xSS-x-15 閑話、留守番錬成師の一日(前)

 日本アヴァロンの一画に立つ異能訓練場。その中には二人の美少女がいた。


 一人は、白く輝くロングのブロンドヘアを持つ天野あまのつかさ。錬成術を以って創られた肉体は、いつ見ても黄金比を保っており、その美しさは衰えない。


 もう一人は、翡翠色の瞳と栗色のツインテールが特徴である田中たなか真実まみ。体格こそ小柄なものの、小さいならではの愛らしさがある少女だ。今は、いつも装着している野暮ったい黒ブチ眼鏡をかけていなかった。


 彼女たちは揃って、床に突っ伏していた。大きく息を乱し、大量の汗をかき、四肢を力なく投げ出している。ハードな運動を、限界以上にこなした直後のようなありさまだった。


 ──まぁ、現在地を考えれば、二人が直前まで何をしていたかは瞭然だろう。


 しばらくして息を整えた真実たちは、ゆっくり半身を起こしながら言葉を交わす。


「めっちゃ疲れましたー。司センパイ、少しくらい手加減してくださいよ。ダブル相手に『救世主セイヴァー』が本気出すって、大人げなくないですか?」


「手加減したら、こっちがボコボコにされちゃうじゃん。試合形式とはいえ、ダブルが本気の『救世主』と戦って疲労だけで済むのは、色々おかしいんだからね? ちゃんと自覚しようよ」


「確かに、もはや自分の力が普通じゃないってのは、よーく分かってますけど……もうちょっと楽に模擬戦したいんですよ。せっかく、修行バカの一総かずさセンパイが留守にしてるんですから」


「あはは、気持ちは分かるよ」


 うんざりした風に天を仰ぐ真実に、司は苦笑で返した。


 普段の──一総が監督する訓練では、一切の手抜きが許されていない。体力の配分を気遣うのは良いが、基本的には全力で臨むことを求められるのだ。


 それを考えると、彼のいない今回の模擬戦は、たとえ疲労困憊だろうと余裕があった。いつもなら、回復系の異能を使わなくては身動きが取れない状態に陥るのだから。


 とはいえ、一総が厳しく指導するのは、真実たちのことを想っているがゆえなのは理解している。だからこそ、愚痴を溢しつつも地獄の訓練を続けている。


「真実ちゃんから見て、今回の私はどうだったかな?」


 ふと、司が模擬戦の評価を問うてきた。


 真実は「うーん」とあごに人差し指を置いて考え込むと、おもむろに感想を言う。


「おおむね前回までと同じ、こすい戦法だなぁって思いますけど」


「狡いって……」


 あけすけな彼女の言葉に、司は若干頬を引きつらせる。


 ただ、反論もし難い。彼女は、セリフや攻撃などを駆使して罠へ誘導する、という戦い方を好むからだ。ありとあらゆる行動が、ラストアタックへの布石である場合が多い。


 司の反応など気にせず、真実は続ける。


「まぁ、センパイが小賢こざかしいのは今に始まった話じゃないんで構わないんですけど、私に訊きたいのは新技の感想ですよね?」


「……その通りだよ。さすがは真実ちゃん、よく見てるね」


 少し遠慮がなさすぎではないか、というセリフを呑み込み、司は首を縦に振る。


 そう。彼女は今回の訓練の中でも、新しく試みた術について尋ねたかったのだ。


 といっても、真実は新技と評したものの、パッと見た限りでは普通の錬成術と変わらない。たった一度の模擬戦でその本質を見破るところ、改めて真実の眼の性能の凄まじさを感じる。


 真実は瞳を金色こんじきに変え、どこか虚空を眺めながら答える。


「錬成術に“固有世界創造“の技術を逆輸入した感じですか。あとは霊術も混じってる? んー……今の方向性で進めば大丈夫だと思いますよ。司センパイの求める先って、不老不死でしたよね?」


「う、うん。というか、そこまで分かっちゃうんだ。かなりダミーの術式を混ぜたはずなんだけど」


 ここまでアッサリ判別されてしまうと、今まで培ってきた自信が瓦解する。相手が悪いと言ったらそれまでだが、司にも司の矜持が存在するのだ。


 対し、真実は肩を竦める。


「高度に隠蔽されてるから、眼の力に頼ってるんですよ。その辺にあるレベルの隠蔽だったら、力を使うまでもなく一瞬で看破できます」


「はぁ」


 真実のセリフを聞き、司は間の抜けた息を吐くしかなかった。


 彼女は何てことない風に語っているが、術式の解析というのは、そう簡単に行えるものではない。ダミーなしで魔法陣が展開されれば別だけれど、そうでない場合は、早くとも十秒から二十秒くらい読み込む必要があるのだ。司でさえ、五秒ほどかかる。それらは戦闘において致命的なラグだろう。


(これほどまで規格外なら、『救世主』の私と互角に渡り合って当然だよねぇ)


 術式を一瞬で看破し、その上で模写する眼を持つのだ。本来の格上とも対等に戦えるはずである。今でこそ知識や経験不足の彼女だが、その辺りを埋められれば、一総に匹敵する災害級勇者になりそうだった。


 これはウカウカしていられない。


 司は気を引き締め直す。


 恋人一総の隣に立とうと、真実は猛烈な勢いで成長をしている。きっと、ここにはいないミュリエルも同じだ。


 であるならば、司自身も負けてはいられない。恋人になるだけで満足していては置いていかれてしまうと、半ば確信しているがゆえに。


 それは、一総が不老不死である原因の一端を知る司だから抱ける予感だった。


 これからも彼に寄り添うためにも、司は自身の研究を極めなくてはいけない。


「じゃあ、さっきの術式のこの部分なんだけど──」


「ああ、それなら──」


 最善の未来を掴み取りたい一心で、彼女は突き進む。


 二人の談義は、その後もしばらく続いた。









          ○●○●○








「……ここに来るのも久しぶりだね」


 司が降り立ったのは、ひとつの街だった。


 ただ、普通の街ではない。石造りの尖塔が何本も立ち並ぶ、やや風変わりな様相の場所だ。おまけに、空のあちこちに人影が飛び交っている。


 この街の名は、魔術都市“カラクリ“。魔術や錬成術などの研究が、盛んに行われている一大都市だ。無論、異世界であり、かつて司の召喚された地でもある。


 司は『連世の門』を使い、この地に足を運んでいた。というのも、とある研究材料が在庫切れを起こしていたのに気づいたため、仕入れに来たのである。


 早速、行きつけの店へ足を進める司。材料が足りなくなる度に赴いているので、今さら迷う心配はない。


 淀みなく足を動かす中、司は自然な流れで周囲を見渡す。


 研究施設である多数の尖塔や地と空を行き交う魔術師たち、時折発生する大爆発など、カラクリの街の様子は相変わらずである。だが、以前に訪ねたのが一年前であったためか、若干の空気の違いを感じた。悪い気配ではないのだが、妙な違和感を覚える。


「冒険者が増えてる?」


 歩きながら観察すること僅か、相違点を発見した。冒険者──魔物専門の狩人──の人数が増えているようだった。以前までは、ほとんど魔術師しか見られなかったというのに。


 カラクリの周辺は比較的安全な地で、冒険者の実入りは少ないと聞いていたが、この一年で環境が変わったのだろうか。


 そのような疑問が浮かぶものの、確かな答えは出ない。それを得るには情報収集をするしかないけれど、今は材料の購入が優先だった。どうせ、この街の滞在は短いのだから。


 冒険者から注がれる好色の視線を無視しつつ、司は路地裏へ入る。そして、グネグネと続く迷路のような道を辿り、たっぷり三十分かけて、ようやく目的の店に到着した。


 ボロボロの廃屋に囲まれた、これまたボロボロの一軒家だった。『ワーテイルの魔術屋』という看板によって、かろうじて店と理解できるものの、入店するのは躊躇ためらってしまう外観だ。


 ところが、司にその躊躇ちゅうちょはない。これまでの足取りと変わらず、テクテクと店の中へ入っていく。


 ギィィィィと錆びた金属の音を響かせながら、入口の扉を開く。


 先に広がるのは、ゴミ屋敷と見紛うほどゴチャゴチャした店内だった。所狭しと物が溢れており、強烈な圧迫感を覚える。


 実は、ここにある全ての物品が魔術や錬成術の触媒であり、どれも貴重な代物だったりする。物量のせいだけではなく、各々の秘める魔力が圧力を放っているのだ。この場所を知らない魔術師がこの光景を見たら、十中八九卒倒するに違いない。


「ここも相変わらずだ」


 前訪れた時と全然変わってない様子に苦笑しながら、司は店の奥へと進む。


 下手すると周囲の品が雪崩と化しそうだが、彼女の歩みに迷いはない。勝手知ったる我が家と言わんばかりに、すいすいと歩いていく。


 そしてとうとう、司は目的の場所に到着した。建物のほぼ最奥に位置するレジカウンター、そこに一人の年老いた男性が腰かけていた。


 彼女は老人へ声をかける。


「買い物に来たよ、ワーテイル」


 名前から察しがつく通り、彼はこの店の主人だった。


 ワーテイルは腹まで伸びた長い白髭をさすりながら、目を細める。


「来たか、小僧。今回はだいぶ遅かったのぅ」


 今のセリフから推察できるかもしれないが、ワーテイルは司の正体を知っている。彼とは長いつき合いであり、未熟だった頃に見破られてしまったのだ。まぁ、辺鄙なところで店を構えているような人物なので、他人に喋る心配はいらなかったが。


 閑話休題。


 ワーテイルの口調はからかいの混じったものであったが、どことなく親しみを感じる。ひねくれている彼ならではの、親愛の表現方法だった。


 それを理解しているゆえに、司も目くじらは立てない。彼に倣うよう、微かな毒を混ぜて返す。


「小僧はやめてって何度も言ってるよね。同じ指摘を繰り返させるなんて、やっぱり歳には勝てないのかな?」


「ふん。わしからすれば、お主など小童こわっぱと変わらん。わっぱを小僧呼びして何が悪い」


 毎度行われる慣れたやり取り。この後、司が“どれだけ前より実力を向上させたか“を語るまでがワンセットなのだが、今回は少し展開が異なった。


 いじけるでもなく、悔しがるでもなく、司はニヤリと自慢げに笑んだ。


 いつもと違う反応に、ワーテイルは怪訝そうに問う。


「なんじゃ、その気味悪い笑顔は。何か悪いものでも食ったのか?」


「気味が悪いとは失敬な。何てことないよ。ただ、私はもう大人のレディーになったってだけだからね」


 ふふん、と形の整った胸を張る司。


 その態度を見て余計に困惑するワーテイルだったが、次第に司の言わんとしている意味を理解したらしい。瞠目どうもく、口をポカンと開く。


「こりゃ驚いた。いつの間に、そんな相手を見繕ったんじゃ?」


「約半年前。実際につき合い始めたのは、最近だけどね」


「男と女、どっちじゃ」


「男の子だよ」


「ほぅ。ある程度予想はしておったが、そっちに落ち着いたか」


「まぁ、こっちの姿でいた時間の方が長いからねー」


もありなん。……しかし、お主の色恋沙汰を耳にすることになるとは、世の中は何が起こるか分からんもんじゃ」


 ワーテイルはしみじみと頷く。多少の驚きはあるものの、納得した様子が見られた。この辺りの呑み込みの早さは、年の功と言うべきか。


 司は肩を竦める。


「それは私自身も驚いてるところだよ。恋なんてしないと思ってたからね」


「じゃな。わしも、お主は研究に溺れる人生を歩むと考えておった」


「それにしては、あまり驚いてないようだけど?」


「そこは人生経験が豊富ゆえじゃな」


 ワーテイルは肩を竦め返すと、「それで」と言葉を改めた。


「今日は何を買いに来たんじゃ? たいていのモノは、その辺に積まれておるじゃろう」


 そう言って、彼は乱雑に積まれた品々を指し示す。


 それに対して、司は首を横に振った。


「分かってるくせに。あそこにあるのじゃ、グレードが低すぎるよ。いつも通り、ワーテイルの厳選したのをお願い」


 一般的に貴重だと評される品々を、低グレードだと一蹴する彼女。他の魔術師が聞けば、耳を疑うだろう。


 しかし、司の研究を考慮すれば、当然の答えだった。


 彼女のセリフに、ワーテイルは目をすがめる。


「なんじゃ。添い遂げる相手ができたというのに、まだ不老不死を求めるのか」


 非難じみた声音。ただ、湛える雰囲気は諦観が滲み出ていた。


 ワーテイルは不老不死に否定的な立場だった。だが一方で、何年ものつき合いにより理解もしていた。司は何があっても研究を諦めないと。


 恋人の影響で意見を翻すかと思ったが、所詮は儚い期待だった。


 司はワーテイルの内心を知っているため、申しわけなさそうに答える。


「私の命は私だけのものじゃないからね。絶対に諦めるわけにはいかないんだ。それに、研究を続ける理由が増えちゃったし」


「理由が増えた?」


 何を背負いこんだのか、とワーテイルは鋭い眼差しを向けてくる。


 その反応に、司は笑いそうになる。


 ひねくれ爺さんを気取る彼だが、その本質はお人好しの類だ。気に入った相手が困っているなら、思わず手を差し伸べたくなってしまう。今回も、司の事情へ首を突っ込もうとしている。


 これが無意識の行動なのだから手に負えない。意識せず面倒ごとに関わるから、このような辺境で店を営むしかなくなるのだ。まぁ、彼自身は、孤高にすごす現状を気に入っているようなので、余計な口出しはしないけれど。


 さて、どう答えたものかと、司は逡巡する。


 何せ、不老不死を求める新たな理由とは、一総に関わる事柄だから。彼の事情を、おいそれと他人に話すのは躊躇ためらわれる。たとえ、彼とまったく関わり合いのない異世界の住人だとしても。


 ワーテイルは信頼できる人物だが、こと一総に関する話はデリケートであるがゆえに、言葉の選び方は慎重にならなくてはいけなかった。


 内容を取捨選択し、できるだけワーテイルを刺激しない言葉を選ぶ。


 たっぷり考えを巡らせ、ようやく司は口を開いた。


「私の恋人はね、とっても孤独なんだよ。誰よりも強いけど……ううん、強いからこそ、他人を一切寄せつけなかった」


 一総は昔から孤独だった。勇者になる前は多大な権力を持つために、勇者になった後は膨大な戦力を有してしまったために。


 長い間、彼は一人で進むしかなかった。共に歩もうとした人はいたかもしれないが、誰一人として彼に追いつけず、置いていかれてしまった。かつてのミュリエルが良い例だろう。


 いくら体がボロボロになろうと、どれだけ心が傷つこうと、孤独な一総は一人で立ち向かうしかなかった。魄法はくほう習得の弊害により、万の魂が己が魂を侵さんとしようとも、彼は孤独に戦うしかなかった。隣に立てる者はいないと諦め、漫然と日常を偽るしかなかった。


 彼の魂の真相を知ったあの日、司は慟哭した。愛する人が有象無象に塗り替えられてしまう危険性を知り、いても立ってもいられなかった。だから、あの草原で決闘を挑んだのだ。


 結果的に、行動を起こして良かったと思う。一総の魂が安定したかは判断できないが、彼が誰かと共にすごすことを諦めなくなったのは確かだった。


 だが、しかし、一総が司たちの同行を許してくれたまでで満足するのはダメだ。


 何故なら、一総は不老不死。司たちが定命のままでは、いつか再び孤独にしてしまう。──いや、ミュリエルやメイド姉妹はつき添え続けるだろうが、それでも僅か三人しか残らない。


 孤独に浸り続けた一総の見出した希望。それが陰ってしまった時、彼がどうなるか予想できない。ゆえに、絶やしてはいけないのだ。彼の光──司たちの命を。愛する人を守るために。


 司は毅然とした態度で宣言する。


「私は一総くんの隣に立ちたい。そのために、不老不死を求め続けるよ」


 まっすぐワーテイルを見つめる司。


 見つめ返す彼は何を感じたのだろうか。彼女の語った言葉は少なかったが、それでも譲れない想いは込めた。


 しばらくして、ワーテイルは溜息を吐いた。


「お主は客じゃ。客が要望するなら、わしは提供するまでじゃよ」


 彼はそう言ってカンターの奥へ引っ込んでいく。司へ売る品を持ってきてくれるようだった。


 司は静かに安堵した。


 ここ以外にも材料を手に入れる手段はあったが、ワーテイルとの関係を崩さなくて済んだのは良かった。何だかんだで、彼とは良き友人であり続けたかったのだ。


 その後、材料を購入した司は、ワーテイルと多少の雑談を交わしてから退店した。

 

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