008-1-02 選択の時(2)
「……例の件はどうなった?」
再び沈黙が場を支配しそうになったところ、ミュリエルが口を開いた。このままでは話が進まないと判断しての発言だった。
彼女の試みは正解だったらしく、言葉の向け先だった
「滞りなく進んでるよ。それどころか、ガソリンを振り撒いたみたいに大炎上してる」
語る司は、口元の緩みを隠し切れていなかった。その表情は、世紀の大悪党が悪事を成功させたような、
その様子を見て、事情を知らない当事者二人以外は怪訝そうな顔をする。同時に、彼女たちは何をしでかしたのかと、戦々恐々な気持ちを抱いた。
「ど、どんな悪巧みを企てたんですか?」
代表して、
ミュリエルは、実に良い笑顔で返した。
「悪巧みなんて、とんでもない。正当なお仕置きをしただけよ。ねぇ?」
「その通り。ちょうどいい餌が手に入ったから、積年の恨みを晴らしただけだよ」
司も満面の笑みで頷く。
二人の清々しい返答に、嫌な予感しか覚えなかった。彼女らの腹黒い本性を知る真実とメイド姉妹にいたっては、相当危険な案件なのだと察する。
全員がミュリエルたちの続く発言に構える中、とうとう真相が紡がれた。
「なんてことないわ。今回の一件での米国アヴァロンの失態と、ワールド・コーポレーションが『ブランク』のスポンサーをしていたこと。それらすべてを、余すことなく全世界に発信したのよ」
「インターネットはもちろん、ツテを使ってテレビやラジオでも流したし、チラシを物理的に撒いたりもしたから、『楽園の門』の対応に追われてる人以外は、誰でも知ってるんじゃないかな」
「「「「「「「…………」」」」」」」
何度目か分からない沈黙。
皆、二人の起こした行動のスケールが大きすぎて、すぐに事態を飲み込めなかったようだ。
しかし、ゆっくり時間を置けば思考は回る。次第に、他の面々は理解の表情を浮かべ始めた。
現状を把握した七人の反応は半々に分かれた。
ひとつは、苦笑する真実とメイド姉妹。一総の過去を知っているがゆえに、彼女らはミュリエルたちの心情に共感できた。このタイミングで仕かけたのかと頭を抱えつつも、「良いぞ、もっとやれ!」という気持ちも有していたのだ。
残るメンバーは、目玉が転がり落ちるのではないかと言うほど
一総の過去を知らない彼女たちにとって、この反応は無理からぬことだった。テロ組織に加担していた以上、ある程度の制裁は受けるべきとは考えていただろうが、ここまで大っぴらな打撃を与えるとは想定外だった模様。
とはいえ、本人の預かり知らぬところで、過去の話をするわけにはいかない。この場は強引に話を進める以外になかった。
「いくら何でも、タイミングが悪すぎませんか?」
急展開すぎないかと真実が言うと、ミュリエルが首を横に振る。
「いいえ。あの会社をボコボコにするなら、このタイミングしかなかったわ」
「そうなんですか?」
「世界的に混乱してる今だから、大打撃を与えられるのよ。落ち着くのを待ったら、どんなに真相を公にしようと揉み消されるわ」
「ワールド・コーポレーションほどの会社なら、自社に不利益な情報を闇に葬る方法は心得てるはずだからね。今回の騒ぎの対応に追われてる隙を突いたってわけ」
司の補足もあり、真実含めた他の面々も得心する。
ただ、疑問のすべては払拭されてなかった。
「なんでワールド・コーポレーションが、騒動の対応に追われてるの? 協力関係だったら、事前に色々対策してても不思議じゃなさそうだけど」
「最初から、『ブランク』はワールド・コーポレーションを切り捨てる気だったんじゃないかな。たぶん、嘘の情報を渡してたんだと思うよ。会社の莫大な財力だけ貰えるように」
「事前に聞いてた話と違うから、ワールド・コーポレーションも右往左往してるってことね」
司の説明に、侑姫は頷いた。
そこへ、ミュリエルが言葉を加える。
「十中八九、
強欲な権威者ほど籠絡しやすい手合いはいないわ、とミュリエルは呆れた調子で溢した。
すると、話が一区切りしたタイミングで、恐る恐るといった様子で三人娘の一人──
「あのー……ひとつ訊きたいんだけど、ミュリエルちゃんたちが情報をリークした影響は、どんな感じなの? 明らかに、ネットが炎上するだけで済むとは思えないんだけど」
そう尋ねる彼女の表情は、若干青ざめていた。質問しているが、おおよその見当はついているらしい。
対し、ミュリエルは
「最低でも、ワールド・コーポレーションは倒産して、アヴァロンも解体されるでしょうね」
「……そっかぁ」
あっさりした問答だったが、その内容は戦慄の極みだった。秋は
だが、そのような軽い応答で済ませられない者もいる。
「いやいやいや、『そっかぁ』じゃないでしょ。そんな今日の晩ご飯を訊いた時みたいな反応で終えていい話題じゃないから!」
三人娘の一人──
「そう言われても、それ以外に反応のしようがないよ。二人の顔を見てみ? さらに追い討ちをかける気満々じゃん」
「……マジか」
咲は愕然とした。秋の言う通り、ミュリエルと司は悪事を企む悪代官のような笑みを浮かべていたのだ。オーバーキルを超えた死体蹴りに、彼女もドン引きである。
「せっかくの機会なのだから、あの一族は徹底的に叩きのめさないといけないわ」
「会社が潰れて路頭に迷うだけじゃ、全然足りないよ。もっと生き地獄を見せないと!」
意気込みを入れる二人の瞳は、熱意に燃えていた。
ミュリエルたちを止めるのは無理だと判断した侑姫は、溜息を吐きつつも釘を刺す。
「せめて、経済への影響は最小限にしなさいよ。その辺は門外漢だけど、世界一の会社が潰れた影響は計り知れないんでしょう?」
「大丈夫大丈夫。元々、『始まりの勇者』が起こした今回の一件のせいで、経済はほぼ破綻寸前だったから、これ以上は下りようがないよ」
司は笑顔で答えたが、素直に喜べなかった。
彼女の言はつまり、世界の経済はもはや死に
だが、そんな彼女の懸念を払拭するように、ミュリエルは言った。
「事件解決後の心配をしているのなら、杞憂に終わるわよ。その辺りの対策は講じているわ」
「対策って?」
侑姫が問うと、彼女は首を横に振る。
「まだ草案段階だから言えないわ。カズサの返答次第なところもあるし。……まぁ、彼の性格を考えたら、頷いてくれるでしょうけれど」
「そう、了解したわ」
些か不安は残っていたが、ミュリエルを信じることにした。
侑姫が納得したところで、ミュリエルは皆の顔をゆっくり見渡した。
「一通り情報の共有は行ったけれど、何か訊いておきたいことはある? どう状況が動くか分からないから、今のうちに済ませておいた方がいいわよ」
その後、しばし待ったが、沈黙以外の返答はなかった。
「結構。では、ひとまず解散としましょう。集合をかけるまで自由にしていいけれど、できるだけ体を休めるように」
ミュリエルの言葉を境に、九人の少女は各自思い思いに行動を始めるのだった。
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