008-1-04 突入

 『華炎マジシャン』との同盟が結ばれてからは早かった。一分と置かずに戦闘準備を整え、彼らは門へ向けて飛び立った。


 突入組である一総かずさ真実まみつかさ、ミュリエルを中心に、他の面々が囲い込む。その層は分厚く、目前の勇者の群れに突っ込んでも、早々に破られやしないだろう。


 そして、ついに戦端が開かれる。


 先陣を切ったのは『華炎』だった。


「まずは雑魚掃除よ」


 詠唱破棄で放たれたのは、広範囲火炎魔法である【炎崩】。術者を起点に、特大の炎を雪崩の如く発生させる魔法だ。しかも、威力増強や範囲増大系の異能も行使していたらしく、空を埋め尽くすほどの火炎が生み出される。


 これを避けるのは容易ではない。大半の変革派勇者は有象無象にすぎず、呆気なく炎の波に飲まれてしまった。


 攻撃範囲にいたのは、群れの四分の三。そこから乗り切ったのは、内の一割未満だった。


「あれ、殺してませんよね?」


 こんがり丸焼けになって落ちていく勇者たちを見て、隣を飛ぶ真実が声を震わせる。


 一総は前を見据えたまま返す。


「心配ない。『華炎』はしっかり手加減してるし、あのくらいで死ぬほど、勇者は柔じゃないさ。というか、安否なんて視れば分かるだろう?」


「あ、そうでした」


 どこか気の抜けた返事に、彼は思わず頬を緩める。


 最終決戦のはずなのにリラックスできてしまうのは、真実の人柄ゆえだった。「本当に、自分にはもったいない恋人だ」と一総は心のうちで溢す。


「激突し始めたね」


 ふと、司が呟く。


 開幕の一撃で怯んだ隙に門への距離を詰めた一総たちだったが、大人しく通してれる相手ではなかった。敵の頭目である『勇者ブレイヴ』が素早く指示を出し、各所で戦闘が始まった。四方八方で火花が散り、激しい戦いが繰り広げられる。


「思いの外、早く辿り着きそうね」


 次いでミュリエルが言う。


 彼女の言うように、一総たちの前進は順調だった。ミミやムム、侑姫、『華炎』が一騎当千の活躍をしているのは当然として、『華炎』の集めた五十人の練度も想像以上に高かったのだ。人数差に負けず、少しずつ押している。


 そして、とうとう彼らは門の前まで到着した。


 五十人は勇者の群れの足止め。ミミやムムも海外の『救世主』を相手取っているため、この場にいない。もう壁役は侑姫と『華炎』しか残っていなかったが、敵側のびとも三名のみ。


 最後の関門こそ、変革派についた日本の『救世主』──『勇者』、『武王』、『雷帝プラズマ』だった。


 一総たちの顔触れを目にし、『勇者』は眉間にシワを寄せる。


「キミたちだったのか……。日本の『救世主』が四人も維持派につくなんて、恥ずかしくないのか?」


 自分の価値観を疑わず、善意全開で改心を試みようとする。彼の性格は相変わらずのようだ。


 正直、こちらの事情も知らずに無神経な言葉を吐く『勇者』には、憤怒にも似たイラ立ちを覚えた。だが、ここで彼に内情を説明したところで意味はない。『勇者』の性格的に翻意は望めないだろうから、まったくの無駄骨になる。


 怒りを覚えたのは真実たちも同様らしく、僅かに殺気が漏れている。襲いかからなかった忍耐力を褒めてあげたい。


 一総らが爆発寸前だと察した『華炎』が、彼らに代わって『勇者』に応対する。


「まったく思わないね。というか、『勇者』くんはともかく、『武王』と『雷帝』もそっち側なのね。ちょっと意外だわ」


 軽く一蹴された『勇者』は目を細めたが、何を言っても無意味だと理解したようで、それ以上は言葉を発さなかった。


 対し、他の『救世主』は口を開く。


「全人類が勇者となれば、野に埋もれていた強者が台頭する可能性がある。ぜひ手合わせしてみたいものだ」


「勇者差別がなくなるのなら喜んでこっちにつくぜ、俺は」


「はは?ん、なるほどねぇ」


 真面目に答える二人に、『華炎』は大きく頷いた。


 彼ららしい言い分だった。言われてみると、今のポジションは十分納得できるものだ。


 懐柔は不可能と判断した『華炎』は、侑姫へ目配せをする。それに、侑姫は小さく首肯をして返した。


「じゃあ、無理やりにでも通らせてもらうしかないようね」


「本気か? そのメンバーで俺たち三人を相手にできるって?」


 『雷帝』が嘲笑混じりに言う。


 世間一般の評価を考慮するのなら、確かに彼の意見は正しい。召喚回数で圧倒している『勇者』に勝てるものなどいるはずもなく、そこに二人の『救世主』も加わるのだから、過剰戦力も良いところだった。実際は真逆なのだが。


 『華炎』は笑う。


「それだから、あんたは弱いのよ」


「なんだって?」


 弱いと断言された『雷帝』は、ドスの効いた声を上げた。コメカミに血管を浮かせ、明らかに怒髪天を衝いている。


 『華炎』はそんな彼など気にも留めず、言葉を続けた。


「『武王』と『雷帝』は私が、『勇者』は『剣姫ヴァルキリー』ちゃんに任せるわ」


 それから、彼女は間髪入れずに炎の壁をほとばしらせる。


 この攻撃を受ける『勇者』たちではないが、『華炎』の思惑通りの区分でメンバーが離された。


 静観していた一総たちは、侑姫ゆき側に分けられていた。おそらく、敵の人数的に、突破しやすい方へ割り振られたのだろう。


 分断された『勇者』の行動は早かった。脇目も振らずに炎の壁へと走り出し、手にした大剣を抜き放つ。


 ただ、彼の相手を任された者も尋常ではなかった。


 神速で駆けた侑姫は剣線に割り込み、魔力と霊力を編み込んで創り出した刀を撃ち出す。


 両者の得物はカン高い音を響かせた。


 刃の触れ合った時間は一瞬。剣と刀は大きく弾かれ、二人の姿勢は大きく崩れる。


 確かな間隙かんげきだった。


 一総たちがそれを見逃すはずはなく、一斉に門へと向かう。


「チッ、待て!」


「あなたの相手は私よ!」


 すぐに追いかけようとする『勇者』だったが、侑姫が許さない。彼の前へ立ちふさがり、その進路を邪魔した。


 彼女の献身もあり、ついに一総らは門へ飛び込む。


「あとは頼みました!」


 一総の言葉を最後に、彼らは門の向こう側へと消えていった。

 

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