008-1-03 選択の時(3)

 ────ガチャリ。


 午後四時。今の季節柄、すでに陽が地平線に隠れ始めた頃合い。タイムリミットまで八時間を切った時、リビングの扉が開いた。


 偶然、少女九人が全員集っていたため、そのドアを開く者は一人しかいない。


 少女たちの視線が集中するところ、想像通りの人物が顔を出す。それは日本人の平均した面持ちを有し、覇気に欠けた気配の青年──伊藤いとう一総かずさだった。


「センパイ!」「一総くん!」「カズサ!」


 真っ先に、彼の恋人たる三人が駆け寄る。続いて、使い魔のメイド姉妹が寄り添い、最後に他のメンバーが歩み寄った。


 自分に抱き着いてくる三人をなだめながら、彼は苦笑を溢す。


「こりゃまた、大所帯だな」


 探知で前もって人数を把握していただろうに、わざとらしく肩を竦める一総。その様子からは、一片の悲壮も感じられない。


 安堵の息を漏らす少女たち。


 彼はこのようなところで折れる人間ではないと信頼していたが、やはり一抹の不安は拭い切れるものではなかったようだ。実際に顔を合わせ、真に安心を得られたのだった。


 彼女らの態度を見て、一総は嬉しいような困ったような、何とも複雑そうな顔を浮かべる。


「ずいぶんと心配かけたみたいだな。時間を押してたとはいえ、一声かけるべきだった。すまない」


「何をしていたのですか? 珍しく、視覚共有を遮断しておりましたが」


 ムムが代表して問うた。


 この緊急事態の中、十日間も引きこもって彼が何をしていたのか。それは少女たち全員の関心事だった。


 一総はチラリと三人娘たちを見つつ、しょうがないかと呟いてから答える。


「修行だよ。『始まりの勇者』はオレの想定以上に強かったから、その対抗策を練ってたんだ。ギリギリまで粘った甲斐あって、かなりモノになったよ」


 彼のセリフに、全員の顔が引き締まった。


 実のところ、少女たちは『始まりの勇者』に対する方針をまったく話し合っていなかった。情報を集めてはいたし、『始まりの勇者』たちと戦う空気を出していたものの、明確に敵対するとは発言していなかったのだ。


 特に理由があったわけではない。強いて言うなら、一総が出てくるのを待っていたからかもしれない。


「オレは『始まりの勇者』を止める。世界のためとか、そういう大層な理由じゃない。ただ単純に、オレの日常村瀬蒼生を取り戻したいだけだ。彼女をオレの隣に置きたいっていう欲求のために動く。こんなワガママな理由だけど、協力してくれるか?」


 そして、彼は口にした。『始まりの勇者』と敵対する旨を言葉に表した。


 ゆえに、少女たちは表情を改める。今までも真剣であったが、それ以上の真摯しんしさを胸に抱く。


「もちろんです。私は何があってもセンパイの味方ですから。それに、友だちも助けたいです。増えるのは・・・・・、ちょっと複雑ですけど」


真実まみちゃんに同じく。ずっと一総くんと共にありたいし、友だちは見捨てられないよ」


「二人の言う通り、協力しないはずがないわ。ついでに、故郷を無茶苦茶にした責任も取ってもらわないと」


「ミミはご主人さまにつき従うだけッスよ」


「ムムも姉さんに同意です。死が我らを隔てたとしても、お側に侍ります」


「別にワガママでもいいんじゃない? その方が一総らしいし、私も心置きなく協力できるわ」


「私らも蒼生ちゃんのことは心配だし」


「ぶっちゃけ、世界の変革とか興味ないのよね」


「縁遠い英雄より、身近な友だちを優先するのは当然だよねぇ」


 一総の決意に、九人の少女たちが各々の覚悟を示した。誰一人彼の意見を否定せず、やる気満々で提案に乗っかってくる。


 一総は嬉しくてたまらなかった。少年期は人運に恵まれなかったが、その分だけ今は最高の恋人と友を得られたと。


 感謝を口にしながら、彼は続ける。


「オレがこもってる間、何があったか教えてくれるか? 時間も差し迫ってるし、さっさと作戦を立てよう」


 一総の言葉に皆は頷いた。


 ようやく旗頭は立った。『始まりの勇者』に対抗する者たちの反撃が、今始まるのだ。








          ○●○●○








 一総が動き出してから一時間。空はすっかり暗紫に染まり、陽が落ちるまで秒読みに入っていた。街中に凍るような寒風が吹き込み、さらされた素肌から体温を奪っていく。


「うじゃうじゃいるな」


 アヴァロンのビル街の一画。建物の陰から空を覗いた一総かずさは、小さく溜息を吐いた。


 『始まりの勇者』を撃破して蒼生あおいを奪い取るには、結局のところ上空の門を潜る他になかった。


 だから、こうして麓まで足を運んだのだが、そこは誘蛾灯の如きありさまだった。門の周りには数多の勇者が集い、維持派の者らは残らず撃墜されていく。空一面が、勇者の影で埋め尽くされていた。


 あまりの大群にゲンナリしていると、侑姫から声がかかる。


「別に一総が相手にするわけじゃないんだから、そんな顔する必要ないでしょう」


「そりゃそうですけど……」


 一総は言葉を濁す。


 彼女の言うように、彼は──彼と彼の恋人たちは勇者の大群と戦わない。残り時間が限られている以上は相手にするだけ無駄だし、ここで体力を使うと『始まりの勇者』との決戦に支障が出てしまうためだ。


 侑姫とメイド姉妹、三人娘が勇者たちを排除して道を開き、一総たちが門内部へ突入する。それが今回の作戦だった。


「実物を目の当たりにすると、すごい数ですね。大丈夫ですか、皆さん?」


「うーん、あの中に『救世主セイヴァー』も複数人いるんだもんね。ちょっと戦力が足りないかも」


 真実は心配げに感想を溢し、つかさは冷静に戦力を分析する。


 侑姫の情報を元に作戦を立案したは良いが、目前の光景は想像以上に混沌と化していた。雑兵だけならともかく、敵に複数の『救世主』が含まれるとなると、この乱戦は危ういかもしれない。


(最初の一撃だけでも撃っておくか?)


 敵の総大将を考慮すれば、余計な浪費は避けておきたいが、出し惜しみしすぎて道を断たれては本末転倒だ。


 一総最強を切るか否か。その択で揺れていると、不意に何者かの接近を感知した。


 索敵範囲の広い一総と真実まみが真っ先に気づき、視線を彼方へ向ける。


 すると、その何者かが、ジェット機のように火を噴きながら飛翔し、彼らの側に降り立った。


 はたして、それは『救世主』の一人、『華炎マジシャン』の北条ほうじょう魅花みばなだった。


 彼女はコツンコツンとヒールを鳴らして近づき、いつもの勝気な笑みを浮かべる。


「あら、奇遇ね。こんなところに『救世主』が四人も集まるなんて、珍しいこともあるもんだわ」


「白々しい。オレたちを認知した上で接近してきたくせに、わざとらしく言うな」


 芝居がかった『華炎』のセリフに、一総は毒吐いた。


 彼女は迷いなく、ここを目指していた。つまり、一総たちに用があって赴いたのだ。奇遇もへったくれ・・・・・もありやしない。


 加えると、上空には『勇者ブレイヴ』を筆頭とした各国の『救世主』が数を揃えている。この緊急時に限り、『救世主』が四人集まった程度では珍しくも何ともなかった。


「で、何の用だ?」


 普段なら年上ということもあり敬語で接するのだが、急を要する現状では取り繕わない。


 投げやりな彼の態度に、『華炎』は気分を害するどころか愉快げに笑った。


「あらあら、いくら何でも単刀直入すぎない? そんなんじゃモテないわよ」


「そういうのは間に合ってる。というか、こっちは戯言につき合ってる時間的余裕はないんだが?」


 『勇者』をからかっている時と同様の雰囲気を出していたので、遊ぶ時間はないと一総は牽制した。かなり真面目に威圧したので、こちらの本気具合はしっかり伝わっているだろう。


 一総の実力の一端が露見する恐れを孕んでいたが……『華炎』相手の場合、気にするだけ無駄に思う。


 彼の言葉をどう捉えたのか、彼女はコロコロと小気味良い笑声を漏らした。


「OKOK、そっちの本気は理解したわ。短気を起こされても面倒だし、チャチャっと本題に入りましょう」


「もう一度訊くが、何の用なんだ? 周りに控えてる勇者たちと関係あるのか?」


 彼女の登場と同時、一総たちの周囲に五十人ほどのフォースの勇者らが駆けつけていた。まだ距離は遠いけれど、『華炎』の救援には十分間に合う位置だった。


 最初こそ、自分たちを捕縛しにきたのかと警戒した。──が、どうにも一切敵意を感じないため、素直に尋ねることにしたのだ。


 彼の質問を受け、『華炎』は愉快そうに頬笑む。


「よく分かったわね。普通の探知範囲よりも遠くに待機させてたのに」


「そういうのいいから、さっさと話せ」


「つれないわねぇ」


 彼女はねたように唇を尖らせた後、説明を始めた。


「ご明察の通り、待機させてる連中も関わる話よ。端的なのがお好みのようだから、ストレートに言うわ。私らと同盟を組まない?」


「同盟だって?」


 予想外──とまでは言わないが、かなり意外性のある申し出だった。


 一総の知る北条魅花という女性は、どこまでも自分勝手で他人を頼らない、傲岸不遜な人物だったはずだ。決して、『救世主』として侮られている彼へ協力要請をする人間ではない。


 つかさ侑姫ゆきといった仲間の力を欲したのかとも考えたが、それは違う予感がする。リーダーゆえに一総へ尋ねているのではなく、彼に協力してほしいから声をかけた気配があった。


「……」


「……」


 怪訝に様子を窺う一総と、余裕たっぷりといった態度で返事を待つ『華炎』。


 思惑を読み取ろうと努める。しかし、仮にも『救世主』相手には難しいことだった。一総ほどの実力者であれば不可能ではないけれど、今は時間も限られている。


 一総は溜め息と共に、交差した視線を外した。


「分かった。同盟を受けよう」


「賢明な判断だわ」


 『華炎』の真意は判然としない。だが、たとえ毒だとしても、今は人手が欲しかった。最悪の場合、強引にねじ伏せれば良い。


「それで、具体的な内容は?」


「簡単よ。私と奴れi……下僕が門前の露払いを手伝うから、あんたは先へ進みなさい」


「はぁ?」


 思ってもみなかった提案に、一総は目を丸くした。


 彼からしたら願ってもない内容だったが、それではあまりにも都合が良すぎる。引き連れてきた五十人はともかく、『華炎』自身は突入部隊の参加を希望すると考えていたのだ。


 それは他のメンバーも同じだったようで、口こそ挟まないものの、疑わしき目を彼女へ向けていた。


 それらの反応を受けても、『華炎』は動じない。むしろ、生き生きとした様子を見せる。


「ふふふっ。まぁ、疑いたくなるのも無理ないわ。でも、ちゃんと私にもメリットがあるのよ」


 彼女は指を一本立てて続ける。


「大前提として、私は世界の変革を望まないわ。だって、全人類が勇者になっちゃったら、勇者の力で得た地位を失っちゃうじゃない。それは勘弁してほしいのよね」


「そこは理解できる。キミらしい動機だ」


「ご理解いただけて嬉しいわ。問題は、『どうして、私が前座を引き受けるのか』ってことでしょう?」


「ああ」


「そう難しい話でもないわ。面倒くさいからよ。わざわざ情報のない敵本陣へ突入して、私より強いかもしれない相手と戦いたくないの。安全マージンを取りたいのは、当然の欲求だと思うけど?」


「なるほど、そういうことか」


 一総は得心した。


 要するに、『始まりの勇者』の邪魔はしたいけれど、彼本人と戦いたくはないということだ。面倒な部分は一総らに押しつけつつ、自分の目的を達成したいのだろう。


 何とも手前勝手な言い分ではあるが、彼女の性格からして納得がいく。それに、生存戦略としては正しい判断だ。未だ不明瞭な部分はあれど、これ以上の詮索は厳しいだろう。


「OK、納得したよ。門前の勇者たちの対処をよろしく頼む」


「こちらこそ、期待してるわ」


 一総が右手を差し出すと、『華炎』はその手を握った。


 これで戦力は整った。いよいよ、彼らは『神座』を目指す。

 

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