8.愛しているモノ

008-1-01 選択の時(1)

あけましておめでとうございます。今年も私ともども、異端勇者をよろしくお願いします。

本日より最終章の幕開けです。残り少なくなって参りましたが、どうか最後までお付き合いください!


――――――――――――――――




 日本アヴァロンにある波渋はしぶ学園学生寮の一室、そのリビングのソファーには、一人の少女が腰をかけていた。


 名をミュリエル・ノウル・カルムスド。銀のストレートロングヘアと鮮血の如き赤目が特徴的な細身の美女である。


 彼女の正体は人間ではない。吸魂魔ソウル・サッカーと呼ばれる異世界の人外種で、恋人である伊藤いとう一総かずさと添い遂げるために世界を渡ってきたのだ。


 ただ、ミュリエルの人を超越した美顔は今、暗く陰っていた。それは十日前の一件が原因だった。




 十日前、米国アヴァロンの地で一総最強は敗北を喫した。


 その相手とは、まさかの村瀬むらせ蒼生あおい。この一年、彼と苦楽を共にした者であり、彼が救い出そうとした少女だった。


 一総との合流後に話を聞いた時は、我が耳を疑ったものだ。感情表現は乏しかったものの、蒼生は仲間想いの強い子だったはず。彼女が裏切る状況など想像できなかった。


 だが、一総が嘘を吐く利点は存在せず、壊滅した研究所──『エリア:ブレイヴ』の景色を見たら、現実を受け入れるしかない。


 その後、一総一行はすぐさま日本へ帰った。『始まりの勇者』が宣戦布告をしたお陰、というのは癪だが、その影響による世界中の混乱に乗じ、特に咎められることなく帰国できた。


 『救世主セイヴァー』の二人を殺害した──と第三者からは見られてしまう状況を作った──のだから、普段であれば世界中へ指名手配されていても不思議ではない。捕まることはないにしても行動の制限は受けていただろうから、不幸中の幸いだった。


 帰国してからも、彼女たちに休息はなかった。留守番をしていた真実まみつかさと情報共有をし、加えて信頼できる仲間を集め、さらなる情報収集に努めた。


 情報は武器になる。今後、自分たちがどう動くにしても、必要な行動だった。


 懸念があるとすれば、一総の状態だろう。これこそ、ミュリエルが暗い表情をしている理由なのだが、彼は帰ってから今日まで、ずっと自室に閉じこもっていた。いや、気配を感じないから、正確には隔離空間にでもいるのか。とにかく、この十日の間、彼は彼女たちの前に一切姿を見せていなかったのだ。


 蒼生の裏切りがよほどショックだったのか、それとも他の思惑があるのかは分からない。


 一総が蒼生を相当気に入っていたことは、ミュリエル含めた恋人たちは気づいていた。ゆえに、彼の心情は察してあまりあった。


 彼がこのままくすぶってしまうとは全く考えていない。


 だが、恋人として心配はしていた。彼の心の傷が不治とならないことを願っていた。彼の心が人一倍繊細だと知っているために。


「ふぅ」


 静かな室内に、ミュリエルの深い溜息が響く。


 あれこれ考えたが、どのような結末を迎えるにしても、今日が最終日だ。そろそろ情報収集に奔走しているメンバーも帰ってくるし、きっと一総も動き出す。だから、何が起こっても良いように覚悟を決めなくてはいけない。


 期限の十日目が終わるまで、残り二十三時間三十二分。世界の命運が決まる本日、人外の少女は静かに闘志を燃やしていた。








 正午、リビングに九人の少女が集っていた。留守番をしていたミュリエル、姉妹であるミミとムム、田中たなか真実まみ天野あまのつかさという恒例のメンバー。それに加え、彼女たちの呼びかけに応えた友人の三人娘、元風紀委員長の桐ヶ谷きりがや侑姫ゆきという面々だ。どの少女も器量が良いので、美少女密度をランキングしたら世界一の場所になること間違いない。


 ミュリエル以外の面子の情報収集が一段落したため、こうして勢ぞろいしているのだ。


 静寂に包まれる中、グラマラスな体をメイド服で包んだ金髪の双子──一総の使い魔であるミミとムムが、一切の音を立てずに各人のお茶を用意している。


「みんな、お疲れさま。早速ではあるけれど、調べた内容を共有しましょう。残っている時間も限られていることだし」


 ミュリエルが司会進行を務めるらしく、メイド姉妹が自分の背後に控えたタイミングで口を開いた。


 すると、後ろにいるムムが言う。


「まずは状況整理を行なった方がよろしいでしょう。不肖ムムが、簡単にまとめたいと思います」


 ペコリと軽いお辞儀をした彼女は語り始める。


「色々と複雑な経緯はございますが、目下の問題は全世界の上空に発生した巨大な門──通称『楽園の門』でしょう。この門は『始まりの勇者』がいる『神座』に繋がっていると推定され、空間が歪められているのか、どの地から空に上がっても門の元へ到達できます。詳細は不明ですが、本日までに『始まりの勇者』を止めなければ、この世界も異能の蔓延はびこる世界へ変貌いたします。メリットは勇者召喚が消失すること、勇者と一般人との摩擦解消、新たなエネルギーの誕生による資源不足の解消等々。デメリットは全人類の異能力者化による大混乱、『始まりの勇者』の思惑が不透明なこと……あとはアオイさまの安全が保障されていないこと。このようなところでしょうか」


「だいたい、そんな感じね。ありがとう」


 ミュリエルが労うと、ムムは再びお辞儀をして沈黙する。彼女のスタンスはあくまで使用人。無駄にお喋りはしない、ということのようだ。


「そうね……最初は日本政府の対応を聞きたいわ。司、どうだった?」


 ミュリエルに話を振られると、ホワイトブロンドの長髪をなびかせて司が立ち上がった。いつになく真剣な顔の彼女は、黄金比の肉体美も相まって、女神の如く美しく映る。


「まったくの期待外れだよ。各地で発生してる暴動の対策、今回の件について殺到した電話への対応。それらにかかりっ切りで、『始まりの勇者』側──変革派につくか、それとも維持派につくか、全然決まってないみたい。たぶん、このままナアナアで済ませて、勝ち残った方にすり寄るんじゃないかな」


 一等治癒師の立場で築いた人脈を使い、司は国政内の情報を集めていた。だが、得られたのは保身に走る政治家たちの足掻きのみ。無駄骨も良いところだった。


 ゲンナリする司に、ミュリエルも苦笑する。少し前まで国政を預かっていた身として、彼女の煩慮はんりょは痛いほど理解できた。


 とはいえ、完全に無駄というわけではない。


「日本政府は放置して問題なさそうね」


 対応すべき“敵“が減るのは良いことだった。ただでさえ『始まりの勇者』たちの力は強大なのだから、余計な方面へ意識を割かなくて良いのは助かる。


 そう安堵していると、栗色ツインテールに黒縁メガネの少女、真実が片手を挙げた。


「じゃあ、次は私たちが説明しますね」


 真実が立ち上がると、三人娘たちも続いた。


 彼女たちは、世論や街の人々の様子を調査していたはずだ。


「新聞部のツテで探った感じ、現状では変革派の勢いの方が強いみたいです。一般人は、一部の根強い反勇者派を除いて変革派についてますし、勇者も同様ですね」


「後者に関しては、師子王ししおうくんが変革派についたのが大きいね」


「『勇者ブレイヴ』のネームバリューは、それくらいデカいってことよね。よほどの理由がなけりゃ、誰だって『勇者』なんかと敵対したくないもの」


「二大アヴァロンの英国と米国が変革派を表明したのも、結構影響してるかもねぇ。あの二国のこれまでの経緯的に、それ以外の選択肢はなかったんだろうけどー」


「あと、維持派のイメージが悪すぎるんだよ」


「あーね。希少性ゆえに利益を得られてるって理由で、維持派に回ってる勇者が大半だもんね。下手に維持派を主張すると、利己的な人間だって見られかねないわ」


「既得利益を守りたい気持ちは分かるけどね〜。異能に特化して他を捨ててる人も多いから、急にその利点を潰されちゃったら生きてけないよ」


 真実の報告に、それぞれの見解を交えながら補足する三人娘。


 四人の説明は続く。


「また、『始まりの勇者』への対応が真っ二つに割れた結果、各地で衝突が頻発してるみたいです。さっき司センパイもチラッと言ってましたが、暴動に発展するケースも多いらしく、世界中が大混乱してます」


「あまりにも数が多くて、鎮圧に当たる部隊も不足してるっぽいよ。本来なら、『救世主』とかの勇者が応援に行くんだけど……」


「今の状況で勇者が介入したら、火に油を注ぎかねないわ。それに、応援に行きたくても行けないでしょう。ほとんどの勇者は『楽園の門』の方へ行ってるもの」


「門に関しては、桐ヶ谷先輩が担当したんでしたよねー?」


 三人娘──まきが話を振ると、侑姫は「ええ」と首を縦に振った。


「さすがに接近はできなかったけど、ある程度は戦況・・を確認できたわ」


「戦況、ですか」


 侑姫のセリフに、司が耳聡く反応した。


 侑姫は神妙に返す。


「もはや戦場と評して過言じゃないわね、門の周辺は。門の前に『勇者』を中心とした変革派が陣取り、それを突破しようと維持派の勇者が攻撃を仕かけてるっていう構図よ。変革派の中核が『勇者』のお陰で地上にまで被害は出てないけど、時間とともに苛烈さが増しているのを考えると、時間の問題かもしれない」


「変革派が圧倒してるわけじゃないんですか? 『勇者』センパイの影響で、あちらの戦力の方が上だと思うんですけど」


 真実の問いかけ。侑姫の語り口から、戦況は拮抗している風に聞こえたようだ。


 その認識は正しく、現場は地で血を洗う凄惨さが窺える。この十日間、勇者以外に一切の被害が出ていないのは奇跡だった。──否、必死に戦況をコントロールしている『勇者』の功績か。


 そして、真実の疑問への回答だが、


「うーん」


 侑姫は口元に人差し指を当てて唸る。


 彼女も、どうして維持派が食い下がれているのか不思議に思っていた。純粋な戦力では、変革派の圧勝なのは確かなのだ。


 自分の見てきた光景を脳裏に浮かべながら、侑姫はひとつの推論を口にする。


「ただの勘だけど、必死さが違うんだと思うわ」


「必死さ、ですか?」


そっちの子も言ってたけど、維持派にとって今回の戦いの勝敗は死活問題なのよ。負けたら生活難になるわけだから当然よね。だから、全力以上の力を出して戦ってるわ」


「変革派は違うと?」


「少なくとも、あちら側についた『救世主』──『勇者』や『武王』、『雷帝プラズマ』は本気だったわね。でも、それは例外。大多数は本気になる理由がないのよ。彼らが変革派に味方してるのは『勇者』が怖いからで、特別な動機はないんだもの」


 侑姫がそう締めくくると、ミュリエルは溢す。


「勝っても負けても大した影響はないから、必要以上に力を注げない。そういうことかしら?」


「あくまで予想にすぎないけどね」


 肩を竦めて冗談めかしに言う侑姫ではあったが、大きく外れていない自信を持っている様子だった。


 すると、最初に疑問を呈した真実が嘆く。


「それだけの動機だったら、大人しく静観してればいいのに。無駄にお互いを傷つける理由こそないはずです」


 彼女は眉間に深いシワを刻んでいた。大義もなく他人を傷つける勇者たちの感性が、まったく理解できないようだ。


「「「「「「「「…………」」」」」」」」


 真実の心の底からの悲壮に、その場の全員が沈痛な面持ちを見せる。


 しばしの静寂が続いたが、それは司によって破られた。


「誰かを害する行為に対する心理的障害は、勇者にとって大きくないのかもしれないね。異世界で半強制的に戦ってた分、その辺りのブレーキが壊れてるんだと思うよ」


 血の気が多いなどの性格で表せられるモノではない。戦いの宿痾しゅくあに浸ってしまった勇者の業、と例えるのが正解であろう。


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