xSS-x-16 閑話、留守番錬成師の一日(後)

 ワーテイルの店を後にしたつかさは、そのまま表通りに戻り、周辺を散策していた。


 カラクリの街は一年振りということもあり、多少の観光をしたかったのだ。一総かずさが留守なのも理由のひとつである。彼がいたら、速攻で帰っていただろう。


「はぁ」


 小さく溜息を吐く司。


 魔術研究の街だけあって、眺めているだけでも色々楽しめていたのだが、如何せん視線がうっとうしかった。


 以前までは研究しか興味のない魔術師だらけだったため、いくら司が美しかろうと注目を浴びることはなかった。


 しかし、今は冒険者の割合が増えている。役職上、彼らにはギャンブルや酒、女好きといった粗暴な者が多い。究極の美を追求した司へ好色の視線を浴びせるのも当然だった。


 司自身、こういった視線には慣れている。──が、何ごとにも限界があった。


 彼らは全然遠慮しないのだ。ガン見である。さすがの彼女も、ここまで無遠慮な視線に晒される経験は少なかった。


 今のところ実害はないので放置しているが、この様子だと近いうちに誘拐でもされそうだ。


 再び溜息を吐きつつ、先程ワーテイルから聞いた話を思い返す。


 何でも、半年前から近隣の魔物が増加し、それに伴ってカラクリ内の冒険者も増えたらしい。そして、この街は引きこもりって研究する魔術師も多いため、表の店を利用する客が冒険者一色になり、徐々に冒険者の顔が大きくなっていったとか。


 想像に難くない。一時期、この街で生活していたこともあるので、ここ半年の情景がありありと浮かんだ。


 とはいえ、この遠慮のなさは想定外である。周りには司をガン見する冒険者と、それを見て見ぬ振りする人しかいない。


「居心地も悪いし、テキトーに昼ご飯でも食べたら帰るかー」


 本当はもう少し見回りたかったのだが、長居したらトラブルに発展しそうな雰囲気もあるから仕方ない。


 司は近場にあった食堂へ入店する。夜には酒場になる、大衆食堂にも似た雰囲気の店だ。前にも何度か来たことがあるので、味にハズレはない。


 お昼時とあって客数は多いが、いくつか空席は存在した。その中のひとつに腰かけ、すぐに寄ってきた店員に注文をする。オーソドックスな日替わり定食だ。


 注文が届くのをボーッと待っている間、新たに三人の客が入店してきた。やり手の冒険者らしく、食堂にいた他の客たちが騒ついている。見れば、装備も結構豪華だった。現地民にしては、という注釈はつくが。


 三人の容貌はとても整っていた。リーダーっぽい剣士は金髪碧眼で、聖騎士とも名乗れそうな爽やかな感じ。魔術師だろうローブを羽織った男も、クールな雰囲気と青い瞳が似合っている。最後の一人は盾役か、二メートル近くあるガタイの良い大男で、荒々しさがありながらも顔立ちは整っていた。


 どうして一介の冒険者の容姿を描写したのか。言をまたないだろうが、あえて説明しよう。彼らが、まっすぐ司の方へと歩み寄ってきたからだ。


「ブロンドヘアの麗しいお方。少し時間をいただいても、よろしいだろうか?」


 彼女の傍に立つや否や、剣士が早速声をかけてきた。


 女性を口説き慣れていると推察できる甘い声音に、司は思わず眉をひそめる。


 だが、ここで無視しても冒険者たちが退くとは考えられないので、嫌々ながら彼らの方を向いた。


 ──顔を向けたのを後悔しそうになった。


 三人とも、一見人の良さそうな笑みを浮かべているものの、内心の欲望を隠し切れていなかった。この女を食ってやるという、ギラギラとした瞳を湛えているのだ。


 これほど分かりやすい目は、勇者でなくても見破れる。笑顔で下手な誤魔化しをしようとするくらいなら、もう少しマシなカモフラージュをしてほしい。


 何とか舌打ちを堪え、頑張って荒ぶりそうになる声を落ち着かせ、自然な様子を装う。


「私に何かご用でしょうか?」


 普段なら可憐な少女を演じるところだが、こういった下卑た輩にまで愛想を振る舞うつもりはない。淡々とした調子で尋ねた。一応、申しわけ程度に愛想笑いはしておくが、どこからどう見ても“迷惑です“という雰囲気を放つ。


 しかし、司の思惑と反し、三人の情欲の気配が増した。


「すみません。私どもも食事を取りたいんだけど、三人そろって座れる場所が、ここしか空いていないもので。相席してもよろしいだろうか?」


 いきなりナンパをするかと構えていたが、遠回りな作戦で来るようだった。しかも、嫌らしいことに、司に断る選択肢がない。


 この店は四人席しかなく、司の座るテーブル以外は二人以上座ってしまっているのだ。彼らに裏の目的があるのは明らかだが、表面上はまともな提案であるため、拒否するのが難しい。


 周りのことなど考えずに拒絶しても良いのだが、色々と面倒くさくなった司は、三人の提案を受けることにした。彼らが何をしようと返り討ちにできるのだから問題ない。


 三人は席につき注文を終えると、早速とばかりに司へ話しかけてきた。


「同席したのも何かの縁だし、お互いに自己紹介でもしないかな?」


 甘いマスクを浮かべる剣士。


 普通の女の子であれば、それでイチコロだろう。だが、相手は司だ。一総という心に決めた人がいる上に、そういった着飾った上辺だけで落とせるわけがない。


 冷めた目で彼を一瞥すると、かぶりを横に振った。


「いえ、遠慮しておきます」


「では、私たちだけでも名乗っておこう」


 辛辣しんらつな対応をしているというのに、彼らはへこたれない。むしろ、どんどん情欲の炎を昂らせているような気がする。マゾなのだろうか?


 内心で首を傾ぎながら、彼らの自己紹介を丸っと無視。黙って食事が届くのを待つ。


 三人の会話をBGMにして程なく、注文していた定食が届いた。何故か、あとから来た冒険者たちの分も一緒に。


 来店したタイミング的に、彼らの食事は遅れてくるはずだが……おそらく賄賂でも渡したのだろう。ナンパひとつに手間をかけるものだと、ある意味感心する。


 うっとうしく話しかけてくる彼らを無視し続け、司は食事を終えた。せっかくの久々の異世界料理だったのに、あまり味わえなかった。


 呪ってやろうかな? と半ば本気に考えながら、彼女は食堂を後にする。当然と言わんばかりに、例の三人組も後ろについてきた。


 ここまで我慢してきたが、そろそろ文句のひとつくらい言いたくなってくる。ピク○ンではないのだから、ウロチョロと後ろを歩くなと。


 司は道のど真ん中で立ち止まり、背後へ振り向いた。そこには、気色悪い笑みを浮かべた冒険者たちが立っている。


 何を勘違いしたのか、三人は笑顔のまま口を開いた。


「ようやく、私たちとお茶をしてくれる気になってくれた?」


「何言ってるの?」


 首を傾ぐ司。


 どうやら、先程までお茶のお誘いをしていたらしい。彼らの言葉は右から左に流していたので、全然気づかなかった。


 こちらが話を聞いていなかったのを察してか、三人の頬が引きつる。


 ところが、その程度では折れないようだった。


「ぜひとも、私たちに時間をいただけないか? 絶対に後悔はさせないよ」


「極上の時間をすごせることを約束しましょう」


「オレらはS級の冒険者なんだ。誘われたこと、周りの自慢になるぜ?」


 三者三様に誘ってくるが、まったく魅力を感じない。司にとって、一総以外の男とすごす時間など塵芥に等しい。


 司は盛大に溜息を吐き、三人を睨む。


「これ以上つきまとわないでくれない? さもないと、再起不能になるまでボコボコにしますよ」


 彼女らしからぬ、挑発的な物言いだった。


 ずっと不快な視線に晒され続けたせいか、いつもより沸点が低くなっているよう。


 冒険者たちの気配が、剣呑なものに変わる。その心の裡は「この女、ちょっと見てくれがいいだけで調子に乗りやがって」だろうか。


 司は“見てくれがいいだけ“ではないのだが、残念ながら、それを知る者はこの場にいない。


 往来のど真ん中で一触即発の空気が生まれ、周りは騒然とする。巻き込まれては堪らないと、一斉に距離を取った。


 なかなかに薄情だが、下手な正義感で拘られた方が迷惑なので、司としては満足な反応だった。


 周囲の人々が遠巻きに眺める中、ついに冒険者たちが切り込もうとした時──


「人の女に手を出すな」


 唐突に第三者の声が響いた。


 同時に、武器を構えていた三人が、糸の切れた人形のように倒れ伏す。


 倒れた冒険者たちの傍らには、いつの間にか一人の青年が立っていた。黒髪黒目の、平凡な容姿の男が。


 誰もが突然のできごとに目を丸くしているところ、青年を認めた司は喜色を含んだ声を上げる。


「一総くん!」


 彼女は彼の元へ駆け出し、その胸中へ飛び込んだ。先程までの冷徹な雰囲気が嘘のように、華やいだ表情を浮かべている。


 そう。彼女たちの前に現れたのは、『異端者』たる一総だったのだ。


 司は不思議そうに一総へ尋ねる。


「どうして一総くんがここに?」


「司の反応が異世界にあったから、気になって様子を見にきたんだよ」


 簡単な話だった。


 たまたま異能具の位置を確かめたら、異世界に反応があった。それだけのこと。タイミングが良すぎる気がするけれど、偶然という他にない。


 それを聞いた司は、嬉しそうに語る。


「私と一総くんは、そういう運命の糸で結ばれてるのかもね。私の危機に颯爽と駆けつけてくれる王子さまって運命の」


 語尾にハートがつきそうな甘ったるい声を出す彼女。


 一総を前にした司は、もはや別人と評しても過言ではないほど恋する乙女だった。


 前々から司自身が指摘していたように、彼女の恋心は時間と共に膨れ上がっていた。今やバカップルも顔負けの惚れっぷりで、真実も呆れ返るくらいだ。


「時間は大丈夫? 余裕があるなら、これからデートしない?」


「うーん……まぁ、一時間くらいなら大丈夫かな?」


「じゃあ、デートしよう! デートッ、デートッ、一総くんとデートッ!」


 上目遣いで恋人に乞われては、一総も無下にはできなかった。


 彼の返答を聞いた司は、その場でステップを踏んで喜ぶ。


 あまりの変わりように、周囲の野次馬はもちろん一総でさえ苦笑いを浮かべているのだが、盲目な司は気がつかない。


 そうして、二人はカラクリの街で甘い時間をすごすのだった。




 余談だが、司と同じく留守番組だった真実まみは、この事実を後で知って大層激怒したらしい。

 

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