xSS-x-17 閑話、ダブルのクイーン【200話達成記念】

 私の名前は三田みた青華せいか、十七歳。波渋はしぶ学園の“ダブル“クラスに通う高校一年生だ。


 年齢と学年が一致してないって? 仕方ないじゃん。受験期と勇者召喚がかぶっちゃったせいで、浪人しちゃったんだから。そもそも、学生勇者の大半は留年や浪人が当たり前。私のクラスだって、半分くらいは現役の年齢じゃないし。


 うちの学校の二年フォースは全員現役らしいけど、あれは例外中の例外。たった十七年の人生の中で四回も召喚されておいて、どこに勉強する時間があったのか不思議でたまらない。日本アヴァロンの七不思議にもカウントされると思う。


 って、今はそんな話どうでもいいんだ、重要なことじゃない。


 今回の話の主題は、先月の末にダブルへ上がってきた新人について。


 彼女の名前は田中たなか真実まみ。栗色のツインテと翡翠色の瞳、野暮ったい黒縁メガネが特徴的な女の子だ。一見地味だけど実は結構顔立ちが良く、小柄な体型も相まって、密かに男子からの人気が高かったりする。


 ただ、田中さんの注目すべきところは別にある。


 なんと、彼女は『救世主セイヴァー』の一人、あの悪名高き『異端者』の恋人だというのだ! しかも、ハーレムの一員だともいうのだから、なおのこと話題性が高い。


 聞いた話によると、シングルの頃から『異端者』に猛アタックを仕かけており、半年続けた末に結ばれたらしい。その根性、ある意味尊敬に値する。私が同じ立場なら、ずっと恋心を折らずにいられる自信はない。


 というわけで、色々と目立つ存在である田中さんだが、先日から様子がおかしかった。気落ちしているというのか、いつもの天真爛漫さが見られない。学校にいる間はずっと机に突っ伏し、何度も溜息を吐いているんだ。


 何があったんだろう?


 そう心配に思うも、声をかけることはできない。何故なら、私と彼女はそこまで仲が良いわけじゃないからだ。


 ──いや、私だけじゃないか。田中さんが編入してから約一ヶ月、彼女と仲良くなったクラスメイトなんて存在しない。だから、誰もが彼女へ声をかけづらそうにしてる。


 何もクラスメイトが意地悪をしてるとか、田中さんの性格が悪いとか、そういう問題じゃない。まぁ、田中さんに原因があるのは間違いないけど、ネガティブな理由じゃない。


 というのも、田中さんは全ての休み時間と放課後を、恋人である『異端者』へ捧げてしまってるから。それらの時間に突入する度に、速攻でカレシの元へ向かってしまうため、私たちが仲良くする機会が全然ないんだ。


 恋人になるまでの経緯を知ってるから、そんな田中さんの態度をクラスメイトたちは悪く思ってはない。でも、ちょっと寂しく感じてるのは確かだった。


 そこで、私はふと考え至る。


「そういえば、ここ数日は休み時間も教室にいる……」


 まさに異常事態だ。もしや、ここに田中さんが落ち込んでる理由があるのでは?


 カレシとケンカした、とかだろうか。ありきたりな原因だけれど、もしそうだとしたら、余計に声をかけづらい。


 何て言ったって、私は恋人いない歴イコール年齢の女。色恋沙汰に疎いから、彼女の悩みの解決策なんて答えられないんだ。


 かといって、何もせず黙ってるのも後味が悪い。どうしたものか。


「うーん」


「どしたの、ミタちゃん」


 私が頭を悩ませてると、我が親友たる模部もぶ一子かずこが声をかけてきた。


 そうだ、こういう時こそ友の手を借りよう!


 私は救いを得たと言わんばかりに、田中さんに関する話を相談する。


 すると、一子は「確かに」と頷きながら答える。


「田中さんがずっと教室にいるなんて、不自然すぎて逆に気づかなかったわ」


「教室を出てく理由がカレシだから、出てかない理由もカレシなのかなって」


「道理だね。じゃあ、早速話を聞きにいこうか!」


 そう言って、一子は田中さんへ突撃しようとする。


 あまりに突然の行動に、私は慌てて待ったをかけた。


「ちょちょちょちょ、待って! 一子、待って!」


 制服の裾を引っ張って止めると、一子は唇を尖らせる。


「何よ、もう」


「もう、じゃないよ。私の話を聞いてた? もし、田中さんから相談受けても、私たちじゃ助けになれないでしょ」


 だのに、いきなり話を聞きに行くとは何ごとか。


 対して、一子はチッチッチッと指を振った。ちょっとムカつく。


「必ずしも予想通りの状況とは限らないじゃん。話を聞かないと何も進まないって。それに、想像通りだったとしても、田中さんが建設的なアドバイスを求めてるとは限らないわよ」


「どゆこと?」


「愚痴を聞いてもらえるだけでもいい場合があるってこと。他人の恋愛ごとは余計なアドバイスをするよりも、ストレス発散させてあげる方が上手くいくもんなのよ」


「そう……なの?」


「うん」


 自信満々な一子の態度に、私は懐疑的ながらも信用することにした。一応、この子はカレシ持ちだし、経験則も混じってるんだと思う。


 そんなわけで、私たち二人は、田中さんに話を聞きにいく運びとなった。


「田中さん、ちょっといい?」


 一子がそう声をかけると、田中さんは机へ伏してた顔をゆっくりと持ち上げる。


 彼女の顔を見た私は、思わず悲鳴をあげそうになった。


 何故って、田中さんの顔色が、落武者と言わんばかりに絶望に染まってたからだ。女の子がしていい顔じゃ、決してない。隣の一子も「これは重症ね」と呆れてる。


「えっと……三田さんに模部さんでしたっけ? 私に何の用でしょうか?」


 私たちの反応から何か察したようで、田中さんは表情を取り繕ってから尋ねてくる。私たちの名前を覚えてたのは、少し意外だった。


「ここ数日、めちゃくちゃ落ち込んでるみたいだから、少し心配だったんだ。何かあったの?」


 私が意を決して問うと、彼女は「嗚呼」と頷く。


「センパイ……私の恋人が出張しちゃいまして。一週間ほど側に入れないから、元気が出ないんですよ」


「「あ〜」」


 私と一子の声がハモった。


 どうやらカレシとケンカしたわけじゃなかったらしい。それは幸いだったんだけど、事態はより面倒だった。カレシと会えなくて寂しい状況なんて、私たちに解決のしようがない。まだケンカの方が、芽があった。


 どうしたものか。


 私と一子は顔を見合わせて悩む。


 それを見て気を遣ったのか、田中さんは苦笑を溢す。


「一週間もすれば元に戻るので、そこまで気にしてもらわなくても大丈夫ですよ。しょんぼりな私は一時的なものです」


 お茶目に言う彼女だったが、やっぱり弱々しい様子。


 カレシの代わりにはならずとも、少しは元気づけてあげたかった。


 そこで、ふと私は思いつく。天啓が降りたと言うべきか。


「歓迎会をしよう」


「へ?」


 突然の私のセリフに一子は間の抜けた声を漏らし、田中さんも目を点にした。


 それらに構わず、私は拳を握り締める。


「田中さんの編入歓迎会をやろう。今、田中さんは暇なんでしょ。だったら、せっかくの機会だし、みんなでパーティーして盛り上がろうよ!」


 我ながら妙案だと思った。


 本当は田中さんの編入直後に歓迎会の案は出ていたんだけど、彼女の都合に配慮して中止していたんだ。田中さんはパーティーで気を紛らわせられるし、クラスメイトたちは田中さんと仲良くできる機会を作れる。ウィンウィンの提案だろう。


 少ししてから、一子も「それはいいね!」と乗り気になってくれた。


 私たちの声が聞こえていたのか、周りのクラスメイトたちも「私も参加する」、「俺も俺も」、「会場手配は任せろ!」などと乗っかってくる。


 話題が波及するのは早く、あっという間にクラス全体に歓迎会開催の旨が通達されてしまった。


 乗り気なクラスメイトたちに水を刺すのは気が引けたんだろう。田中さんは僅かに困惑した様子で、お手柔らかにと口にしていた。










 田中さんの歓迎会および“ダブル“クラスの懇親会は、提案した翌日の放課後に開催された。このスピーディーさは、クラスメイトたちのノリの良さの賜物である。


 場所は某カラオケボックス。多人数パーティー用の会場で、かなり広々としたスペースがあり、クラス全員が入ってもユトリが残ってた。


 歌うだけではなく、テーブルには茶菓子やオードブルも並んでおり、みんなが思い思いにパーティーを楽しんでる。


 主賓の田中さんは、多くのクラスメイトに囲まれてた。今までは彼女に配慮して距離を置いてたけど、みんな興味津々だったんだ。当然の結果だろう。


 特に、男子のプッシュはすさまじい。カレシ持ちなんて知ったことかと言わんばかりに群がり、何やら自分アピールをしてる。


 あの混雑に突っ込む勇気のない私は、遠巻きに彼女たちを眺めながら苦笑いした。


「すごいなぁ、あれ」


「大人気だよね、田中さん。はい、これ」


 すると、一子が隣に立ち、料理の乗ったお皿を渡してくる。


 私はお礼を言いつつ、素朴な疑問を口にした。


「男子たち、かなり本気で田中さん口説いてるよね。カレシいるって知ってるのに何で?」


「略奪愛も辞さないって奴もいるんだろうけど、大半はそのカレシを見下してるからじゃない? 『異端者』でもオーケーなら、自分でも落とせるって思ってるんよ」


「えっ、どうして?」


 一子の言葉に、私は本気で驚いた。


 だって、田中さんのカレシは『救世主』だ。ダブル風情の私たちが見下せる相手じゃない。


 目を見開いた私の様子を見て、何故か一子は盛大に溜め息を吐いた。まるで、ダメな娘を前にした母親のような視線を向けてくる。


 私はムッと眉を寄せた。


「言いたいことがあるなら、はっきり言ってよ」


「あのね。田中さんの相手は『異端者』なんだよ。『最弱の救世主』とか言われてるんだから、そりゃ見下す連中もいるでしょうよ」


「そこがよく分からないんだよ」


 最弱と呼ばれようと、いろんな悪名が流れてようと、『異端者』は『救世主』なんだ。その実力は、絶対に私たちダブルよりも高い。見下せるはずがなかった。


 その辺の意見を述べると、一子も神妙な様子で「言われてみれば」と首を縦に振る。


 どうにも、一子を含めてクラスメイトの大半が噂に踊らされてるっぽい。なんか作為的な臭いがするのは気のせいだろうか?


 そんな風に首を傾げるが、答えは出そうにない。


 まぁ、当の田中さんは、口説こうとしてる連中をまったく相手にしてないので、口出しは必要ないだろう。ヒートアップするようなら止めに入ろう。


 そう一子と話し合ってたところ、会場内にバンッという大音声だいおんじょうが響いた。


 室内にいた全員が音の方──会場の入り口へ視線を向ける。


 はたして、そこには大柄な男が五人立っていた。身を包む迫力からしてトリプルの勇者。染めた髪やジャラジャラまとう大量のアクセサリー、腰までずり下ろしたズボンなど、明らかに不良といった風体。勇者には珍しい、戦いにくそうな格好をした連中だった。


 格上の勇者の乱入に、会場内はシーンと静まり返る。


 痛いほどの沈黙の中、乱入者の一人が怒鳴り声を上げた。


「今からココは俺らが使う。さっさと出てけや!」


 言うや否や、他の四人が私たちに向かって威圧を始めた。


 かなり本気でやってるようで、ダブルの私たち全員はガクッと膝をついてしまう。重圧は徐々に強さを増していき、私なんて顔を上げるのも難しかった。たぶん、他のみんなも似たり寄ったりな状態だと思う。


 そのような状況にも関わらず、不良たちは再び怒鳴り散らす。


「おら、早う出てけや。十秒以内に出ていかんなら、サンドバッグ確定だからな!」


 んな無茶な。出てってほしいなら威圧するなと言いたい。


 というか、わざと威圧してるんだろう。彼らは私たちを逃すつもりはないんだ。憂さ晴らしに格下をブチのめしたいだけ。


 せっかくの歓迎会だってのに、なんて運がない。こんなことに巻き込んでしまった田中さんには、申しわけない気持ちでいっぱいだった。


 悔しさのあまり目尻に涙を滲ませてると、何やら不良どもから戸惑いの気配が感じられた。


「な、なんだお前。どうして、俺らの威圧を受けても平気なんだよ!」


 顔を上げられないから分からないが、どうにも誰か一人が立ったままらしい。そんなすごい人が私たちのクラスにいたの?


 不良の言葉を聞き、私を含めたクラスメイトたちにも困惑が広がる。


「おい、お前も這いつくばれ。俺らはお前たちより格上なんだ、図がたけーんだよ!」


 焦れたのか、不良の一人がズカズカと歩いてく音が聞こえる。おそらく、立ったままらしい人物に接近してるんだと思うけど……。


 状況が上手く飲み込めてない私は、困惑する他にない。ただただ、固唾を呑んで事態の変化を待つしかなかった。


 すると、不良とは違う一人の声が、溜息混じりに聞こえた。


「空気の読めない人たちですね、あなた方は」


 それは田中さんの声だった。つまり、トリプルの威圧を耐えたのは、田中さんってこと!?


 衝撃の事実に驚くが、それ以上の驚愕が私たちを襲うことになる。


「とりあえず──『その気色悪い威圧を解いてください』」


 田中さんがそう口にした途端、私たちに襲いかかってた重圧が綺麗さっぱり消えた。


 え、どうして?


 クラスメイトたち全員──否、自ら威圧を解いたはずの不良たちまでもが戸惑ってる。


「おい、何してんだ!」


「い、いや、俺じゃない!」


「お、俺も知らない」


「俺は何もしてないぞ!」


「勝手に解けたんだ!」


「はぁ? 何言ってんだ、お前ら」


 全くもって意味不明の事態に、みんなはザワザワと騒めく。


 次第に戸惑いは好奇心へと変わり、私やクラスメイトたちは押さえつけられていた頭を上げ、周囲を見渡した。


 威圧される前として変わった感じはない。料理が多少床に落ちてたり、不良の一人が会場の真ん中まで侵入してるくらい。あとは、田中さんのみが堂々と立ってるのが確認できた。


 やっぱり、彼女だけは威圧を流してたみたいだ。ダブルの彼女がどうやってと疑問に思うが、事実は事実として受け止めるしかなかった。


 威圧が解かれたことで仲間内で揉めてる不良たちだったが、それも田中さんの一言で中断される。


「『黙りなさい』」


「「「「「…………」」」」」


 王の命令だと言わんばかりに、田中さんの言葉に従う不良たち。もはや、どちらが上の立場なのかは明白だった。


 田中さんはコツコツとカカトを鳴らし、一番近い不良の元へ歩いてく。


 接近されてる不良は、田中さんを化け物を前にしたような怯え切った目で見ていた。


 相対距離一メートルくらいになったところで、田中さんはニッコリと頬笑む。


「潰されるのと逃げ帰るの、どっちがお好みですか?」


 鬼も裸足で逃げ出すだろう、それはそれは冷たい声音だった。言葉を向けられたわけじゃない私でも、思わず漏らしそうになるくらい。……嘘です、ごめんなさい、少し漏れたかも。


 私でもこれなんだから、不良たちには効果テキメンだった。


 彼らは顔を真っ青にし、脱兎の如く会場の外へ逃げ出していった。無論、ズボンは水浸しである。床に溢れなかったのが幸いだ。


 不良たちが去ってからも、しばらく沈黙が続いた。


 しかし、それも僅かのこと。私たちは次第に歓声を上げる。これでもかってくらいの大歓声だ。


「うおおおおおおおお、田中さんがトリプルの奴らを追い払ったぞ!」


「格上の勇者を退けるなんて快挙だよ」


「俺たちは歴史的瞬間に立ち会ったに違いない!」


「冷徹な立ち振る舞い、まさに女王のようだった」


「クイーンよ、私たちダブルのクイーン!」


「クイーン!」


「クイーン!!」


「「「「「「「「「「クイーン、クイーン、クイーン、クイーン、クイーン、クイーン、クイーン」」」」」」」」」」


 会場全体に大合唱が巻き起こる。当然私も参加した。


 田中さんはオロオロとしてたけど、みんな収まる気配はない。


 こうして、今回の歓迎会は大盛り上がりの大成功で終わった。


 ちなみにこの日から、田中さんの呼び名はクイーンで定着した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る