 槙の意見に、秋と咲の二人も首肯する。


 最初は一総のことを煙たがっていたのに、この数ヶ月で大きく変わったものだ。


 そんな三人をジィィィと真実たちは見つめる。


「「「……」」」


「な、なに?」


「ど、どうしたの?」


 それに気がついた咲と秋は動揺した。彼女たちの視線に、言い知れぬ圧力を感じたのだ。


 二人とは異なり、槙はやんわりと頬笑む。


「そこまで警戒しなくても大丈夫だよ。私たちの気持ちは、せいぜい”気になる男の子”程度だから。全力全霊の司ちゃんたちに突っ込む気概はないから安心してー」


「……嘘ではないですね」


「とりあえず、様子見だね」


「カズサほどの男だもの。当然の結果かしらね」


 槙の発言に、真実たちは得心した態度を取った。どうやら、事態は解決したらしい。


「「???」」


 ただ、秋と咲の二人は理解が及んでいないようで、疑問符を浮かべていた。


 こういうところが二人のモテない原因に繋がるのではないかと、槙は苦笑を溢した。


「そういえば、最近話題のスイーツがあるんだよねー」


「あっ、それ知ってますよ。学生間での軽い取材で聞きました」


 このまま話を続けるのも可愛そうなので、槙は話題を変える。


 それを察してか、真実が乗っかってきた。


「へぇ、どんなの?」


「最近、甘いもの食べに行ってないなぁ」


 甘味の話とあって、他の面々も食いついてくる。





 そのまま他愛のない会話は続いていく。女子高生らしい、甘く、平穏で、何てことない話。


 勇者だって女の子に変わりはないのだから。

 

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